上代日本語の動詞活用形と自動詞他動詞ペアパターンの起源の仮説について、当初案以降に考察したこと(上代東国方言や、母音調和(有坂法則)との関係について)を含めて考えた結果、今、頭のなかにある仮説の姿を、一度まとめておきたい。
当初案とぱっと見はかなり変えたところもあるけれども、大枠は変わっていない。
- 仮説のうち、骨子となる部分は下記であって、その部分は変わっていないわけである。それ以外はまあ枝葉末節の微調整。
- 自動詞他動詞ペアパターンのうち、四段A型(空き/空け -i/-ë、焼け/焼き -ë/-i)になるか、四段B型(靡き/靡かし -i/-asi、放(さ)き/放かり -ari/-i)・二段型(明け/明かし -ë/-asi、上がり/上げ -ari/-ë)になるか、四段C型(かぶり/かぶせ -ri/-së、越し/越え -yë/-si)・一段型(着/着せ φ/-së、見え/見 -yë/φ)になるかは、-○-a-○-i の、aの前後の○のどちらに子音が入るか(どちらにも入らないか)によっている。それがどう決まるのかは、語尾 -○-a-○-i がつく語幹部がどういう形だったか(子音終わりか短母音終わりか長母音終わりか等)による。
- 子音の挿入箇所は、三母音連続を回避するように決定されるように見える。こうなった具体的な経緯としては、(1) 二母音連続の後に母音を付加する場合、子音が挿入されたか、(2) 一律挿入された子音が、短母音間では消失したか、等が考えられる。
- 終止形・連体形に靡のルがつくかどうか、命令形が甲類エ段になるか/連用形+ヨになるかも、上記と理由を共有する。
- 下二段・上二段・上一段の未然形は連用形と同形だが、これは二次的にそうなったのであって、本来は自動詞他動詞派生(明け/明かし(-a)、尽き/尽くし(-u)、起き/起こし(-ə)) や、シク活用形容詞派生(痩せ/やさしく(-a)、なぎ/なぐしく(-u)、老い/老よしく(-ə)) などと同形であった。
- カ変・サ変の命令形(こ、せよ)が、未然形(こ、せ)接続風なのは、短母音単音節の連用形に短母音単音節の接辞を付加する場合、間に母音が挿入されたことに由来する。カ変・サ変において、禁止形(な~そ)、過去助動詞終止形・連体形(き、し)の接続が未然形接続になっているのも同様の理由である。
- 已然形は、「連体形+得(え)」に由来する。「する得(え)ば」→「すれば」。「するコトヲ得ば」の意味。過去助動詞已然形「しか」は、「ありしく得(あ)ば」→「ありしかば」で、ク語法「しく」+「得の未然形が連用形同形になる前の語形、得(あ)」に由来している。
- 以下は、当初案以降に追加した要素
- 二段動詞の本来の未然形において、陽母音語幹(-a/-u) と陰母音語幹(-ə) とで付いた母音が異なっているのは母音調和の痕跡。四段でも本来一律 -a ではなく、陽母音語幹・陰母音語幹で -a/-ə をつけ分けていたと考える。
- 上代東国方言では、四段動詞で「終止形: ウ段、連体形: 甲類オ段」になっているが、これは、連体形は終止形に余分の音節がくっついた形に起源(なので、二段動詞などで靡きのルがつく)していることの結果として、四段動詞で「終止形: 短母音、連体形: 長母音」だったことに由来している。
- 二段動詞の終止形が全てウ段であること、未然形・派生語尾が -a/-u/-ə のような形になること、「短母音:ウ段、長母音:甲類オ段」になることで見られるように、 au > u, əu > u, ua > u, ia > a, uu > o のような母音融合をしているように見える。
これは、中高母音上昇(e > i, o > u)、二重母音の前項後項で高さの差が大きい時の高さ調整、二重母音の逆行同化等の一連の母音変化過程を想定することで説明可能である。
(当初案では u > ə > a > i の優先度で残る母音が決定されるとしていた)
当初案の内容や、その後考察したことの内容については、 [総目次] から適宜参照し、一読された上で、以下に読み進められたい。