2016年9月3日土曜日

[小ネタ] 完了リはなぜ下二段・上二段に接続しないか

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完了の助動詞「り・たり」は、四段・サ変の場合、「有り」由来の「り」がつき、それ以外の場合は、「て有り」由来の「たり」がつく。

四段: 咲き有り saki-ari > sakeri 咲けり
サ変: し有り si-ari > seri せり

  • 05/0850「雪の色を 奪ひて咲ける(有婆比弖佐家流) 梅の花 今盛りなり 見む人もがも」
  • 05/0869「足姫 神の命の 魚釣らすと み立たしせりし(美多々志世利斯) 石を誰れ見き」

例は少ないが、カ変・上一段にも「り」はついたようである。

カ変: 来有り ki-ari > keri けり
上一段: 着有り ki-ari > keri けり


  • 12/3125「ひさかたの 雨の降る日を 我が門に 蓑笠着ずて 来る人や誰れ(来有人哉誰)」
  • 07/1091「通るべく 雨はな降りそ 我妹子が 形見の衣 我れ下に着り(吾下尓著有)」

の、「来有」「著有」は「ける」「けり」と読むと解されている。

ラ変・ナ変は統語上の理由というより意味論的な理由でついた例がなかったのではなかろうか。

なお、八丈語には「有り-有ろ-は ari-aro-pa > ararowa > arara アララ」があり、「有る」に完了「り」のついた語形がある(本土語「有った」と同様、完了ではなく過去の意味になっている)。まあ、終止連体統合しているのでラ変と四段活用の区別がないので当たり前かもしれないが。また、本土語同様ナ変も四段活用化しているので、「死んだ」も「死に-有ろ-は チナラ」と、完了リ接続の語形になる。

ついでに、ちょっと脱線。

八丈語で「ノモワ」(”飲む” 飲も-は)は現在形、有り(完了リ)をつけた「ノマラ」("飲んだ" 飲み-有ろ-は) は過去形。有り(完了リ)をダブルでつけた「ノマララ」("飲んであった" 飲み-有り-有ろ-は。「飲み」に上記のアララをつけた語形) は過去完了になる。

はあ? へんな物言い! と思うかもしれない(というか最初私がそう思った)が、よくよく考えよう。

本土標準語の過去形「飲んだ」、完了形「飲んである」はどちらも「飲みて有る」に由来する。そして、過去完了形「飲んであった」は「て有る」をダブルでつけた「飲みて有りて有る」に由来している。

人のことは言えない。

また、後世に擬古典的に書かれた文章では「有れり」の語形は出てくる(『紫の一本』「由緒聞かまほしさに、この谷の近所に得船入道といひて、幽に住居する者ありしを尋ねたるに、折ふし庵にあれり」。完了でなく過去「居た」の擬古典的表現として「あれり」としていると思われる)。

以上のように、四段・上一段・カサナラ変には完了「り」がついた、または、本質的にはつき得るが、下二段・上二段には「たり」(または「てあり」)のみがつき、「り」がつくことは決してない。(「たり」「てあり」は、四段・サ変にもつく)

  • 18/4073「月見れば 同じ国なり 山こそば 君があたりを 隔てたりけれ(敝太弖多里家礼)」
  • 05/0852「梅の花 夢に語らく みやびたる(美也備多流) 花と我れ思ふ 酒に浮かべこそ」

「り」が下二段・上二段につかない理由の説明として、「乙類エ段・乙類イ段+ア」 (ëa, ïa) の音連続が許されないからだ、という説明がある。
懸け有り (kakë-ari), 起き有り (okï-ari) という音連続が許されないので、間に「て」を挟んで、懸けて有り (kakë-te-ari) > 懸けたり (kakëtari), 起きて有り (okï-te-ari) > 起きたり (okïtari) とした、とするのである。

一見もっともな説明だ。乙類エ段 (ë) の音声形が [əe̯] のように二重母音性を残していたと考えるなら、ëa [əe̯a] のように三重母音になることを避けたということが出来る。

しかし、よくよく考えるとこの説には奇妙なところがある。
「懸け有り (kakë-ari)」の連続は許されず、「懸けて有り (kakë-te-ari)」の「て有り (te-ari)」の連続はなぜ許されるのか。

「て (te)」は乙類エ段じゃないからいいんじゃないの?ということで終わらしてしまうという考えもあるだろう。タ行だからエ段の甲乙の区別はない。
しかし、だったらカハマ行以外の下二段だったら「り」接続してもいいんじゃないのか。 「隔てたり」じゃなくて「隔たり(pedate-ari > pedatari)」と言ってなぜいけないのか。

あるいは、「て」は本来甲類エ段なのだろうか。しかし、連用形接続であることを考えると動詞由来の可能性が高い。意味から考えても、下二段動詞「捨(う)つ」に由来する下二段活用の完了助動詞「つ」の連用形「て」に由来する可能性がかなり高いだろう。だとすれば、下二段連用形だから本来は乙類エ段だったろう。

あるいは、意表をつく説として、「懸けたり」は「懸けてあり」に由来する語形ではなく、管見の動詞活用形起源説で頻出するパターン「三母音連続を防ぐための挿入子音」として t が挿入されたもの kakai ari > kakai-t-ari 「懸けたり」と考える、という説も考えられよう。が、ちょっと意表をつき過ぎな気がする。。。r とかならともかく、なんで t? という気がするし。

といったことを、つらつらと考えた結果、私の意見は下記のとおり。

  • 下二段・上二段に完了「り」がつかない理由は、やはり、本来二重母音 (ai, (oi?) > ë, oi, ui > ï) であった乙類エ段・乙類イ段の後ろに、有り (ari) の a を接続させることにより、三母音連続が生じることを嫌ったためだろう。
  • 間に「て」を挟み込むのは、「懸け有り」「起き有り」のように一息で発音される複合動詞の形態でなく、発音しやすいように間に一休止置く目的で接続助詞「て」を挿入し、「懸けて、有り」「起きて、有り」としたのだろう。
  • その後「テ」の甲乙の区別がなくなり、どちらも甲類テ相当の音で発音されるようになった後、「懸けてあり」「起きてあり」と一息に発音されるようになり、ea > a の母音融合を起こし、「懸けたり」「起きたり」の語形が出来たのだろう。

以上。

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