前回まで、寛政暦の日月食法について説明してきた。今回からは、天保暦の日月食法について説明する。まずは月食法からだが、正直、天保暦の月食法は寛政暦の月食法と大差ない。寛政暦と計算方法が同じところについては、詳しくは説明しないので、寛政暦の月食法を読んでからこちらを読むことをお勧めする。
天保暦の月食法が、寛政暦の月食法から改められている点をいうと、
- 寛政暦の月食法では、月出入時刻は、月離で記載されていた月出入時刻の算出法は用いず、太陽の入出時刻と等視されていたが、天保暦では、ちゃんと月出入時刻を使っている。
-
地球影は、太陽の真裏に位置し、また月食が起きるときは、月は地球影の近傍にある。よって、太陽が西地平線にあって沈もうとしているとき、月/地球影は東地平線にあって昇ろうとしているはずで、太陽が東地平線にあって昇ろうとしているとき、月/地球影は西地平線にあって沈もうとしているはず。よって、月出入時刻のかわりに日入出時刻を代用できるわけである。
が、これは、月/地球影の視差を無視している。地平視差(地半径差)は 1° 近くあり、地平線近くの月/地球影は、それだけ下方に沈み込んで見える。よって、月/地球影の出入は、太陽の入りより 5 min ほど遅く出、太陽の出より 5 min ほど早く入るはずである。
寛政暦の月離の月出入時刻算出法は、どのみちこの効果を含めて算出していなかったが、天保暦の月離の月出入時刻算出法は、ちゃんと、この効果を含めて計算している。
-
寛政暦では月の視半径は、月と地球の間の距離から算出していた。天保暦では、月の視半径独自のフーリエ級数展開式がある。
また、地平線上の月を見るときより、天頂方向の月を見るときのほうが、観測者は地球の半径分だけ月に近いので、月の視半径が若干大きく見える (※)。この効果を計算に入れている。 -
(※)
直感的には逆なのだが、それは錯視である。
ぐらいが、主なところか。
天正経朔
新法暦書 巻三 推月食法すでに、天保暦の月離法のところで先んじて説明済だが、天正経朔(天正冬至直前の平朔)の算出。説明は省略する。
推月食用数
周歳三百六十五日二四二二三三九五二二九一
朔策二十九日五三零五八七七八六六零七
気応五十五日九九八八三六
朔応二十一日二零四零六四一四
新法暦書 巻三 推月食法
推天正経望入交月数及実望実時 第一
求積年「自暦元天保十三年壬寅、距所求之年共若干年、減一年、得積年」
暦元天保十三年壬寅より、求むるところの年を距つる共せて若干年、一年を減じ、積年を得。
求中積分「以積年与周歳相乗、得中積分」
積年を以って周歳と相乗じ、中積分を得。
求通積分「置中積分、加気応、得通積分。上考往古、則置中積分、減気応、得通積分」
中積分を置き、気応を加へ、通積分を得。上って往古を考ふるは、則ち中積分を置き、気応を減じ、通積分を得。
求天正冬至「置通積分、其日満紀法去之、余数為天正冬至日分。上考往古、則以余数減紀法、為天正冬至日分」
通積分を置き、其の日、満紀法これを去き、余数、天正冬至日分と為す。上って往古を考ふるは、則ち余数を以って紀法より減じ、天正冬至日分と為す。
求紀日「置天正冬至日数、加一日、得紀日」
天正冬至日数を置き、一日を加へ、紀日を得。
求積日「置中積分、加気応分(不用日)、減天正冬至分(亦不用日)、得積日。上考往古、則置中積分、減気応分、加天正冬至分、得積日」
中積分を置き、気応分を加へ(日を用ゐず)、天正冬至分を減じ(また日を用ゐず)、積日を得。上って往古を考ふるは、則ち中積分を置き、気応分を減じ、天正冬至分を加へ、積日を得。
求通朔「置積日、減朔応、得通朔。上考往古、則置積日、加朔応、得通朔」
積日を置き、朔応を減じ、通朔を得。上って往古を考ふるは、則ち積日を置き、朔応を加へ、通朔を得。
求積朔及天正経朔「置通朔、以朔策除之、得数為積朔。以余数減紀日(不足減者、加紀法減之)、為天正経朔日分。上考往古、則置通朔、以朔策除之、得数加一、為積朔。余数、加紀日、減朔策(不足減者、加紀法減之)、為天正経朔日分」
通朔を置き、朔策を以ってこれを除し、得る数、積朔と為す。余数を以って紀日より減じ(減に足らざれば、紀法を加へこれを減ず)、天正経朔日分と為す。上って往古を考ふるは、則ち通朔を置き、朔策を以ってこれを除し、得る数一を加へ、積朔と為す。余数、紀日に加へ、朔策を減じ(減に足らざれば、紀法を加へこれを減ず)、天正経朔日分と為す。
\[ \begin{align}
\text{暦元年} &= 1842 \text{ (天保十三年)} \\
\text{暦元上元甲子} &= \text{1841-10-27T00:00:00} \\
\text{周歳} &= 365_\text{日}.242233952291 \\
\text{朔策} &= 29_\text{日}.530587786607 \\
\text{気応} &= 55_\text{日}.998836 \\
\text{朔応} &= 21_\text{日}.20406414 \\
\text{積年} &= \text{西暦年} - \text{暦元年} \\
\text{中積分} &= \text{積年} \times \text{周歳} \\
\text{通積分} &= \text{中積分} + \text{気応} \\
\text{天正冬至} &= \text{通積分} \\
\text{紀日} &= [\text{天正冬至}] + 1_\text{日} \\
\text{積日} &= \text{中積分} + \text{小数部}(\text{気応}) - \text{小数部}(\text{天正冬至}) \\
\text{通朔} &= \text{積日} - \text{朔応} \\
\text{積朔} &= \left[ {\text{通朔} \over \text{朔策}} \right] \\
\text{天正経朔} &= \text{紀日} - (\text{通朔} \mod \text{朔策})
\end{align} \]
逐月望太陰交周(一次フィルタリング)
太陰交周朔策一宮零零度六十七分零五秒三十九微五十八繊九十八忽
太陰交周望策六宮一十五度三十三分五十二秒六十九微七十九繊四十九忽
太陰交周応十一宮二十零度五十八分一十四秒九十六微
求天正経朔太陰交周「以積朔与太陰交周朔策相乗、満周天去之、以宮法収之、為積朔太陰交周。加太陰交周応(満十二宮去之)、得天正経朔太陰交周。上考往古、則置太陰交周応、減積朔太陰交周(不足減者、加十二宮減之)、得天正経朔太陰交周」
積朔を以って太陰交周朔策と相乗じ、満周天これを去き、宮法を以ってこれを収め、積朔太陰交周と為す。太陰交周応を加へ(満十二宮これを去く)、天正経朔太陰交周を得。上って往古を考ふるは、則ち太陰交周応を置き、積朔太陰交周を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、天正経朔太陰交周を得。
求逐月望太陰交周「置天正経朔太陰交周、加太陰交周望策(満十二宮去之)、再以太陰交周朔策逓加十三次(各、満十二宮去之)、得逐月望太陰交周」
天正経朔太陰交周を置き、太陰交周望策を加へ(満十二宮これを去く)、再び太陰交周朔策を以って十三次に逓加し(各おの、満十二宮これを去く)、逐月望太陰交周を得。
求太陰入交月数「逐月望太陰交周、自初宮初度至初宮一十四度八十分、自五宮一十五度二十分至六宮一十四度八十分、自十一宮一十五度二十分至十一宮三十度、皆為太陰入交。第幾月入交、即第幾月有食(如正月望入交、則以二為入交月数、二月望入交、則以三為入交月数。余倣此」
逐月望太陰交周、初宮初度より初宮一十四度八十分に至る、五宮一十五度二十分より六宮一十四度八十分に至る、十一宮一十五度二十分より十一宮三十度に至る、皆、太陰入交と為す。第幾月入交すれば、即ち第幾月食有り(もし正月望入交すれば、則ち二を以って入交月数と為す、二月望入交すれば、則ち三を以って入交月数と為す。余これに倣へ。
\[ \begin{align}
\text{太陰交周朔策} &= 30°.6705395898 \\
&(= (\text{太陰毎日平行} + \text{太陰正交毎日平行}) \times \text{朔策}) \\
\text{太陰交周望策} &= 195°.3352697949 \\
&(= (\text{太陰毎日平行} + \text{太陰正交毎日平行}) \times \text{朔策}) / 2 \\
\text{太陰交周応} &= 350°.581496 \\
&= (\text{太陰平行応} + \text{太陰毎日平行} \times \text{朔応}) + (\text{太陰正交応} + \text{太陰正交毎日平行} \times \text{朔応}) \\
\text{天正経朔太陰交周} &= \text{太陰交周朔策} \times \text{積朔} + \text{太陰交周応} \\
\text{逐月望太陰交周} &= \text{天正経朔太陰交周} + \text{太陰交周望策} + n \times \text{太陰交周朔策}
\end{align} \]
逐月望太陰交周 | 判定 |
---|---|
\(0° \leqq \text{逐月望太陰交周} \leqq 14°.80 \) |
有食(の可能性あり) 計算続行 |
\(165°.20 \leqq \text{逐月望太陰交周} \leqq 194°.80 \) | |
\(345°.20 \leqq \text{逐月望太陰交周} \lt 360° \) | |
上記以外 | 無食。以降、計算不要 |
経望時点の太陰交周(すなわち平月距正交、つまり、月の平均黄経の、月の昇交点平均黄経からの離角)を算出し、昇交点付近(0°±14°.80)・降交点付近(180°±14°.80)のときは有食の可能性ありとして計算を続行するが、それ以外は食の可能性がないとして計算を打ち切る。
基本的に、寛政暦の該当箇所と特段違いはない。
実望実時と二次フィルタリング
朔策二十九日五三零五八七七八六六零七
望策一十四日七六五二九三八九三三零三
求経望「以太陰入交月数与朔策相乗、加望策、得某月経望距天正経朔日分。与天正経朔日分相加、満紀法去之、為経望日分。自初日甲子起算、得干支」
太陰入交月数を以って朔策と相乗じ、望策を加へ、某月経望距天正経朔日分を得。天正経朔日分に相加へ、満紀法これを去き、経望日分と為す。初日甲子より起算し、干支を得。
求経望距根日数「置紀日、減天正経朔日分(不足減者、加紀法減之)、以余数減某月経望距天正経朔日分、得経望距根日数(不用分秒)」
紀日を置き、天正経朔日分を減じ(減に足らざれば、紀法を加へこれを減ず)、余数を以って某月経望距天正経朔日分より減じ、経望距根日数を得(分秒を用ゐず)
求実望汎時「用経望距根日数、依推日躔月離法、各求其子正黄道実行。以太陽黄道実行加六宮(満十二宮去之)、与太陰黄道実行相較、如太陰黄道実行未及太陽、則経望日為実望本日、経望次日為実望次日。如太陰黄道実行已過太陽、則経望前一日為実望本日、経望日為実望次日。又依推日躔月離法、各求其本日或次日子正黄道実行、乃以一日月距日実行(本日次日太陽黄道実行相減、為一日太陽実行、本日次日太陰黄道実行相減、為一日太陰実行、両数相減、即得)、為一率、周日為二率、本日太陽黄道実行加六宮(満十二宮去之)、減本日太陰黄道実行(不足減者、加十二宮減之)、為三率、求得四率為距本日子正後分数、如法収之、得実望汎時(如次日太陰黄道実行仍未及太陽、則次日為実望日、即次日太陽黄道実行加六宮、減次日太陰黄道実行、為三率、求得四率為距次日子正後分数。如本日太陰黄道実行已過太陽、則前一日為実望日、即本日太陽黄道実行加六宮、転於本日太陰黄道実行内減之、為三率、求得四率為距本日子正前分数、以減周日、為距前一日子正後分数)」
経望距根日数を用ゐ、推日躔・月離法に依り、各おの其の子正黄道実行を求む。太陽黄道実行を以って六宮を加へ(満十二宮これを去く)、太陰黄道実行と相較べ、もし太陰黄道実行いまだ太陽に及ばざれば、則ち経望日、実望本日と為し、経望次日、実望次日と為す。もし太陰黄道実行すでに太陽を過ぐれば、則ち経望前一日、実望本日と為し、経望日、実望次日と為す。又、推日躔・月離法に依り、各おの其の本日或いは次日の子正黄道実行を求め、すなはち一日月距日実行を以って(本日・次日太陽黄道実行相減じ、一日太陽実行と為し、本日・次日太陰黄道実行相減じ、一日太陰実行と為し、両数相減じ、即ち得)、一率と為し、周日、二率と為し、本日太陽黄道実行、六宮を加へ(満十二宮これを去く)、本日太陰黄道実行を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、三率と為し、求めて得る四率、距本日子正後分数と為し、法の如くこれを収め、実望汎時を得(もし次日太陰黄道実行なほいまだ太陽に及ばざれば、則ち次日、実望日と為し、即ち次日太陽黄道実行、六宮を加へ、次日太陰黄道実行を減じ、三率と為し、求めて得る四率、距次日子正後分数と為す。もし本日太陰黄道実行すでに太陽を過ぐれば、則ち前一日、実望日と為し、即ち本日太陽黄道実行、六宮を加へ、転じて本日太陰黄道実行よりこれを内減し、三率と為し、求めて得る四率、距本日子正前分数と為し、以って周日より減じ、距前一日子正後分数と為す)。
求実望実時「用実望汎時、設前時・後時(如実望汎時為丑正二刻一十六分、則以丑正初刻為前時、寅初初刻為後時)、依推日躔月離法、各求其黄道実行、乃以一小時月距日実行(前時・後時太陽黄道実行相減、為一小時太陽実行、前時・後時太陰黄道実行相減、為一小時太陰実行、両数相減、即得)、為一率、一小時分為二率、前時太陽黄道実行加六宮(満十二宮去之)、減前時太陰黄道実行(不足減者、加十二宮減之)、為三率、求得四率為前時加分。以加前時、得実望実時。再用実望実時、依推日躔月離法、各求其黄道実行、則太陰太陽必対宮而同度。乃視実望実月距正交、自初宮初度至初宮一十二度二十八分、自五宮一十七度七十二分至六宮一十二度二十八分、自十一宮一十七度七十二分至十一宮三十度、皆入食限、為有食。不入此限者、為無食、即不必算」
実望汎時を用ゐ、前時・後時を設け(もし実望汎時、丑正二刻一十六分と為せば、則ち丑正初刻を以って前時と為し、寅初初刻、後時と為す)、推日躔・月離法に依り、各おの其の黄道実行を求め、すなはち一小時月距日実行を以って(前時・後時太陽黄道実行相減じ、一小時太陽実行と為し、前時・後時太陰黄道実行相減じ、一小時太陰実行と為し、両数相減じ、即ち得)、一率と為し、一小時分、二率と為し、前時太陽黄道実行、六宮を加へ(満十二宮これを去く)、前時太陰黄道実行を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、三率と為し、求めて得る四率、前時加分と為す。以って前時に加へ、実望実時を得。再び実望実時を用ゐ、推日躔・月離法に依り、各おの其の黄道実行を求め、則ち太陰・太陽、必ず宮を対して同度なり。すなはち実望の実月距正交を視、初宮初度より初宮一十二度二十八分に至る、五宮一十七度七十二分より六宮一十二度二十八分に至る、十一宮一十七度七十二分より十一宮三十度に至る、皆、入食限にして、食有りと為す。此の限に入らずは、無食と為し、即ち必ずしも算せず。
\[ \begin{align}
\text{望策} &= 14.765293893303 (= \text{朔策} / 2) \\
\text{経望距天正経朔} &= n \times \text{朔策} + \text{望策} \\
\text{経望} &= \text{天正経朔} + \text{経望距天正経朔} \\
\text{経望距根日数} &= [\text{経望距天正経朔} - (\text{紀日} - \text{天正経朔})] \\
&(= [\text{経望}] - \text{天正冬至次日 0:00}) \\
\text{《経望近傍の } & \text{本日の月距日} \leqq 180° \lt \text{次日の月距日} \text{ となるような日において》} \\
\text{一日太陽実行} &= \text{太陽実行}(@\text{次日 0:00}) - \text{太陽実行}(@\text{本日 0:00}) \\
\text{一日太陰実行} &= \text{太陰黄道実行}(@\text{次日 0:00}) - \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 0:00}) \\
\text{一日月距日実行} &= \text{一日太陰実行} - \text{一日太陽実行} \\
\text{実望汎時} &= 1_\text{日} \times {\text{太陽実行}(@\text{本日 0:00}) + 180° - \text{太陰実行}(@\text{本日 0:00}) \over \text{一日月距日実行}} \\
\text{前時} &= {[\text{実望汎時} \times 24] \over 24 } \\
\text{後時} &= {[\text{実望汎時} \times 24] + 1 \over 24 } \\
\text{一小時太陽実行} &= \text{太陽実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陽実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{一小時太陰実行} &= \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{一小時月距日実行} &= \text{一小時太陰実行} - \text{一小時太陽実行} \\
\text{実望実時} &= \text{前時} + {1_\text{日} \over 24} \times {\text{太陽実行}(@\text{本日 前時}) + 180° - \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 前時}) \over \text{一小時月距日実行}} \\
\text{実望実日時} &= \text{本日} + \text{実望実時}
\end{align} \]
実月距正交(@実望実日時) (※) |
判定 |
---|---|
\(0° \leqq \text{月距正交} \leqq 12°.28 \) |
有食(の可能性あり) 計算続行 |
\(167°.72 \leqq \text{月距正交} \leqq 192°.28 \) | |
\(347°.72 \leqq \text{月距正交} \lt 360° \) | |
上記以外 | 無食。以降、計算不要 |
(※) 天保暦月離によれば、\(\text{実月距正交} = \text{太陰白道実行} + \text{太陰正交実行}\) である(正交は逆回り黄経なので、減算するのではなく加算しているが、意味合いとしては、白道実行の正交実行からの離角である)。
月離での定朔弦望計算では、一日単位に一次補間して定朔弦望の時刻を求めていたが、より正確な時刻を求めるために、一小時(1 hour = 1/24 日)単位に一次補間した時刻で望時刻を求める。そして、そのように求めた実望時刻時点の実月距正交を求め、昇交点付近(0°±12°.28)・降交点付近(180°±12°.28)の場合、有食の可能性ありとし、それ以外は食の可能性なしとして計算を打ち切る。
基本的に、寛政暦の月食法で見られたものと相違はない。
実望用時と三次フィルタリング
推実望用時第二
求太陽赤道経度「以半径為一率、黄赤大距之余弦為二率、実望太陽黄道実行之余切線為三率、求得四率為正切線、検表得太陽距春秋分赤道度。自冬至初宮起算(太陽黄道実行、不及三宮者、則以距春秋分赤道度与三宮相減、過三宮者、則加三宮、過六宮者、則与九宮相減、過九宮者、則加九宮)、得太陽赤道経度」
半径を以って一率と為し、黄赤大距の余弦、二率と為し、実望太陽黄道実行の余切線、三率と為し、求めて得る四率、正切線と為し、表を検じ太陽距春秋分赤道度を得。冬至初宮より起算し(太陽黄道実行、三宮に及ばざれば、則ち距春秋分赤道度を以って三宮と相減じ、三宮を過ぐれば、則ち三宮に加へ、六宮を過ぐれば、則ち九宮と相減じ、九宮を過ぐれば、則ち九宮に加ふ)、太陽赤道経度を得。
求太陽赤道緯度「以半径為一率、黄赤大距之正弦為二率、実望太陽黄道実行之余弦為三率、求得四率為正弦、検表得太陽赤道緯度。太陽黄道実行、初一二九十十一宮為南、三四五六七八宮為北」
半径を以って一率と為し、黄赤大距の正弦、二率と為し、実望太陽黄道実行の余弦、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ太陽赤道緯度を得。太陽黄道実行、初一二九十十一宮は南と為し、三四五六七八宮は北と為す。
求時差総「以太陽赤道経度与太陽平行相減、余数変時分、為時差総。太陽赤道経度大於太陽平行、則為減、小於太陽平行、則為加」
太陽赤道経度を以って太陽平行と相減じ、余数、時分に変じ、時差総と為す。太陽赤道経度、太陽平行より大なれば、則ち減と為し、太陽平行より小なれば、則ち加と為す。
求実望用時「置実望実時、加減時差総、得実望用時。距月出前月入後八刻以内者、可以見食、八刻以外者、則全在昼、即不必算」
実望実時を置き、時差総を加減し、実望用時を得。月出前・月入後を距すること八刻以内は、以って食を見るべく、八刻以外は、則ち全て昼に在り、即ち必ずしも算せず。
\[ \begin{align}
\text{太陽赤道経度}(@\text{本日 実望実時}) &= 90° - \tan^{-1} \left( {\cos(\text{黄赤大距}) \cos(\text{太陽黄道実行}(@\text{本日 実望実時})) \over \sin(\text{太陽黄道実行}(@\text{本日 実望実時}))} \right) \\
\text{太陽赤道緯度}(@\text{本日 実望実時}) &= - \sin^{-1} (\sin(\text{黄赤大距}) \cos(\text{太陽黄道実行}(@\text{本日 実望実時}))) \\
\text{時差総} &= {1_\text{日} \over 360°} (\text{太陽平行}(@\text{本日 実望実時}) - \text{太陽赤道経度}(@\text{本日 実望実時})) \\
\text{実望用時} &= \text{実望実時} + \text{時差総} \\
\end{align} \]
実望用時 |
判定 |
---|---|
\(\text{月入時刻} + 0.08_\text{日} \lt \text{実望用時} \lt
\text{月出時刻} - 0.08_\text{日} \) |
不見食。以降、計算不要 |
上記以外 | 見食(の可能性あり) 計算続行 |
実望の真太陽時「実望用時」を算出する。
そして、実望用時が月の出の八刻前より早かったり、月の入りの八刻後より遅かったりする場合、月食が見える可能性はないとして計算を打ち切る。
この部分は、若干、寛政暦とは異なっている。
寛政暦では、月食法において、月出入時刻を日入出時刻と等しいものとしていた(一応、寛政暦の月離に月出入時刻の算出法は掲載されていたのだが、月食法では用いていない)。天保暦の月食法では、全般的に、ちゃんと月出入時刻をベースに算出している。
また、寛政暦では、「九刻前/後」だったのが「八刻前/後」と、若干、見食の判定バーを厳しくしているようだ。
斜距黄道交角・一小時両経斜距
推食甚実緯食甚時刻 第三
求前時黄道緯度「用前時太陰諸数、依月離推太陰黄道緯度法求之、為前時黄道緯度」
前時の太陰諸数を用ゐ、月離推太陰黄道緯度法に依りこれを求め、前時黄道緯度と為す。
求後時黄道緯度「用後時太陰諸数、依月離推太陰黄道緯度法求之、為後時黄道緯度」
後時の太陰諸数を用ゐ、月離推太陰黄道緯度法に依りこれを求め、後時黄道緯度と為す。
求一小時緯行「以前時黄道緯度与後時黄道緯度相加減(同為南或同為北者、則相減、一為南一為北者、則相加)、得一小時緯行」
前時黄道緯度を以って後時黄道緯度と相加減し(同じく南と為し或いは同じく北と為せば、則ち相減じ、一は南と為し一は北と為せば、則ち相加ふ)、一小時緯行を得。
求実望黄道緯度「以一小時分為一率、一小時緯行為二率、前時加分為三率、求得四率為実望緯差。以加減前時黄道緯度(前後両時黄道緯度、同為南或同為北者、前時黄道緯度、大於後時黄道緯度、則減、小於後時黄道緯度、則加、南北与前時黄道緯度同。一為南一為北者、則減、南北亦与前時黄道緯度同。如不足減者、反減、変共南北)、得実望黄道緯度(如無実望黄道緯度、則以実望用時為食甚時刻。日食法亦倣此)」
一小時分を以って一率と為し、一小時緯行、二率と為し、前時加分、三率と為し、求めて得る四率、実望緯差と為す。以って前時黄道緯度を加減し(前後両時の黄道緯度、同じく南と為し或いは同じく北と為せば、前時黄道緯度、後時黄道緯度より大なれば、則ち減じ、後時黄道緯度より小なれば、則ち加へ、南北は前時黄道緯度と同じ。一は南と為し一は北と為せば、則ち減じ、南北はまた前時黄道緯度と同じ。もし減に足らざれば、反減し、共せて南北を変ず)、実望黄道緯度を得(もし実望黄道緯度無ければ、則ち実望用時を以って食甚時刻と為す。日食法また此に倣へ)
求斜距黄道交角(即黄白二経交角)「以一小時月距日実行為一率、一小時緯行為二率、半径為三率、求得四率為正切線、検表得斜距黄道交角。月距正交初宮十一宮為西、五宮六宮為東」
一小時月距日実行を以って一率と為し、一小時緯行、二率と為し、半径、三率と為し、求めて得る四率、正切線と為し、表を検じ斜距黄道交角を得。月距正交、初宮・十一宮は西と為し、五宮・六宮は東と為す。
求一小時両経斜距「以斜距黄道交角之余弦為一率、半径為二率、一小時月距日実行為三率、求得四率為一小時両経斜距」
斜距黄道交角の余弦を以って一率と為し、半径、二率と為し、一小時月距日実行、三率と為し、求めて得る四率、一小時両経斜距と為す。
\[ \begin{align}
\text{一小時緯行} &= \text{太陽黄道緯度}(@\text{本日 後時}) - \text{太陽黄道緯度}(@\text{本日 前時}) \\
\text{実望黄道緯度} &= \text{太陽黄道緯度}(@\text{本日 前時}) + {\text{一小時緯行} \over 1/24_\text{日}} \times (\text{実望実時} - \text{前時}) \\
\text{斜距黄道交角} &= \tan^{-1} {\text{一小時緯行} \over \text{一小時月距日実行}} \\
\text{一小時両経斜距} &= {\text{一小時月距日実行} \over \cos(\text{斜距黄道交角})}
\end{align} \]
月の太陽に対する相対速度ベクトルの向き(斜距黄道交角)と大きさ(一小時両経斜距)を求める。
速度ベクトルを \((\text{黄経速度}, \text{黄緯速度})\) の黄道座標系ベースの直交座標で表現することとする。太陽の速度ベクトルは \((\text{一小時太陽黄道実行}, 0)\)。1 時間あたりの月の黄緯の変化量を「一小時緯行」とすると、月の速度ベクトルは \((\text{一小時太陰黄道実行}, \text{一小時緯行})\)。差分をとり、月の太陽に対する相対速度ベクトルは、\((\text{一小時太陰黄道実行} - \text{一小時太陽黄道実行}, \text{一小時緯行})\)、すなわち、\((\text{一小時月距日実行}, \text{一小時緯行})\) となる。
よって、相対速度ベクトルの向きは \(\tan^{-1} \dfrac{\text{一小時緯行}}{\text{一小時月距日実行}}\) として求められることになる。これは、黄道前方方向に対し、相対速度ベクトルがどれだけ傾いているかという角度量であるが、相対速度ベクトルから 90° 時計回りの方向を白道北極方向と呼ぶことにするとき、白道北極方向が黄道北極方向からどれだけ傾いているかという量である。
昇交点付近(十一宮または初宮)で、一小時緯行が正のときは時計回りに(つまり西向きに)白道北極方向がずれており、降交点付近(五宮または六宮)で、一小時緯行が負のときは反時計回りに(つまり東向きに)白道北極方向がずれていることになる。「月距正交、初宮・十一宮は西と為し、五宮・六宮は東と為す」とは、このことである。単純に計算すると、一小時緯行が反時計回りの角度量のとき負、時計回りの角度量のとき正となる。このブログの式では、全体的に反時計回りの角度量を正とする方針で定義しているが、ここは、諸般の事情で符号が逆となっているので注意。
相対速度ベクトルの大きさ「一小時両経斜距」は、\(\text{一小時月距日実行} = \text{一小時両経斜距} \cos(\text{斜距黄道交角})\) より求めることが出来る。\(\sqrt{(\text{一小時月距日実行})^2 + (\text{一小時緯行})^2}\) でもいい気がするが。
寛政暦では、以上の計算は、月の軌道傾斜角(黄白大距)に対する調整量を、月の速度ベクトルと太陽の速度ベクトルとの間の夾角を黄白大距とする三角形に対する切線分外角法で求めて……、みたいな計算であった。正直、私には天保暦の計算方法のほうがわかりやすい。また、天保暦の月離では、黄緯は黄経とは別に算出され、軌道傾斜角(黄白大距)は自明には算出されてこないので、寛政暦のような計算方法をしづらいのも事実。
前時の月の黄緯と後時の月の黄緯の間を一次補間して、実望実時の月の黄緯「実望黄道緯度」を求めている。別に、普通に、本日実望実時における月離を計算して、実望実時の月の黄緯を算出してもいいのだろうが、どのみち、一小時緯行を算出するために、前時・後時の黄緯は求めるので、そこからさらに、実望実時の黄緯を求めるのも煩雑だということだろうか。
食甚実緯と食甚時刻
求食甚実緯(即食甚両心実相距)「以半径為一率、斜距黄道交角之余弦為二率、実望黄道緯度為三率、求得四率為食甚実緯。南北与実望黄道緯度同」
半径を以って一率と為し、斜距黄道交角の余弦、二率と為し、実望黄道緯度、三率と為し、求めて得る四率、食甚実緯と為す。南北は実望黄道緯度と同じ。
求食甚距弧「以半径為一率、斜距黄道交角之正弦為二率、実望黄道緯度為三率、求得四率為食甚距弧」
半径を以って一率と為し、斜距黄道交角の正弦、二率と為し、実望黄道緯度、三率と為し、求めて得る四率、食甚距弧と為す。
求食甚距時「以一小時両経斜距為一率、一小時分為二率、食甚距弧為三率、求得四率為食甚距時。月距正交初宮六宮為減、五宮十一宮為加」
一小時両経斜距を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、食甚距弧、三率と為し、求めて得る四率、食甚距時と為す。月距正交、初宮・六宮は減と為し、五宮・十一宮は加と為す。
求食甚時刻「置実望用時、加減食甚距時、得食甚時分。如法収之、為食甚時刻」
実望用時を置き、食甚距時を加減し、食甚時分を得。法の如くこれを収め、食甚時刻と為す。
\[ \begin{align}
\text{食甚実緯} &= \text{実望黄道緯度} \cos(\text{斜距黄道交角}) \\
\text{食甚距弧} &= - \text{実望黄道緯度} \sin(\text{斜距黄道交角}) \\
\text{食甚距時} &= 1/24_\text{日} \times {\text{食甚距弧} \over \text{一小時両経斜距}} \\
\text{食甚時刻} &= \text{実望用時} + \text{食甚距時}
\end{align} \]
寛政暦での計算となんら変わるところはない。実望黄道緯度と斜距黄道交角から、食甚時刻における月と太陽の視距離「食甚実緯」と、食甚時刻が実望時刻からずれる時間量「食甚距時」を求める。
今回で、月食の食甚時刻の算出まで完了した。
次回は、食甚食分の算出と、初虧(かけはじめ)・復円(かけおわり)・食既(皆既のはじめ)・生光(皆既のおわり)時刻の算出。また、帯出入時の食分の算出についても説明する。
[参考文献]
渋川 景祐; 足立 信頭「新法暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵
渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵
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