2021年3月13日土曜日

寛政暦の日食法 (1) 実朔実時と食甚用時

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前回までで、寛政暦の月食法についての説明が完了した。今回からは寛政暦の日食法について。今回は、実際の日食計算にあたっての前準備的なところまでとなる。この部分は、望でなく朔について、地球影でなく太陽についての計算を行うだけのことで、月食法で計算したものと大きく変わることはない。

 

天正経朔

暦法新書(寛政)巻二
推月食用数
朔策二十九日五三〇五八三八六六二三
朔応七日六六三五二八
求通朔「置積日、減朔応、得通朔。上考往古、則置積日、加朔応、得通朔」
積日を置き、朔応を減じ、通朔を得。上って往古を考ふるは、則ち積日を置き、朔応を加へ、通朔を得。
求天正経朔及積朔「置通朔、以朔策除之、得数為積朔。以余数減紀日(不及減者、加紀法減之)、余為天正経朔日分。上考往古、則置通朔、以朔策除之、得数加一為積朔。余数加紀日、減朔策(不及減者、加紀法減之)、余為天正経朔日分」
通朔を置き、朔策を以ってこれを除し、得る数積朔と為す。余数を以って紀日を減じ(減に及ばざるは、紀法を加へこれを減ず)、余り天正経朔日分と為す。上って往古を考ふるは、則ち通朔を置き、朔策を以ってこれを除し、得る数一を加へ積朔と為す。余数、紀日を加へ、朔策を減じ(減に及ばざるは、紀法を加へこれを減ず)、余り天正経朔日分と為す。
\[ \begin{align}
\text{朔策} &= 29.53058386623_\text{日} \\
\text{朔応} &= 7.663528_\text{日} \\
\text{通朔} &= \text{積日} - \text{朔応} \\
\text{積朔} &= \left[ {\text{通朔} \over \text{朔策}} \right] \\
\text{天正経朔} &= \text{天正冬至次日 0:00} - (\text{通朔} \mod \text{朔策})
\end{align} \] 

天正経朔の計算は、当然だが、月食法で記述されていたものとまったく同じ。

逐月朔太陰交周と一次フィルタリング

太陰交周朔策一宮〇〇度六十七分〇三秒九十三微二十七繊四十八忽
太陰交周応六宮〇七度〇〇分九十六秒八十〇微
求天正経朔太陰交周「置積朔、与太陰交周朔策相乗、満周天去之、余数以宮法収之、為積朔太陰交周。加太陰交周応、得天正経朔太陰交周。上考往古、則置太陰交周応、減積朔太陰交周(不足減者、加十二宮減之)、得天正経朔太陰交周」
積朔を置き、太陰交周朔策と相乗じ、満周天これを去き、余数、宮法を以ってこれを収め、積朔太陰交周と為す。太陰交周応を加へ、天正経朔太陰交周を得。上って往古を考ふるは、則ち太陰交周応を置き、積朔太陰交周を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、天正経朔太陰交周を得。
求逐月朔太陰交周「置本年天正経朔太陰交周、以太陰交周朔策逓加十三次、得逐月朔太陰交周」
本年天正経朔太陰交周を置き、太陰交周朔策を以って十三次に逓加し、逐月朔太陰交周を得。
求太陰入交月数「逐月朔太陰交周、自初宮初度至初宮二十度九十五分、自五宮九度五分至六宮八度八十八分、自十一宮二十一度一十二分至十一宮三十度、皆為太陰入交。第幾月入交、即第幾月有食」
逐月望太陰交周、初宮初度より初宮二十度九十五分に至る、五宮九度五分より六宮八度八十八分に至る、十一宮二十一度一十二分より十一宮三十度に至る、皆、太陰入交と為す。第幾月入交するは、即ち第幾月食有り。
\[ \begin{align}
\text{太陰交周朔策} &= 30°.6703932748 \\
&(= (\text{太陰毎日平行} - \text{太陰正交毎日平行}) \times \text{朔策}) \\
\text{太陰交周応} &= 187°.009680 \\
\text{天正経朔太陰交周} &= \text{太陰交周朔策} \times \text{積朔} + \text{太陰交周応} \\
\text{逐月朔太陰交周} &= \text{天正経朔太陰交周} + n \times \text{太陰交周朔策}
\end{align} \] 

逐月朔太陰交周 判定
\(0° \leqq \text{逐月朔太陰交周} \leqq 20°.95 \)
有食(の可能性あり)
計算続行
\(159°.05 \leqq \text{逐月朔太陰交周} \leqq 188°.88 \)
\(351°.12 \leqq \text{逐月朔太陰交周} \lt 360° \)
上記以外 無食。以降、計算不要

月食法では「逐月望太陰交周」(\(= \text{天正経朔太陰交周} + \text{太陰交周望策} + n \times \text{太陰交周朔策}\)) を算出していたが、望ではなく朔、「逐月朔太陰交周」(\(= \text{天正経朔太陰交周} + n \times \text{太陰交周朔策}\))を算出する。月食法のときと同様、逐月朔太陰交周は、明らかに食が起きないケースを早期に刈り込むための一次フィルタリングのために計算しているのであり、その後の日食計算でなにか使うわけではない。

月食法の一次フィルタリングでは、逐月望太陰交周が \(0° \pm 14°.80\), \(180° \pm 14°.80\) の範囲にあるとき有食としていたが、\(0° - 8°.88\) ~ \(0° + 20°.95\), \(180° - 20°.95\) ~ \(180° + 8°.88\) の範囲にあるとき有食としていて、0°, 180° の前後が非対称である。これは、貞享暦の日食法でもあったように、日本・中国が北半球にあるために月を北から「見下ろす」ような感じになり、視差を考えると見かけの白道が南にずれる。その結果、昇交点が後ろに、降交点が前にずれるような効果をもたらす。

貞享暦の日食法とは異なり、寛政暦の日食法の実際の計算では、ちゃんと視差を算出して求めるのであって「交点がずれる」という発想で計算するわけではないが、このように食有無のフィルタリングでざっくりとアタリをつける際には、有食とする範囲を、昇交点(0°)のあたりではうしろに、降交点(180°)のあたりでは前にずらしているのである。

実朔実時と二次フィルタリング

求経朔「以太陰入交月数、与朔策相乗、得数為某月経朔距天正経朔之日分。与天正経朔日分相加、満紀法去之、自初日甲子起算、得経朔干支、不満日為分秒」
太陰入交月数を以って、朔策と相乗じ、得る数、某月経朔距天正経朔の日分と為す。天正経朔日分と相加へ、満紀法これを去き、初日甲子より起算し、経朔干支を得、日に満たざるを分秒と為す。
求経朔距冬至之日数「置紀日、減天正経朔日分(不及減者、加紀法、減之)、余与某月経朔距天正経朔之日分相減、得経朔距冬至之日数(不用分秒)」
紀日を置き、天正経朔日分を減じ(減に及ばざれば、紀法を加へ、これを減ず)、余、某月経朔距天正経朔の日分と相減じ、経朔距冬至の日数を得(分秒を用ゐず)
求実朔実時「以経朔距冬至之日数、得実朔実時(法、与求冬至実望実時同)」
経朔距冬至の日数を以って、実朔実時を得(法、求冬至実望実時と同じ)
求実朔実時黄道実行「以実朔実時、用日躔月離法、各得其黄道実行。則太陰太陽必同宮同度。乃視本時月距正交、自初宮初度至初宮一十八度四十三分、自五宮一十一度五十七分至六宮六度三十七分、自十一宮二十三度六十三分至十一宮三十度、皆入食限、為有食。不入此限者、不食、即不必算」
実朔実時を以って、日躔月離法を用ゐ、各おの其の黄道実行を得。則ち太陰・太陽必ず同宮同度なり。すなはち本時月距正交を視、初宮初度より初宮一十八度四十三分に至る、五宮一十一度五十七分より六宮六度三十七分に至る、十一宮二十三度六十三分より十一宮三十度に至る、皆、食限に入り、有食と為す。此限に入らざるは、不食にして、即ち必ずしも算せず。
\[ \begin{align}
\text{経朔距天正経朔} &= n \times \text{朔策} \\
\text{経朔} &= \text{天正経朔} +  \text{経朔距天正経朔} \\
\text{経朔距冬至の日数} &= [\text{経朔距天正経朔} - (\text{紀日} - \text{天正経朔})] \\
&(= [\text{経朔}] - \text{天正冬至次日 0:00}) \\
\text{《経朔近傍の } & \text{本日の月距日} \leqq 0° \lt \text{次日の月距日} \text{ となるような日において》} \\
\text{一日の日実行} &= \text{太陽実行}(@\text{次日 0:00}) - \text{太陽実行}(@\text{本日 0:00}) \\
\text{一日の月実行} &= \text{太陰黄道実行}(@\text{次日 0:00}) - \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 0:00}) \\
\text{一日の月距日実行} &= \text{一日の月実行} - \text{一日の日実行} \\
\text{実朔汎時} &= 1_\text{日} \times {\text{太陽実行}(@\text{本日 0:00}) - \text{太陰実行}(@\text{本日 0:00}) \over \text{一日の月距日実行}} \\
\text{前時} &= {[\text{実朔汎時} \times 24] \over 24 } \\
\text{後時} &= {[\text{実朔汎時} \times 24] + 1 \over 24 } \\
\text{一小時の日実行} &= \text{太陽実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陽実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{一小時の月実行} &= \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{一小時の月距日実行} &= \text{一小時の月実行} - \text{一小時の日実行} \\
\text{実朔実時} &= \text{前時} + {1_\text{日} \over 24} \times {\text{太陽実行}(@\text{本日 前時}) - \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 前時}) \over \text{一小時の月距日実行}} \\
\text{実朔実日時} &= \text{本日} + \text{実朔実時}
\end{align} \] 

月距正交(@実朔実日時) (※)
判定
\(0° \leqq \text{月距正交} \leqq 18°.43 \)
有食(の可能性あり)
計算続行
\(161°.57 \leqq \text{月距正交} \leqq 186°.37 \)
\(353°.63 \leqq \text{月距正交} \lt 360° \)
上記以外 無食。以降、計算不要

実朔実時を計算する。望(月距日 = 180°)ではなく朔(月距日 = 0°)について計算しているだけで、月食法の月望実時の計算と変わるところはない。

実朔実時の月距正交をもとに二次フィルタリングを行う。月食法では \(0° \pm 12°.28\), \(180° \pm 12°.28\) の範囲を有食としていたが、ここでも、一次フィルタリングと同様、非対称になっていて、\(0° - 6°.37\) ~ \(0° + 18°.43\), \(180° - 18°.43\) ~ \(180° + 6°.37\) の範囲を有食としている。

実朔用時と三次フィルタリング

推実朔用時 第一
求実朔用時「以均数時差与升度時差、得時差総、加減実朔実時、得実朔用時(法詳求合朔弦望用時條)。距日出前日入後五刻以内者、可以見食、五刻以外者、則全在夜、即不必算」
均数時差と升度時差を以って、時差総を得、実朔実時に加減し、実朔用時を得(法、求合朔弦望用時の條に詳し)。日出前日入後を距すること五刻以内は、以って食を見るべく、五刻以外は、則ち全て夜に在り、即ち必ずしも算せず。
\[ \begin{align}
\text{均数時差} &= - {1_\text{日} \over 360°} \text{太陽均数}(@\text{実朔日実時}) \\
\text{升度時差} &= - {1_\text{日} \over 360°} (\text{太陽距春分赤道経度}(@\text{実朔実日時}) - \text{太陽距春分黄道経度}(@\text{実朔実日時})) \\
\text{時差総} &= \text{均数時差} + \text{升度時差} \\
\text{実朔用時} &= \text{実朔実時} + \text{時差総} \\
\end{align} \] 

実朔用時
判定
\(\text{日出時刻} - 0.05_\text{日} \leqq \text{実朔用時} \leqq \text{日入時刻} + 0.05_\text{日}\) 見食(の可能性あり)
計算続行
上記以外 不見食。以降、計算不要

実朔実時における時差総を算出して実朔実時に加減し、真太陽時の実朔時刻(実朔用時)を算出する。実朔用時が、日出前 5 刻~日入後 5 刻の範囲にある場合は、初虧~復円が、日出~日入にかかる可能性ありとして日食法の計算を続行するが、範囲外の場合は、日食が見える可能性なしとし、計算を打ち切る。

斜距黄道交角・一小時両経斜距

推食甚実緯食甚用時第二
求斜距交角差「以一小時太陰白道実行為一辺、一小時太陽黄道実行為一辺、実朔黄白大距為所夾之角、用切線分外角法、求得対小辺之角、為斜距交角差」
一小時太陰白道実行を以って一辺と為し、一小時太陽黄道実行、一辺と為し、実朔黄白大距、夾むところの角と為し、切線分外角法を用ゐ、求めて得る対小辺の角、斜距交角差と為す。
求斜距黄道交角「置実朔黄白大距、加斜距交角差、得斜距黄道交角」
実朔黄白大距を置き、斜距交角差を加へ、斜距黄道交角を得。
求両経斜距(即一小時両経斜距)「以斜距交角差之正弦為一率、一小時太陽実行為二率、実朔黄白大距之正弦為三率、求得四率為両経斜距」
斜距交角差の正弦を以って一率と為し、一小時太陽実行、二率と為し、実朔黄白大距の正弦、三率と為し、求めて得る四率、両経斜距と為す。
\[ \begin{align}
\text{一小時太陰白道実行} &= \text{太陰白道実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陰白道実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{一小時太陽実行} &= \text{太陽実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陽実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{斜距交角差} &= \text{切線分外角法} \left( \begin{aligned}
\text{大辺} &= \text{一小時太陰白道実行}, \\
\text{小辺} &= \text{一小時太陽実行}, \\
\text{夾角} &= \text{黄白大距}(@\text{実朔実日時})
\end{aligned} \right) \\
\text{斜距黄道交角} &= (\text{黄白大距}(@\text{実朔実日時}) + \text{斜距交角差}) \times \text{符号}(\cos (\text{月距正交}(@\text{実朔実日時}))) \\
\text{一小時両経斜距} &= {\text{一小時太陽実行} \over \sin(\text{斜距交角差})} \times \sin(\text{黄白大距}(@\text{実朔実日時}))
\end{align} \]

月食法のときとまったく同じ。

食甚実緯と食甚用時

求食甚実緯(即食甚用時両心実相距)「以半径為一率、斜距黄道交角之余弦為二率、実朔月離黄道実緯為三率、求得四率為食甚実緯。南北、与実朔黄道実緯同」
半径を以って一率と為し、斜距黄道交角の余弦、二率と為し、実朔月離黄道実緯、三率と為し、求めて得る四率、食甚実緯と為す。南北、実朔黄道実緯と同じ。
求食甚距弧「以半径為一率、斜距黄道交角之正弦為二率、実朔月離黄道実緯為三率、求得四率為食甚距弧」
半径を以って一率と為し、斜距黄道交角の正弦、二率と為し、実朔月離黄道実緯、三率と為し、求めて得る四率、食甚距弧と為す。
求食甚距時「以一小時両経斜距為一率、一小時分為二率、食甚距弧為三率、求得四率為食甚距時。月距正交初宮六宮為減、五宮十一宮為加」
一小時両経斜距を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、食甚距弧、三率と為し、求めて得る四率、食甚距時と為す。月距正交、初宮・六宮は減と為し、五宮・十一宮は加と為す。
求食甚用時「置実朔用時、加減食甚距時、得食甚用時」
実朔用時を置き、食甚距時を加減し、食甚用時を得。
\[ \begin{align}
\text{食甚実緯} &= \text{太陰黄道緯度}(@\text{実朔実日時}) \cos(\text{斜距黄道交角}) \\
\text{食甚距弧} &= - \text{太陰黄道緯度}(@\text{実朔実日時}) \sin(\text{斜距黄道交角}) \\
\text{食甚距時} &= {{1 \over 24}\text{日}} \times {\text{食甚距弧} \over \text{一小時両経斜距}} \\
\text{食甚用時} &= \text{実朔用時} + \text{食甚距時}
\end{align} \]

こちらも、基本的には月食法とまったく同じ計算。

一点異なるのは、月食法では、実望用時に食甚距時を加減して得たのは「食甚時刻」であった。日食法では、実朔用時に食甚距時を加減して得るのは「食甚用時」である。

寛政暦の日食法において「食甚用時」は、食甚時刻そのものではなく、視差を無視して算出した、食甚時刻の一次的なアタリの時刻に過ぎない。視差によって月の視位置がずれることによって、食甚用時における月と太陽との視距離が必ずしも最小の視位置とならず、真の食甚時刻は若干ずれる。真の食甚時刻の算出は、次回説明していく。

太陽距地・太陰距地

推地平高下差及日月視径第三
求太陽実引「置実朔太陽引数、加減本時太陽均数、得太陽実引」
実朔太陽引数を置き、本時太陽均数を加減し、太陽実引を得。
求太陰実引「置実朔太陰引数、加減本時太陰初均数、得太陰実引」
実朔太陰引数を置き、本時太陰初均数を加減し、太陰実引を得。
求太陽距地「以倍両心差為一辺、以二千萬為両辺和、以太陽実引為一角、用三角作垂線成両勾股法算之(実引、三宮以内者、即以実引為一角、過九宮者、与全周相減、為一角。俱作垂線於形外。実引、過三宮者、与六宮相減、過六宮者、減六宮、為一角。俱作垂線於形内)。求得対角之辺、以与二千萬相減、得太陽距地」
倍両心差を以って一辺と為し、二千萬を以って両辺和と為し、太陽実引を以って一角と為し、三角作垂線成両勾股法を用ゐこれを算し(実引、三宮以内は、即ち実引を以って一角と為し、九宮を過ぐれば、全周と相減じ、一角と為す。俱に垂線を形外に作す。実引、三宮を過ぐれば、六宮と相減じ、六宮を過ぐれば、六宮を減じ、一角と為す。俱に垂線を形内に作す)。求めて得る対角の辺、以って二千萬と相減じ、太陽距地を得。
求太陰距地「以実朔太陰本天心距地数倍之、為一辺、以二千萬為両辺和、以太陰実引為一角、用三角作垂線成両勾股法算之(実引、三宮以内者、即以実引為一角、過九宮者、与全周相減、為一角。俱作垂線於形内。実引、過三宮者、与六宮相減、過六宮者、減六宮、為一角。俱作垂線於形外)。求得対角之辺、以与二千萬相減、得太陰距地」
実朔太陰本天心距地数を以ってこれを倍し、一辺と為し、二千萬を以って両辺和と為し、太陰実引を以って一角と為し、三角作垂線成両勾股法を用ゐこれを算し(実引、三宮以内は、即ち実引を以って一角と為し、九宮を過ぐれば、全周と相減じ、一角と為す。俱に垂線を形内に作す。実引、三宮を過ぐれば、六宮と相減じ、六宮を過ぐれば、六宮を減じ、一角と為す。俱に垂線を形外に作す)。求めて得る対角の辺、以って二千萬と相減じ、太陰距地を得。
\[ \begin{align}
\text{太陽実引} &= \text{太陽引数}(@\text{実朔実日時}) + \text{太陽均数}(@\text{実朔実日時}) \\
\text{太陰実引} &= \text{太陰引数}(@\text{実朔実日時}) + \text{太陰初均}(@\text{実朔実日時}) \\
e_s &= \text{太陽両心差} \\
e_m &= \text{太陰本天心距地数}(@\text{実朔実日時}) \\
\text{太陽距地} &= {1 - e_s^2 \over 1 + e_s \cos(\text{太陽実引})} \\
\text{太陰距地} &= {1 - e_m^2 \over 1 - e_m \cos(\text{太陰実引})}
\end{align} \]

太陽距地(地球と太陽との間の距離)、太陰距地(地球と月との間の距離)の計算は、月食法におけるものとまったく同じ。

地半径差と視半径

太陽光分四十二秒
求地平高下差「以太陰距地為一率、中距太陰距地為二率、太陰中距最大地半径差為三率、求得四率、為本日太陰在地平上最大地半径差。減太陽地半径差、得地平高下差」
太陰距地を以って一率と為し、中距太陰距地、二率と為し、太陰中距最大地半径差、三率と為し、求めて得る四率、本日太陰在地平上最大地半径差と為す。太陽地半径差を減じ、地平高下差を得。
求太陽実半径「以太陽距地為一率、中距太陽距地為二率、中距太陽視半径為三率、求得四率、為太陽視半径。再減太陽光分、得太陽実半径」
太陽距地を以って一率と為し、中距太陽距地、二率と為し、中距太陽視半径、三率と為し、求めて得る四率、太陽視半径と為す。再び太陽光分を減じ、太陽実半径を得。
求太陰視半径「以太陰距地為一率、中距太陰距地為二率、中距太陰視半径為三率、求得四率、為太陰視半径」
太陰距地を以って一率と為し、中距太陰距地、二率と為し、中距太陰視半径、三率と為し、求めて得る四率、太陰視半径と為す。
求併径「以太陽実半径、与太陰視半径相加、得併径」
太陽実半径を以って、太陰視半径と相加へ、併径を得。
\[ \begin{align}
\text{中距太陰地半径差} &= 0°.9583 \\
\text{太陽地半径差} &= 0°.0028 \\
\text{中距太陽視半径} &= 0°.2683 \\
\text{中距太陰視半径} &= 0°.26125 \\
\text{太陽光分} &= 0°.0042 \\
\text{太陰最大地半径差} &= {\text{中距太陰地半径差} \over \text{太陰距地}} \\
\text{地平高下差} &= \text{太陰最大地半径差} - \text{太陽地半径差} \\
\text{太陽視半径} &= {\text{中距太陽視半径} \over \text{太陽距地}} \\
\text{太陽実半径} &= \text{太陽視半径} - \text{太陽光分} \\
\text{太陰視半径} &= {\text{中距太陰視半径} \over \text{太陰距地}} \\
\text{併径} &= \text{太陽実半径} + \text{太陰視半径}
\end{align} \]

「太陰最大地半径差」「太陽視半径」「太陰視半径」などの算出は、月食法におけるものと同じ。

「地平高下差」を算出している。これは、月の地平視差と、太陽の地平視差 (0°.0028 固定) との差分。つまり、日月が地平線近くにあるときの、月の視位置が太陽の視位置からずれる正味の視差を求めているのである。実際の視差計算にあたっては、視差は \(\sin(\text{天頂距離})\) に比例する(天体が天頂方向に見えているとき最小値ゼロ、地平線方向に見えている(天頂距離 = 90°)とき最大値)ので、
\[\text{正味の視差} = \text{太陰最大地半径差} \sin(\text{月の天頂距離}) - \text{太陽地半径差} \sin(\text{太陽の天頂距離})\]
となるのだが、日食計算にあたっては日月の位置が非常に近傍にあるときを問題にしているので、月の天頂距離と太陽の天頂距離は等しいと考えてよく、
\[ \begin{align}
\text{正味の視差} &= \text{太陰最大地半径差} \sin(\text{日月の天頂距離}) - \text{太陽地半径差} \sin(\text{日月の天頂距離}) \\
&= \text{地平高下差} \sin(\text{日月の天頂距離})
\end{align} \]
として計算できるのである。

「太陽実半径」は、太陽視半径から「光分 (0°.0042)」を引いたもの。通常時の太陽を地球から観測する際、光が散乱して若干もわっと膨張して見え、膨らんでいる分を含めた半径が「太陽視半径」なのだが、月により太陽光が隠ぺいされると膨張しなくなり正味の半径となる。正味の半径としたのが「太陽実半径」である。

「併径」は、月食法では実影半径と太陰視半径の和であったが、日食法では太陽実半径と太陰視半径の和となる。

食甚用時における太陽の経緯度

推食甚太陽黄赤経宿度及黄赤二経交角第四
求距時日実行「以一小時分為一率、一小時太陽黄道実行為二率、食甚距時為三率、求得四率為距時日実行。食甚距時加者亦為加、減者亦為減(如無食甚実緯、則無距時日実行、即以実朔太陽黄道実行為食甚太陽黄道経度)」
一小時分を以って一率と為し、一小時太陽黄道実行、二率と為し、食甚距時、三率と為し、求めて得る四率、距時日実行と為す。食甚距時、加はまた加と為し、減はまた減と為す(もし食甚実緯無ければ、則ち距時日実行無く、即ち実朔太陽黄道実行を以って食甚太陽黄道経度と為す)
求食甚太陽黄道経度「置実朔太陽黄道実行、加減距時日実行、得食甚太陽黄道経度」
実朔太陽黄道実行を置き、距時日実行を加減し、食甚太陽黄道経度を得。
求食甚太陽赤道経度「以半径為一率、黄赤大距之余弦為二率、食甚太陽距春秋分黄道経度之正切線為三率、求得四率為距春秋分赤道経度之正切線、検表得太陽距春秋分赤道経度。自冬至初宮起算、得食甚太陽赤道経度」
半径を以って一率と為し、黄赤大距の余弦、二率と為し、食甚太陽距春秋分黄道経度の正切線、三率と為し、求めて得る四率、距春秋分赤道経度の正切線と為し、表を検じ太陽距春秋分赤道経度を得。冬至初宮より起算し、食甚太陽赤道経度を得。
求食甚太陽赤道緯度「以半径為一率、黄赤大距之正弦為二率、食甚太陽距春秋分黄道経度之正弦為三率、求得四率為距緯之正弦、検表得食甚太陽赤道緯度。春分後秋分前為北、秋分後春分前為南」
半径を以って一率と為し、黄赤大距の正弦、二率と為し、食甚太陽距春秋分黄道経度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、距緯の正弦と為し、表を検じ食甚太陽赤道緯度を得。春分後・秋分前は北と為し、秋分後・春分前は南と為す。
求太陽距北極「置九十度、加減食甚太陽赤道」緯度(緯南則加、緯北則減)、得太陽距北極」
九十度を置き、食甚太陽赤道緯度を加減し(緯南は則ち加へ、緯北は則ち減ず)、太陽距北極と得。
\[ \begin{align}
\text{距時日実行} &= \text{一小時太陽黄道実行} \times \text{食甚距時} / {1 \over 24}_\text{日} \\
\text{食甚太陽黄道経度} &= \text{太陽実行}(@\text{実朔実日時}) + \text{距時日実行} \\
\text{食甚太陽距春分黄道経度} &= \text{食甚太陽黄道経度} - 90° \\
\text{食甚太陽距春分赤道経度} &= \tan^{-1} {\cos (\text{黄赤大距}) \sin (\text{食甚太陽距春分黄道経度}) \over \cos (\text{食甚太陽距春分黄道経度})} \\
\text{食甚太陽赤道経度} &= \text{食甚太陽距春分赤道経度} + 90° \\
\text{食甚太陽赤道緯度} &= \sin^{-1} (\sin(\text{黄赤大距}) \sin(\text{食甚太陽距春分赤道経度})) \\
\text{太陽距北極} &= 90° - \text{食甚太陽赤道緯度}
\end{align} \]

食甚用時における太陽の経緯度を計算する。実朔実時における太陽黄経を算出し、「一小時太陽黄道実行」(一時間あたりの太陽黄経の角速度)と、「食甚距時」(実朔実時と食甚用時の時間差)から、「距時日実行」(食甚距時の間に太陽黄経が進む量)を算出し、これを加減して、食甚用時の太陽黄経を算出する。

それをもとに、食甚用時の太陽の赤経・赤緯を求める。

暦法にはこう書いてあるが、\(\text{平均太陽時の食甚用時} = \text{実朔実時} + \text{食甚距時}\) として、「平均太陽時の食甚用時」における日躔を計算して求めてもいい気がする。

赤白二経交角

求黄赤二経交角「以食甚太陽距春秋分黄道経度之余弦為一率、黄赤大距之余切線為二率、半径為三率、求得四率為黄赤二経交角之余切線、検表得黄赤二経交角。冬至後、黄経在赤経西、夏至後、黄経在赤経東。如太陽在冬夏至、則黄経与赤経合、無交角」
食甚太陽距春秋分黄道経度の余弦を以って一率と為し、黄赤大距の余切線、二率と為し、半径、三率と為し、求めて得る四率、黄赤二経交角の余切線と為し、表を検じ黄赤二経交角を得。冬至後は、黄経、赤経の西に在り、夏至後は、黄経、赤経の東に在り。もし太陽、冬夏至に在れば、則ち黄経と赤経合し、交角無し
求黄白二経交角「斜距黄道交角、即黄白二経交角。実朔月距正交初宮・十一宮、白経在黄経西、五宮・六宮、白経在黄経東」
斜距黄道交角、即ち黄白二経交角。実朔月距正交、初宮・十一宮は白経、黄経の西に在り、五宮・六宮は白経、黄経の東に在り。
求赤白二経交角「黄赤二経交角与黄白二経交角、同為東、或同為西者、則相加、得赤白二経交角、東亦為東、西亦為西。一為東、一為西者、則相減、得赤白二経交角、東数大為東、西数大為西(此之所謂東西、乃白経在赤経之東西也)。若両角相等而減尽、則白経与赤経合、無交角。如無黄赤二経交角、則黄白二経交角、即赤白二経交角、東西並同本法」
黄赤二経交角と黄白二経交角、同じく東と為し、或いは同じく西と為すは、則ち相加へ、赤白二経交角を得、東また東と為し、西また西と為す。一は東と為し、一は西と為すは、則ち相減じ、赤白二経交角を得、東数大は東と為し、西数大は西と為す(此の謂ふところの東西は、乃ち白経、赤経の東西に在るなり)。もし両角相等しくして減じ尽せば、則ち白経と赤経合し、交角無し。もし黄赤二経交角無くは、則ち黄白二経交角、即ち赤白二経交角にして、東西並びに本法に同じ。
\[ \begin{align}
\text{黄赤二経交角} &= - \tan^{-1} (\tan(\text{黄赤大距}) \cos(\text{食甚太陽距春分黄道経度})) \\
\text{黄白二経交角} &= - \text{斜距黄道交角} \\
\text{赤白二経交角} &= \text{黄赤二経交角} + \text{黄白二経交角}
\end{align} \]

月食と異なり、日食は視差の考慮が重要になる。月食では、地球影も月も地球から等距離にあるため、視差は同程度となり、視差によって月と地球影との視距離は影響を受けないが、太陽と比べて月の地球からの距離は各段に近いから、太陽の視差より月の視差の方がずっと大きい。よって、視差により月と太陽との視距離は影響を受ける。

詳細は次回以降になるが、視差を考慮した食甚・初虧・復円は、視差を考慮しない場合のものからずれる。どの程度ずれるのかの量をすこしずつ近似していって求めるため、今後、視差計算を何度も何度も繰り返すことになる。そして、視差計算をするとき必要になるのが「太陽の上/下方はどっちか」という計算。なぜなら、視差は、常に下方(天頂から遠ざかる方向)にずれるからである。

「上/下方はどっちか」の計算は、月食法でも方向角を求めるために計算した。日食法では、単に方向角を求めるためだけでなく、この計算をなんどもなんども実施しないと、食甚・初虧・復円時刻も決まらないし、食甚食分すら決まらない。月食法なら、併径と食甚実緯が決まれば食甚食分はそのまま決まったし、実望用時と食甚距時とでそのまま食甚時刻が決まったのだが、日食法においては、それは、単なる一次近似に過ぎない。

視差計算のため、白経線と鉛直方向(太陽から見て天頂がある方向)との角度ずれの情報が必要だ。ただし、その情報を得るためには、赤経線と鉛直方向との角度ずれ(赤経高弧交角)が必要だが、それは時刻によって異なるので別途計算する。今ここでは白経線と赤経線との角度ずれ(赤白二経交角)を計算する。これは時刻によって値が変わらない(厳密に言えば変わるが無視できる)ので、この部分だけあらかじめ計算しておく。

白経線と赤経線との角度ずれ(赤白二経交角)は、黄経線と赤経線との角度ずれ(黄赤二経交角)と白経線と黄経線との角度ずれ(黄白二経交角)とを合わせたものである。

まずは、黄赤二経交角から。これは、「太陽から見て赤道北極がある方向」を 0° として、「太陽から見て黄道北極がある方向」を反時計回りに測った角度だと、このブログの式では定義しよう。

これに似たものとして、月食法の方向角計算で計算した「黄道赤経交角」があった。これは、「地球影から見て赤道北極がある方向」を 0° とし、黄道前方の方向を、反時計回りに測った角。以下の形で算出することが出来た。
\[ \tan(\text{黄道赤経交角}) = {\cot(\text{黄赤大距}) \over \cos(\text{影距春分黄道経度})} \]
黄道前方の方向から起算すると、黄道北極方向は、時計回りに 90° の方向であるから、「黄赤二経交角」は、\(\text{黄道赤経交角} - 90°\) であるはず。よって、
\[ \begin{align}
\tan(\text{黄赤二経交角} + 90°) &= {\cot(\text{黄赤大距}) \over \cos(\text{食甚太陽距春分黄道経度})} \\
- \cot(\text{黄赤二経交角}) &= {\cot(\text{黄赤大距}) \over \cos(\text{食甚太陽距春分黄道経度})} \\
\tan(\text{黄赤二経交角}) &= - \tan(\text{黄赤大距}) \cos(\text{食甚太陽距春分黄道経度})
\end{align} \]
として、黄赤二経交角は算出できる。

次に、黄白二経交角。黄道北極方向を 0° として、白道北極方向を、反時計回りに測った角度としてこのブログでは定義するが、これは、黄道と白道 (※) との角度差に等しい。これは、「斜距黄道交角」として算出済。ただし、このブログの式の「斜距黄道交角」は、昇交点付近でプラス、降交点付近でマイナスになる値として定義した。昇交点付近の白道は、黄道から時計回りにずれており、降交点付近の白道は反時計回りにずれている。黄白二経交角は、反時計回りが正となるように定義したいので符号を反転させる必要がある。

  • (※) ここで計算しているのは、正しく言えば黄道と白道との角度差ではない。斜距黄道交角の算出にあたり、太陽の速度ベクトルと、月の速度ベクトルの差分をとって、月の太陽からの相対運動の速度ベクトルを考えた。斜距黄道交角は、この月の相対運動ベクトルの方向である。そして、「黄白二経交角」は月の相対運動ベクトルの黄道からのずれだし、「赤白二経交角」も、月の相対運動ベクトルの赤緯線からのずれなのだ。そして、最終的に視差を計算するとき、月の相対運動ベクトルの向き(太陽の位置が固定するようにパンしながら撮影しているカメラで、真の月が動いていく方向)と、「下方」の向き(視差により、真の月に対し見かけの月がずれる方向)との角度差が知りたいのだ。

 さて、このブログで「反時計回りは正、時計回りは負」と定義したが、暦法新書(寛政)の記載では「反時計回りは東、時計回りは西」と記載されている。赤道北極に対し、白道北極が反時計回りにずれているとき、赤道北極方向の左(東)に白道北極方向があるのであり、時計回りにずれているとき、赤道北極方向の右(西)に白道北極方向があるからである。


今回、説明した箇所は、日食計算の入り口、下準備に過ぎない。次回以降は、日食計算の本丸に入る。次回は、まず、食甚時刻・食甚食分の計算。


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[参考文献]

吉田 秀升, 山路 徳風, 高橋 至時, (校正) 土御門 泰栄「暦法新書」(寛政) 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景佑「寛政暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵


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