本編で、どこからどうやって生まれたのかよくわからないとした自動詞他動詞ペア、「消え/消し」について、考えてみた。
思いついたのは、kaiyai / kaisi という、他自四段C型 (y変格) の自動詞他動詞ペアではなかろうかということ。
共通語根 kai は、短母音ではないので、四段C型になってしかるべき。
また、ai は、④長母音化で長母音化されないから、 aa にはならず、⑥短母音化で、 ë になるまで生き残るはず。
- ただ、見る mii を連用形にする時、「もともと、i で終わっているので連用形語尾 -i は付加しない。よって、mii-ri のように子音挿入されることはない」としているのに、「消し kai」について、kai-si になるのだろうか、 kai になるのではなかろうか、という疑念はあるが。(ai であって、 i そのものではないから、とか、ai ではなくて最終的に ë になるような別のなにかだった、とか?)
そして、 kaiyai / kaisi は、 këyë / kësi になるが、 ë は、森博達氏による推定音価によると [əĕ] というややこしい音で、二連続 (しかも間に挟まるのは半母音) で発音するのは避けたかったはずだ。
そのため、異化をおこして、kiyë となったのではなかろうか。(母音脱落・挿入 këyë > kyë > kiyë かも)
一方で、二連続の ë を一つに縮約する形、 këyë > kë (këyë > kyë > kë ?) となったのが、「消(け)」ではないだろうか。
そこからさらに考えたのは、唯一の下一段活用動詞として毎度お馴染みの「蹴る」についてだ。
中古において、下一段「蹴る」に一旦落ち着くまで、「蹴」は、下二段「くう」、下二段「くゆ」、下二段「こゆ」など、随分といろいろな語形を迷走している感がある。
これも、実は、kaiwai > këwë だったのではなかろうか。
këwë, këwë, këwu, këwuru, këwurë, këwëyo という活用が、
- këwë > kwë > kë に縮約 (këyë > kë と同じ変化)
- wu という発音がこの時期生き残っていたのかはわからないが、仮に既に wu > u になっていたのだとすれば、ëu [əĕu] というのも十分ややこしい発音なので、これを避けるため、 ëu > ë となる
kwë, kwë, (kë ?), këru, kërë, kwëyo
kë, kë, (kë ?), këru, kërë, këyo
となった後、終止形について、上一段にならって、または、連体形を代用して、整備されたのが下一段「蹴る」ではなかろうか。
それに対し、
- ëu の連続を避けるため、子音 y を挿入し、ëu > ëyu となる
- 連用形について、 këwë から異化をおこし、 kuwë に。他の活用形もこれに倣って、語根が変化する。(kiyë では y に引っ張られて i に、kuwë では w に引っ張られて u になった?)
kuwë, kuwë, kuyu, kuyuru, kuyurë, kuwëyo
kuw-, kuy- それぞれで活用形を整備し、
kuwë, kuwë, kuu, kuuru, kuurë, kuwëyo
kuyë, kuyë, kuyu, kuyuru, kuyurë, kuyëyo
となり「くう」「くゆ」となった。(異化時に u でなく o になったのが「こゆ」)
と、いったことを考えましたが、どうでしょうね。
ちなみに、万葉集巻20の東国歌謡を見ると、
- 「捧ごて行かむ」 sasagëte > sasagote
- 「堅めとし妹が心は」 katamëteshi > katamëtoshi
- 「越よて来ぬかも」 koyete > koyote
のように、エ段が2連続するところで、一方がオになるケースが見られる。
下二段の連用形、下二段活用の助動詞「つ」の連用形、接続助詞「て」の間でのケースで、仮に接続助詞「て」が、完了助動詞「つ」の連用形起源だとすると、全て、本来は乙類エ段だったもの同士のケース。
ただ、上代東国方言は、全般的に乙類オと乙類エが入り混じっている感があるので、何とも評価しづらいかなあ。
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