2021年7月18日日曜日

天保暦の日食法 (7) 出入帯食、地方食

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前回は、天保暦日食法の初虧(かけはじめ)・復円(かけおわり)について説明した。

今回は、出入帯食(かけながらの日出、かけながらの日入)について。日出入時の食分を算出する。また、あわせて、

  • 食甚が見えない(よって頒暦の日月食記事に食甚情報を記載する必要がない)出入帯食において、食甚定真時を算出することなく初虧・復円を計算する方法
  • 地方食(京都以外の場所(江戸(東国)、長崎(西国)における日食)の計算方法

についても述べる。


出入帯食の位置計算

推日食帯食法
先視日出分、在初虧後復円前者、為帯食出地。日入分、在初虧後復円前者、為帯食入地。
まづ日出分を視、初虧後・復円前に在れば、帯食出地と為す。日入分、初虧後・復円前に在れば、帯食入地と為す。
求帯食太陽距午赤道度「以日出或日入分(帯食出地者、用日出分、帯食入地者、用日入分)与半周日相減、余数変赤道度、得帯食太陽距午赤道度」
日出或いは日入分を以って(帯食出地は、日出分を用ゐ、帯食入地は、日入分を用う)半周日と相減じ、余数、赤道度に変じ、帯食太陽距午赤道度を得。
求帯食赤道東西差「以半径為一率、帯食太陽距午赤道度之正弦為二率、東西原数為三率、求得四率為帯食赤道東西差」
半径を以って一率と為し、帯食太陽距午赤道度の正弦、二率と為し、東西原数、三率と為し、求めて得る四率、帯食赤道東西差と為す。
求帯食赤道南北差「以半径為一率、帯食太陽距午赤道度之余弦為二率、南北法数為三率、求得四率為帯食赤道南北差」
半径を以って一率と為し、帯食太陽距午赤道度の余弦、二率と為し、南北法数、三率と為し、求めて得る四率、帯食赤道南北差と為す。
求帯食東西汎差「以半径為一率、赤白二経交角之余弦為二率、帯食赤道東西差為三率、求得四率為帯食東西汎差(如無赤白二経交角、則無東西汎差及東西二差)」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の余弦、二率と為し、帯食赤道東西差、三率と為し、求めて得る四率、帯食東西汎差と為す(もし赤白二経交角無ければ、則ち東西汎差及び東西二差無し)。
求帯食東西二差「以半径為一率、赤白二経交角之正弦為二率、帯食赤道南北差為三率、求得四率為帯食東西二差」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の正弦、二率と為し、帯食赤道南北差、三率と為し、求めて得る四率、帯食東西二差と為す。
求帯食東西加減差「以東西一差与帯食東西二差相加、得帯食東西加減差」
東西一差を以って帯食東西二差と相加へ、帯食東西加減差を得。
求帯食東西差「置帯食東西汎差、加減帯食東西加減差、得帯食東西差(帯食出地者、赤白二経交角、東則加、西則減、仍為限東。帯食入地者、赤白二経交角、東則減、西則加、仍為限西。如無赤白二経交角、則赤道東西差即東西差)」
帯食東西汎差を置き、帯食東西加減差を加減し、帯食東西差を得(帯食出地は、赤白二経交角、東は則ち加へ、西は則ち減じ、なほ限東と為す。帯食入地は、赤白二経交角、東は則ち減じ、西は則ち加へ、なほ限西と為す。もし赤白二経交角無ければ、則ち赤道東西差即ち東西差)。
求帯食南北一差「以半径為一率、赤白二経交角之正弦為二率、帯食赤道東西差為三率、求得四率為帯食南北一差(如無赤白二経交角、則無南北一差及二差)」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の正弦、二率と為し、帯食赤道東西差、三率と為し、求めて得る四率、帯食南北一差と為す(もし赤白二経交角無ければ、則ち南北一差及び二差無し)。
求帯食南北二差「以半径為一率、赤白二経交角之余弦為二率、帯食赤道南北差為三率、求得四率為帯食南北二差」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の余弦、二率と為し、帯食赤道南北差、三率と為し、求めて得る四率、帯食南北二差と為す。
求帯食南北加減差「置帯食南北二差、加減帯食南北一差、得帯食南北加減差(太陽赤道緯度南、赤白二経交角東者、帯食出地則減、入地則加。赤白二経交角西者、帯食出地則加、入地則減、仍為加。不足減者、反減、変為減。太陽赤道緯度北、赤白二経交角東者、帯食出地則減、仍為減。不足減者、反減、亦為減。入地則加、仍為加。赤白二経交角西者、帯食出地則加、仍為加。入地則減、仍為減。不足減者、反減、亦為減。如両数相等而減尽無余、則南北汎差即南北差)」
帯食南北二差を置き、帯食南北一差を加減し、帯食南北加減差を得(太陽赤道緯度南、赤白二経交角東は、帯食出地則ち減じ、入地則ち加ふ。赤白二経交角西は、帯食出地則ち加へ、入地則ち減じ、なほ加と為す。減に足らざれば、反減し、変じて減と為す。太陽赤道緯度北、赤白二経交角東は、帯食出地則ち減じ、なほ減と為す。減に足らざれば、反減し、また減と為す。入地則ち加へ、なほ加と為す。赤白二経交角西は、帯食出地則ち加へ、なほ加と為す。入地則ち減じ、なほ減と為す。減に足らざれば、反減し、また減と為す。もし両数相等しくして減じ尽し余り無ければ、則ち南北汎差即ち南北差)
求帯食南北差「置南北汎差、加減帯食南北加減差、得帯食南北差(如無南北一差及二差、則赤道南北差即南北差)」
南北汎差を置き、帯食南北加減差を加減し、帯食南北差を得(もし南北一差及び二差無ければ、則ち赤道南北差即ち南北差)。
求帯食実距弧之正弦「以一小時分為一率、簡平月所在一小時両経斜距之正弦為二率、日出或日入分与食甚用時相減、得前距時、為三率(如日出或日入分与食甚用時同時、則無実距弧之正弦)、求得四率為帯食実距弧之正弦(日出或日入分大於食甚用時、則為緯東、小於食甚用時、則為緯西)」
一小時分を以って一率と為し、簡平月所在一小時両経斜距の正弦、二率と為し、日出或いは日入分と食甚用時と相減じ、前距時を得、三率と為し(もし日出或いは日入分と食甚用時、同時なれば、則ち実距弧の正弦無し)求めて得る四率、帯食実距弧の正弦と為す(日出或いは日入分、食甚用時より大なれば、則ち緯東と為し、食甚用時より小なれば、則ち緯西と為す)。
求帯食視距弧之正弦「置帯食実距弧之正弦、加減帯食東西差、得帯食視距弧之正弦(限東緯東、則加仍為東。緯西、則減仍為西。東西差大、則反減、変為東。限西緯西、則加仍為西。緯東、則減仍為東。東西差大、則反減、変為西。如無実距弧之正弦、則東西差即視距弧之正弦。限東為緯東、限西為緯西)」
帯食実距弧の正弦を置き、帯食東西差を加減し、帯食視距弧の正弦を得(限東緯東、則ち加へなほ東と為す。緯西、則ち減じなほ西と為す。東西差大なれば、則ち反減し、変じて東と為す。限西緯西、則ち加へなほ西と為す。緯東、則ち減じなほ東と為す。東西差大なれば、則ち反減し、変じて西と為す。もし実距弧の正弦無ければ、則ち東西差、即、視距弧の正弦。限東は緯東と為し、限西は緯西と為す)。
求帯食視緯之正弦「置簡平食甚実緯之正弦、加減帯食南北差、得帯食視緯之正弦(食甚実緯南則加仍為南、北則減仍為北。如南北差大、則反減、変為南。如無食甚実緯、則南北差即視緯之正弦、仍為南)」
簡平食甚実緯の正弦を置き、帯食南北差を加減し、帯食視緯の正弦を得(食甚実緯、南則ち加へなほ南と為し、北則ち減じなほ北と為す。もし南北差大なれば、則ち反減し、変じて南と為す。もし食甚実緯無ければ、則ち南北差、即、視緯の正弦、なほ南と為す)。
求帯食視距弧両心視相距交角「以帯食視距弧之正弦為一率、帯食視緯之正弦為二率、半径為三率、求得四率為正切線、検表得帯食視距弧両心視相距交角(如無視距弧之正弦、則視緯之正弦、即両心視相距之正弦。如無視緯之正弦、則視距弧之正弦即両心視相距之正弦)」
帯食視距弧の正弦を以って一率と為し、帯食視緯の正弦、二率と為し、半径、三率と為し、求めて得る四率、正切線と為し、表を検じ帯食視距弧両心視相距交角を得(もし視距弧の正弦無ければ、則ち視緯の正弦、即ち両心視相距の正弦。もし視緯の正弦無ければ、則ち視距弧の正弦即ち両心視相距の正弦)。
求帯食両心視相距之正弦「以帯食視距弧両心視相距交角之正弦為一率、半径為二率、帯食視緯之正弦為三率、求得四率為帯食両心視相距之正弦」
帯食視距弧両心視相距交角の正弦を以って一率と為し、半径、二率と為し、帯食視緯の正弦、三率と為し、求めて得る四率、帯食両心視相距の正弦と為す。
\[ \begin{align}
\text{太陽距午赤道度}(@\text{帯食}) &= {360° \over 1_\text{日}} (\text{日出入分} - 0.5_\text{日}) \\
\text{赤道東西差}(@\text{帯食}) &= \text{東西原数} \sin(\text{太陽距午赤道度}(@\text{帯食})) \\
\text{赤道南北差}(@\text{帯食}) &= \text{南北法数} \cos(\text{太陽距午赤道度}(@\text{帯食})) \\
\text{東西汎差}(@\text{帯食}) &= \text{赤道東西差}(@\text{帯食}) \cos(\text{赤白二経交角}) \\
\text{東西二差}(@\text{帯食}) &= \text{赤道南北差}(@\text{帯食}) \sin(\text{赤白二経交角}) \\
\text{東西加減差}(@\text{帯食}) &= \text{東西一差} - \text{東西二差}(@\text{帯食}) \\
\text{東西差}(@\text{帯食}) &= \text{東西汎差}(@\text{帯食}) + \text{東西加減差}(@\text{帯食}) \\
\text{南北一差}(@\text{帯食}) &= \text{赤道東西差}(@\text{帯食}) \sin(\text{赤白二経交角}) \\
\text{南北二差}(@\text{帯食}) &= \text{赤道南北差}(@\text{帯食}) \cos(\text{赤白二経交角}) \\
\text{南北加減差}(@\text{帯食}) &= \text{南北二差}(@\text{帯食}) + \text{南北一差}(@\text{帯食}) \\
\text{南北差}(@\text{帯食}) &= \text{南北汎差} - \text{南北加減差}(@\text{帯食}) \\
\text{実距弧の正弦}(@\text{帯食}) &= (\text{日出入分} - \text{食甚用時}) \times \text{簡平月所在一小時両経斜距の正弦} \times 24_\text{時/日} \\
\text{視距弧の正弦}(@\text{帯食}) &= \text{実距弧の正弦}(@\text{帯食}) - \text{東西差}(@\text{帯食}) \\
\text{視緯の正弦}(@\text{帯食}) &= \text{簡平食甚実緯の正弦} - \text{南北差}(@\text{帯食}) \\
\text{視距弧両心視相距交角}(@\text{帯食}) &= \tan^{-1} {\text{視緯の正弦}(@\text{帯食}) \over \text{視距弧の正弦}(@\text{帯食})} \\
\text{両心視相距の正弦}(@\text{帯食}) &= \sqrt{(\text{視距弧の正弦}(@\text{帯食}))^2 + (\text{視緯の正弦}(@\text{帯食}))^2}
\end{align} \]

出入帯食の食分・方向角を算出するための準備として、日の出、または、日の入時の月・観測者の位置を計算する。食甚・初虧・復円のときの計算とまったく同じでいいはず。

ところどころ、微妙に文言が変わっているので注記しておく。

全般的に「午前」となっていた箇所が「帯食出地」、「午後」となっていた箇所が「帯食入地」と記載されている。日出入時の計算をしているのだから、午前となるのは日の出のときであり、午後となるのは日の入のときである。

東西加減差の算出のところで「太陽赤道緯度南は則ち相加へ、北は則ち相減ず。もし太陽距午赤道度九十度を過ぐれば、則ち相加ふ」などというように加えるのか減ずるのかを条件わけしていたものを、一律加えている。これは、太陽の赤緯が北(夏)の場合、日の出入り時の距午赤道度は -90° 以下(6:00 前)、または、90° 以上 (18:00以降) のはずで、日出入のときの計算をするなら、常に「加」の条件を満たすことになるからである。

東西差の算出のところで、東西汎差と東西加減差を加減するときに、東西汎差から東西加減差を減じようとして、東西加減差の方が大きかったら反減しろとか、両者が等しく差を取るとゼロになるケースはとかの注記があったのだが、それらは抜かれている。東西汎差は、白道を X 軸に平行にするために赤白二経交角だけ回転するまえの、もともとのヨコ(東西)方向のずれが、回転後も依然としてヨコ方向のずれに寄与している量、東西加減差は、もともとタテ(南北)方向のずれだったものが、回転の結果ヨコ方向のずれに寄与することになった量である。日出入時は、もともとのヨコ方向のずれが大きいから、北極・南極近辺の話をしているのならいざ知らず、日本ぐらいの緯度では、東西汎差の方が必ず(絶対値が)大きいのだ。

南北加減差のところでも、もともとは「太陽赤緯が南なら。太陽赤緯が北なら。太陽赤緯が北のうち距午赤道度が九十度以上なら」の 3 パターンの場合わけをしていたところを、太陽赤緯が北で距午赤道度が九十度未満のケースを考えなくてよいので、その部分が端折られている。しかし、食甚近時のところでも述べたように、「減に足らざれば、反減して、また減と為す」などとしているのはやはり不審である。「反減」とは符号を反転することなのだから、反減しない場合「減」のものが、反減した場合でも「減」というのはどう考えてもおかしい。

帯食分

求帯食月距人二差「以半径為一率、帯食太陽距午赤道度之余弦為二率、東西基数為三率、求得四率為帯食月距人二差」
半径を以って一率と為し、帯食太陽距午赤道度の余弦、二率と為し、東西基数、三率と為し、求めて得る四率、帯食月距人二差と為す。
求帯食減差「以月距人一差与帯食月距人二差相減、得帯食減差」
月距人一差を以って帯食月距人二差より相減じ、帯食減差を得。
求帯食両心実相距余弦較「置一小時分、自乗之、為一率、日出或日入分与実朔用時相減、為後距時、自乗之為二率、月所在一小時月距日実行之矢為三率、求得四率為帯食両心実相距余弦較」
一小時分を置き、これを自乗し、一率と為し、日出或いは日入分と実朔用時と相減じ、後距時と為し、これを自乗し二率と為し、月所在一小時月距日実行の矢、三率と為し、求めて得る四率、帯食両心実相距余弦較と為す。
求帯食月距人線「置実朔黄道緯度之余弦、減帯食減差及帯食両心実相距余弦較、得帯食月距人線」
実朔黄道緯度の余弦を置き、帯食減差及び帯食両心実相距余弦較を減じ、帯食月距人線を得。
求帯食両心視相距「以帯食月距人線為一率、簡平地平高下差之正弦為二率、帯食両心視相距之正弦為三率、求得四率為正弦、検表得帯食両心視相距」
帯食月距人線を以って一率と為し、簡平地平高下差の正弦、二率と為し、帯食両心視相距の正弦、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ帯食両心視相距を得。
求帯食併径「置太陽視半径、加地平太陰視半径、減月周蒙気差、得帯食併径」
太陽視半径を置き、地平太陰視半径を加へ、月周蒙気差を減じ、帯食併径を得。
求食分「置太陽視半径、倍之、得太陽全径、為一率、一十分為二率、帯食併径、内減帯食両心視相距、為三率、求得四率為帯食分」
太陽視半径を置き、これを倍し、太陽全径を得、一率と為し、一十分、二率と為し、帯食併径、帯食両心視相距を内減し、三率と為し、求めて得る四率、帯食分と為す。
\[ \begin{align}
\text{月距人二差}(@\text{帯食}) &= \text{東西基数} \cos(\text{太陽距午赤道度}(@\text{帯食}) \\
\text{減差}(@\text{帯食}) &= \text{月距人一差} + \text{月距人二差}(@\text{帯食}) \\
\text{両心実相距の余弦較} &= \text{月所在一小時月距日実行の矢} \times \left( {\text{日出入分} - \text{実朔用時} \over 1/24_\text{日}} \right)^2 \\
\text{月距人線}(@\text{帯食}) &= \cos(\text{実朔太陰黄道緯度}) - \text{減差}(@\text{帯食}) - \text{両心実相距の余弦較} \\
\text{両心視相距}(@\text{帯食}) &= \sin^{-1} {\text{簡平地平高下差の正弦} \times \text{両心視相距の正弦}(@\text{帯食}) \over \text{月距人線}(@\text{帯食})} \\
\text{併径}(@\text{帯食}) &= \text{太陽視半径} + \text{地平太陰視半径} - \text{月周蒙気差} \\
\text{帯食分} &= {\text{併径}(@\text{帯食}) - \text{両心視相距}(@\text{帯食}) \over 2 \times \text{太陽視半径}} \times 10_分
\end{align} \]

ここも、基本的には食甚のときと変わらない。出入帯食における観測者と月との距離を測り、月と太陽の視距離は、月が近ければ大きく、遠ければ小さくなるはずで、それにより調整した「両心視相距」を求める。

月の視半径は、食甚のときは月と観測者との距離で調整した量であったが、日出入時の日食では、月も地平線近くにあるはずで、地平太陰視半径をそのまま使って差し支えない。

月距人一差と月距人二差を加減して減差を求めるとき、食甚では「太陽赤緯が南なら減じ、北なら加え、ただし、北で距午赤道度が九十度以上なら減じ」であったが、ここもやはり、北で距午赤道度が九十度未満のケースを考える必要がないので、一律減じている。

それはいいのだが、月距人線を求めるとき、減差を一律減じているのは少々問題。「減差」は、観測者の Z 座標が地心よりどれだけ大きい(太陽に近い)か、という値である。基本的に、太陽が見えているのだから観測者は昼半球側にいるはずで、観測者の Z 座標は正。ということは、観測者と月との距離を縮める方向に寄与するのであり、減じているのである。通常はこの考え方で問題ないのだが、日出入近くの場合では問題を生ずる。

日出入時、何も考えなければ、太陽から見て観測者は地球輪のフチにいるわけなので、Z 座標はゼロ(月距人一差と月距人二差が相殺される)のはずである。しかし、天保暦の日躔の日出入分算出において、太陽の地平視差と、清蒙気差を考慮している。太陽の地平視差を考慮した場合、地平近くの太陽はやや沈み込むから、視差を考慮しない太陽の仰角が水平 0° よりやや大きくなくてはならず、となると観測者は、地球輪のフチよりやや前、Z 座標がやや正の位置にあるとき、日出入分となる。一方、清蒙気差を考慮したとき、地平線近くにある天体は、大気の屈折によりやや浮き上がって見えるので、これは地平視差とは逆の効果をもたらす。太陽の地平視差は小さいので、清蒙気差の効果の方が大きい。よって、日出入時の観測者の Z 座標は、ほんの少しだけマイナスなのである。とすると、減差(の絶対値)は引くのではなく、足さなければいけないということになる。とはいっても、ほとんどゼロなので、符号を間違えたところで、ほぼ影響はないのだが。

食甚を見ない食の初虧・復円用時

如不見初虧食甚、或不見食甚復円、則不求食甚、而逕求初虧或復円時刻。其法如左。
もし初虧・食甚を見ず、或いは食甚・復円を見ざれば、則ち食甚を求めずして、ただちに初虧或復円時刻を求む。其の法、左の如し。
求帯食東西差真数「以帯食月距人線為一率、簡平地平高下差之正弦為二率、帯食東西差為三率、求得四率為正弦、検表得帯食東西差真数」
帯食月距人線を以って一率と為し、簡平地平高下差の正弦、二率と為し、帯食東西差、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ帯食東西差真数を得。
求帯食視緯「以帯食月距人線為一率、簡平地平高下差之正弦為二率、帯食視緯之正弦為三率、求得四率為正弦、検表得帯食視緯」
帯食月距人線を以って一率と為し、簡平地平高下差の正弦、二率と為し、帯食視緯の正弦、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ帯食視緯を得。
求帯食初虧復円時刻「以帯食視緯為勾、帯食併径為弦、求得股為初虧復円視距弧。与帯食東西差真数相減、得初虧復円実距弧(帯食出地者、初虧復円視距弧、大於帯食東西差真数則為緯東、小於帯食東西差真数則為緯西。帯食入地者、初虧復円視距弧、大於帯食東西差真数則為緯西、小於帯食東西差真数則為緯東)。以一小時両経斜距為一率、一小時分為二率、初虧復円実距弧為三率、求得四率為初虧復円距時(実距弧緯東、則為加、緯西、則為減)。以加減食甚用時、得初虧或復円用時(帯食出地者、為復円用時、帯食入地者、為初虧用時)。用之、依初虧復円法算之、得初虧復円時刻」
帯食視緯を以って勾と為し、帯食併径、弦と為し、求めて得る股、初虧復円視距弧と為す。帯食東西差真数と相減じ、初虧復円実距弧を得(帯食出地は、初虧復円視距弧、帯食東西差真数より大なれば則ち緯東と為し、帯食東西差真数より小なれば則ち緯西と為す。帯食入地は、初虧復円視距弧、帯食東西差真数より大なれば則ち緯西と為し、帯食東西差真数より小なれば則ち緯東と為す)。一小時両経斜距を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、初虧復円実距弧、三率と為し、求めて得る四率、初虧復円距時と為す(実距弧緯東は、則ち加と為し、緯西は、則ち減と為す)。以って食甚用時を加減し、初虧或いは復円用時を得(帯食出地は、復円用時と為し、帯食入地は、初虧用時と為す)。これを用ゐ、初虧復円法に依りこれを算し、初虧復円時刻を得。
\[ \begin{align}
\text{帯食東西差真数} &= \sin^{-1} {\text{簡平地平高下差の正弦} \times \text{東西差}(@\text{帯食}) \over \text{月距人線}(@\text{帯食})} \\
\text{帯食視緯} &= \sin^{-1} {\text{簡平地平高下差の正弦} \times \text{視緯の正弦}(@\text{帯食}) \over \text{月距人線}(@\text{帯食})} \\
\text{初虧復円視距弧} &= \sqrt{(\text{併径}(@\text{帯食}))^2 - (\text{帯食視緯})^2} \\
\text{入帯食の初虧:} & \left( \begin{aligned}
\text{初虧復円実距弧} &= - \text{初虧復円視距弧} + \text{帯食東西差真数} \\
\text{初虧復円距時} &= {\text{初虧復円実距弧} \over \text{一小時両経斜距} \times 24_\text{時/日}} \\
\text{初虧用時} &= \text{食甚用時} + \text{初虧復円距時}
\end{aligned} \right. \\
\text{出帯食の復円:} & \left( \begin{aligned}
\text{初虧復円実距弧} &= \text{初虧復円視距弧} + \text{帯食東西差真数} \\
\text{初虧復円距時} &= {\text{初虧復円実距弧} \over \text{一小時両経斜距} \times 24_\text{時/日}} \\
\text{復円用時} &= \text{食甚用時} + \text{初虧復円距時}
\end{aligned} \right.
\end{align} \]

寛政暦でも似たようなものがあった。食甚が見えない食の場合、頒暦の日月食記事に食甚の情報を掲載する必要はないので、食甚の計算をする必要がない。一方、出帯食では復円の、入帯食では初虧の情報を掲載する必要はあるのだが、これらは、食甚定真時を起点に初虧/復円用時を求めて、そこから真の初虧/復円時刻を求めるような算出方法になっている。初虧/復円用時は、所詮、漸近計算のスタート地点として大雑把に求めているだけなので、それを求めるだけのために食甚定真時を求めるのは無駄だろう。ということで、日出入時を起点に初虧/復円用時を求める式である。厳密なことを言うならば、食甚定真時を求めないことには、食甚が見えない食なのかどうかわからないではないかと思うのだが。

初虧/復円の時刻を大雑把に求めて初虧/復円用時としたい。ここでは、日出入時の観測者がそこから位置を変えないものとし、月だけが動いているとして、観測者と月との距離が併径となるような時刻を初虧/復円用時としている。

「帯食東西差真数」は、日出入時の東西差(観測者の X 座標)を、「簡平地平高下差の正弦」などの換算レートで、地球から見たときの視角(太陽からみて地球輪内に射影したとき「東西差」の長さに射影されるような長さのものが月近辺にあったら、それは、地球から見てどの程度の視角として見えるか)に換算したものである。

「帯食視緯」は、同様に、日出入時の視緯の正弦(観測者と月の Y 座標のずれ)を、地球から見たときの視角に換算したもの。

月は X 座標に平行に動き、一方、観測者は動かないものとするのだから、観測者と月の Y 座標のずれは「帯食視緯」のままで変わることがない。

初虧・復円とは、太陽と月の視距離が「併径」となるようなときである。観測者と月の距離(いま、もろもろの距離を、地球から見たときの視角に換算してから計算しているので、観測者から見た太陽と月の視距離といえるのだが)が「併径」となるのは、観測者と月の X 座標のずれが、\(\sqrt{(\text{併径})^2 - (\text{視緯の正弦})^2}\) となる時であろう。これが、「初虧復円視距弧」である。初虧用時の場合、月は観測者より「初虧復円視距弧」だけ西(X軸負方向)に、復円用時の場合、月は観測者より「初虧復円視距弧」だけ東(X軸正方向)にある。

これを観測者の X 座標「帯食東西差真数」と足し合わせると、初虧用時/復円用時の月の X 座標が算出できる。これが「初虧復円実距弧」である。そして、食甚用時の月の X 座標はゼロだから、「初虧用時/復円用時の月は、食甚用時の月よりどれだけ東か」という値でもある。

そして、月は「一小時両経斜距」のスピードで動くから、これで割ってやれば「初虧用時/復円用時は、食甚用時よりどれだけ後か」の値「初虧復円距時」が算出できる。これを食甚用時に加減してやれば、初虧用時・復円用時が求められる。

観測者が日出入時刻の場所から動かないものと仮定して計算したものなので正確ではないが、大雑把な計算としては妥当であろう。これを起点に漸近計算を行って、真の初虧・復円時刻を得ることになる。

地方食

推各方日食法
求各方日食時刻及食分「先置実朔及食甚用時、加減各方里差(江戸則加、長崎則減)、得各方実朔及食甚用時。次用推各方日食用数、依前第六(置実朔太陰地半径差、加減各方太陰地半径差加減数、為各方実朔太陰地半径差、而用之)、及第七法、求各方初虧復円通用之諸数(自極下太陰地半径差、至月距人一差之十一行)。末用各方実朔及食甚用時、並初虧復円通用之諸数、依推食甚真時、食分、及初虧復円真時法算之、得各方日食時刻及食分」
まづ実朔及び食甚用時を置き、各方の里差を加減し(江戸則ち加へ、長崎則ち減ず)、各方実朔及び食甚用時を得。次に推各方日食用数を用ゐ、前の第六(実朔太陰地半径差を置き、各方の太陰地半径差加減数を加減し、各方の実朔太陰地半径差と為して、これを用う)、及び第七法に依り、各方の初虧復円通用の諸数(極下太陰地半径差より、月距人一差に至るの十一行)を求む。末に各方の実朔及び食甚用時、並びに初虧復円通用の諸数を用ゐ、推食甚真時、食分、及ぶ初虧復円真時法に依りこれを算し、各方日食時刻及び食分を得。
求各方日食方位「用各方初虧・食甚・復円真時東西差、南北差、及視距弧両心視相距交角、依推日食方位法算之、得各方日食方位」
各方の初虧・食甚・復円真時の東西差、南北差、及び視距弧両心視相距交角を用ゐ、推日食方位法に依りこれを算し、各方日食方位を得。
求各方帯食分「用各方日出入分、依推日食帯食法算之、得各方帯食分」
各方の日出入分を用ゐ、推日食帯食法に依りこれを算し、各方帯食分を得。

地方食(京都以外における食。具体的には東国(江戸)と西国(長崎))の計算では、

  • 実朔用時・食甚用時の時刻を、京都との経度差に伴う時差(「里差」)で加減する。
  • 矮立円地関係の諸定数(矮立円地赤道距天頂・地半径・東西原数)を、「推各方日食用数」に記載されているそれぞれの地方での値を用いて諸々の計算をする。
  • 地平太陰地半径差を求めるにあたり、各地方の「太陰地半径差加数」によって加減する。
  • 出入帯食の計算をする際、日躔の日出入分算出方法により、各地方の緯度(北極高度)によって算出した日出入分を使用する。

とすることにより算出することが出来る。

上記に必要な諸定数は、当ブログでは「天保暦の日食法 (2)」で、矮立円地(地球回転楕円体)の説明をするところでご紹介した。そちらをご参照。 

 

前回アナウンスのとおり、次回は方向角について。初虧・食甚・復円の方向角と、帯食の方向角。

 

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[参考文献]

渋川 景祐; 足立 信頭「新法暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

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