2017年12月10日日曜日

二段型の自動詞他動詞対応について考える

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以前に抽出した上代日本語の自動詞他動詞ペアパターン表から陰母音語幹動詞を抜き書きしてみる。


自他他自
四段A型自動詞(四段) / 他動詞(下二段)
整ひ/整へ, 響(とよ)み/響め
他動詞(四段) / 自動詞(下二段)
解き/解け
四段B型自動詞(四段) / 他動詞(サ行四段)
飛び/飛ばし, 響(とよ)み/響もし, 残(の)き/残(のこ)し
他動詞(四段) / 自動詞(ラ行四段)
寄し/寄そり
四段C型自動詞(ラ行四段) / 他動詞(サ行下二段)
上(のぼ)り/上せ, 乗り/乗せ, 寄り/寄せ
他動詞(サ行四段) / 自動詞(ラ行下二段)
毀(こほ)ち/毀れ
二段型自動詞(下二段) / 他動詞(サ行四段)
なし

自動詞(上二段) / 他動詞(サ行四段)
起き/起こし, 落ち/落とし, 生ひ/生ほし, 降り/降ろし, 干/干し, 滅び/滅ぼし
他動詞(下二段) /自動詞(ラ行四段)
籠め/籠もり,留(とど)め/留まり, 止(と)め/止まり, 寄せ/寄そり
他動詞(上二段) /自動詞(ラ行四段)
なし(陽母音語幹を含めそもそもない)
対称型他動詞(サ行四段) / 自動詞(ラ行四段)
落とし/劣り, 通し/通り, 残し/残り, 廻ほし/廻ほり, 寄し/寄り

ここで注目されるのは二段型。
他自二段型(二段他動詞からラ行四段自動詞の派生)で、上二段がないのはもともと分かっていた。
「報い」「労(ね)ぎ」「強ひ」「恨み」等、少ないながら上二段他動詞はあるのだが、自動詞他動詞派生に関与する上二段他動詞は、陽母音語幹・陰母音語幹ともにない。

今回わかったのは、自他二段型(二段自動詞からサ行四段他動詞の派生)で、陰母音語幹下二段がないことである。陰母音語幹二段型では、「自他では上二段」「他自では下二段」と相補的に分布している。これが何かのヒントにならないだろうか。



上代日本語動詞活用形の起源 Ver. 2」で想定している二段動詞の連用形の出来かたは下記のとおりである。

語幹活用種類InitDCL1AHBAL2 出来上がり
陽母音上二段-oi-ui-ɨi乙類イ段
下二段-ore
-ose
-oe-ue-əe乙類エ段
-ai-ae-əe乙類エ段
-are
-ase
-ae-əe乙類エ段
陰母音上二段-əi-ɨi乙類イ段
下二段-əre
-əse
-əe-əe乙類エ段

連用形は基本的に語幹に -e が付く。脱落する子音で終わる子音語幹 (-are, -ase, -ore, -ose, -əre, -əse はそのまま子音が脱落し、-ae, -oe, -əe になって最終的に全部乙類エ段 (下二段) になるのだが、本来的な母音語幹の場合、-e が二次的に -iになり (-ai, -oi, -əi)、ai > ae になる ai を除き、-oi, -əi は乙類イ段(上二段) になるとする。
ここにおいて、他動詞 (s) と自動詞 (r) は対称に取り扱われているので、この説からは冒頭で発見したような「自動詞は上二段、他動詞は下二段」は出てこない。

ここで思い起こすのが y 変格だ。
他自四段C型において、「流し/流れ」のような r ではなく、「越し/越え」「絶ち/絶え」のように自動詞として y が現れるものがある。
見/見え、射/射え、煮/煮えのように、他自一段型では norm として y 変格が起きる。

上二段は、-ore, -əre の y 変格形、-oje, -əje だったのではないだろうか。
je > i の変化が起きて -oi, -əi になり上二段になる。-ore, -ose, -əre, -əse は単に -oe, -əe になり下二段になる。
-oje,  -əje を -ore, -əre の y 変格と考えてもいいけれども、y 変格の本質にもう少し切り込んで考えるならば、自動詞は -o, -ə / 他動詞 -os, -əs と、自動詞は母音語幹、他動詞は子音 s 語幹とし、連用形は語幹 + je で、-oje, -əje, -ose, -əre とする。
  • 自動詞形が原型で、他動詞はそれに他動詞標識 s がついたものの形式になっている。子音語幹の他動詞にも、元来はついていたのかも。
    激しく妄想をたくましくするなら、この他動詞標識の s は、「かつて日本語はSVO語順の言語で、目的語が前置されるようになった際、動詞の後ろに残ったもとの目的語の痕跡 (trace) に由来する。代名詞由来(「そ」などと関係)。」とかの語源説明も可能かも知れない。

自他二段型の「起き/起こし」は当初、əkə-je/əkəs-e で、子音の脱落が起り始めると、əkə-i/əkə-e になる。区別がつきづらいので、他動詞側を補強し、əkə-əs-e にして、最終的に「起き/起こし」になる。
他自二段型の「籠め/籠もり」では、kəməs-e/kəmə-je、子音脱落が起り始めると、kəmə-e/kəmə-i。自動詞側を補強し、kəmə-ər-e (補強の時に挿入されるときは既に y ではなく r)で、最終的に「籠め/籠もり」になる。

以上、陰母音語幹の二段型の自動詞他動詞ペアの出発点を、 -ə-je/-əs-e におけば、自他型は「上二段/サ行四段」、他自型は「下二段/ラ行四段」ということになるのである。
陽母音語幹の場合、-o-je/-os-e と -a-je/-as-e がありうるため、自他型は「上二段/サ行四段」「下二段/サ行四段」の双方があり得、他自型はいずれにしろ「下二段/ラ行四段」になる。


-陽母音 -aj/-as陽母音 -oj/-os陰母音 -əj/-əs
自他型自 -a-je > -ai > -ae > -əe
他 -as-as-e > -aase > -asi
明け/明かし、荒れ/荒らし
自 -o-je > -oi > -ɨi
他 -os-as-e > -uose > -osi/-usi
過ぎ/過ぐし、尽き/尽くし
自 -ə-je > -əi > -ɨi
他 -əs-əs-e > -əəse > -əsi
起き/起こし、落ち/落とし
他自型他 -as-e > -ae > -əe
自 -aj-ar-e > -aare > -ari
上げ/上がり、当て/当たり
他 -os-e > -oe > -əe
自 -oj-ar-e > -uore > -ori/-uri
慰さめ/慰さもり
他 -əs-e > -əe
自 -əj-ər-e > -əəre > -əri
籠め/籠もり、寄せ/寄そり


基本形活用陰陽自他型他自型
下二段陽母音-aj-e/-as-as-e > -əe/-asi  -as-e/-aj-ar-e > -əe/-ari
-os-e/-oj-ar-e > -əe/-ori
陰母音なし-əs-e/-əj-ər-e > -əe/-əri
上二段陽母音-oj-e/-os-as-e > -ɨi/-usi,-osiなし
陰母音-əj-e/-əs-əs-e > -ɨi/-əsiなし

まさに、冒頭で発見したとおりの分布!!

一段型の「見/見せ」は、mi-je/mis-e > mi-ji/mis-e。上一段では子音脱落しないのでさほど区別つけづらくないが、他にならって補強すると > mii/mis-əs-e > mii/misəe で、「見/見せ」になる。
一方、mi-ji の方を補強すると mij-ər-e > mijəe 「見え」になる。

四段C型の「越し/越え」は、koos-e/koo-je > koos-e/koo-ji > koos-e/kooj-ar-e > koose/koojae。

なんとなく、短母音語幹の場合は、義務的に y 変格していたのかも。短母音語幹だとほとんど跡形を残さないのでそうだったかどうかはわかりませんが。
 「流し/流れ」のように四段C型では y 変格していないことの方が多いので、長母音語幹では、y 変格したりしなかったりしたようだ。ルールはよくわからない。

y変格しない「流し/流れ」は本当の長母音語幹 nagaa- で、y 変格する「越し/越え」は脱落する子音があるため結果的に長母音になる語幹 koro- で、子音脱落前だと短母音語幹のため、y 変格した、とか。

「絶ち/絶え」「分かち/分かれ」のような t 変格の方はよくわかりません。
tarat-, wakaat- のように、-t- で終わる他動詞語幹がそもそもあった時に、-s- との発音上の類似から、他動詞語尾扱いされて、tarat-ar- や、wakaat-ar じゃなくて、taraj-, wakaar- のような自動詞形を作ったのかも。

  •  「絶ち/絶え」「分かち/分かれ」「放ち/離れ」「毀(こぼ)ち/毀れ」と、t 変格は全般的に破壊的なイメージの動詞が多いですね。まあ、四段C型に限らずA型でも、他動詞から自動詞への派生は、そんなイメージの動詞が多いんですが。(切り/切れ、砕き/砕け、裂き/裂け、解き/解け、焼き/焼け、破(やぶ)り/破れ、割り/割れ)

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