2020年9月27日日曜日

天保暦の暦法 (3) 日躔 (3) 二均、三均、四均、黄道実行

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前々回は、太陽の平行(平均黄経)と初均(中心差)の算出を行い、前回は一均(章動)を算出した。太陽の実行(真黄経)を求めるためには、あと、二均(木星による摂動)、三均(金星による摂動)、四均(月による摂動)を算出する必要があり、今回説明するのはこれらである。

 

二均(木星による摂動)

[新法暦書巻五 推木星用数]
木星毎日平行八分三十一秒三十二微八十二繊二十二忽
木星平行応初宮零六度五十八分九十一秒二十二微
[新法暦書巻五 推木星法]
求木星年根「以積日与木星毎日平行相乗、得数満周天去之、以宮法収之、為積日行。加木星平行応(満十二宮去之)、得木星年根。上考往古、則置木星平行応、減積日行(不足減者、加十二宮減之)、得木星年根」
積日を以って木星毎日平行と相乗じ、得る数、満周天これを去き、宮法を以ってこれを収め、積日行と為す。木星平行応を加へ(満十二宮これを去く)、木星年根を得。上って往古を考ふるは、則ち木星平行応を置き、積日行を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、木星年根を得。
求木星平行「以所求日数与木星毎日平行相乗、得数以宮法収之、与木星年根相加(満十二宮去之)、得木星平行」
求むるところの日数を以って木星毎日平行と相乗じ、得る数、宮法を以ってこれを収め、木星年根と相加へ(満十二宮これを去く)、木星平行を得。
[新法暦書巻一 推日躔用数]
二均最大一差一十九秒七十二微
二均最大二差七秒五十微
二均最大三差一秒一十一微
二均最大四差四秒一十七微
[新法暦書巻一 推日躔法]
求木星距日「置木星平行、減半周天及平行(不足減者、加十二宮減之)、得木星距日。倍之(満十二宮去之)、為倍木星距日」
木星平行を置き、半周天及び平行を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、木星距日を得。これを倍し(満十二宮これを去く)、倍木星距日と為す。
求副引数「置木星距日、減引数(不足減者、加十二宮減之)、得副引数。倍之(満十二宮去之)、為倍副引数」
木星距日を置き、引数を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、副引数を得。これを倍し(満十二宮これを去く)、倍副引数と為す。
求二均一差「以半径為一率、木星距日之正弦為二率、二均最大一差為三率、求得四率、為二均一差。木星距日、初宮至五宮為加、六宮至十一宮為減」
半径を以って一率と為し、木星距日の正弦、二率と為し、二均最大一差、三率と為し、求めて得る四率、二均一差と為す。木星距日、初宮より五宮に至るは加と為し、六宮より十一宮に至るは減と為す。
求二均二差「以半径為一率、倍木星距日之正弦為二率、二均最大二差為三率、求得四率、為二均二差。倍木星距日、初宮至五宮為減、六宮至十一宮為加」
半径を以って一率と為し、倍木星距日の正弦、二率と為し、二均最大二差、三率と為し、求めて得る四率、二均二差と為す。倍木星距日、初宮より五宮に至るは減と為し、六宮より十一宮に至るは加と為す。
求二均三差「以半径為一率、副引数之正弦為二率、二均最大三差為三率、求得四率、為二均三差。副引数、初宮至五宮為減、六宮至十一宮為加」
半径を以って一率と為し、副引数の正弦、二率と為し、二均最大三差、三率と為し、求めて得る四率、二均三差と為す。副引数、初宮より五宮に至るは減と為し、六宮より十一宮に至るは加と為す。
求二均四差「以半径為一率、倍副引数之正弦為二率、二均最大四差為三率、求得四率、為二均四差。倍副引数、初宮至五宮為加、六宮至十一宮為減」
半径を以って一率と為し、倍副引数の正弦、二率と為し、二均最大四差、三率と為し、求めて得る四率、二均四差と為す。倍副引数、初宮より五宮に至るは加と為し、六宮より十一宮に至るは減と為す。
求二均「以二均一差二差三差四差、各同加異減、得二均。加数大為加、減数大為減」
二均一差・二差・三差・四差を以って、各おの、同じきは加へ異なるは減じ、二均を得。加数大は加と為し、減数大は減と為す。
\[ \begin{align}
\text{木星平行応} &= 6°.589122 \\
\text{木星毎日平行} &= 0°.0831328222 \\
\text{木星年根} &= \text{木星平行応} + \text{木星毎日平行} \times \text{積日} \\
\text{木星平行} &= \text{木星年根} + \text{木星毎日平行} \times \text{日数} \\
\text{木星距日} &= \text{木星平行} - (180° + \text{平行}) \\
\text{副引数} &= \text{木星距日} + \text{引数} \\
\text{二均一差} &= +0°.001972 \sin(\text{木星距日}) \\
\text{二均二差} &= -0°.000750 \sin(2 \times \text{木星距日}) \\
\text{二均三差} &= -0°.000111 \sin(\text{副引数}) \\
\text{二均四差} &= +0°.000417 \sin(2 \times \text{副引数}) \\
\text{二均} &= \text{二均一差} + \text{二均二差} + \text{二均三差} + \text{二均四差}
\end{align} \]

二均を求めるためには木星平行(木星の平均黄経)を算出する必要があり、この計算式は、新法暦書巻五の推木星法に記載がある。上に引用しておいた。
木星平行の計算自体はおなじみのパターンで特に難しいことはない。定数「木星平行応」は、暦元天正冬至次日0:00時点の木星の平均黄経。「積日」は、暦元天正冬至次日0:00~当年天正冬至次日0:00の間の経過日時であり、これに木星毎日平行(木星黄経の日単位の平均角速度)をかけて、木星平行応を足せば、当年天正冬至次日0:00時点の木星の平均黄経となり、これが木星年根。「日数」は当年天正冬至次日0:00~求めたい時点の経過日時であり、これに木星毎日平行をかけて木星年根を足せば、求めたい時点の木星の平均黄経が求まる。

\(\text{木星距日} = \text{木星平行} - (180° + \text{平行})\) は、「木星距日」、つまり、木星の太陽からの離角と銘打たれているが、実際は太陽を中心とする黄道座標系において、木星の地球からの離角である。「(太陽)平行」は地球を中心とする黄道座標系における太陽の平均黄経であるが、\(180° + \text{平行}\) は、その 180°真裏の方向であり、これは、太陽を中心とする黄道座標系における地球の平均黄経になっているわけである。

地球と月と太陽の関係において、月の二均差 variation や月角差 parallactic inequality が起きたのと同様な感じで、太陽と地球と木星の関係において、二均二差と二均一差が生じる。月においては、地球~太陽の距離に比べて、地球~月の距離が各段に小さいため、二均差と比べ月角差は非常に小さい不等項となっていたが、太陽~木星の距離に比べて、太陽~地球の距離はそこまで小さくないので、月角差に相当する二均一差の方が大きくなっている。

新法暦書表巻四「周歳平行表」
「副引数」は、12日で1° 進む勘定、
つまり、約12年で一周する値になっている。
これは、\(\lambda_J - \varpi_e\)だとすれば適合する。

「副引数」は 「木星距日を置き、引数を減じ」とあるので、そのまま受け取れば \(\text{木星距日} - \text{引数}\) とすべきものなのだが、\(\text{木星距日} + \text{引数}\) に改めた。理由としては、「新法暦書表」に掲載されている数表の値を見るとそうなっているように思われ、また、(天保暦の推算稿はあまり残っていないのだが)国立天文台三鷹図書館デジタル化資料蔵の推算稿を見ても、やはりそのように計算しているように思われることである。地球の平均黄経、遠地点平均黄経を \(\lambda_e, \varpi_e\) とし、木星の平均黄経を \(\lambda_J\) とするとき、
\(\text{木星距日} - \text{引数} = (\lambda_J - \lambda_e) - (\lambda_e - \varpi_e) = \lambda_J - 2 \lambda_e + \varpi_e\)
より、
\(\text{木星距日} + \text{引数} = (\lambda_J - \lambda_e) + (\lambda_e - \varpi_e) = \lambda_J - \varpi_e\)
の方が、与える argument として妥当な感じは確かにするが、二均三差・四差が果たしてどういう意味を持つ不等項なのか理解しているわけではないので、これでいいのかどうか 100% の自信があるわけでもない。

三均(金星による摂動)

[新法暦書巻五 推金星用数]
金星毎日平行一度六十零分二十一秒六十八微四十六繊九十忽
金星平行応十零宮一十六度六十二分八十二秒十三微
[新法暦書巻五 推金星法]
求金星年根「以積日与金星毎日平行相乗、得数満周天去之、以宮法収之、為積日行。加金星平行応(満十二宮去之)、得金星年根。上考往古、則置金星平行応、減積日行(不足減者、加十二宮減之)、得金星年根」
積日を以って金星毎日平行と相乗じ、得る数、満周天これを去き、宮法を以ってこれを収め、積日行と為す。金星平行応を加へ(満十二宮これを去く)、金星年根を得。上って往古を考ふるは、則ち金星平行応を置き、積日行を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、金星年根を得。
求金星平行「以所求日数与金星毎日平行相乗、得数満周天去之、以宮法収之、与金星年根相加(満十二宮去之)、得金星平行」
求むるところの日数を以って金星毎日平行と相乗じ、得る数、満周天これを去き、宮法を以ってこれを収め、金星年根と相加へ(満十二宮これを去く)、金星平行を得。
[新法暦書巻一 推日躔用数]
三均最大一差二十二秒七十八微
三均最大二差二十六秒三十九微
三均最大三差三秒三十三微
三均最大四差八十三微
求金星距日「置金星平行、減半周天及平行(不足減者、加十二宮減之)、得金星距日。倍之(満十二宮去之)、為倍金星距日。三之(満十二宮去之)、為三倍金星距日。四之(満十二宮去之)、為四倍金星距日」
金星平行を置き、半周天及び平行を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、金星距日を得。これを倍し(満十二宮これを去く)、倍金星距日と為す。これを三し(満十二宮これを去く)、三倍金星距日と為す。これを四し(満十二宮これを去く)、四倍金星距日と為す。
求三均一差「以半径為一率、金星距日之正弦為二率、三均最大一差為三率、求得四率、為三均一差。金星距日、初宮至五宮為加、六宮至十一宮為減」
半径を以って一率と為し、金星距日の正弦、二率と為し、三均最大一差、三率と為し、求めて得る四率、三均一差と為す。金星距日、初宮より五宮に至るは加と為し、六宮より十一宮に至るは減と為す。
求三均二差「以半径為一率、倍金星距日之正弦為二率、三均最大二差為三率、求得四率、為三均二差。倍金星距日、初宮至五宮為減、六宮至十一宮為加」
半径を以って一率と為し、倍金星距日の正弦、二率と為し、三均最大二差、三率と為し、求めて得る四率、三均二差と為す。倍金星距日、初宮より五宮に至るは減と為し、六宮より十一宮に至るは加と為す。
求三均三差「以半径為一率、三倍金星距日之正弦為二率、三均最大三差為三率、求得四率、為三均三差。三倍金星距日、初宮至五宮為減、六宮至十一宮為加」
半径を以って一率と為し、三倍金星距日の正弦、二率と為し、三均最大三差、三率と為し、求めて得る四率、三均三差と為す。三倍金星距日、初宮より五宮に至るは減と為し、六宮より十一宮に至るは加と為す。
求三均四差「以半径為一率、四倍金星距日之正弦為二率、三均最大四差為三率、求得四率、為三均四差。四倍金星距日、初宮至五宮為減、六宮至十一宮為加」
半径を以って一率と為し、四倍金星距日の正弦、二率と為し、三均最大四差、三率と為し、求めて得る四率、三均四差と為す。四倍金星距日、初宮より五宮に至るは減と為し、六宮より十一宮に至るは加と為す。
求三均「以三均一差二差三差四差、各同加異減、得三均。加数大為加、減数大為減」
三均一差・二差・三差・四差を以って、各おの、同じきは加へ異なるは減じ、三均を得。加数大は加と為し、減数大は減と為す。
\[ \begin{align}
\text{金星平行応} &= 316°.628213 \\
\text{金星毎日平行} &= 1°.6021684690 \\
\text{金星年根} &= \text{金星平行応} + \text{金星毎日平行} \times \text{積日} \\
\text{金星平行} &= \text{金星年根} + \text{金星毎日平行} \times \text{日数} \\
\text{金星距日} &= \text{金星平行} - (180° + \text{平行}) \\
\text{三均一差} &= +0°.002278 \sin (\text{金星距日}) \\
\text{三均二差} &= -0°.002639 \sin (2 \times \text{金星距日}) \\
\text{三均三差} &= -0°.000333 \sin (3 \times \text{金星距日}) \\
\text{三均四差} &= -0°.000083 \sin (4 \times \text{金星距日}) \\
\text{三均} &= \text{三均一差} + \text{三均二差} + \text{三均三差} + \text{三均四差}
\end{align} \]

三均は金星による摂動項であり、木星による二均とほとんど同じ。副引数/二均三差・四差に相当するものがない。その代わりと言ってはなんだが、月の月角差・二均差相当の三均一差・二差の高次成分の三差・四差が計算に含まれている。

四均(月による摂動)

[新法暦書巻二 推月離用数]
太陰毎日平行一十三度一十七分六十三秒九十六微七十九繊八十二忽
太陰平行差二十五繊
太陰平行応三宮一十一度五十零分七十七秒六十七微
[新法暦書巻二 推月離法]
求太陰平行加差「自元禄十三年庚辰距所求之年共若干年、減一年、為距年。自乗之、以太陰平行差乗之、得太陰平行加差」
元禄十三年庚辰 [1700年] より求むるところの年を距つる共せて若干年、一年を減じ、距年と為す。これを自乗し、太陰平行差を以ってこれを乗じ、太陰平行加差を得。
求太陰年根「以積日与太陰毎日平行相乗、得数満周天去之、以宮法収之、為積日行。加太陰平行応及太陰平行加差(満十二宮去之)得太陰年根。上考往古、則置太陰平行応、加太陰平行加差、減積日行(不足減者、加十二宮減之)、得太陰年根」
積日を以って太陰毎日平行と相乗じ、得る数、満周天これを去き、宮法を以ってこれを収め、積日行と為す。太陰平行応及び太陰平行加差を加へ(満十二宮これを去く)太陰年根を得。上って往古を考ふるは、則ち太陰平行応を置き、太陰平行加差を加へ、積日行を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、太陰年根を得。
求太陰平行「以所求日数与太陰毎日平行相乗、得数満周天去之、以宮法収之、与太陰年根相加(満十二宮去之)、加減太陽一均、得太陰平行」
求むるところの日数を以って太陰毎日平行と相乗じ、得る数、満周天これを去き、宮法を以ってこれを収め、太陰年根と相加へ(満十二宮これを去く)、太陽一均を加減し、太陰平行を得。
[新法暦書巻一 推日躔用数]
四均最大一差二十一秒三十九微
四均最大二差九秒七十二微
[新法暦書巻一 推日躔法]
求月距日「置太陰平行、減平行(不足減者、加十二宮減之)、得月距日」
太陰平行を置き、平行を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、月距日を得。
求四均一差「以半径為一率、月距日之正弦為二率、四均最大一差為三率、求得四率、為四均一差」
半径を以って一率と為し、月距日の正弦、二率と為し、四均最大一差、三率と為し、求めて得る四率、四均一差と為す。
求四均二差「以半径為一率、月距日之余弦為二率、四均最大二差為三率、求得四率、為四均二差汎数。又以半径為一率、引数之正弦為二率、四均二差汎数為三率、求得四率為四均二差。引数初宮至五宮者、月距日初一二六七八宮則為加、三四五九十十一宮則為減。引数六宮至十一宮者、月距日初一二六七八宮則為減、三四五九十十一宮則為加」
半径を以って一率と為し、月距日の余弦、二率と為し、四均最大二差、三率と為し、求めて得る四率、四均二差汎数と為す。又、半径を以って一率と為し、引数の正弦、二率と為し、四均二差汎数、三率と為し、求めて得る四率、四均二差と為す。引数、初宮より五宮に至るは、月距日、初一二六七八宮則ち加と為し、三四五九十十一宮則ち減と為す。引数、六宮より十一宮に至るは、月距日、初一二六七八宮則ち減と為し、三四五九十十一宮則ち加と為す。
求四均「置四均一差、加減四均二差(不足減者、反減)、得四均。月距日初宮至五宮為加、六宮至十一宮為減(如四均二差大於四均一差而反減、則加減与此相反)」
四均一差を置き、四均二差を加減し(減に足らざれば、反じて減ず)、四均を得。月距日、初宮より五宮に至るは加と為し、六宮より十一宮に至るは減と為す(もし四均二差、四均一差より大にして反じて減じたれば、則ち加減、此と相反す)。
\[ \begin{align}
\text{太陰平行応} &= 101°.507767 \\
\text{太陰毎日平行} &= 13°.1763967982 \\
\text{太陰平行差} &= 0°.00000025 \\
\text{太陰平行加差} &= 0°.00000025 (\text{積年} + 142)^2 \\
&(\text{※ 天保暦暦元年 1842年} - \text{太陰平行加差計算元 1700年} = 142 \text{年}) \\
\text{太陰平行年根} &= \text{太陰平行応} + \text{太陰毎日平行} \times \text{積日} + \text{太陰平行加差} \\
\text{太陰平行} &= \text{太陰年根} + \text{太陰毎日平行} \times \text{日数} + \text{太陽一均} \\
\text{月距日} &= \text{太陰平行} - \text{平行} \\
\text{四均一差} &= +0°.002139 \sin(\text{月距日}) \\
\text{四均二差} &= +0°.000972 \cos(\text{月距日}) \sin(\text{引数}) \\
\text{四均} &= \text{四均一差} + \text{四均二差}
\end{align} \]

月の黄経の算出についての詳細は、月離のところで解説したいと思っているのだが、四均の算出にあたって月の平均黄経が必要となるので先出しで計算式を示しておく。

月の平均黄経(太陰平行)において注意される点として、2点ある。

一点は、「太陰平行加差」として、平均黄経に二次項が加えられていることである。月黄経の平均角速度は永年加速しているものとして計算していることになる。太陰平行加差の計算元は、西暦1700年としており、おそらくはラランデ暦書などの西洋天文学資料から頂いてきたものである可能性が高い。
\[ \begin{align}
\text{太陰平行加差} &= 0°.00000025 (y + 142)^2 \\
&= 0°.00504100 + 0°.00007100y + 0°.00000025y^2
\end{align} \]
であるから、太陰平行応に 0°.00504100 を加算し、太陰毎日平行に \(0°.00007100 / \text{周歳}\) を加算すれば、天保暦の暦元年 1842年をベースとする太陰平行加差の計算式に変換することもできたであろうが、そうはしなかったようだ。

もう一点は、太陽一均(つまり章動)が加算されていることだ。章動は太陽に限らずすべての天体の黄経に加算すべき値であるので加算すること自体には問題はないが、問題は、\(\text{月距日} = \text{太陰平行} - \text{平行}\) として計算していることだ。かたや「太陰平行」は章動を考慮した値であり、かたや「(太陽)平行」は章動を考慮していない値であるため、不整合である。が、そういう計算式になっているのでとりあえずはしょうがない。「新法暦書表」の四均引数の数値は、「月平均黄経 + 章動 - 太陽平均黄経」ではなく「月平均黄経 - 太陽平均黄経」の値になっているようにも思われるので、四均の計算にあたってはそれに従うべきなのかも知れない。 

  • 天保暦において小さい不等項を本当に計算に入れていたのか怪しかったりするので、そもそも一均の計算自体をしたのか、 という問題もある。

四均一差・二差の正負の符号についてはパズルのようになっているので説明が必要であろう。
「四均一差」における新法暦書の記述は「加」「減」の符号が示されていない。が、四均一差に四均二差を加減したものである「四均」は「月距日、初宮より五宮に至るは加と為し、六宮より十一宮に至るは減と為す」、すなわち、第1, 2象限はプラス、第3, 4象限はマイナスとしているので、四均一差は、\(- \sin(\text{月距日})\) ではなく、\(+ \sin(\text{月距日})\) に従う項であるとわかる。

「四均二差」は、四均一差と独立した項でなく、四均一差に加減する項となっていて、つまり、四均二差の符号(「加」「減」)は、四均一差と同符号のとき「加」、異符号のとき「減」となっている。四均二差は、\(\cos(\text{月距日}) \sin(\text{引数})\) として計算される値であるが、
「引数、初宮より五宮に至るは、月距日、初一二六七八宮則ち加と為し、三四五九十十一宮則ち減と為す。引数、六宮より十一宮に至るは、月距日、初一二六七八宮則ち減と為し、三四五九十十一宮則ち加と為す」
すなわち、

  • 引数が第1, 2象限(すなわち \(\sin(\text{引数}) \geq 0\))のとき、
    • 月距日が第1, 3象限なら「加(四均一差と同符号)」
    • 月距日が第2, 4象限なら「減(四均一差と異符号)」
  • 引数が第3, 4象限(すなわち \(\sin(\text{引数}) \leq 0\))のとき、
    • 月距日が第1, 3象限なら「減(四均一差と異符号)」
    • 月距日が第2, 4象限なら「加(四均一差と同符号)」

ということであって、 月距日が第1, 3象限のとき \(\sin(\text{月距日})\) と \(\cos(\text{月距日})\) は同符号であり、月距日が第2, 4象限のとき \(\sin(\text{月距日})\) と \(\cos(\text{月距日})\) は異符号であるから、結局、四均一差が \(+ \sin(\text{月距日})\) に従う項であるのなら、四均二差は、\(- \cos(\text{月距日}) \sin(\text{引数})\) ではなく、\(+ \cos(\text{月距日}) \sin(\text{引数})\) に従う項だということになる。

さて、四均の計算方法がわかったところで、そもそもこの四均はなにか。

四均は、「地球が月に若干ふられる」ことに起因している。「地球が太陽の周りを回っていて、月が地球の周りを回っている」と考えがちでそれは近似的には正しいのだが、正確には「地球と月の共通重心が太陽の周りを回っていて、地球と月は共通重心の周りを回っている」のである。月より地球の質量の方がずっと大きいから、地球と月の共通重心は、ほぼ地心の近くに存在しているのだが、若干、月の方に寄っている。四均を考慮にいれない地球の黄経は、実際は、地球の黄経ではなく、地球と月の共通重心の黄経であって、真の地球の黄経を求めるには、地球が共通重心のどっち側に振れているのかを考える必要がある。

太陽を中心とした地球の黄経と比べて、太陽を中心とした月の黄経は、上弦(月距日 = 90°)のとき、若干小さく、下弦(月距日 = 270°)のとき、若干大きい。よって、太陽を中心とした地球・月の共通重心の黄経と比べて、太陽を中心とした地球の黄経は、上弦のとき若干大きく、下弦のとき若干小さい。地球を中心とした太陽の黄経は、その 180° 真裏であって、+180° にはなるものの大小関係は変わらないから、四均を考慮しない場合に比べて考慮した場合は、上弦のとき若干大きく、下弦のとき若干小さい。つまり、四均は、\(+ \sin(\text{月距日})\) に従う値となる。

ただし、これだと月距日をすべて平均黄経ベースで算出していることになるのだが、太陽の(ほんとうは地球の)中心差を考慮に入れたとすると(以下の計算では角度をラジアン単位とし、太陽の平均黄経、離心率、月の平均黄経を \(\lambda_s, e_s, \lambda_m\) として)、
\[ \begin{align}
\text{四均} &= \alpha \sin(\lambda_m - (\lambda_s - 2e_s \sin(\text{引数})) \\
&= \alpha \sin(\text{月距日} + 2e_s \sin(\text{引数})) \\
&= \alpha(\sin(\text{月距日}) \cos(2e_s \sin(\text{引数})) + \cos(\text{月距日}) \sin(2e_s \sin(\text{引数}))) \\
&\fallingdotseq \alpha(\sin(\text{月距日}) + \cos(\text{月距日}) (2e_s \sin(\text{引数}))) \\
&= \alpha(\sin(\text{月距日}) + 2e_s \cos(\text{月距日}) \sin(\text{引数}))
\end{align} \]
となり、定性的には四均二差が出てくる。しかし、四均最大二差 / 四均最大一差 \(= 0°.000972 / 0°.002139 = 0.2272\) は、\(e_s = 0.01680207\) に対してひと桁大きすぎるようであり、上で示した以外の要素がなにかあるのかも知れないがよくわからない。また、太陽の中心差を考慮にいれるくらいなら、より大きい月の中心差を考慮にいれた方がいいようにも思うのだが。

実行(真黄経)

[新法暦書巻一 推日躔法]
求黄道実行「置平行、加減初均一均二均三均四均、得黄道実行」
平行を置き、初均・一均・二均・三均・四均を加減し、黄道実行を得。
\[ \begin{align}
\text{黄道実行} &= \text{平行} + \text{初均} + \text{一均} + \text{二均} + \text{三均} + \text{四均}
\end{align} \]

太陽の平均黄経(平行)に、初均~四均を加減して、真黄経(黄道実行)を得る。

水路部式との比較

さて、ここで、天保暦の日躔の計算を評価するために水路部式と比較してみよう。正直、水路部式と単純比較できるわけでもないのだが。水路部式は、おそらくニューカムの太陽表をベースに出来ていて、ニューカムの太陽表は各惑星の近点離角から計算するようになっている。「水路部式解釈」のところで例えば金星項 (2:3) となっているところは、金星の平均黄経、近点黄経、地球の平均黄経、近点黄経をそれぞれ、\(\lambda_V, \varpi_V, \lambda_e, \varpi_e\) とするとき、
\(\sin(2(\lambda_V - \varpi_V) - 3(\lambda_e - \varpi_e) + K)\)
に従う項目になっている(K は定数)。としたとき、金星項 (2:2)、つまり、
\(\sin(2(\lambda_V - \varpi_V) - 2(\lambda_e - \varpi_e) + K)\)
が、三均二差(\(\sin(2\lambda_V- 2\lambda_e)\) に従う項)に相当するものなのかという問題があるが、近点黄経はほとんど動かないほぼ定数と言ってもいいような値であることを考えると、\(K = 2\varpi_V - 2\varpi_e\) であるなら同等の計算であると考えてよいだろう。

実際見てみると、それぞれの惑星の主要項((1:1) とか (2:2))だとほぼほぼそんな感じになっているようなので、一応対応するものと考えてもよさそうである。

振幅の符号については、水路部式では 180° 位相をずらすことにより符号をプラスに統一している(No. 3, 17 の章動項だけは、月の位置の不等項ではなく、春分点の位置の不等項なので、符号をマイナスにしている)ので、単純比較できないが、とりあえず私がざっと見たところでは符号は合っているようだとだけ言っておこう。

振幅の絶対値は、「まあ、概ね合ってるかなあ」というイメージ。先ほど「大きすぎるんじゃないの?」としていた四均二差は、水路部式では現れていないので、天保暦での振幅 0°.000972 よりもずっと小さい振幅(少なくとも 0°.0003 未満)なのだろう。二均三差(木星の副引数による項)は天保暦では水路部式と比べかなり小さいようだが、水路部式の第11項と二均三差とが果たして対応する項目なのかどうかはあまり自信がない。

No. 水路部式 水路部式解釈 天保暦 天保暦振幅
0 \(279°.0358 + 360°.00769t\) 平均項 平行 -
1 \(\begin{split}
+&(1°.9159 - 0°.00005 t) \\
&\sin(356°.531 + 359°.991t)
\end{split} \)
中心差① 初均一差 1°.925314
2 \(+0°.0200 \sin(353°.06 + 719°.981t)\) 中心差② 初均二差 0°.020222
3 \(-0°.0048 \sin(248°.64 - 19°.341t)\) 章動 一均 0°.004676
4 \(+0°.0020 \sin(285° + 329°.64t)\) 木星項 (1:1) 二均一差 0°.001972
5 \(+0°.0018 \sin(334°.2 - 4452°.67t)\) 月項 四均一差 0°.002139
6 \(+0°.0018 \sin(293°.7 - 0°.2t)\) 長期項1(※)

7 \(+0°.0015 \sin(242°.4 + 450°.37t)\) 金星項 (2:2) 三均二差 0°.002639
8 \(+0°.0013 \sin(211°.1 + 225°.18t)\) 金星項 (1:1) 三均一差 0°.002278
9 \(+0°.0008 \sin(248°.4 + 659°.29t)\) 木星項 (2:2) 二均二差 0°.00075
10 \(+0°.0007 \sin(53°.5 + 90°.38t)\) 金星項 (2:3)

11 \(+0°.0007 \sin(12°.1 - 30°.35t)\) 木星項 (1:0) 二均三差 0°.000111
12 \(+0°.0006 \sin(239°.1 + 337°.18t)\) 火星項 (2:2)

13 \(+0°.0005 \sin(10°.1 - 1°.5t)\) 長期項2(※)

14 \(+0°.0005 \sin(99°.1 - 22°.81t)\) 火星項 (2:1)

15 \(+0°.0004 \sin(264°.8 + 315°.56t)\) 金星項 (3:4)

16 \(+0°.0004 \sin(233°.8 + 299°.3t)\) 木星項 (2:1)

17 \(-0°.0004 \sin(198°.1 + 720°.02t)\) 半年章動

18 \(+0°.0003 \sin(349°.6 + 1079°.97t)\) 中心差③ 初均三差 0°.000286
19 \(+0°.0003 \sin(65° - 44°.43t)\) 金星項 (3:5)


(※) 水路部式の長期項1, 長期項2 はそれぞれ(火星の平均黄経、近点黄経を \(\lambda_M, \varpi_M\) とする)、
  • \(\sin(4(\lambda_e - \varpi_e) + 3(\lambda_J - \varpi_J) - 8(\lambda_M - \varpi_M) + K)\)
  • \(\sin(13(\lambda_e - \varpi_e) - 8(\lambda_V - \varpi_V) + K)\)
に従う項である。
本来ならこんな高次の項の振幅はもっと小さくなるのだろうが、地球、木星、金星、火星の平均黄経角速度を \(\lambda_e^\prime, \lambda_J^\prime, \lambda_V^\prime\, \lambda_M^\prime\) とするとき、
  • \(4 \lambda_e^\prime + 3\lambda_J^\prime - 8\lambda_M^\prime\)
  • \(13 \lambda_e^\prime - 8\lambda_V^\prime\)
がほぼゼロに近いため、共鳴して大きな振幅の項になるのである。

このなかで、金星に関する項(三均)の振幅が、天保暦ではちょっと大きすぎる(1.75倍ぐらい) のが気になるところ。

天保暦の暦理解説である新法暦書続編の巻二十六に、太陽系内の各天体の質量が記載されている。「諸曜径比例表第一~第五」というのが掲載されていて、第一表は「地球図説」(※) に記載のもの、第二表が天保暦が採用しているもの(高橋至時の新修五星法によるものか)、第三~第五が西洋の暦書(ラランデ暦書か)によるものとのことであり、質量が掲載されているのは第三~第五である。

  • (※) 本木良永が蘭書から訳した地動説の解説書「和蘭地球図説」か。

下表の左側は現在知られている各天体の質量によるもの。「諸曜径比例表第三~第五」では地球の質量との比により記載されているので、「質量(地球比)」を計算してある。「諸曜径比例表第三~第五」の右に "ratio" とあるのが、「質量(地球比)」と比較した比である。

これを見ると、太陽、木星、土星の質量は悪くない値になっているが、水星・金星・火星の質量はずれが大きい。金星の質量は、1.29~1.49倍大きいものとして想定されている。おそらく三均の振幅が大きすぎるのはこのあたりに起因しているのであろう。

木星・土星の質量の見積もり精度が高いのは、木星・土星は衛星の軌道半径と公転周期を計測してそれにケプラーの第三法則をあてはめ、それと、惑星の軌道半径・公転周期にケプラーの第三法則をあてはめたものと比較すれば、木星・土星の質量と、太陽の質量との比がわかるからである。水星・金星・火星についてはその方法が使えないので質量の見積もり精度が低いのだ(火星の衛星、フォボスとダイモスが発見されたのは 1877年なので、天保暦制定当時にはまだ知られていなかった)。

- 質量
(kg)
質量
(地球比)
諸曜径比例
表第三
ratio 諸曜径比例
表第四
ratio 諸曜径比例
表第五
ratio
太陽 1.9891e+30 333071 307831 0.92 365412 1.10 352777 1.06
水星 3.3010e+23 0.0553 0.1198 2.17 0.14226 2.57 0.13735 2.48
金星 4.6980e+24 0.7867 1.01818 1.29 1.1707 1.49 1.1256 1.43
地球 5.9720e+24 1 1 1 1 1 1 1
火星 6.4171e+23 0.1075 0.1852 1.72 0.21988 2.05 0.2123 1.98
木星 1.8986e+27 317.9 288.44 0.91 340 1.07 328.27 1.03
土星 5.6880e+26 95.24 78.39 0.82 106.9 1.12 103.98 1.09


さて、今回は、太陽の真黄経(黄道実行)を求めるところまで来たが、次回は二十四節気の日時を計算するところまで到達したいところ。となると、定気二十四節気の日時の計算と、平均太陽時と真太陽時の時差(時差総)を算出して真太陽時の節気日時を計算し、晨昏分を計算して不定時法の日時を計算し、、、となるが、どこまで到達できることやら。

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[参考文献]

渋川 景祐; 足立 信頭「新法暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書表」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

長沢 工 (1981, 1985)「天体の位置計算 増補版」, 地人書館 ISBN-9784805202258 

Newcome, Simon (1898) "Tables of the Four Inner Planets", American Ephemeris and Nautical Almanac https://archive.org/details/06AstronomicalPapersPreparedForTheUse/page/n5/mode/2up

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