2020年8月29日土曜日

寛政暦の暦法 (10) 消長法 (2)

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寛政暦の消長法、すなわち、麻田剛立が独自に考案し、寛政暦に取り入れられた天文諸定数の経年変化項の算出方法についての説明を行っている。

前回は、 天正冬至、天正経朔、冬至太陽距最卑(※1)、冬至太陰距最高(※2)、冬至太陰距正交(※3)の計算を説明した。

  • (※1) 太陽の近点通過~当年冬至(翌年天正冬至)までの経過日時
  • (※2) 天正冬至直前の月の遠点通過~天正冬至までの経過日時
  • (※3) 天正冬至直前の月の昇交点通過~天正冬至までの経過日時

今回は、これらの値を使い、

  • 10年に一度計算する値の算出
    • 各種周期
    • それから求める平均角速度
    • 太陽の(本当は地球の)離心率
    • 黄道傾斜角
  •  年根(天正冬至翌日 0:00 時点の黄経)の算出

について説明する。

また、今まで「消長法の説明が終わってから」ということで先延ばしにしていた、節気・土用・朔の頒暦との突合を行う。

2020年8月23日日曜日

寛政暦の暦法 (9) 消長法 (1)

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前回までで、ながながと説明してきた月離が終わり、今回からは、寛政暦の消長法について記載していく。消長法については今回と次回の2回に分けて説明する。

麻田学派は、イエズス会士 Ignaz Kögler が清朝のために著述した「暦象考成後編」を研究し、ケプラーの楕円軌道理論をマスターした。寛政暦は、その麻田学派の高橋至時・間重富らを中心に制定されたわけだが、寛政暦の消長法は、麻田学派の師匠である麻田剛立が、古今の暦・天文観測を通覧し、天文諸定数の経年変化項の算出方法を独自に考案したものである。中国・西洋の暦法に基づいたものではなく、麻田独自理論であることから、麻田学派以外の天文方メンバー(吉田秀升、山路徳風)は採用に難色を示しており、特に山路は強く反対していたようだが、高橋至時がなんとか説得して採用にこぎつけたのである。

経年変化項であり、長い時間レンジのなかでのゆっくりとした変化を記述したものだから、正直、使おうが使うまいが、寛政暦施行期間(寛政十(1798)~天保十四(1843)年)の頒暦への影響は極めて小さいのだが、もともと四捨五入で切り捨てられるか切りあがるかギリぐらいの値だったのであれば、影響が出ないこともない。

以下、暦法新書(寛政)巻一「消長法」に記載されたその計算方法を見ていこう。

2020年8月16日日曜日

寛政暦の暦法 (8) 月離 (5) 定朔弦望、赤経赤緯

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ながながと寛政暦の月離について説明してきたが、あともう少しだけ。前回までで月の黄経・黄緯を算出するところまできた。今回が月離の最終回になる。

今回は、月・太陽の運行遅速を勘案する朔弦望日時の計算、定朔弦望について。
また、月の出入時刻の計算について。

また、「その他」として、羅睺・計都について言及する。

2020年8月10日月曜日

寛政暦の暦法 (7) 月離 (4) 正交実行、黄白大距、黄道経緯度への変換

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前回までのところで、月の白道上の経度「白道実行」が算出された。
今回は、昇交点の真黄経「正交実行」、白道傾斜角「黄白大距」を算出し、月の軌道円を決定する。そしてこれらにより、黄道座標系への変換を行い、月の黄経・黄緯「黄道実行」「黄道緯度」を算出する。

2020年8月2日日曜日

寛政暦の暦法 (6) 月離 (3) 二均、三均、末均


寛政暦の月離の説明がまだまだ続く。
前回は、月の最高実行(遠地点の真黄経)、本天心距地(真の離心率)、初均(中心差)の算出について説明した。また、併せて、寛政暦の計算では、所謂「出差 evection」は、初均に包含されていることについても説明した。

今回は、月の経度を求めるにあたって残る不等項、二均、三均、末均について説明する。
二均は「二均差 variation」に、三均はニュートン言うところの「月の第2中心差」に、末均ははっきりしないところもあるが「月角差 parallactic inequality」に相当するものである。
これにより、月の白道に沿って測った真の経度(真白経)「白道実行」が得られる。

ただし、黄経・黄緯を求めるには、月の昇交点の真黄経、白道傾斜角を求める必要があり、これらについては次回まわし。