2021年6月20日日曜日

天保暦の日食法 (3) 食甚用時の東西差・南北差(観測者の位置)

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天保暦の日食法について説明している。

前回は、矮立円地(地球回転楕円体)に関する諸数の算出と、簡平の月(太陽から見た、地球輪への月の射影)の算出を行った。

今回は、地球の自転につれて、地球上の観測者が、太陽から見た地球輪内でどのように動くかを算出する。観測者の位置は、直交座標で「東西差」「南北差」として得られる。

 

東西差・南北差を算出する基礎となる諸数

推南北原数法数汎差及東西一差基数月距人一差第七
求南北原数「以半径為一率、矮立円地赤道距天頂之正弦為二率、食甚太陽赤道緯度之余弦為三率、求得四率為南北原数(如無太陽赤道緯度、則無南北原数、即以矮立円地赤道距天頂之正弦為南北原数)」
半径を以って一率と為し、矮立円地赤道距天頂の正弦、二率と為し、食甚太陽赤道緯度の余弦、三率と為し、求めて得る四率、南北原数と為す(もし太陽赤道緯度無ければ、則ち南北原数無く、即ち矮立円地赤道距天頂の正弦を以って南北原数と為す)
求東西一差「以半径為一率、赤白二経交角之正弦為二率、南北原数為三率、求得四率為東西一差(如無赤白二経交角、則無東西一差)」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の正弦、二率と為し、南北原数、三率と為し、求めて得る四率、東西一差と為す(もし赤白二経交角無ければ、則ち東西一差無し)
求南北汎差「以半径為一率、赤白二経交角之余弦為二率、南北原数為三率、求得四率為南北汎差(如無赤白二経交角、則無南北汎差)」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の余弦、二率と為し、南北原数、三率と為し、求めて得る四率、南北汎差と為す(もし赤白二経交角無ければ、則ち南北汎差無し)
求南北法数「以半径為一率、食甚太陽赤道緯度之正弦為二率、東西原数為三率、求得四率為南北法数(如無太陽赤道緯度、則無南北法数、亦無赤道南北差)」
半径を以って一率と為し、食甚太陽赤道緯度の正弦、二率と為し、東西原数、三率と為し、求めて得る四率、南北法数と為す(もし太陽赤道緯度無ければ、則ち南北法数無く、また赤道南北差無し)
求東西基数「以半径為一率、食甚太陽赤道緯度之余弦為二率、東西原数為三率、求得四率為東西汎数(如無太陽赤道緯度、則以東西原数為東西汎数)。又以半径為一率、極下太陰地半径差之正弦為二率、東西汎数為三率、求得四率為東西基数)」
半径を以って一率と為し、食甚太陽赤道緯度の余弦、二率と為し、東西原数、三率と為し、求めて得る四率、東西汎数と為す(もし太陽赤道緯度無ければ、則ち東西原数を以って東西汎数と為す)。又、半径を以って一率と為し、極下太陰地半径差の正弦、二率と為し、東西汎数、三率と為し、求めて得る四率、東西基数と為す。
求月距人一差「以半径為一率、食甚太陽赤道緯度之正弦為二率、矮立円地赤道距天頂之正弦為三率、求得四率為東西法数(如無太陽赤道緯度、則以矮立円地赤道距天頂之正弦為東西法数)。又以半径為一率、極下太陰地半径差之正弦為二率、東西法数為三率、求得四率為月距人一差」
半径を以って一率と為し、食甚太陽赤道緯度の正弦、二率と為し、矮立円地赤道距天頂の正弦、三率と為し、求めて得る四率、東西法数と為す(もし太陽赤道緯度無ければ、則ち矮立円地赤道距天頂の正弦を以って東西法数と為す)。又、半径を以って一率と為し、極下太陰地半径差の正弦、二率と為し、東西法数、三率と為し、求めて得る四率、月距人一差と為す。
\[ \begin{align}
\text{南北原数} &= \sin(\text{矮立円地赤道距天頂}) \cos(\text{食甚太陽赤道緯度}) \\
\text{東西一差} &= \text{南北原数} \sin(\text{赤白二経交角}) \\
\text{南北汎差} &= \text{南北原数} \cos(\text{赤白二経交角}) \\
\text{南北法数} &= \text{東西原数} \sin(\text{食甚太陽赤道緯度}) \\
\text{東西汎数} &= \text{東西原数} \cos(\text{食甚太陽赤道緯度}) \\
\text{東西基数} &= \text{東西汎数} \sin(\text{極下太陰地半径差}) \\
\text{東西法数} &= \sin(\text{食甚太陽赤道緯度}) \sin(\text{矮立円地赤道距天頂}) \\
\text{月距人一差} &= \text{東西法数} \sin(\text{極下太陰地半径差})
\end{align} \]

南北原数、東西一差、南北汎差、南北法数、東西汎数、東西基数、東西法数、月距人一差、の諸数を算出しているのだが、正直これだけを見ても、一体なんの値を計算しているのだかピンとこない。最終的には、地球輪内における観測者の位置を求めたいのであるが、上記の値は、その値を求めるための個々のパーツを算出しているだけなので、ここだけを取り上げてもなんの計算をしているんだかよくわからないのである。

今、「矮立円地赤道距天頂」(観測地点の更成緯度 reduced latitude)を \(\phi^\prime\)、「食甚太陽赤道緯度」を \(\delta_s\)、「赤白二経交角」を \(\theta\)、「極下太陰地半径差」を \(\pi_m\) とし、地球大径率を \(r\) とする。

前回求めた「東西原数」も含め、上記の変数を用いて表現すると、
\[ \begin{align}
\text{東西原数} &= r \cos \phi^\prime \\
\text{南北原数} &= \sin \phi^\prime \cos \delta_s \\
\text{東西一差} &= \text{南北原数} \sin \theta &&= \sin \phi^\prime \cos \delta_s \sin \theta \\
\text{南北汎差} &= \text{南北原数} \cos \theta &&= \sin \phi^\prime \cos \delta_s \cos \theta \\
\text{南北法数} &= \text{東西原数} \sin \delta_s &&= r \cos \phi^\prime \sin \delta_s \\
\text{東西汎数} &= \text{東西原数} \cos \delta_s &&= r \cos \phi^\prime \cos \delta_s \\
\text{東西基数} &= \text{東西汎数} \sin \pi_m &&= r \cos \phi^\prime \cos \delta_s \sin \pi_m \\
\text{東西法数} &= \sin \phi^\prime \sin \delta_s \\
\text{月距人一差} &= \text{東西法数} \sin \pi_m &&= \sin \phi^\prime \sin \delta_s \sin \pi_m
\end{align} \]
ということになる。

これらの値をパーツとして、何をどのように計算しようとしているのかを以下に説明することにしよう。

  • なお、新法暦書の式の割注において、南北汎差のところに「もし赤白二経交角無ければ、則ち南北汎差無し」とある。\(\text{南北汎差} = \text{南北原数} \cos(\text{赤白二経交角})\) であって、赤白二経交角がゼロのとき、南北汎差はゼロではなく、南北汎差 = 南北原数になるはずであり、割注の記述はおかしい。
  • 同様に、月距一差の記述中の東西法数の式の割注に「もし太陽赤道緯度無ければ、則ち矮立円地赤道距天頂の正弦を以って東西法数と為す」とあるが、\(\text{東西法数} = \sin(\text{食甚太陽赤道緯度}) \sin(\text{矮立円地赤道距天頂})\) であり、太陽赤道緯度がゼロのとき、\(\text{東西法数} = \sin(\text{矮立円地赤道距天頂})\) ではなく、東西法数はゼロとなるはずである。割注の記述はおかしい。


地球上の観測者の位置を求める。

前回、「簡平○○」の値を求めることにより、「太陽から見た地球輪内における月の位置」は、大体把握できた。そして、残るは、「太陽から見た地球輪内における観測者の位置」を求める必要があるのだと述べた。これを求めていこう。

今、赤道北極方向を Y軸とし、太陽の赤経方向を Z軸とし、太陽の赤経 + 90° 方向を X軸とする。地心を座標原点とし、地球の小半径を 1 としよう。

観測地点における真太陽時(を角度換算したもの)を \(\tau\) とすると、真太陽時とは、観測地点における恒星時(すなわち、観測地点の天頂が向いている方向の赤経)と、太陽赤経との離角である。もし、地球が半径 1 の真球なのだとし、観測者 P の地点緯度を \(\phi\) とすれば、観測者 P のいる座標は、
\[ \vec{P} = \left( \begin{array} \\ \cos \phi \sin \tau \\ \sin \phi \\ \cos \phi \cos \tau \end{array} \right) \]
となるだろう。が、実際の地球は、小半径 1、大半径 \(r\) の回転楕円体であり、X軸、Z軸方向には、若干でぶっているので、更成緯度(矮立円地赤道距天頂)を \(\phi^\prime\) とすると、
\[ \vec{P} = \left( \begin{array} \\ r \cos \phi^\prime \sin \tau \\ \sin \phi^\prime \\ r \cos \phi^\prime \cos \tau \end{array} \right) \]
となる。これは、太陽の赤経方向を Z 軸としているが、実際の太陽は赤緯方向には若干ずれている。座標系を X 軸を中心に Y 軸を Z 軸に近づけるように(X 軸のマイナス側から見て時計回りに)太陽の赤経 \(\delta_s\) だけ回転させて、太陽がちょうど Z 軸上に乗るようにする。この座標系で見たときの 観測者の位置 \(\vec{P^\prime}\) は、
\[ \begin{align}
\vec{P^\prime} &= R_x(\delta_s) \vec{P} \\
&= \left( \begin{array} \\
1 & 0 & 0 \\
0 & \cos \delta_s & - \sin \delta_s \\
0 & \sin \delta_s & \cos \delta_s \\
\end{array} \right) \left( \begin{array} \\
r \cos \phi^\prime \sin \tau \\ \sin \phi^\prime \\ r \cos \phi^\prime \cos \tau
\end{array} \right) \\
&= \left( \begin{array} \\
r \cos \phi^\prime \sin \tau \\
\sin \phi^\prime \cos \delta_s - r \cos \phi^\prime \sin \delta_s \cos \tau \\
\sin \phi^\prime \sin \delta_s + r \cos \phi^\prime \cos \delta_s \cos \tau \\
\end{array} \right) \\
&= \left( \begin{array} \\
\text{東西原数} \sin \tau \\
\text{南北原数} - \text{南北法数} \cos \tau \\
\text{東西法数} + \text{東西汎数} \cos \tau \\
\end{array} \right) \\
\end{align} \]
となる。

\(\vec{P^\prime}\) の X, Y, Z 座標はそれぞれ、地球の小半径を 1 とする距離の単位において、太陽から見て観測者 P が地心より「どれだけ右に見えるか」「どれだけ上に見えるか」「どれだけ太陽に近いか」を示す値である。

さて、ここで、太陽から見たときに、月が地球輪をどのように通り過ぎるのかというと、概ね左から右にとおりすぎるのだが「赤白二経交角」の分だけ右上がりで、地心に最接近するときは地心からの距離が「簡平食甚実緯之正弦」だけ離れているような、そういう直線軌道で通り過ぎていくのである。

なので、月の動きを把握しやすいよう、\(\vec{P^\prime}\) を、Z 軸を中心に、Y 軸を X 軸に近づけるよう赤白二経交角の分だけ回転し、太陽から見たときの月が、地球輪を真左から真右に通り過ぎてゆくようにしよう。このような座標系を取ったときの観測者の位置を \(\vec{P^{\prime\prime}}\) とする。赤白二経交角を \(\theta\) とし、
\[ \begin{align}
\vec{P^{\prime\prime}} &= R_z(- \theta) \vec{P^\prime} \\
&= \left( \begin{array} \\
\cos \theta & \sin \theta & 0 \\
- \sin \theta & \cos \theta & 0 \\
0 & 0 & 1 \\
\end{array} \right) \left( \begin{array} \\
\text{東西原数} \sin \tau \\
\text{南北原数} - \text{南北法数} \cos \tau \\
\text{東西法数} + \text{東西汎数} \cos \tau \\
\end{array} \right) \\
&= \left( \begin{array} \
\text{東西原数} \cos \theta \sin \tau + \text{南北原数} \sin \theta - \text{南北法数} \sin \theta \cos \tau \\
- \text{東西原数} \sin \theta \sin \tau + \text{南北原数} \cos \theta - \text{南北法数} \cos \theta \cos \tau \\
\text{東西法数} + \text{東西汎数} \cos \tau \\
\end{array} \right) \\
&= \left( \begin{array} \
\text{東西原数} \cos \theta \sin \tau + \text{東西一差} - \text{南北法数} \sin \theta \cos \tau \\
- \text{東西原数} \sin \theta \sin \tau + \text{南北汎差} - \text{南北法数} \cos \theta \cos \tau \\
\text{東西法数} + \text{東西汎数} \cos \tau \\
\end{array} \right) \\
&= \left( \begin{array} \
r \cos \phi^\prime \cos \theta \sin \tau + \sin \phi^\prime \cos \delta_s \sin \theta - r \cos \phi^\prime \sin \delta_s \sin \theta \cos \tau \\
- r \cos \phi^\prime \sin \theta \sin \tau + \sin \phi^\prime \cos \delta_s \cos \theta - r \cos \phi^\prime \sin \delta_s \cos \theta \cos \tau \\
\sin \phi^\prime \sin \delta_s + r \cos \phi^\prime \cos \delta_s \cos \tau \\
\end{array} \right) \\
\end{align} \]
となる。

さて、\(\vec{P^{\prime\prime}}\) の Z 座標 \(\text{東西法数} + \text{東西汎数} \cos \tau\) は、観測者は地心よりどれだけ太陽に近いか、という値である。この値は、月と観測者との間の距離を求めるために今後使用されるので、地球小半径を 1 とする量で測られるより、地球~月間の距離を 1 とする量で測った方が都合がよい。
\[ \sin(\text{極下太陰地半径差}) = {\text{地球小半径} \over \text{地球~月間の距離}} \]
であるから、これ(\(\sin \pi_m\))を換算レートにすることにより、地球~月間の距離を 1 とする量に換算でき、
\[ \begin{align}
(\text{東西法数} + \text{東西汎数} \cos \tau) \sin \pi_m &= \text{東西法数} \sin \pi_m + \text{東西汎数} \sin \pi_m \cos \tau \\
&= \text{月距人一差} + \text{東西基数} \cos \tau
\end{align} \]
となる。

以上により、太陽から見て、観測者 P は地心より、
\[ \begin{align}
\text{東西原数} \cos \theta \sin \tau + \text{東西一差} - \text{南北法数} \sin \theta \cos \tau & \text{だけ右(地球小半径を 1 とする)} \\
- \text{東西原数} \sin \theta \sin \tau + \text{南北汎差} - \text{南北法数} \cos \theta \cos \tau & \text{だけ上(地球小半径を 1 とする)} \\
\text{月距人一差} + \text{東西基数} \cos \tau & \text{だけ手前(地球~月間の距離を 1 とする)}
\end{align} \]
となるような位置にいるはずということになる。

そして、この時、 地球輪のなかにおける月は、地心と比べて
(時刻の食甚用時からの差違を \(\Delta t\) とし、簡平一小時両経斜距之正弦を \(v_x\) とし、簡平食甚実緯之正弦を \(y\) とするなら、
\[ \begin{align}
v_x \Delta t & \text{だけ右(地球小半径を 1 とする)} \\
y & \text{だけ上(地球小半径を 1 とする)} \\
\end{align} \]
の位置に見えるはずである。

この、太陽から見たときの観測者と月の両者が最接近するときが、真の食甚ということになる。

食甚用時の位置計算

推食甚近時設時第八
求用時太陽距午赤道度「以食甚用時与半周日相減、余数変赤道度、得用時太陽距午赤道度(用時不及半周日、則為午前、過半周日、則為午後。如太陽在正午、無距午赤道度、則無赤道東西差、南北法数即赤道南北差)」
食甚用時を以って半周日と相減じ、余数、赤道度に変じ、用時太陽距午赤道度を得(用時、半周日に及ばざれば、則ち午前と為し、半周日を過ぐれば、則ち午後と為す。もし太陽、正午に在り、距午赤道度無ければ、則ち赤道東西差無く、南北法数即ち赤道南北差)。
求用時赤道東西差「以半径為一率、用時距午赤道度之正弦為二率、東西原数為三率、求得四率為用時赤道東西差」
半径を以って一率と為し、用時距午赤道度の正弦、二率と為し、東西原数、三率と為し、求めて得る四率、用時赤道東西差と為す。
求用時赤道南北差「以半径為一率、用時太陽距午赤道度之余弦為二率、南北法数為三率、求得四率為用時赤道南北差」
半径を以って一率と為し、用時太陽距午赤道度の余弦、二率と為し、南北法数、三率と為し、求めて得る四率、用時赤道南北差と為す。
求用時東西汎差「以半径為一率、赤白二経交角之余弦為二率、用時赤道東西差為三率、求得四率為用時東西汎差(如無赤白二経交角、則無東西汎差)」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の余弦、二率と為し、用時赤道東西差、三率と為し、求めて得る四率、用時東西汎差と為す(もし赤白二経交角無ければ、則ち東西汎差無し)
求用時東西二差「以半径為一率、赤白二経交角之正弦為二率、用時赤道南北差為三率、求得四率為用時東西二差(如無赤白二経交角、則無東西二差)」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の正弦、二率と為し、用時赤道南北差、三率と為し、求めて得る四率、用時東西二差と為す(もし赤白二経交角無ければ、則ち東西二差無し)。
求用時東西加減差「以東西一差与東西二差相加減(太陽赤道緯度南則相加、北則相減。如太陽距午赤道度過九十度、則相加)、得用時東西加減差」
東西一差を以って東西二差と相加減し(太陽赤道緯度南は則ち相加へ、北は則ち相減ず。もし太陽距午赤道度九十度を過ぐれば、則ち相加ふ)、用時東西加減差を得。
求用時東西差「置用時東西汎差、加減用時東西加減差、得用時東西差(用時午前者、赤白二経交角、東則加、西則減、仍為限東。不足減者、反減、変為限西。用時午後者、赤白二経交角、東則減、西則加、仍為限西。不足減者、反減、変為限東。如両数相等而減尽無余、則太陽正当白平象限、無東西差。又、無赤白二経交角、則赤道東西差即東西差)」
用時東西汎差を置き、用時東西加減差を加減し、用時東西差を得(用時午前は、赤白二経交角、東は則ち加へ、西は則ち減じ、なほ限東と為す。減に足らざれば、反減し、変じて限西と為す。用時午後は、赤白二経交角、東は則ち減じ、西は則ち加へ、なほ限西と為す。減に足らざれば、反減し、変じて限東と為す。もし両数相等しくて減じ尽し余り無ければ、則ち太陽まさに白平象限に当り、東西差無し。又、赤白二経交角無ければ、則ち赤道東西差即ち東西差)。
\[ \begin{align}
\text{太陽距午赤道度}(@\text{用時}) &= {360° \over 1_\text{日}} (\text{食甚用時} - 0.5_\text{日}) \\
\text{赤道東西差}(@\text{用時}) &= \text{東西原数} \sin(\text{太陽距午赤道度}(@\text{用時})) \\
\text{赤道南北差}(@\text{用時}) &= \text{南北法数} \cos(\text{太陽距午赤道度}(@\text{用時})) \\
\text{東西汎差}(@\text{用時}) &= \text{赤道東西差}(@\text{用時}) \cos(\text{赤白二経交角}) \\
\text{東西二差}(@\text{用時}) &= \text{赤道南北差}(@\text{用時}) \sin(\text{赤白二経交角}) \\
\text{東西加減差}(@\text{用時}) &= \text{東西一差} - \text{東西二差}(@\text{用時}) \\
\text{東西差}(@\text{用時}) &= \text{東西汎差}(@\text{用時}) + \text{東西加減差}(@\text{用時})
\end{align} \]

ここでは、食甚用時における、観測者の位置の X 座標「東西差」を算出している。
\[ \text{東西差} = r \cos \phi^\prime \cos \theta \sin \tau + \sin \phi^\prime \cos \delta_s \sin \theta - r \cos \phi^\prime \sin \delta_s \sin \theta \cos \tau \]
であるが、
\[ \begin{align}
\text{東西一差} &= \text{南北原数} \sin(\text{赤白二経交角}) &&= \sin \phi^\prime \cos \delta_s \sin \theta \\
\text{太陽距午赤道度} &= \tau \\
\text{赤道東西差} &= \text{東西原数} \sin \tau &&= r \cos \phi^\prime \sin \tau \\
\text{赤道南北差} &= \text{南北法数} \cos \tau &&= r \cos \phi^\prime \sin \delta_s \cos \tau \\
\text{東西汎差} &= \text{赤道東西差} \cos(\text{赤白二経交角}) &&= r \cos \phi^\prime \cos \theta \sin \tau \\
\text{東西二差} &= \text{赤道南北差} \sin(\text{赤白二経交角}) &&= r \cos \phi^\prime \sin \delta_s \sin \theta \cos \tau \\
\text{東西加減差} &= \text{東西一差} - \text{東西二差} &&= \sin \phi^\prime \cos \delta_s \sin \theta - r \cos \phi^\prime \sin \delta_s \sin \theta \cos \tau \\
\text{東西差} &= \text{東西汎差} + \text{東西加減差} &&= r \cos \phi^\prime \cos \theta \sin \tau + \sin \phi^\prime \cos \delta_s \sin \theta - r \cos \phi^\prime \sin \delta_s \sin \theta \cos \tau
\end{align} \]
というふうに「東西差」を算出しているのである。

東西一差、東西二差、東西汎差を加減するときに、加なのか減なのかは、上記のとおりだが、正負の概念を使わずに式を建てている新法暦書の記述では、例によってややこしい記載となっているので解説しておく。

《東西加減差》(東西一差と東西二差の加減)「太陽赤道緯度南は則ち相加へ、北は則ち相減ず。もし太陽距午赤道度九十度を過ぐれば、則ち相加ふ」

東西一差の要素のうち、「南北原数」は常に正のため、東西一差の正負は赤白二経交角の正負に従う。

一方、東西二差の要素のうち、「南北法数」は太陽赤緯 \(\delta_s\) の正負に従い、\(\cos \tau\) は、通常は正だが、\(\tau \lt -90°\) または \(\tau \gt 90°\) のとき、つまり、夏場で、6:00 前や 18:00 後に太陽が昇っていて、そこで食が起きるときには負である。そして、\(\sin \theta\) の正負は、\(\theta\)(赤白二経交角)の正負に従う。

東西一差・二差ともに、赤白二経交角の正負に従うので、一旦、それは置いておくとすると、東西一差は常に正、東西二差は、太陽赤緯南なら負、北なら正で、ただし、\(\cos \tau\) が負のとき(6:00 前か 18:00 後か)の時は符号が反転する。6:00 前か 18:00 後かで、太陽が見えているというのは、太陽赤緯が北だろうから、そのケースでは東西二差は負ということになる。「太陽赤道緯度南は則ち相加へ、北は則ち相減ず。もし太陽距午赤道度九十度を過ぐれば、則ち相加ふ」は、東西二差が負のとき加え、正のとき減じているので、つまり、東西一差から東西二差を引いていることになる。

そして、\(\sin \theta\) を掛けてある東西二差は、東西一差に比べて絶対値が小さい量なので、全般的には、東西加減差の正負は、東西一差の正負に従うことになる。東西一差の正負は、 赤白二経交角の正負に従うのであったから、東西加減差の正負も同様である。

《東西差》(東西汎差と東西加減差との加減)「用時午前は、赤白二経交角、東は則ち加へ、西は則ち減じ、なほ限東と為す。減に足らざれば、反減し、変じて限西と為す。用時午後は、赤白二経交角、東は則ち減じ、西は則ち加へ、なほ限西と為す。減に足らざれば、反減し、変じて限東と為す」

東西汎差の要素のうち、「東西原数」と \(\cos(\text{赤白二経交角})\) は常に正であるため、東西汎差の正負は、\(\sin \tau\) の正負に従う。つまり、午前なら負、午後なら正の値になる。一方、東西加減差の正負は、赤白二経交角の正負に従うのであった。

このブログの式における赤白二経交角は、赤道北極方向を 0° として、白道北極方向が時計回り(右/西)に傾いているときが正、反時計回り(左/東)に傾いているときが負である。同符号(午前で東=ともに負、午後で西=ともに正)のとき加え、異符号(午前で西、午後で東)のとき減じているので、つまり、東西汎差と東西加減差を加えているのである。

東西差が、当ブログでいうところの負のとき「限東」、正のとき「限西」と呼んでいる。東西差が負のとき、観測者は太陽から見て地心よりも西(左)にあり、正のとき、観測者は太陽から見て地心よりも東(右)にある。つまり、観測者の位置を基準とした月の位置は、東西差が負のとき東に寄り、正のとき西に寄ることになるので、それぞれ「限東」「限西」と呼んでいるのである。

  • 太陽から地球輪を見たとき、\(P^{\prime\prime}\) の座標系において、Z軸の正の方向から、X-Y 平面を見たとき、Y 軸正の方向を上にした図(Y 軸正の方向は、厳密にいって「赤道北極方向」とか「白道北極方向」とか言える方向ではないが、ざっくり「北」ではある)において、右(X軸正)が東であり、左(X軸負)が西である。
  • 一方、赤白二経交角のところで、赤道北極方向を上に置いた図で考えるとき、白道北極方向が右(時計回り)に振れているのが「西」(当ブログの式では正)、左(反時計回り)に振れているのが「東」(当ブログの式では負)である。
  • 「右が東、左が西」なのか「右が西、左が東」なのかで混乱する人もいるかもしれないが、これは「天から地を見おろした図」なのか「地から天を見上げている図」なのかで変わってくるのである。
  • 太陽から地球輪を見た図は「天から地を見おろした図」であり、北を上とするなら、地図の東西南北と同様、「右が東、左が西」である。一方、赤白二経交角の図は、地上から太陽や月を見上げて、それらが乗っかっている経緯線を考えたときにどうなっているかという「地から天を見上げている図」であり、地図の東西南北とは逆で「右が西、左が東」となる。地図は「天から地を見おろした図」だからである。

 

食甚近時・食甚設時

如無用時東西差及赤白二経交角(此太陽在正午、正当白平象限時)、則食甚用時即真時。求用時視緯、為真時両心視相距。如無用時東西差及用時視緯、則日月両心相合、無視相距、食甚用時即真時。如有赤白二経交角而無用時東西差、則真時必在用時之前後也。先求用時視緯、而以食甚用時命為近時以一刻加減之(視緯南者、赤白二経交角東則減、西則加。視緯北者、赤白二経交角東則加、西則減)、為設時。依下法求真時。
もし用時東西差、及び、赤白二経交角無ければ(これ、太陽正午に在り、まさに白平象限に当る時)、則ち食甚用時即ち真時。用時視緯を求め、真時両心視相距と為す。もし用時東西差、及び、用時視緯無ければ、則ち日月両心相合し、視相距無く、食甚用時即ち真時。もし赤白二経交角有って、用時東西差無ければ、則ち真時、必ず用時の前後に在るなり。まづ用時視緯を求めて、食甚用時を以って近時たらしめ、一刻を以ってこれより加減し(視緯南は、赤白二経交角東は則ち減じ、西は則ち加ふ。視緯北は、赤白二経交角東は則ち加へ、西は則ち減ず)、設時と為す。下法に依り真時を求む。
求近時距分及設時距分「以簡平月所在一小時両経斜距之正弦為一率、一小時分為二率、用時東西差為三率、求得四率為近時距分。外加一刻為設時距分。限東則同為減、限西則同為加」
簡平月所在一小時両経斜距の正弦を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、用時東西差、三率と為し、求めて得る四率、近時距分と為す。外に一刻を加へ設時距分と為す。限東は則ち同じく減と為し、限西は則ち同じく加と為す。
求食甚近時「置食甚用時、加減近時距分、得食甚近時」
食甚用時を置き、近時距分を加減し、食甚近時を得。
求食甚近時「置食甚用時、加減設時距分、得食甚設時」
食甚用時を置き、設時距分を加減し、食甚設時を得。
\[ \begin{align}
& \begin{aligned}
\text{近時距分} &= {\text{東西差} \over \text{簡平月所在一小時両経斜距の正弦} \times 24_\text{時/日}} \\
\text{設時距分} &= \begin{cases}
\text{近時距分} \lt 0:\, & \text{近時距分} - 0.01_\text{日} \\
\text{近時距分} \gt 0:\, & \text{近時距分} + 0.01_\text{日} \\
\text{近時距分} = 0:\, & \text{下記による}
\end{cases} \\
\text{食甚近時} &= \text{食甚用時} + \text{近時距分} \\
\text{食甚設時} &= \text{食甚用時} + \text{設時距分}
\end{aligned} \\
& \text{《東西差 = 近時距分 = 0 のとき》} \\
& \begin{aligned}
\text{南北差}(@\text{用時}) &= - \text{東西原数} \sin \theta \sin \tau + \text{南北汎差} - \text{南北法数} \cos \theta \cos \tau \\
\text{視緯の正弦}(@\text{用時}) &= \text{簡平食甚実緯の正弦} - \text{南北差}(@\text{用時}) \\
\end{aligned} \\
& \begin{cases}
\text{視緯の正弦}(@\text{用時}) = 0:\, & \text{食甚真時} = \text{食甚用時} \\
\text{赤白二経交角} = 0:\, & \text{食甚真時} = \text{食甚用時} \\
\text{else:}\, & \text{設時距分} = -0.01_\text{日} \times \text{符号}(\text{視緯の正弦}(@\text{用時})) \times \text{符号}(\text{赤白二経交角}) \\
\end{cases}
\end{align} \]
真の食甚時刻を算出するにあたっての出発点として、近似的な食甚時刻「食甚近時」「食甚設時」を求める。

食甚用時において、「東西差」の分だけ、観測者は地心よりも右(東)にある。一方、食甚用時の月は、「簡平食甚実緯の正弦」の分だけ上下(北南)には地心からずれているものの、左右(西東)にはずれていない。

月は、「簡平月所在一小時両経斜距の正弦」の速度で左から右に動く。よって、「東西差」を「簡平月所在一小時両経斜距の正弦」で割って得られる時間分だけ時刻をずらしてやれば、観測者と月との左右のずれが解消するであろう。こうして得られる時刻が「食甚近時」である。

が、観測者の方も、(月のように真左から真右ではないが、ざっくりとは)左から右に動くので、「東西差」が正(右/東)で、食甚近時が食甚用時より後の時刻のとき、食甚近時時点では実際は、まだ、観測者と月との左右のずれは解消し切っていない。よって、食甚近時よりもうちょっと後、1 刻後の時刻を食甚設時としてやる。おそらく、真の食甚時刻は、食甚近時より後、設時より前ぐらいの時刻になるであろう。

また、「東西差」が負(左/西)で、食甚近時が食甚用時より前の時刻のとき、食甚近時時点では既に、月は観測者より東に来てしまっているであろう。よって、食甚近時よりもうちょっと前、1 刻前の時刻を食甚設時としてやる。おそらく、真の食甚時刻は、食甚設時より後、近時より前ぐらいの時刻になるであろう。

ちょうどたまたま、食甚用時における「東西差」がゼロのとき、食甚近時 = 食甚用時とすればよい。が、食甚設時をどこに置くかが問題となる。実際のところ、近似計算の出発点に過ぎないので、どこにおいてもいいといえばどこにおいてもいいのだが、一応、新法暦書に書いてあるとおりにするとすると、

もし用時東西差、及び、赤白二経交角無ければ(これ、太陽正午に在り、まさに白平象限に当る時)、則ち食甚用時即ち真時。

まず、食甚用時の「東西差」がゼロなだけでなく、赤白二経交角もゼロだったとしよう。これが成り立つのは、食甚用時の真太陽時 \(\tau\) がゼロ、すなわち、食甚用時が正午のときだけである。正午あたりの時刻において、赤白二経交角で回転する前の \(P^\prime\) における観測者は、水平に(左から右に)地球輪内を移動する。赤白二経交角がゼロだから、\(P^{\prime\prime}\) においても同様となる。観測者も月も水平に移動するので、上下方向の距離は変わらず、東西方向の距離が最接近するときが、同時に、観測者と月が最接近するときである。食甚用時に東西方向の距離がゼロとなるので、当然にこれが、観測者と月の最接近する時刻、真の食甚時刻となる。

もし用時東西差、及び、用時視緯無ければ、則ち日月両心相合し、視相距無く、食甚用時即ち真時。

食甚用時において、東西差がゼロ(よって、観測者と月の左右方向の距離がゼロ)であるだけでなく、観測者と月の上下方向の距離もゼロであったとしよう。このとき、観測者と月と太陽が完全に一直線となり、当然にこれが真の食甚時刻となる。

しかし、これにあたっては、「用時視緯」(食甚用時における観測者と月の上下方向の距離)を計算しなければならない。が、この計算式は記載されていない。とはいえ、食甚近時などにおける計算方法を見れば、どのように計算すればよいのかがわかる。

\(P^{\prime\prime}\) の X 座標が「東西差」であったように、\(P^{\prime\prime}\) の Y 座標が「南北差」となる。食甚用時における観測者が、地心よりどれだけ上(北)にあるか、という値である。一方、月はというと、月は、真左から真右に移動するので、常に地心よりも「簡平食甚実緯の正弦」だけ上(北)にある(「簡平食甚実緯の正弦」が負のときは、実際には下(南)だが)。よって、「月が観測者よりどれだけ上(北)か」は、簡平食甚実緯の正弦から、南北差(\(P^{\prime\prime}\) の Y 座標)を引けばわかる。これが「視緯の正弦」である。

食甚用時の東西差もゼロで、視緯の正弦もゼロのとき、食甚用時が真の食甚時刻となるのである。

もし赤白二経交角有って、用時東西差無ければ、則ち真時、必ず用時の前後に在るなり。まづ用時視緯を求めて、食甚用時を以って近時たらしめ、一刻を以ってこれより加減し(視緯南は、赤白二経交角東は則ち減じ、西は則ち加ふ。視緯北は、赤白二経交角東は則ち加へ、西は則ち減ず)、設時と為す。下法に依り真時を求む。

食甚用時の東西差はゼロだが、赤白二経交角はゼロでないし、「視緯の正弦」もゼロではないときはどうなるか。食甚用時の東西差がゼロであるということは、ざっくりした話、食甚用時は正午近辺である。このとき、赤白二経交角で回転させる前の観測者 \(P^\prime\) は、正午近辺の時刻なので、時間とともに水平に動く。これを「赤白二経交角」だけ時計回りに回転させているので、赤白二経交角が正なら、観測者は右下がりに動き、つまり、観測者から見ての月は時間とともに上(北)にずれる。赤白二経交角が負なら、右上がりに動き、つまり、観測者から見ての月は時間とともに下(南)にずれるはずである。

よって、食甚用時における「視緯の正弦」が正(月は観測者より上(北))のとき、赤白二経交角が正なら過去方向に時刻をずらした方が観測者と月との位置ずれが小さくなり、赤白二経交角が負なら未来方向に時刻をずらした方が観測者と月との位置ずれが小さくなる。食甚用時における「視緯の正弦」が負(月は観測者より下(南))のときは、その逆である。

よって、「視緯の正弦」と「赤白二経交角」が同符号なら過去方向に、異符号なら未来方向に時刻をずらして、それを「食甚設時」とする。時刻をずらす量は 1 刻としている。

以上、食甚近時・設時を求めるためにいろいろとややこしい場合分けをしたのだが、ややこしいのは食甚用時の「東西差」がゼロの場合。「東西差」がちょうどゼロになる確率は無限に小さいので、正直、この複雑な場合わけを実装したところで、活躍の場がありそうな気がしない。所詮、近似計算の出発点を決めているだけなので、何でもいいと言えば何でもいいし。

寛政暦の日食法の食甚又法における食甚近時の定め方と、そもそもの計算方法が全く違うので違うと言えば違うのだが、ちょっと似ている気がする。 天保暦日食法で東西差非ゼロの場合の食甚近時の定め方が、寛政暦日食又法の白経高弧交角非ゼロの場合の食甚近時の定め方に似ていて、天保暦日食法で東西差ゼロの場合の食甚設時の定め方が、寛政暦日食又法の白経高弧交角ゼロの場合の食甚近時の定め方に似ている。


以上、食甚時刻を漸近的に定めるための出発点として、食甚近時・食甚設時を定めた。次回は、食甚近時・食甚設時における観測者・月の位置計算を行っていく。用時のところでは条文上登場してこなかったのでざっくりとした説明にとどめていた「南北差」についても詳述する。

 

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[参考文献]

渋川 景祐; 足立 信頭「新法暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

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