2020年12月26日土曜日

貞享暦の日食法 (2)

 [江戸頒暦の研究 総目次へ]

貞享暦の日食法について、説明を行っている。

前回は、月食と異なり、日食では観測者の位置の考慮が必要であり、そのためには月の視差を考えないといけないこと、月の視差にほる補正値(経度方向のずれであり、日食時刻に影響する「時差」、緯度方向のずれであり、食分に影響する「南北差」「東西差」の算出まで行った。

今回は、「南北差」「東西差」の持つ意味合いについてもう少し考察したのち、日食記事の記載に必要な諸項目(食分、 初虧/食甚/復末時刻、方向角、帯食時の食分)を算出する。

 

まず、前回掲示した南北汎差・東西汎差、南北差掛目・東西差掛目の値のグラフを再掲する。

 三角関数ではなく、実際は二次曲線の組み合わせなのだが、南北汎差は \(\cos \lambda\)、東西汎差は \(- \sin \lambda \) っぽいグラフとなっている。また、三角波になってはいるが、南北差掛目は \(\cos \tau\)、東西差掛目は \(\sin \tau \) っぽいグラフとなっていることがわかる。(\(\lambda\) は、冬至起点の太陽黄経、\(\tau\) は、太陽時を角度表示したもの(正午 = 0°)とする。

さて、ここで、南北差・東西差のもつ幾何学的意味をすこし考えてみよう。

赤道座標系の中心に、半径=1 の地球があるとしよう。X軸は冬至点方向、Y軸は春分点方向、Z軸は赤道北極方向とする。地球面上に観測者がおり、観測者の地点緯度は \(\phi\) とする。また当該時点の観測地点の地方恒星時(観測時、観測地点から見たときに南中している天体の赤経(冬至起点の赤経))を \(\Theta\) とする。観測者がいる場所の座標 \(\vec p\) は、
\[ \vec p = \left( \begin{matrix}
\cos \phi \cos \Theta \\
\cos \phi \sin \Theta \\
\sin \phi
\end{matrix} \right) \]
である。観測時の太陽赤経(冬至起点)を \(\alpha\)、観測地点の地方太陽時を \(\tau\) とするとき、\(\Theta = \alpha + \tau\) であるから、
\[ \vec p = \left( \begin{matrix}
\cos \phi \cos(\alpha + \tau) \\
\cos \phi \sin(\alpha + \tau) \\
\sin \phi
 \end{matrix} \right) \]
これを、Y軸を中心に Y軸正の方向から見て時計周りに(地球の北極をX軸負(夏至点)の方向に近づけるように)黄道傾斜角 \(\epsilon\) だけ傾け、黄道座標系内の地球としたものを \(\vec p^\prime\) とし、
\[ \begin{align}
\vec p^\prime &= R_y(-\epsilon) \vec p \\
&= \left( \begin{matrix}
\cos \epsilon & 0 & -\sin \epsilon \\
0 & 1 & 0 \\
\sin \epsilon & 0 & \cos \epsilon
\end{matrix} \right) \left( \begin{matrix}
\cos \phi \cos(\alpha + \tau) \\
\cos \phi \sin(\alpha + \tau) \\
\sin \phi
\end{matrix} \right) \\
&= \left( \begin{matrix}
\cos \epsilon \cos \phi \cos(\alpha + \tau) - \sin \epsilon \sin \phi \\
\cos \phi \sin(\alpha + \tau) \\
\sin \epsilon \cos \phi \cos(\alpha + \tau) + \cos \epsilon \sin \phi
\end{matrix} \right)
\end{align} \]

観測者が、黄道面よりどれだけ北にずれているかは、\(\vec p^\prime\) の Z座標で測ることができる。\(P = \sin \epsilon \cos \phi\)、\(Q = \cos \epsilon \sin \phi\) と置く。
\[ \begin{align}
p^\prime_z &= \sin \epsilon \cos \phi \cos(\alpha + \tau) + \cos \epsilon \sin \phi \\
&= \sin \epsilon \cos \phi \cos \alpha \cos \tau - \sin \epsilon \cos \phi \sin \alpha \sin \tau + \cos \epsilon \sin \phi \\
&= P \cos \alpha \cos \tau - P \sin \alpha \sin \tau + Q \\
\end{align} \]
この \(Q\) が、デフォルトで中交・正交がずれている量を引き起こし、\(P \cos \alpha\) が南北汎差、\(\cos \tau\) が南北差掛目、\(- P \sin \alpha\) が東西汎差、\(\sin \tau\) が東西差掛目に相当するわけである。

正交中交限度

求日食正交中交限度「置正交中交度、以南北東西差加減之、為正交中交限度及分秒」
正交中交度を置き、南北東西差を以ってこれを加減し、正交中交限度及び分秒と為す。
\[ \begin{align}
\text{日食正交限度} &= \text{正交} - \text{南北差} - \text{東西差} \\
\text{日食中交限度} &= \text{中交} + \text{南北差} + \text{東西差}
\end{align} \]

「正交」「中交」に南北差・東西差を加減して、季節・時刻による観測者の位置ずれを考慮してさらなる視差補正を行った正交・中交、「日食正交限度」「日食中交限度」を求める。

去交前後度

日食陽暦限六度二十分 定法六十二分
陰暦限八度 定法八十
求日食入陰陽暦去交前後度「視交定度、在中交限已下、以減中交限、為陽暦交前度。已上、減去中交限、為陰暦交後度。在正交限已下、以減正交限、為陰暦交前度。已上、減去正交限、為陽暦交後度(依加減、陰暦反為陽暦、陽暦反為陰暦)」
交定度を視、中交限已下に在るは、以って中交限より減じ、陽暦交前度と為す。已上は、中交限を減去し、陰暦交後度と為す。正交限已下に在るは、以って正交限より減じ、陰暦交前度と為す。已上は、正交限を減去し、陽暦交後度と為す(加減に依り、陰暦反って陽暦と為し、陽暦反って陰暦と為す)
\[ \begin{align}
\text{日食陽暦限} &= 6.20_\text{日度} \\
\text{日食陰暦限} &= 8_\text{日度} \\
\text{去交前後度} &= \text{[下表参照]}
\end{align} \]
ケース 交定度
陰陽 前後 去交前後度
昇交点前
\(- \text{日食陽暦限} \lt \text{交定度} - \text{日食中交限度} \lt 0\)
陽暦
交前
\(\text{交定度} - \text{日食中交限度} \)
昇交点後 \(0 \leqq \text{交定度} - \text{日食中交限度} \lt \text{日食陰暦限}\) 陰暦
交後
\(\text{交定度} - \text{日食中交限度} \)
降交点前
\(- \text{日食陰暦限} \lt \text{交定度} - \text{日食正交限度} \lt 0 \) 陰暦 交前
\(\text{交定度} - \text{日食正交限度} \)
降交点後
\(0 \leqq \text{交定度} - \text{日食正交限度} \lt \text{日食陽暦限}\) 陽暦 交後
\(\text{交定度} - \text{日食正交限度} \)

上記以外 不食

南北差・東西差で調整した「日食正交限度」「日食中交限度」に、食甚時の月がどれだけ近いかを示す「去交前後度」を求める。基本的には月食の「去交前後度」と同じだが、下記の点で異なる。

  • 視差で調整された正交・中交、「日食正交限度」「日食中交限度」を用いること。
  • 地球影が月の倍ぐらい大きいのに対し、太陽の視直径は月の視直径と大差ないので、月食のときよりも月と太陽が接近していないと食にならず、月食限 13.05日度より、日食限は小さいこと。
  • 陽暦(月が黄道の南)と陰暦(月が黄道の北)とで日食限が異なること。
    どうして異なるか。下の図において白道はサインカーブっぽい図形になっていて、黄経(東西)方向の変化量に対する、黄緯(南北)方向の変化量(つまりカーブの傾き)は、(真の)中交・正交で最も大きく、そこからずれればずれるほどカーブの傾きは緩く(黄緯の変化量は小さく)なる。
    日食の場合、真の中交・正交から日食中交/正交限度はずれている。そして、陰暦側(中交の交後、正交の交前)は、陽暦側(中交の交前、正交の交後)と比べて、より大きく真の中交・正交からずれている。
    陰暦側では、多少黄経方向にずれていても、あまり黄緯方向のずれが広がらないので、日食陰暦限は日食陽暦限より大きいのである。
    • が、かたや 8日度、かたや 6.20日度の差は大きすぎる気がする。

 

日食分秒

日食陽暦限六度二十分 定法六十二分
陰暦限八度 定法八十
求日食分秒「視去交前後度、各減陰陽暦食限(不及減者、不食)、余如定法而一、為日食之分秒」
去交前後度を視、各おの陰陽暦食限より減じ(減に及ばざれば、不食)、余、定法の如くして一し、日食の分秒と為す。
\[ \text{日食分秒} = \begin{cases}
\text{陽暦のとき: } & \dfrac{6.2_\text{日度} - |\text{去交前後度}|}{\text{陽暦定法 } 0.62_\text{日度}} = 10 - \dfrac{|\text{去交前後度}|}{0.62_\text{日度}} \\
\text{陰暦のとき: } & \dfrac{8_\text{日度} - |\text{去交前後度}|}{\text{陰暦定法} 0.80_\text{日度}} = 10 - \dfrac{|\text{去交前後度}|}{0.80_\text{日度}}
\end{cases} \]

月食の場合、
\[ \text{月食分秒} = 15 - {|\text{去交前後度}| \over 0.87_\text{日度}} \]
であった。

\[ \text{月食分秒} = {\text{地球影の視半径} + \text{月の視半径} - \text{地球影中心と月中心との距離} \over 2 \times \text{月の視半径}} \times 10 \]
であり、長さ(角距離)をすべて、食分単位(月の視直径の 1/10 を 1 分とする)で表示した場合、
\[ \text{月食分秒} = \text{地球影の視半径} + \text{月の視半径} - \text{地球影中心と月中心との距離} \]
となる。
\[ \text{月食分秒} = 15 - {|\text{去交前後度}| \over 0.87_\text{日度}} \]
の、「15」が「地球影の視半径 + 月の視半径」に相当し、月の視直径を 10 とする単位で長さを表示しているのだから、月の視半径は 5分、よって、地球影の視半径は 10分。そして、「去交前後度 / 0.87 日度」が「地球影中心と月中心との距離」に相当するのであった。

これに対し、日食では、
\[ \text{日食分秒} = {\text{月の視半径} + \text{太陽の視半径} - \text{月中心と太陽中心との距離} \over 2 \times \text{太陽の視半径}} \times 10 \]
であり、長さ(角距離)をすべて、日食の食分単位(太陽の視直径の 1/10 を 1 分とする)で表示した場合 (※)、

  • (※) 日食の場合、欠けるのは月ではなく太陽なのだから、もちろん、食分は、太陽の視直径を基準に計算する。

\[ \text{日食分秒} = \text{月の視半径} + \text{太陽の視半径} - \text{月中心と太陽中心との距離} \]
となる。
\[ \text{日食分秒} = 10 - {|\text{去交前後度}| \over \text{陰陽暦定法}} \]
の、「10」が「月の視半径 +太陽の視半径」に相当し、太陽の視直径を 10 とする単位で長さを表示しているのだから、太陽の視半径は 5分、よって、月の視半径は 5分。つまり、貞享暦では、月と太陽の視直径は等しいものとして算出している (※)。そして、「去交前後度 / 陰陽暦定法」が「月中心と太陽中心との距離」に相当する。

  • (※) 寛政暦の月の平均視半径は 0°.26125、太陽の平均視半径は 0°.2683 なので、月と太陽の視直径がほぼ等しいのは事実である。

この式からも明らかなとおり、貞享暦の日食法においては、去交前後度 = 0(すなわち、日食甚における月と太陽の距離 = 0)の場合のみ皆既日食(日食分秒が10分以上)となる。月と太陽の視直径を等しいものとして計算しているのだから、当然そうなる。皆既月食は、月輪が地球影のなかにすっぽり収まっている状態だが、月より地球影のほうが大きいので、多少ずれていてもすっぽり収まる。一方、皆既日食は、日輪が月輪のなかにすっぽり収まっている状態だが、月と太陽の大きさを等しいとするのであれば、すっぽり収まるためには、少しのずれもなくぴったり重なるほかない。

そして、去交前後度が厳密にゼロになることは、確率論的に言って起こりえないので、貞享暦の暦法では皆既日食は起きない (※)。また、月と太陽の視直径は等しいものとして計算しているので、金環日食も起きない。

  • (※) 宝暦暦でも同じだが、宝暦暦の頒暦の日食記事においては、食分を四捨五入表示するので、四捨五入で切りあがって日食分が 10分となる場合、「皆既」と暦面上表記した例はある。そのように表記するのが正しいのかどうかは疑問だが。9.8分だろうが、9.9999分だろうが、10分未満で、ほんの少しでも光が残るのなら、それは皆既じゃないだろうと思う。

朔望定限行差

求朔望定限行差「置経朔望遅速暦日及分、以加減差加減之(朔食時差、又加減之)、為朔望食甚遅速暦日及分。視遅速暦日率、置其下限行度、以其日太陽行定度退一位減之、余為食甚定限行差」
経朔望遅速暦日及び分を置き、加減差を以ってこれに加減し(朔食時差、又これを加減す)、朔望食甚遅速暦日及び分と為す。遅速暦日率を視、其の下の限行度を置き、其の日の太陽行定度を以って、一位を退しこれより減じ、余、食甚定限行差と為す。
\[ \begin{align}
\text{朔望食甚遅速暦} &= \text{経朔望遅速暦} + \text{加減差}  + \text{時差} \\
\text{食甚定限行差} &= \text{太陰遅速限行度}(@\text{朔望食甚遅速暦}) - {\text{太陽行度} \over 10_\text{(限/日)}}
\end{align} \]

食甚時点での日月の黄経角速度差を求める。月食法で求めたのと同じだが、日食の食甚日時は、定朔日時に時差を加減したものなので、「朔望食甚遅速暦」に時差を加減している。

定用分

求日食定用分「置日食分秒、与二十分相減相乗、平方開之、所得以六千五百分乗之、以入定限行差而一、為定用分」
日食分秒を置き、二十分と相減じ相乗じ、平方にこれを開き、得るところ、六千五百分を以ってこれに乗じ、入定限行差を以って一し、定用分と為す。
\[ \text{定用分} = {0.065 \times \sqrt{\text{日食分秒} (20 - \text{日食分秒})} \over \text{食甚定限行差}_\text{(日度/限)} \times 10_\text{(限/日)}} \]

食の持続時間を表す値「定用分」を算出する。初虧~食甚の時間であり、食甚~復末の時間でもある。

月食では、\(\text{食甚時の月と地球影の距離} = 15 - \text{月食分秒}\)、\(\text{初虧/復末時の月と地球影の距離} = 15\) であったから、
\[ \begin{align}
\text{初虧/復末~食甚間の月の移動距離} &= \sqrt{15^2 - (15 - \text{月食分秒})^2} \\
&= \sqrt{15^2 - 15^2 + 30 \times \text{月食分秒} - (\text{月食分秒})^2} \\
&= \sqrt{\text{月食分秒} (30 - \text{月食分秒})}
\end{align} \]
で算出していたが、日食では、\(\text{食甚時の太陽と月の距離} = 10 - \text{日食分秒}\)、\(\text{初虧/復末時の太陽と月の距離} = 10\) であるから、
\[ \begin{align}
\text{初虧/復末~食甚間の月の移動距離} &= \sqrt{10^2 - (10 - \text{月食分秒})^2} \\
&= \sqrt{10^2 - 10^2 + 20 \times \text{月食分秒} - (\text{月食分秒})^2} \\
&= \sqrt{\text{月食分秒} (20 - \text{月食分秒})}
\end{align} \]
となる。これに二つの角距離の単位「日度」「食分単位」の換算レート「0.065 日度/食分」をかけ、月の角速度(正しくは日月の角速度差)で割って、初虧/復末~食甚間の時刻差を得る。

月食の食分単位は月視直径の 1/10、日食の食分単位は太陽視直径の 1/10 だが、 月視直径 = 太陽視直径としているのだから、「日度」「食分単位」の換算レートは、月食のときと同様、「0.065 日度/食分」である。

月食の場合、皆既食の持続期間(食既~食甚、食甚~生還の時間)「既内分」を算出していた。日食だと皆既食が起きないので、「既内分」の算出は行わない。

 日食初虧復末時差

求日食初虧復末時差「置五分、以日食分秒減之(在五分已上者、無時差)、余平方開之、所得以六千五百乗之、以入定限行差而一、為初虧復末時差。交前加、交後減」
五分を置き、日食分秒を以ってこれより減じ(五分已上に在れば、時差無し)、余、平方にこれを開き、得るところ六千五百を以ってこれに乗じ、入定限行差を以って一し、初虧復末時差と為す。交前は加へ、交後は減ず。
\[ \begin{align}
\text{日食初虧復末時差} &= -\text{符号}(\text{去交前後度}) {0.065 \sqrt{5 - \text{日食分秒}} \over \text{食甚定限行差}_\text{(日度/限)} \times 10_\text{(限/日)}}
\end{align} \]
\(\text{日食分秒} \gt 5\) のとき \(\text{時差}=0\)
\(\text{符号}(\text{去交前後度})\) は、去交前後度が負(交前)のとき \(-1\)、去交前後度が正(交後)のとき \(1\) とする。

月食と同様、初虧復末時差を算出する。月食では \(\sqrt{8 - \text{月食分秒}}\) としていたが、日食では \(\sqrt{5 - \text{日食分秒}}\)。月食分秒の最大値は 15分なので、その約半分の 8分、日食分秒の最大値は 10分なので、その半分の 5分、という感じだろうか。

幾何学的な意味を持たない算出式であるとか、初虧復末近辺の帯食の出入時食分の計算がおかしいとか、極めて小さい食の場合、初虧復末と食甚の前後関係がおかしくなりうるとか、月食のところで説明した初虧復末時差の問題点は、日食の場合でも相変わらず。

初虧/復末時刻

求日食三限辰刻「置日食甚定分、以定用分減之、為初虧。以定用分加食甚定分、為復末(以初虧復末加減時差加減之、為定初虧復末)。依発斂求之、為日食三限辰刻」
日食甚定分を置き、定用分を以ってこれより減じ、初虧と為す。定用分を以って食甚定分に加へ、復末と為す(初虧復末加減時差を以ってこれに加減し、定初虧復末と為す)。発斂に依りこれを求め、日食三限辰刻と為す。
\[ \begin{align}
(\text{日食甚定分} &= \text{定朔時刻} + \text{時差}) \\
\text{初虧時刻} &= \text{日食甚定分} - \text{定用分} \\
\text{食甚時刻} &= \text{日食甚定分} \\
\text{復末時刻} &= \text{日食甚定分} + \text{定用分} \\
\text{定初虧時刻} &= \text{初虧時刻} + \text{初虧復末時差} \\
\text{定復末時刻} &= \text{復末時刻} + \text{初虧復末時差}
\end{align} \]

初虧、食甚、復末の時刻を求める。皆既食の場合の食既/生還時刻の算出がない以外、月食におけるものと同じ。

日食所起

求日食所起「食在陽暦、初起西南、甚於正南、復於東南。食在陰暦、初起西北、甚於正北、復於東北。食八分已上、初起正西、復於正東。三分已下、陽暦交前、初起正南、復於東南。交後、初起西南、復於正南。陰暦交前、初起正北、復於東北。交後、初起西北、復於正北(此據午地而論之)」
食、陽暦に在るは、西南に初起し、正南に甚しく、東南に復す。食、陰暦に在るは、西北に初起し、正北に甚しく、東北に復す。食八分已上は、正西に初起し、正東に復す。三分已下は、陽暦交前、正南に初起し、東南に復す。交後、西南に初起し、正南に復す。陰暦交前、正北に初起し、東北に復す。交後、西北に初起し、正北に復す(これ午地に據ってこれを論ず)。 
日食 大食
(八分以上)
中程度
小食
(三分以下)
陽暦交前
(初)西→(甚)×→(復)東 (初)西南→(甚)南→(復)東南 (初)南→(甚)×→(復)東南
陽暦交後 (初)西南→(甚)×→(復)南
陰暦交前 (初)西北→(甚)北→(復)東北 (初)北→(甚)×→(復)東北
陰暦交後 (初)西北→(甚)×→(復)北

月食において、月は地球影に西(右側)から近づき、東(左側)に抜けてゆく。そして、陽暦では月は地球影の南に、陰暦では月は地球影の北にある。

よって、初虧に月は東(左側)がまずかけ、復末に西(右側)が最後までかけ残る。そして、陽暦では月の北側が、陰暦では月の南側がかける。

日食において、月は太陽に西(右側)から近づき、東(左側)に抜けてゆく。そして、陽暦では月は太陽の南に、陰暦では月は太陽の北にある。ここまでは月食と同じだが、日食ではかけるのは月ではなく太陽である。よって、かける方向は 180° 反対側になる。 

初虧に太陽は西(右側)がまずかけ、復末に東(左側)が最後までかけ残る。そして、陽暦では太陽の南側が、陰暦では太陽の北側がかける。

大きい食では、月と地球影/太陽の黄緯差がほとんどなくなる。その結果、「(初)西南→(復)東南」「(初)西北→(復)東北」というよりむしろ、「(初)西→(復)東」に近くなる。月食では皆既以上を大食としていた。日食では、そもそも皆既にならないし、日輪が地球影よりも小さい分、8分食ぐらいでも十分、太陽と月との距離が近いので、8分以上を大食とする。

大食のとき、食甚時の方向角は表示しない。月食では大食は皆既食であり、食甚時は全部かけていてかけている方向というのがあるわけではないから、食甚時の方向角を表示しないのも納得できるが、日食では皆既食ではないので、表示してもよさそうなものだ。その場合、陽暦なら「南」、陰暦なら「北」とするのが妥当だろう。が、頒暦を見ても、実際表示していない。大食の日食では、月と太陽の距離が非常に小さいから、わずかな誤差で月と太陽の南北関係が逆転しうる。表示しないのが無難というものかも知れない。

帯食時食分

求日月出入帯食所見分数「視其日月出入分、在初虧已上復末已下者、為帯食。各以食甚分与日出入分相減、余為帯食差。以乗所食之分、満定用分而一(如月食既者、以既内分減帯食差。不及減者、為帯食既出入。進一位、如既外分而一、所得、以減十分、即月帯食出入所見之分)、以減所食分、即日月出入帯食所見之分(其食甚在昼、晨為漸進、昏為已退。其食甚在夜、晨為已退、昏為漸進)」
其の日の月出入分を視、初虧已上・復末已下に在れば、帯食と為す。各おの食甚分を以って日出入分と相減じ、余、帯食差と為す。以って食することろの分に乗じ、満定用分にして一し(もし月食既なれば、既内分を以って帯食差と減ず。減に及ばざれば、帯食既出入と為す。一位を進め、既外分の如くして一し、得るところ、以って十分より減じ、即ち月帯食出入見るところの分)、以って食するところの分より減じ、即ち日月出入帯食所見の分(其の食甚、昼に在るは、晨、漸進と為し、昏、已退と為す。其の食甚、夜に在るは、晨、已退と為し、昏、漸進と為す)
\[ \begin{align}
\text{帯食差} &= |\text{日出入分} - \text{日食甚定分}| \\
\text{帯食時食分} &= \text{日食分秒} - \text{日食分秒} {\text{帯食差} \over \text{定用分}}
\end{align} \]

帯食のとき、日出入時の食分を求める。日月食共通の記載であり、月食の場合となにも変わらない。皆既にならないので、皆既の場合の記載は無視できる。


以上で、貞享暦の日月食の暦法の説明おわり。次回は、貞享暦頒暦の日月食記事との突合を行う。

[江戸頒暦の研究 総目次へ]

[参考文献]

渋川春海, 土御門泰福(校閲)「貞享暦」, 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

西村遠里「貞享解」, 国立天文台三鷹図書館蔵デジタル化資料

西村遠里「授時解」, 国立天文台三鷹図書館蔵デジタル化資料

0 件のコメント:

コメントを投稿