2020年2月2日日曜日

上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 3 (ファイナル版)

上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2 以降の議論もたまってきたので、そろそろ Ver. 3 を作ろうと思い書き始めていたのですが、読んでくれる人もほとんどなく、フィードバックも当然なく、ただただ孤独に書き連ねているこのブログ。一度、他人の意見も聞きたいと思い、意を決して論文の体裁にし、某誌に投稿したのが二年ほど前。
(ちなみに、学術誌の投稿は、学会員になりさえすれば投稿可能。学会員には会費を払いさえすればなれる、というパターンが多いです。なので、素人でも投稿することは可能)

結果は(当然のごとく)敢え無く惨敗。

「素人が見様見真似で書いたところで採用されるほど、査読付き学術論文の世界は甘くない」

「仮になんとかうまくいい論文を書きおおせたところで、動詞活用起源論みたいなどこまで行ったところで妄想の世界の域を出ないような事柄について、査読付き学術誌で掲載してもらうのは難しい」

とは思っていたので不採用になったことは、まあ想定どおり。

実際、今読み返してみても、独自の日本語観で無駄に壮大な仮説を、制限ページ数のなかで舌足らずに記述していて、そもそも読む気にもなれない文ですね。

とりあえず、査読者の方という狭い範囲ながら読んでもらって意見をいただいたので、それで目的を達した気分になり、そのあとずっとほったらかしになってました。

このブログでも、そろそろ別のテーマについて書きたくなってきましたので、このテーマについてけりをつけるべく、投稿していたものをこちらにのっけます。


上代日本語の動詞活用を生んだ言語変化に関するひとつの仮説


キーワード: 動詞活用形の起源, 自他交替, 上代東国方言, 子音脱落, 硬口蓋化

要旨

日本語の動詞活用語形の起源解明に向け,大野(1953)をはじめとして,様々な努力が行われてきた。それらの研究を踏まえ,本稿では動詞活用語形の形成についてひとつの仮説を提案する。具体的には,①連用形語尾は *-iではなく *-jeであったこと,②短母音後の子音r, s, jの脱落が起き,また,脱落により生じた二重母音が子音の硬口蓋性を維持して短母音化したこと,③未然形の語形整理がなされ,二段・一段動詞では連用形語形が未然形に使用されるようになったこと,④半狭母音の狭母音化・硬口蓋化子音後の母音の前舌化が起きたことを仮説の骨子とする。それぞれの傍証として,①イの語形を持つ下二段転成名詞形,②自他交替語形,③動詞からの形容詞派生・受身形(る・らる形)・使役形(す・さす形),④上代中央方言と上代東国方言における語形交替をあげる。

- 四段 ラ変 下二段 上二段 上一段 カ変 サ変 ナ変
未然 -Ca -Cəe -Cɨi Cji se na
連用 -Cji -ri, (-ru) -Cəe -Cɨi Cji kji si ni
終止 -Cu -Cu Cji(ru) ku su nu
連体 -Cu -Curu Cjiru kuru suru nuru
已然 -Cəe -Cure Cjire kure sure nure
命令 -Cje -Cəe(jə) -Cɨi(jə) Cji(jə) se(jə) ne
表 1: 上代日本語中央方言の活用語形

1. 先行研究と本稿の目指すもの

日本語の動詞活用体系は,どのように生まれたものだろうか。上代日本語の活用語形を見るに,整然とした体系に起源することを思わせる程度の一貫性はある一方,各活用種類に分化した道筋は,自明というには程遠い。
この問題に関する先行研究の多くを言及する紙幅はないが,端緒となったのは大野(1953)であろう。名詞の被覆形露出形対立との対照から,上二段の語幹を -ö, -u,下二段の語幹を -aとしたことにより,全ての活用種類について連用形の活用語尾を -iに起源するものと考えることに成功している。
その他の活用形の再構においては,連用形ほどに成功しているとは言い難い。二母音連続について「一方の母音を脱落」「同化して別の母音を転成」「両母音間に子音を挿入」のいずれかが起こるとしており,カ変・四段・二段の命令形(iö>ö, ia>e, iö>ijö)がそれぞれの例と考えられるが,規則の選択条件が不明で恣意的に感じられる。

- A語幹子音形式 A′混合形式 B語幹母音形式
- ラ変 四段 ナ変 カ変 サ変 上二段 下二段 上一段
- 有 ar- 咲 sak- 去 in- 来 k- 為 s- 起 ökö- 尽 tuku- 負 maka- 見 mi-
未然 -a -a -i
連用 -i
終止 -i -u -(ru)
連体 -ru -uru -ru
已然 -ai -urai -rai
命令 -ia -ia -iö -iö/-ia -irö/-ijö
表 2: 大野(1953)による動詞活用形の起源

条件を明示した音韻変化により,動詞活用語形を説明しようとしたのがWhitman(1990)であった。短母音後のrの脱落により命令形・連体形の語形を説明する注1
(1) Whitman(1990)による再構
a. 四段「行き注2」命令形 yuki- + -ro > *ki ro > (*-r- loss) ikye
b. 下二段「寝」命令形 ney- + -ro > *ney-ro > (reduction of *yr) neyo
ney- + -ro > *ney-ro > (reduction of *yr) nero (azuma)
c. 四段「行き」 終止形 *ik- + ru > iku
連体形 *iku- + ru > *ikuwu > iku
d. 上二段「起き」 終止形 *oko- + ru > okuw
連体形 *okuw- + ru > *okuwru > okuru
大野(1953)のもう一つの問題は,上代東国方言の動詞活用語形の考慮が不十分なことであった。服部(1976a)は,日本祖語においては,終止形 *-u,連体形 *-oとし,中央方言では*o>u, *e>iの変化が生じた結果,終止形・連体形がともに -u となったとする。
本稿は,これらを踏まえ,先上代日本語の活用体系をどのようなものと考え,その後どのような通時的言語変化が起きたと想定すれば,上代の動詞活用体系を生み出し得るか,ひとつの仮説を提起するものであり,また,想定した言語変化が実際に日本語で起きたものと考え得る傍証が存在するか検証するものである。

2. 本稿が提案する仮説

先上代の原初的活用体系から上代日本語の活用体系に至るまでの変化過程について,本稿で提案する仮説をまず提示し,その後,考察を加えていくこととしたい。

本稿で使用する記号
C:(硬口蓋化していない)子音
Cj: 硬口蓋化している子音
X: 子音脱落で脱落する子音 (r, s, j)
V: 母音
A: aまたはə(陽語幹ではa,陰・中性語幹ではə)
Cji: 甲類イ段音節,Cɨi: 乙類イ段音節,Ci: イ段音節(甲乙区別なし)。
Cje: 甲類エ段音節,Cəe: 乙類エ段音節,Ce: エ段音節(甲乙区別なし)。
Co: 甲類オ段音節,Cə: 乙類オ段音節,CO: オ段音節(甲乙区別なし)。

2.1. 先上代日本語の音韻体系

表3のような母音体系を想定する注3。前舌母音i, eは,頭子音を硬口蓋化する。子音は,k, g, s, z, t, d, n, p, b, m, j, r, wと表記するが,必ずしも特定の音価を想定しない。

- 前舌 中舌 後舌
狭母音 中性 i (> イ) (陰性 ʉ~u? (> オ?))
半狭/中央 中性 e (> イ/エ) 陰性 ə (> オ) 陽性 o (> ウ/オ)
広母音
陽性 a~ɑ (> ア)
表 3: 先上代日本語の母音体系

2.2. 先上代日本語の動詞語幹

上代日本語時点での活用種類は,先上代日本語での下記(表4)の語幹語形に対応するものと考える。大野(1953)とほぼ同じだが,脱落子音で終わる子音語幹 *-VXからも下二段が発生したとする。これにより,自他交替に広範に関与する下二段と関与が限定的である上二段,その結果としての両者の所属語数差を説明できる。また,*-əXからも下二段が発生し得,有坂法則に違背せずに「求め」等の陰性語幹下二段を導出出来る。

上代活用種類 四段,ラ変 下二段 上二段 上一段 カサナ変
先上代日本語語幹 *-C *-a, *-VX *-o, *-ə *Cji *C (k, s, n)
表 4: 上代活用種類と先上代日本語語幹の語形

2.3. 上代日本語に至るまでの言語変化についての仮説

2.3.1. [Step 1] 活用形の整備

動詞語幹に *-jeが付加されて連用形となる注4。ただし,母音語幹に付加する場合には,二次的に *-je > *-iに変化する(*-aje, *-oje, *-əje, *-ije > *-ai, *-oi, *-əi, *-ii)。
転成名詞形は、連用形と同形ではなく語幹に *-iを付加したものとする。
その他の活用形は下記の形で整備された(已然形は後述)。単独子音が語幹であったカサナ変は,下記の活用形では連用形(*kje, *sje, *nje)が語幹として扱われる注5。ただし,サ変語幹は本来*sjeで *-ro, *-roro等の語尾がつく場合,その語形が使われるが,*sje単独の場合(連用形の他,未然形・命令形を含む)の場合,*sjiとなるとする注6
(2) a. 未然形 語幹 + *-A(すなわち、陽語幹で *-a,陰・中性語幹で *-ə)注7
    b. 終止形 語幹 + *-(r)o注8。母音語幹動詞ではrが挿入される。
    c. 連体形 語幹 + *-(r)oro。母音語幹動詞ではrが挿入される。
    d. 命令形 連用形 + 終助詞jə / rə。

2.3.2. [Step 2] 子音脱落

短母音後で一部の子音(r, s, j)が脱落する注9。脱落子音が連続して現れる VXVXV のような場合、VVXV となる。前の脱落子音が脱落することにより、後の脱落子音は短母音後ではなく二重母音 VV の後ということになるため、脱落しないのである。また、狭母音iの後では脱落しない(正確を期せば,少なくとも上一段語幹 *Cjiの後では脱落しない)。これにより、Whitman(1990)が示したように、語幹語形によって連体形・命令形等での子音の現れ方が変わる。
単音節短母音連用形(*kje, *sji)を持つカサ変の連用形に脱落子音で始まる接辞が付加する場合 *-əが挿入され,*kjeə, *sjiəとなった注10。接辞の子音脱落を防ぐ目的か。

2.3.3. [Step 3] 二重母音の単母音化

Step 2子音消失で発生した二重母音が単母音化する。下記の変化が順に発生した。
  • Step 3a: 半狭母音e, oの変化
    • 単母音・二重母音前項でoが狭母音化するo>u, oV>uV,(Vo>Vo)。
    • 二重母音前項のeが子音を硬口蓋化しなくなる(CjeV>CeV)。語境界をまたがる母音連続の場合を除く。
  • Step 3b: 母音の広さ調整: 広さの差が大きい二重母音(広狭,狭広)の場合,後項母音が半狭化する(ex. ai>ae, ua>uo)。語境界をまたがる母音連続の場合を除く。
  • Step 3c: 硬口蓋性を維持する単母音化: 頭子音の硬口蓋性を維持して二重母音前項が消失する(CjV1V2>CjV2, CV1V2>CV2)。結果,非硬口蓋化子音後に前舌母音が来る(Ci, Ce)場合,音声的には中舌母音が介在する(ex. /Cəi/ > /Ci/ [Cɨi], /Cae/ > /Ce/ [Cəe])。乙類イ段・エ段に相当する。

2.3.4. [Step 4] 未然形の語形整理

二段・一段動詞において連用形語形を未然形にも代用する。また,四段・ナ変の未然形が,陰・中性語幹も含め -a に統一される。

2.3.5. [Step 5] 中央方言・東国方言・琉球語の分化期の変化。

  • Step 5a: 半狭母音の狭化: 一部を除き注11,半狭母音が狭母音化する(*e>i, *o>u)。これにより四段で連用形・転成名詞形が同形に帰し、痕跡例を残し両語形が統一される。
  • Step 5b: 硬口蓋化子音後の母音前舌化: 硬口蓋化子音後,狭母音はi,非狭母音はeになる。Cju>Cji; Cjo, Cjə, Cja>Cje。東国方言では非硬口蓋化した(ex. Cja>Ca)。
  • Step 5c: 命令形は,中央方言「よ」東国方言「ろ」になる注12。「ろ/よ」を省略する語形も現れ,同母音が連続するカ変命令形では省略形式「来(こ)」が通常となる。

まとめると,表5~7のように上代日本語の動詞活用語形は形成されたことになる。

上代活用種類 語根 Step1 Step2 Step3 Step5
四段 -C -Cje
-Cji
-Cje rə


-Cje-ə


-Cjə
-Cji

-Cje
下二段 -aX -aXje
-aXji
-aXje rə
-ae
-ai
-ae rə
-əe
-ae > -əe
-əe rə


-əe jə
-əX, -ox -VXje
-VXji
-VXje rə
-Ve
-Vi
-Ve rə
-əe
-ɨi
-əe rə

-əe, (-ɨi)
-əe jə
-a -aje > -ai
-ai
-ai rə


-ae > -əe
-ae > -əe
-ae rə > -əe rə


-əe jə
上二段 -ə, -o -Vje > -Vi
-Vi
-Vi rə


-ɨi
-ɨi
-ɨi rə


-ɨi jə
上一段 Cji Cjije > Cjii
Cjii
Cjii rə


Cji
Cji
Cji rə


Cji jə
カ変 k (kje) kje
kji
kje rə
kje/kjeə

kjeə rə
kje/keə > kje/kə

keə rə > kə rə
kji/kə

サ変 s (sji) sji
sji
sji rə
sji/sjiə
sji
sjiə rə
sji/sjə

sjə rə
sji/sje

sje jə
ナ変 n (nje) nje
nji
nje rə


nje-ə


njə
nji

nje
表 5: 連用形(上段)・転成名詞形(中段)・命令形(下段)の成り立ち

上代活用種類 語根 Step1 Step2 Step3 Step5
四段 -C -Co
-Coro

-Coo
-Cu
-Cuo > -Co

-Cu
下二段 -VX, -a -VXo, -Vro
-VXoro, -Vroro
-Vo
-Voro
-o
-Voru > -oru
-u
-uru
上二段 -ə, -o
上一段 Cji Cjiro
Cjiroro

Cjiroo
Cjiru
Cjiruo > Cjiro

Cjiru
カサナ変 C (Cje) Cjero
Cjeroro
Cjeo
Cjeoro
Ceo > Co
Ceoru > Coru
Cu
Curu
表 6: 終止形(上段)・連体形(下段)の成り立ち

上代活用種類 語根 Step1 Step2 Step3 Step4 Step5
四段 -C -Ca, -Cə -Ca
下二段 -aX, -a -aXa, -aa -aa -a -əe/-a
-oX -oXa -oa -ua > -uo > -o -əe/-o -əe/?-u
-əX -əXə -əə -əe/-ə
上二段 -o -oa -ua > -uo > -o -ɨi/-o -ɨi/-u
-əə -ɨi/-ə
上一段 Cji Cjiə Cjə Cji/Cjə Cji/Cje
カ変 k (kje) kjeə keə > kə
サ変 s (sji) sjiə sjə sje
ナ変 n (nje) njeə neə > nə na
表 7: 未然形の成り立ち

3. 仮説の考察と傍証の提示

3.1. 連用形 *-jeと転成名詞形 *-i

本仮説では連用形語尾を *-iでなく,*-jeとする。eだったため脱落子音語幹 *-VXjeが,Vがa, o, əのいずれかに関わらず子音脱落を経て下二段となったと考える。母音語幹では *-Vje>*-Viの変化を経て,*-aiは下二段,*-oi, *-əiは上二段となる。
転成名詞形は * iとするが,Step5a半狭母音狭化により四段連用形が *-Cje > -Cji になると連用形との分節音上の語形差は消失する。唯一差が残ったと考えるのが *-oX, *-əX 由来下二段で,連用形エ,転成名詞形イ(*-əXje/*-əXji > *-əe/*-əi > -əe/-ɨi)が予想される。これらも類推により連用形同形に帰すが,痕跡例で残ったと考える。
この例に該当すると思われるのが記謡1「妻籠みに(都麻碁微爾)」であり,陰下二段「籠め」の転成名詞形が「籠み」になっている。枕詞「足引きの」(万15/3655「安思比奇能」等)も同様に解釈できる。「ひ」であり四段「引き」とは解釈できず,上二段「ひき」も実証されていない。下二段自動詞「引け」の転成名詞形だと解釈出来よう注13。「足引きの山」とは「足が引かれるように進むのが困難な山」の謂いか。
この例に「留みかね」(万5/804「等々尾迦祢」等)も加えられるかもしれない。上代時点の用法では万5/875「行く船を振り留みかね」とヲ格の目的語を取り転成名詞形とは考えがたいが,原義としては「留め」が「かね」の目的語(留めることを予め考量し不可能と判断する)であり転成名詞形を用いるのが本来だったとも考えられる。

3.2. 短母音後の子音脱落と自他交替語形

Whitman(1990)は,主に朝鮮語との比較の観点から短母音後のr, mの子音脱落を説く。その中で日本語における内的証拠として命令形・終止形・連体形の語形を短母音後のrの脱落によるものとし,これは本稿も追随するところである。本稿ではさらに,動詞の自他交替語形を子音脱落の証拠としてあげられるのではないかと考える。
日本語の自他交替の多様なパターンはよく知られており,奥津(1967)の「他動化」「自動化」「両極化」等を始め論者により様々な分類がされているが,ここでは,説明の都合上,私案により各パターンの分類・命名を行う。


他動詞派生(自動詞/派生形他動詞) 自動詞派生(他動詞/派生形自動詞)
無極型 -i/-əe: 立ち/て,頼み/め,垂り/れ -i/-əe: 切り/れ,給ひ/へ,解き/け
単極
四段型
-i/-asi (-osi): 散り/らし,(狂ひ/ほし) -i/-ari ( ori):給ひ/はり,(積み/もり)
-i/-əsi: 響み/もし -i/-əri: 寄し/寄そり
単極
二段型
陽下二 -əe/-asi: 明け/かし,荒れ/らし -əe/-ari: 上げ/がり,懸け/かり
陰下二 - -əe/-əri, (-ari): 籠め/もり,(止め/まり)
陽上二 -ɨi/-usi, -osi: 尽き/くし,過ぎ/ぐし -
陰上二 -ɨi/-əsi: 生ひ/ほし,干/干し -
単極一段型 Φ/-se: 着/着せ,見/見せ Φ/-je: 射/射え,見/見え
両極非対称型 -ri/-se: のぼり/せ,寄り/せ -si, -ti/-re, -je: 隠し/れ,越し/え,
放ち/離れ,絶ち/え
両極対称型 自動詞 -ri / 他動詞 -si: 余り/し,返り/し,くだり/し,残り/し
表 8: 自動詞他動詞対の対応パターン

r/s等の子音の現れにより無極・単極・両極型に分け,単極型は、基本形活用種類により四段・二段・一段型に分ける。両極型は,四段/下二段の非対称型、ともに四段でどちらからの派生とも決め難い対称型がある。他動詞派生と自動詞派生とでは,s/r 等の子音が反転する以外はほぼ同一のパターンとなる。この交替体系は上代中央方言・東国方言・琉球語に共通し,現代語でも概ね維持されている。
このうち無極型は,他の有極パターンとは異なる起源を持つものとして説かれることが多かった注14。しかし,これも,短母音後の子音脱落を想定することによって,統一的に説明することが可能であるように思われる。
子音語幹 *-C(四段)に *-Ar/*-As を付加し自動詞他動詞派生を行えば脱落子音語幹 *-CAr/*-CAs となり,r/s の子音脱落を経て下二段に帰結する,すなわち無極型の自他交替となるだろう,一方,母音語幹 *-Vに *-Ar/-As を付加すれば二重母音後の r/s の形態 *-VAr/*-VAs のため子音脱落せずラサ行四段に帰結する,すなわち単極二段型の自他交替となるだろう,というのが基本的な考えである。
子音語幹では,上記のように *-Ar/*-As 付加による自他派生が行われていたと考える。
一方,単極二段型において注目されるのは,他動詞派生では陰下二段自動詞を基本形とするものを欠き注15,自動詞派生では上二段他動詞を基本形とするものを欠くことである。本仮説において,陰下二段は全て脱落子音語幹(*-əX)であり,上二段は全て母音語幹(*-o, *-ə)であった。これを鑑みるに,母音語幹動詞の自他交替は本来,自動詞は母音語幹・他動詞は脱落子音語幹,*-V/*-Vsの形式だったのであろう。
さらに,何らかの語彙(当然,母音で終わっていただろう)に *-Ar/*-As を付加して,自動詞他動詞双方を派生する形式の動詞派生を行ったものがあったのではないか。たとえば,「卵 kapji」から「孵り/孵し *kapji-ar-je/*kapji-as-je」のような形である。
以上,原初的な自他交替体系として表9のような形式を想定する。子音脱落を経て,無極型・両極対称型がここから生まれる。


自動詞 他動詞 自他交替型
a. 子音語幹 -C-je > 四段 -C-As-je > -CAe 下二 無極型
b. -C-Ar-je > -CAe 下二 -C-je > 四段
c. 母音語幹 -V-je > -Vi 下二/上二 -Vs-je > -Ve 下二 注16
d. 動詞派生 -V-Ar-je > ラ四段 -V-As-je > サ四段 両極対称型
表 9: 原初的な自他交替

母音語幹・動詞派生の形式では自他で音節数が同じだが,子音語幹形式のように音節数を増やす方が自他弁別がより明確なため,これに習って,*-Ar/*-As が冗長的に付加された。ここから子音脱落を経ると単極二段型・両極非対称型に帰結する。母音語幹の *-Vj-Ar-je/*-Vs-je(表10 b.)は,*-VXVj-Ar-je/*-VXVs-jeのような環境にある場合は,子音脱落によって *-VVjAe/*-VVsje,ヤ行下二段/サ行四段の形式に帰結する。これが「越え/越し」のようなヤ行が現れる両極非対称型であろう注17
上一段 *Cjiでは,二段のような *V/*Vs対立を持たず,他動詞でも *Cjiだったようだが,自他派生は二段に習った形で行われた。二段と同形式であるが狭母音i後のため子音脱落が起きず,単極二段型と異なる自他交替形(単極一段型)に帰結する。


自動詞 他動詞 自他交替型
a. 母音語幹 -V-je > -Vi 下二/上二 -Vs-As-je > -VAsje サ四段 単極二段型
b. -Vj-Ar-je > -VArje ラ四段 -Vs-je > -Ve 下二
c. 動詞派生 -VAr-je > ラ四段 -VAs-As-je > -VAsAe サ下二 両極非対称型
d. -VAr-Ar-je > -VArAe ラ下二 -VAs-je > サ四段
e. Cji 語幹 Cji-je > Cjii 上一 Cji-səs-je > Cjisəe サ下二 単極一段型
f. Cjij-ər-je注18 > Cjijəe ヤ下二 Cji-je > Cjii 上一
表 10: 冗長的な -Ar/-As 付加による自他交替

以上,動詞活用形で設定した仮説と同様に、短母音(iを除く)後の子音脱落を想定すれば,無極・単極二段・単極一段・両極非対称型の自他交替が導出される。単極四段型が出てこないが,子音脱落完了後に派生したものではないだろうか注19
また,上記のような経緯により,*-j-/*-r- 対 *-sAs,*-s- 対 *-jAr-/*-rAr- のような自他派生形式が生じ,この形で自他派生を繰り返す推移的派生が行われたと思われる。上代の用例を欠く語も含むが,他「剥ぎ」・自「剥げ」・他「剥がし」・自「剥がれ」(無極型→単極二段型→両極非対称型)は,そのいい例であろう。(*pag-je, *pag-ar-je, *paga-sas-je, *pagasa-rar-je > *pagje, *pagae, *pagaasje, *pagaarae > pagji, pagəe, pagasi, pagare)

3.3. 二重母音の単母音化について

本仮説では,表11のような多段階変化を経て母音が上代の形になったと考える。

Step3a Step3b Step3c Step5a Step5b
o > u, oV > uV
CjeV > CeV
VLVH > VLVM
VHVL > VHVM
CjV1V2 > CjV2
CV1V2 > CV2
e > e~i
o > o~u
CjVH > Cji
CjVM, CjVL > Cje
表 11: 母音変化の経緯

*ai > エ,*ui,*əi > イ,*ia > エ,*ua > オ,等の既に提案されている母音融合を内包する仮説であるとともにそれに統一的な理解を与え,また母音融合 *oe, *əe > エを提案し,脱落子音語幹を下二段活用とする基盤となる仮説である。
Step 3a CjeV > CeV, Step 3bで,「語境界をまたがる場合を除く」との除外条件を置く。これは,ともに Cjeə に由来するが四段命令形はエ・カ変未然形はコになり,ともに oa に由来するが母音語幹動詞ク語法注20(「来らく」等)でラ・「過ぐし/過ごし」でグ/ゴになることを説明するものである。形容詞未然形「け」が *kjea > *kea > *kaとならないのは語境界またがりとは解釈出来ず、おそらくStep 3a後に発生したものだろう。

- 四段命令形 カ変未然形 カ変ク語法 過ぐし/過ごし
(Step 2) -Cje#ə kjeə kjeoro#ako sogoasje
Step 3a ↓ (× -Ceə) keə keoru#aku suguasje
Step 3b ↓ (× keoruoku) suguosje
Step 3c -Cjə koraku sugosje
Step 5a, 5b -Cje kuraku sugusji~sugosji
表 12: 語境界をまたがるケースとまたがらないケース

3.4. 未然形の語形整理について

Step 2 完了時点,および,Step 3 完了時点において想定する未然形語形は表13のとおりである。Step 3 単母音化によって四段・下二段未然形の語形差が消失していたのである。活用種類のみで自他区別する無極型自他交替があるため,これは大きな問題であった。一方,二段動詞では未然形以外の活用形で語幹末母音が失われ,*-a/*-o/*-ə/*-jə 等の様々な未然形語尾の区別の維持は困難になっていた。このため,カサ変を除き,「四段・ナ変は -a,それ以外は連用形同形」に統一されたのではないかと思われる注21

- 陽語幹 - 陰・中性語幹 - 中性語幹
Step2 Step3 Step2 Step3 Step2 Step3
四段 -a -a 四段 上一段 Cjiə Cjə
下二段 -aa 下二段 -əə カ変 kjeə
下二段(一部)注22 -oa -o サ変 sjiə sjə
上二段 上二段 ナ変 njeə
表 13: Step 2 完了時点,Step 3 完了時点の未然形

3.4.1. 動詞からのシク活用派生について

動詞からのシク活用派生は,概ね,陽語幹 -asi,陰語幹 -əsi の形式となっており(「懐き/かし」「疲れ/らし」「憤り/ろし」「尋(と)め/乏し」「老い/よし」等),Step3完了時点の未然形と同形式のようである。これに対し陽上二段の形容詞派生はかなり混乱している。
(3)陽上二段からのシク活用形容詞派生
  • (-u)和(な)ぎ/ぐし,(-ɨi)寂び/びし,侘び/びし,(-ɨi~ u~ o)恋ひ/ひ~ふ~ほし, (-je)恨み/めし,(-a)悔い/やし,奇(く)しび/すばし,(特殊)恥ぢ/づかし
陽上二段 *-o は,他の陽語幹 *-a とも陰上二段 *-ə とも語形が異なり,語形維持に最も困難があったのではないか。陽上二段本来の派生形態(未然形)であると本仮説で予想する -u(< *-o)の「和ぐし」のほか様々な語形が見られるが,連用形と同形式 -ɨi(「寂びし」「侘びし」「恋ひし」)が注目される。陽上二段未然形語形に混乱を生じた結果,所謂未然形(接辞の接続形式)のみでなく,シク活用形容詞派生にも連用形化が及んだものと思われる。形容詞派生においても部分的に連用形化が起きていることは,所謂未然形において連用形化が起きたことの傍証となるだろう。

3.4.2. 受身形・使役形について

受身形(る・らる注23)・使役形(す・さす)はラサ行語尾を持ち,自他派生との関連を強く疑わせる語形であるが,自動詞形「上がり」と受身形「上げられ」とでは直接の語形関係の説明は難しい。「*上がられ」であれば説明可能ではないか。本稿では,受身形・使役形は,再自動詞化・再他動詞化形式だと考える。以下の発生経緯を想定する。
  • ① 四段動詞(例:「焼き」)は,もとは自動詞派生形「焼け」を受身にも用いていた。
  • ② 受身に専用の語形を作る必要が生じ,用いられたのが「剥ぎ・剥げ・剥がし・剥がれ」のような推移的な自他派生系列であった。「焼き」の受身形に,自動詞派生形「焼け」の代わりに再自動詞派生形「焼かれ」を用いるようになった。
  • ③ この「焼かれ *jakaarae」は,*jakaa-rae,すなわち,自動詞派生形(もとの受身形)「焼け」の未然形 *jakaaに *-rae を付けたものとして解釈された。これを二段動詞(例:「上げ」)にも適用し、自動詞派生形「上がり」の未然形 *agaaraに -raeを付け,「上がられ *agaararae」とした。
  • ④ 短母音化して *jakarəe, *agararəeになるに及び,原動詞「焼き」「上げ」未然形に -rəe, -rarəeを付けた *jaka-rəe, *aga-rarəeとして再解釈を受ける。
  • ⑤ 下二段未然形が *aga > agəeになり,「*上がられ」も「上げられ」になった。
狭義の未然形(接辞の接続形)・尊敬ス形注24・受身形・使役形・自他派生・シク活用形容詞派生は,本質的には同根で,派生形の作成形式と考える。連用形化は,狭義の未然形(尊敬ス除く)・受身形・使役形に及び,自他派生・陽上二段以外のシク活用形容詞派生には及ばなかった。これは自他区別の重要性有無によるのであろう。二段の自他派生はr/s子音を持つ有極型で原動詞の自他は自明である。また,形容詞派生で自他区別は重要でない。一方,「上げ」「上がり」の受身形「上げられ」「上がられ」,「荒れ」「荒らし」の使役形「荒れさせ」「荒らさせ」を区別することは意味があっただろう。

3.4.3. 已然形について

後述するとしていた已然形について,ここで述べる。已然形「書けば」「すれども」等は,「*書く得むは」「*する得むとも」等に由来する語形であると考える。
おそらく,元は未然形を確定条件にも用いていたが,仮定条件と区別する必要が生じ,「書くことを得て」の意味で「*書く得ば」の語法を確定条件に用いることとしたのだろう。Step 4 前において「*書こ得(あ)ば *kako aba」> *kakaba にすると折角の仮定条件との区別が失われるため短母音化しなかったが,Step 4 に至り「*書こ得(え)ば *kako eba」となれば kakəeba とすることが出来る。このようにして生じたのが已然形だろう注25
回想助動詞已然形「しか」は,「*しく得(あ)ば」と連体形でなくク語法から生じたものと思われる。この形であれば仮定条件「せば」と紛れることがないので,Step 4 前の段階で *sjeku aba > *sjekaba となったのである。

3.5. 中央方言・東国方言・琉球語分化期における変化について

3.5.1. 半狭母音の狭化

- 四段 下二段 上二段 上一段 サ変 カナ変
連用形 *-Cje -əe -ɨi Cji Cji *Cje
終止形 -Cu *-o Cjiru *Co
連体形 -Co *-oru *Cjiro *Coru
表 14: Step 5 前の連用形・終止形・連体形

Step 5 前における動詞の連用形・終止形・連体形は,表14のようであった。ここから *e > i, *o > u と変化し,上代中央方言の活用形が完成することになる注26
四段・カナ変連用形は,上代中央方言・東国方言・琉球語において,一貫してイ段であり注27,連用形の狭母音化は分化に先駆け発生したと思われる。きっかけは一部子音後でエ甲乙区別を失い四段・下二段連用形の語形差喪失の恐れがあったためだろう。
上代東国方言において四段連体形がオとなることはよく知られている注28が,本稿では二段・カサナ変の終止形・連体形にも *-o, *-oruを再構する(已然形も *-ore)注29。万14/3414「現はろ(安良波路,下二段連体形)」,万20/4351「寝(い)のれども(伊努礼等母,下二段已然形)」はその実証例と思われる。
「現はろ」のごとく,上代東国方言では連体形ルの脱落例が多い注30。これは,紀謡117「射ゆししを(伊喩之之乎)」のように,中央方言においても存在した。また,終止形接続助動詞に前接する上一段・ラ変終止形ルが脱落する例注31は広く見られる。これらの脱落するルは,*ro ではなく *ru に再構されており,狭母音音節脱落との説明が可能である。
上代東国方言で四段連体形を中心にオ語尾が見られるのは以下のように考える。「糸」「雲」などオは語末での保存例が多く,o が語末でない *-oru を起点に二段・カサナ変終止形連体形の狭母音化 (*-oru > -uru) が進行する。その段階では四段連体形(-o)・下二段連体形(ル脱落形 -u)の語形差維持のため四段連体形の狭母音化が阻害される。中央方言では,その後二段ルが脱落しなくなり注32,四段連体形狭母音化が進んだとする。

3.5.2. 硬口蓋化子音後の母音の前舌化

中央方言においては全て前舌化した一方,東国方言においては子音の非硬口蓋化が起こることがあったとする。これは完了リ接続の語形等を説明するためのものである。
(4) a. 中央方言: * Cje aarje > *-Cjarje > -Cjeri: 万15/3600「立てる(多弖流)」
    b. 東国方言: *-Cje aarje > *-Cjarje > -Cari: 万20/4375「立たりし(多々理之)」
中央方言 -je,東国方言 -a の対立をなす形容詞ク語法(けく/かく),形容詞未然形・已然形(け/か),過去助動詞(けり/かり)等も同様の説明が可能である注33
四段命令形 -Cjə,サ変未然形 sjə 等は,中央方言・東国方言・琉球語で一貫して前舌化しており,中舌母音は早期に前舌化が進んだと思しい。後舌母音 Cju > Cji, Cjo > Cjeは,動詞語尾では現れないが,「虹(中央方言: ニジ,東国方言: ノジ)」のような名詞の語形対応は,*njozi~*njuzi のような語形からこの機構により発生したものではないか。

4. まとめ

以上,①連用形語尾を -je とする初期的活用,②短母音後子音脱落と母音融合,③未然形語形整理,④狭母音化・前舌化といった変化を仮定すれば,上代動詞活用が導出されうることを示し,その傍証として,①下二段の転成名詞形,②自他交替語形,③シク活用形容詞派生・受身形使役形,④上代東国方言等を,提示することが出来た。
一方で,動詞活用語尾部分で生じたと仮定する変化が,他の箇所,名詞・動詞語幹部等でどの範囲で起きたかは,本稿では明らかに出来ていない。例えば,「枚(ひら)~重(へ)」のような子音脱落有無によるダブレットと思われるものがどのように生まれたものなのか。常に語末にありアクセントも基本的に差異がないなど環境が均質な上に体系の一貫性維持のため規則的な変化が起きやすい動詞語尾部分に比べ,名詞等での変化にて条件・規則を見出していくことは一層困難に思われ,本稿の力の及ばないところである。

注1 早田(2010)は、3母音連続を回避するようにrの脱落が起きたとしており、これに類似する考え方である。なお、ウィットマン(2016)では,連体形語尾を-orに再構し音位転換により連体形語形を説明しており,短母音後の子音脱落とはしていない。
注2 本稿では,四段・下二段の活用種類差の明示を目的に,動詞は連用形で表示する。
注3 *ʉは,母音調和体系上,陰陽母音が同数あったと考えるのが自然なため仮に想定するという以上の意味を本稿では持たない。陰性 ə 等と統合したと考える。なお,本稿で想定する母音体系から,*ʉ が ə 等と統合し Step3a にて単母音 *o > u となった状態が,服部(1976b),早田(2009),ウィットマン(2016)等の六母音説(i e ə a u o)であり,ʉ が何らかの形で ə との差異を残したと考えた場合,服部(1978-1979),Frellesvig-Whitman(2004)等の七母音説(i e ɨ ə a u o等)となると考える。早田(2009)は、「水底みなそこ」等から「水な *mje-na」を再構しeを陽母音とするが、本稿では中性母音とする。「水(み)」が陽語幹として振る舞うのは、「みづ」だからと考えられないか。母音調和が痕跡化し「水な」語形が語彙化した後,狭母音音節脱落により生じたとする。*mjIndo-na > *mjIndu-na > *mjina(I: iまたはe)
注4 終止形整備前は文終止も連用形が担っていたか。ラ変やイ段終止形を持つ助動詞はその時の形態の残存と考える。以降、本稿ではラ変を四段と異なるものとは見ない。
注5 ここから、子音語幹・母音語幹双方の特徴を持つカサナ変の混合形式性が生まれる。
注6 未然形は sjiə であって sji 単独とは言えないが,未然形の -ə は本来,子音語幹の場合に挿入するものであり,サ変未然形は元,sji 単独だったかと考える。注18も参照。
注7 陰・中性語幹の *-ə は、受身形「思ひ/思ほえ」「聞き/聞こえ」、尊敬ス形「聞き/聞こし」「知り/知ろし」、継続フ形「もとほり/もとほろひ」等に痕跡を残す。陽語幹で -o/-O が見られることがある(受身形「結び/結ぼれ」、継続フ形「隠れ/隠ろひ」「まつり/まつろひ」)が、ウ段・唇音子音等が続く環境で -a が二次的に -o になったものだろう。陽語幹の自他派生「積み/積もり」,シク活用形容詞派生「狂ひ/狂ほし」等も同様である。
注8 陽・陰語幹問わず *-o が接続し独立語由来か。大野(1953)はその起源を崇神紀「急居,此にツキウと云ふ(急居此云菟岐于)」等の上二段「居」に求めるが傾聴に値する。「居」の語幹 *o に由来するものか。*oje > *oi > *ui > wiと,語頭の場合,イでなく wi になってもおかしくない。母音語幹後の場合挿入されるrは,母音で終わる語と母音で始まる語の複合語を構成する際に挿入されたものか(類例は見つけがたいが,「神祖(かみろき)」*kamoi-r-əki(神翁)等か)。連体形は終止形語尾を畳語的に重ねたものか。
注9 動詞活用では r の脱落のみが要求されるが,自他交替の観点では s, j の脱落も要求される。非閉鎖音の脱落と言えそうであるが,Whitman(1990)は m の脱落も示す。また,s を破擦音とすれば脱落は若干想定しづらくなるが,本稿で対象とするような箇所では摩擦音化していたか、または、破擦音とは別に摩擦音もあったかも知れない。
注10 具体的に発生するのは,命令形の *rə/*jə,禁止形(な~そ)の「そ *sə」,回想助動詞連体形の「し *sji」が接続する場合である。勿論,これは「なこそ」「なせそ」「こし」「せし」の語法を念頭に置いているものである。ナ変は「いに*inje」等として「に*nje」単独では用いられなくなり,この段階で単音節短母音の連用形ではなくなったものとする。多音節短母音連用形を持つ四段動詞でも同じ問題があったはずだが,この事象は発生していない。同様の発音傾向はあったが,単音節の場合のみ音韻として定着したのだろうか。
注11 Frellesvig-Whitman(2004)は,語末で e, o が保存され,語末以外では狭化したとする。
注12 「ろ」が「よ」に変化したわけではなく,もとより両形式が並行して存在し,中央語ではより物柔らかに聞こえる「よ」の選好度が高まったと考えるべきか。
注13 下二段「引け」は,中性四段他動詞「引き *pjik-je」からの自動詞派生 *pjik-ər-je > pjikəe であり,*-əX 語幹と考えられる。なお、下二段「引け」は、記謡4「ひけ鳥の 我がひけ去なば」に上代での実証例がある。一方、下二段「裂け」の転成名詞形と捉えられそうな紀謡108「裂き手(佐基泥)」は,陽四段他動詞「裂き」からの自動詞派生 *sak-ar-je > sakəe と考えられ *-oX, *-əX 語幹ではない。*-aX 語幹では転成名詞形もエとなるのが仮説から予想され説明に窮する(*sakarji > *sakai > *sakae > sakəe)。下二段で連用形エ,転成名詞形イに統一する動きが一部であったか(Step5a までは四段も連用形 -Cje,転成名詞形 -Cjiであった)。
注14ウィットマン(2016)は,下二段「得」との結合によるものとする。
注15 「ほどけ/ほどこし」を語意差はあるものの自他交替と認めればこの例となる。ただしこれは四段他動詞「ほどき *pədəkje」からの推移的な派生 *pədək-ər-je/*pədəkə-səs-je (> *pədəkəe/*pədəkəəsje > pədəkəe/pədəkəsji) であって自動詞も脱落子音語幹であるため,陰下二段/サ行四段の単極二段型となっておかしくない。
注16 上二段自動詞「伸び」/下二段他動詞「延べ」は,この形式を残す自他交替形か。
注17 「分かち/分かれ」「絶ち/絶え」等タ行四段の両極非対称型の起源は未詳。
注18 *Cji-ər-je ではなく,*Cjij-ər-je とする。*-Ar/*-As の *-A(未然形語尾と同根のもの)は,本来は子音語幹に子音で始まる接辞を接続するための挿入母音だったのではないか。*-A を,*-Vje の連用形を持つ母音語幹動詞にも類推適用する際,もとは子音語幹に使用するものであったため,*-VA ではなく *-VjA とし,その後,母音語幹連用形が *-Vi となり,*-VA の形式が使われるようになったと考える。前者の形式で派生したのが「見」の自動詞派生形「見え」*mjij-ər-je > *mjijəe > mjijeであり,後者の形式で派生したのが,尊敬ス形「めし」*mji-əs-je > *mjəsje > mjesi と考えられる。
注19 四段に接続する未然形接辞,尊敬「す」,使役「しむ」等の子音が脱落しないのも同じ理由ではないかと思われる。なお,子音脱落完了時点において,単極四段型・二段型は未然形に -r-/-s- がついたものとして共通の解釈をすることが可能な語形であった。
注20 語形説明に迷うのが回想助動詞「き」のク語法「しく」「けく」であるが,Step3aではまだ別語で,Step3b で動詞に先駆けて一語化していたと考えれば説明出来そうである。「し」はサ変と同理由で *sji,「き」は *kjeと再構する。*sji#ako > (3a)*sji#aku > (3b)*sjieku (×sji#aku) > (3c)*sjeku > (5a)siku; *kje#ako > (3a)*kje#aku (×keaku) > (3c)*kjaku > (5b)kjeku
注21 連用形が選ばれたのは,四段との語形差を確保できるとともに,未然形と同様に助動詞が接続し得る活用形であり類似する機能をもっていたこと,a/əe,ə/ɨi 等は名詞の被覆形/露出形対立でも現れ元の未然形から代用して違和感の少ない語形であったことであろう。
注22 *-oX 語幹に由来する下二段。ただし,この形式の動詞が実在していたかは不明。
注23 例として「る・らる」を挙げるが,推移的派生系列は無極型→単極二段型→両極非対称型であり,両極非対称型には「し/れ」「し/え」があるので,「ゆ・らゆ」も導出されうる。
注24 下二段の尊敬ス形「寝(な)し」,上一段の尊敬ス形「見(め)し」等は,古形未然形が残存しているものと考える。語法の性格上,保守的な形式が好まれたか。陽上二段の尊敬形は明確な用例がないが,万1/45「神さびせすと(神佐備世須等)」のように和語サ変動詞の形式が見られ,語形が混乱していた陽上二段古形未然形の使用を避けたかと見える。東歌であるが,万14/3484「明日着せさめや(安須伎西佐米也)」と上一段でも古形未然形による尊敬「けし」ではなく和語サ変動詞による「着せし」があり,古形未然形が難しい活用種類での尊敬ス形を和語サ変動詞化により回避する語法があったかと思われる。
注25 「ば」「ども」を伴わない単独の已然形の由来については確かな意見を持っていない。
注26*əe>*əi の変化も起きたか。琉球語で陰上二段が下二段と統合し「木 *kəi」が「け」となる例があるが,Step3c で *əi > ɨi の変化を免れ *əi として残存し,*əe > *əi と合流したと考えれば説明できる。「舎人トネリ」(< *殿入り)等も同様の理由でエ段化したものか。
注27 カ変では万20/4337(防人歌駿河)「物言はずけにて(毛能波須價尓弖)」の例あり。
注28 かりまた(2014)によれば,琉球語(おもろさうし)でもオ段の四段連体形が見られる。
注29 二段連体形として *-oru を再構しているが,八丈語の一段化した語形では「寝るnero」のように -ero になっている(金田(2001))。上一段(連体形 *-jiro を再構する)の類推,または,四段の類推か。なお,琉球語でも,おもろ12/725「明けろ年」が見られるようである。
注30 万20/4357「思はゆ」,万20/4381「別る」,万14/3512「言はる」,等。万20/4339「来まで」のように,「まで」の前での脱落例が多い。
注31 万5/862「見らむ(美良武)」(見るらむ),万5/805「ならし(奈良志)」(なるらし)等。
注32 中央方言において二段連体形ルが脱落しなくなった理由として,以下のような仮説があり得ようか。「動詞活用形のアクセントは,すべて *…HHL,*…LHL のように語末直前拍に核を持つ低結アクセントであったが,四段連体形では語末2拍が融合・単母音化した結果,高結アクセント…HH,…LH となった。とすれば二段では逆に連用形・終止形が高結,連体形が低結だったと考えられるが,四段のアクセント形式が類推適用され,低く発音されていた連体形ルが高く発音されるようになり,脱落しなくなった」というものである。ラ変・上一段の終止形は依然として低結であるので,ルの脱落は継続する。
注33 中央方言: 万15/3694「安けく(也須家口)」,万5/804「惜しけど(遠志家騰)」,万20/4445「恋ひにけり(古非尓家里)」。東国方言: 万14/3489「茂かく(之牙可久)」,万14/3473「遠かども(等抱可騰母)」,万20/4388「垢付きにかり(阿加都枳尓迦理)」 
 

参考文献

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John WHITMAN (1990) “A Rule of Medial -r- Loss in Pre-Old Japanese”, Philip BALDI (Ed.) Linguistic Change and Reconstruction Methodology, 511-545, Berlin: Mouton de Gruyter.
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1 件のコメント:

  1. ごきげんよう(ご覧になる時間帯がわからないのでこの挨拶をご容赦ください)。当方も日琉語の独自研究(やや自嘲)をしているものです。ご記事は2018年ごろによく拝見しておりました:こと挙げられている例は甚く勉強になっております。有難うございます。この記事をみておもしろい着想——もっともその着想はすでにわたくし[https://note.com/nigwatu/n/nf10e4f8d54c5]や Minerva Scientia 氏[https://www.youtube.com/watch?v=Z5_Dpusr7qE])の考察ですでに挙げられている音法則をさらに多少は具体的にする形で敷衍するものでしかないのですが——を得ましたのでちかぢか note.com の方に書きます。ご論攷は多少引用させていただくことになるかもしれませんが,まだわかりません。これはただ,斯様なことをしている方とは少しくらいたがいに認知しあいたいなと,若造が思うてコメントさせていただいたものです。大変面白いものを有難うございます。
    ただ,「あしびきの」は「村山の法則」というべき pre-OJ(:わたくしは pre-OKin と書きます)*Ci₂ > OJ Ci₁ /Ci₁C_ の典型例です(これは上代近畿語がコイネー的に成立したことを示唆するでしょう)し,tumaNko₂mi₂ ni は対応する日本書紀歌謡が tumaNko₂me₂ になっていることから明らかですが CJnc(:わたくしが「共通日琉語」と呼んでいるものです)*əi > *e₂ がおこった方言(おそらく京都~奈良です)と CJnc *əi > *i₂ がおこった方言(おそらく北九州です——これは Twitter@FunayaHenlly氏のご研究とわたくし[Twitter@nekw0]による考察によるもので,日本諸語の等語線を比較すると分かりますが,まだ発表したわけではありません)への借用による揺れだと思います。

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