2021年5月23日日曜日

天保暦の月食法 (2) 食甚食分、初虧復円時刻、出入時食分

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前回より天保暦(新法暦書)の月食法について解説している。

前回までで、食甚時刻の算出までが完了した。今回は、食甚食分を算出と、初虧・復円時刻の算出を行う。また、帯出入時の食分の算出についても説明する。

寛政暦の月食法の相当箇所と、概ね同様の計算であるので、そちらも参考にされたい。

太陽・月の視半径

中距太陽距地心線一千萬
中距太陽視半径二十六分七十零秒五十六微
中距太陰視径五十一分九十一秒六十七微
月径最大一差二分八十四秒一十七微
月径最大二差一十五秒
月径最大三差三十八秒零六微
月径最大四差五十六秒一十一微
推食分第四
求実望太陰地半径差「用実望太陰諸数、依月離推太陰地半径差法求之、為実望太陰地半径差」
実望の太陰諸数を用ゐ、月離推太陰地半径差法に依りこれを求め、実望太陰地半径差と為す。
求太陽距地心線「用実望太陽諸数、依日躔推太陽距地心線法求之、為太陽距地心線」
実望の太陽諸数を用ゐ、日躔推太陽距地心線法に依りこれを求め、太陽距地心線と為す。
求太陽視半径「以太陽距地心線為一率、中距太陽距地心線為二率、中距太陽視半径為三率、求得四率為太陽視半径」
太陽距地心線を以って一率と為し、中距太陽距地心線、二率と為し、中距太陽視半径、三率と為し、求めて得る四率、太陽視半径と為す。
求真引数「置実望実引数、加減十一均・十二均・十三均、得真引数。倍之(満十二宮去之)、得倍真引数」
実望実引数を置き、十一均・十二均・十三均を加減し、真引数を得。これを倍し(満十二宮これを去く)、倍真引数を得。
求倍真月距日「置実望実月距日、加減十二均及十三均、倍之(満十二宮去之)、得倍真月距日」
実望実月距日を置き、十二均及び十三均を加減し、これを倍し(満十二宮これを去く)、倍真月距日を得。
求月径一差「以半径為一率、真引数之余弦為二率、月径最大一差為三率、求得四率為月径一差。真引数、初一二九十十一宮為減、三四五六七八宮為加」
半径を以って一率と為し、真引数の余弦、二率と為し、月径最大一差、三率と為し、求めて得る四率、月径一差と為す。真引数、初一二九十十一宮は減と為し、三四五六七八宮は加と為す。
求月径二差「以半径為一率、倍真引数之余弦為二率、月径最大二差為三率、求得四率為月径二差。倍真引数、初一二九十十一宮為加、三四五六七八宮為減」
半径を以って一率と為し、倍真引数の余弦、二率と為し、月径最大二差、三率と為し、求めて得る四率、月径二差と為す。倍真引数、初一二九十十一宮は加と為し、三四五六七八宮は減と為す。
求月径三差「以半径為一率、倍真月距日之余弦為二率、月径最大三差為三率、求得四率為月径三差。倍真月距日、初一二九十十一宮為加、三四五六七八宮為減」
半径を以って一率と為し、倍真月距日の余弦、二率と為し、月径最大三差、三率と為し、求めて得る四率、月径三差と為す。倍真月距日、初一二九十十一宮は加と為し、三四五六七八宮は減と為す。
求月径四差引数「置倍真月距日、減真引数(不足減者、加十二宮減之)、得月径四差引数」
倍真月距日を置き、真引数を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、月径四差引数を得。
求月径四差「以半径為一率、月径四差引数之余弦為二率、月径最大四差為三率、求得四率為月径四差。月径四差引数、初一二九十十一宮為減、三四五六七八宮為加」
半径を以って一率と為し、月径四差引数の余弦、二率と為し、月径最大四差、三率と為し、求めて得る四率、月径四差と為す。月径四差引数、初一二九十十一宮は減と為し、三四五六七八宮は加と為す。
求地平太陰視径「置中距太陰視径、加減月径一差・二差・三差・四差、得地平太陰視径」
中距太陰視径を置き、月径一差・二差・三差・四差を加減し、地平太陰視径を得。
\[ \begin{align}
\text{中距太陽視半径} &= 0°.267056 \\
\text{中距太陰視径} &= 0°.519167 \\
\text{太陽視半径} &= {\text{中距太陽視半径} \over \text{太陽距地心線}(@\text{実望実日時})} \\
\text{太陰真引数} &= \text{太陰実引数}(@\text{実望実日時}) + \text{太陰十一均}(@\text{実望実日時}) + \text{太陰十二均}(@\text{実望実日時}) + \text{太陰十三均}(@\text{実望実日時}) \\
&(= \text{太陰白道実行}(@\text{実望実日時}) - \text{太陰最高実行}(@\text{実望実日時})) \\
\text{太陰真月距日} &= \text{太陰実月距日}(@\text{実望実日時}) + \text{太陰十二均}(@\text{実望実日時}) + \text{太陰十三均}(@\text{実望実日時}) \\
&(= \text{太陰白道実行}(@\text{実望実日時}) - \text{太陽黄道実行}(@\text{実望実日時})) \\
\text{月径一差} &= -0°.028417 \cos(\text{太陰真引数}) \\
\text{月径二差} &= +0°.0015 \cos(2 \times \text{太陰真引数}) \\
\text{月径三差} &= +0°.003806 \cos(2 \times \text{太陰真月距日}) \\
\text{月径四差} &= -0°.005611 \cos(2 \times \text{太陰真月距日} - \text{太陰真引数}) \\
\text{地平太陰視径} &= \text{中距太陰視径} + \text{月径一差} + \text{月径二差} + \text{月径三差} + \text{月径四差}
\end{align} \]

太陽と月の視半径を求める。

太陽の視半径については、寛政暦での計算と同様、距地心線(太陽~地球間の距離)から算出する。
\(\text{太陽の視半径} = \sin^{-1} \dfrac{\text{太陽の半径}}{\text{太陽~地球間の距離}} \fallingdotseq \dfrac{180°}{\pi} \dfrac {\text{太陽の半径}}{\text{太陽~地球間の距離}}\)
であるので、太陽の視半径は、距地心線(太陽~地球間の距離)に反比例する。

月の視半径は、寛政暦では太陽と同様、距地心線(月~地球間の距離)から算出されていた。寛政暦の距地心線は、中心差の効果(遠地点付近では遠く、近地点付近では近い)しか計算考慮に入れていない。天保暦では、地半径差や月の視半径の計算は、独自の不等項を持って計算するので、中心差以外の効果も含められて計算されている。地半径差・月径の計算も、それぞれ独自の不等項で算出される。

月径を計算するにあたり、「真引数(月真白経の、月遠地点真黄経からの離角)」「真月距日(月真白経の、太陽真黄経からの離角)」を求めているが、これらの算出は、月離の緯度計算のところで示されているので、ここ月食法で記載されているのは、再掲となる。

\(\text{月の地半径差} = \sin^{-1} \dfrac{\text{地球の半径}}{\text{月~地球間の距離}} \fallingdotseq \dfrac{180°}{\pi} \dfrac {\text{地球の半径}}{\text{地球~地球間の距離}}\)
\(\text{月の視半径} = \sin^{-1} \dfrac{\text{月の半径}}{\text{月~地球間の距離}} \fallingdotseq \dfrac{180°}{\pi} \dfrac {\text{月の半径}}{\text{月~地球間の距離}}\)
であり、地球の半径・月の半径は定数であるから、ともに月~地球間の距離に反比例する値であり、お互いは正比例する。地半径差のうち、上位 4 つの不等項と比較すると、

地半径差 月径 備考
平均項 \(0°.952392\) 平均項 \(0°.519167\) (平均項)
半較 \(-0°.052083 \cos(l) \) 一均 \(-0°.028417 \cos(l) \)
(中心差)
五均一差 \(-0°.0.010278 \cos(2D-l) \) 四均
\(-0°.005611 \cos(2D-l) \) (出差)
十二均一差 \(+0°.007 \cos(2D) \) 三均 \(+0°.003806 \cos(2D) \) (二均差)
十一均一差 \(+0°.0.002778 \cos(2l) \) 二均 \(+0°.0015 \cos(2l) \) (中心差倍角成分)

となり、地半径差と月径とは、概ね正比例する値になっていることがわかる。

なお、ここで算出した月径は、月の視直径である。月の視半径は月径の半分ということになるのだが、前回冒頭に述べたように、天保暦の月食法において、月の視半径は、月を天頂方向に見る場合と地平線上に見る場合とで、観測者と月との間の距離が相違する効果を考慮している。

月の視半径(観測者の位置考慮後)

求汎法「以半径為一率、北極高度之正切線為二率、太陽赤道緯度之余弦為三率、求得四率為汎法」
半径を以って一率と為し、北極高度の正切線、二率と為し、太陽赤道緯度の余弦、三率と為し、求めて得る四率、汎法と為す。
求食甚影距午赤道度「以食甚時分変赤道度、為食甚影距午赤道度(如変赤道度過半周天、則以減周天、用其余)」
食甚時分を以って赤道度に変じ、食甚影距午赤道度と為す(もし赤道度に変じて半周天を過ぐれば、則ち以って周天より減じ、其の余りを用う)。
求食甚赤経高弧交角「以半径為一率、食甚影距午赤道度之余弦為二率、太陽赤道緯度之正弦為三率、求得四率為食甚法数加減差(太陽赤道緯度、北則為加、南則為減。如影距午赤道度過九十度、則為加。如無太陽赤道緯度或影距午赤道度為九十度、則無法数加減差、乃以汎法為食甚定法)。以加減汎法、得食甚定法。乃以食甚定法為一率、食甚影距午赤道度之正弦為二率、半径為三率、求得四率為正切線、検表得食甚赤経高弧交角」
半径を以って一率と為し、食甚影距午赤道度の余弦、二率と為し、太陽赤道緯度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、食甚法数加減差と為す(太陽赤道緯度、北は則ち加と為し、南は則ち減と為す。もし影距午赤道度、九十度を過ぐれば、則ち加と為す。もし太陽赤道緯度無く、或いは、影距午赤道度、九十度と為せば、則ち法数加減差無く、すなはち汎法を以って食甚定法と為す)。以って汎法を加減し、食甚定法を得。すなはち食甚定法を以って一率と為し、食甚影距午赤道度の正弦、二率と為し、半径、三率と為し、求めて得る四率、正切線と為し、表を検じ食甚赤経高弧交角を得。
求食甚影距天頂「以食甚赤経高弧交角之正弦為一率、北極高度之余弦為二率、食甚影距午赤道度之正弦為三率、求得四率為正弦、検表得食甚影距天頂」
食甚赤経高弧交角の正弦を以って一率と為し、北極高度の余弦、二率と為し、食甚影距午赤道度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ食甚影距天頂を得。
求食甚太陰視距天頂「以半径為一率、食甚影距天頂之正弦為二率、実望太陰地半径差為三率、求得四率為食甚太陰視差。以加食甚影距天頂、得食甚太陰視距天頂」
半径を以って一率と為し、食甚影距天頂の正弦、二率と為し、実望太陰地半径差、三率と為し、求めて得る四率、食甚太陰視差と為す。以って食甚影距天頂に加へ、食甚太陰視距天頂を得。
求食甚太陰視径「以食甚影距天頂之正弦為一率、食甚太陰視距天頂之正弦為二率、地平太陰視径為三率、求得四率為食甚太陰視径。折半之、得食甚太陰視半径」
食甚影距天頂の正弦を以って一率と為し、食甚太陰視距天頂の正弦、二率と為し、地平太陰視径、三率と為し、求めて得る四率、食甚太陰視径と為す。これを折半し、食甚太陰視半径を得。
\[ \begin{align}
\text{汎法} &= \tan(\text{北極高度}) \cos(\text{太陽赤道緯度}(@\text{実望実日時})) \\
\text{影距午赤道度}(@\text{食甚}) &= ({360° \over 1_\text{日}} \text{食甚時刻} + 180°) \mod 360° - 180° \\
\text{法数加減差} &= \cos(\text{食甚影距午赤道度}) \sin(\text{太陽赤道緯度}(@\text{実望実日時})) \\
\text{定法} &= \text{汎法} + \text{法数加減差} \\
\text{赤経高弧交角}(@\text{食甚}) &= \tan^{-1} {\sin(\text{影距午赤道度}(@\text{食甚})) \over \text{定法}} \\
\text{影距天頂}(@\text{食甚}) &= \cos^{-1} \left( \begin{aligned}
& \cos(\text{北極高度}) \cos(\text{太陽赤道緯度}(@\text{実望実日時})) \cos(\text{影距午赤道度}(@\text{食甚})) \\
& - \sin(\text{北極高度}) \sin(\text{太陽赤道緯度}(@\text{実望実日時}))
\end{aligned} \right) \\
\text{太陰視距天頂}(@\text{食甚}) &= \text{影距天頂}(@\text{食甚}) + \text{太陰地半径差}(@\text{実望実日時}) \sin(\text{影距天頂}(@\text{食甚})) \\
\text{太陰視径}(@\text{食甚}) &= \text{地平太陰視径} \times {\sin(\text{太陰視距天頂}(@\text{食甚})) \over \sin(\text{影距天頂}(@\text{食甚}))} \\
\text{太陰視半径}(@\text{食甚}) &= \text{太陰視径}(@\text{食甚}) / 2
\end{align} \]

月の視半径は、月を天頂方向に見る場合と地平線上に見る場合とで、観測者と月との間の距離が相違する効果を考慮しているわけだが、それを求めるために、まず、赤経高弧交角(地球影/月から見て、上方(天頂方向)を基準に、北方(赤道北極方向)の離角)を求め、影距天頂(地球影の天頂距離)を求める。

赤経高弧交角を求めるにあたり、天頂・赤道北極・地球影の 3 点を結ぶ球面三角形を考える。寛政暦においては、天頂から垂線を下ろして、二つの直角球面三角形に分けて考えていた。天保暦においては、直角でない球面三角形のまま考える。

地点緯度(北極高度)を \(\phi\), 太陽の赤緯を \(\delta\), 影距午赤道度を \(\tau\) とする。地球影の赤緯は \(- \delta\) であり、影距北極(赤道北極~地球影の距離)は、\(90° - \text{地球影赤緯} = 90° - (- \delta) = 90° + \delta\)。また、北極距天頂(天頂~赤道北極の距離)は \(90° - \phi\) である。

今、地球影を A, 天頂を B, 赤道北極を C, 地球影の対辺(北極距天頂)を \(a\), 天頂の対辺(影距北極)を \(b\), 赤道北極の対辺(影距天頂)を \(c\) とする。赤経高弧交角は、∠A である。

球面三角法の余接定理 \(\cot a \sin b = \cos b \cos \angle \mathrm{C} + \cot \angle \mathrm{A} \sin \angle \mathrm{C}\) を用い、
\[ \begin{align}
\cot(\text{北極距天頂}) \sin(\text{影距北極}) &= \cos(\text{影距北極}) \cos(\text{影距午赤道度}) + \cot(\text{赤経高弧交角}) \sin(\text{影距午赤道度}) \\
\cot(90° - \phi) \sin(90° + \delta) &= \cos(90° + \delta) \cos \tau + \cot(\text{赤経高弧交角}) \sin \tau \\
\tan \phi \cos \delta &= - \sin \delta \cos \tau + \cot(\text{赤経高弧交角}) \sin \tau \\
\cot(\text{赤経高弧交角}) &= {\tan \phi \cos \delta + \sin \delta \cos \tau \over \sin \tau} \\
\tan(\text{赤経高弧交角}) &= {\sin \tau \over \tan \phi \cos \delta + \sin \delta \cos \tau}
\end{align} \]
\(\tan \phi \cos \delta\) が汎法であり、\(\sin \delta \cos \tau\) が法数加減差である。

汎法と法数加減差の加減にあたっての注記を確認しておこう。

太陽赤道緯度、北は則ち加と為し、南は則ち減と為す。もし影距午赤道度、九十度を過ぐれば、則ち加と為す。

汎法 \(\tan \phi \cos \delta\) は、常に正である。法数加減差の正負は、基本的には太陽赤道緯度によっていて、正(北)なら正、負(南)なら負だから、北なら絶対値の加算、南なら絶対値の減算となる。

が、法数加減差のうち、\(\cos \tau\) が負となるケースもあって、それは影距午赤道度 \(\tau\) が第 2, 3 象限のとき。これは、(地球影が南中するのは夜半 24:00であり)18:00 前または翌6:00 後であり、そんな時刻で地球影が地平線より上にあって見える食が起きているのだとすれば、地球影の赤緯は北緯、つまり、太陽の赤緯は南緯、\(\sin \delta\) は負であるはず。\(\sin \delta\) も負、\(\cos \tau\) も負だから、こういったケースでは、法数加減差は正。よって「影距午赤道度、九十度を過ぐれば、則ち加」である。

もし太陽赤道緯度無く、或いは、影距午赤道度、九十度と為せば、則ち法数加減差無く、すなはち汎法を以って食甚定法と為す

 太陽赤道緯度 = 0°(\(\sin \delta = 0\))、または、影距午赤道度 = ±90°(\(\cos \tau = 0\))のとき、法数加減差はゼロとなるという、当たり前のことを言っている。

なお、\(\tau = 0°,\, \delta = - \phi\) のとき、赤経高弧交角算出式の、分母・分子がともにゼロとなり、ATAN2 をもってしても赤経高弧交角を算出できない。これは、地球影が天頂にあるときであり、そもそも赤経高弧交角を定義できない。熱帯地域でないかぎりこのようなことは起きないが。

さて、赤経高弧交角をここで計算したのは何のためかと言えば、地球影の天頂からの距離(影距天頂 \(c\))を求めるためである。球面三角法の正弦定理
\( \dfrac{\sin a}{\sin \angle \mathrm{A}} = \dfrac{\sin b}{\sin \angle \mathrm{B}} = \dfrac{\sin c}{\sin \angle \mathrm{C}}\)
により、
\[ \begin{align}
\dfrac{\sin(\text{影距天頂})}{\sin(\text{影距午赤道度})} &= \dfrac {\sin(\text{北極距天頂})}{\sin(\text{赤経高弧交角})} \\
\sin(\text{影距天頂}) &= \dfrac {\sin(\text{北極距天頂}) \sin(\text{影距午赤道度})}{\sin(\text{赤経高弧交角})} \\
&= \dfrac {\sin({90° - \phi}) \sin \tau}{\sin(\text{赤経高弧交角})} \\
&= \dfrac {\cos \phi \sin \tau}{\sin(\text{赤経高弧交角})}
\end{align} \]
となる。これが「食甚赤経高弧交角の正弦を以って一率と為し、北極高度の余弦、二率と為し、食甚影距午赤道度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ食甚影距天頂を得」の意味するところである。

しかし、これだと、赤経高弧交角が 0°、または、180° のとき(地球影が南中しているとき)、ゼロ除算となってしまう。代わりに、球面三角法の余弦定理を用い、
\(\text{影距天頂}(@\text{食甚}) = \cos^{-1} \left( \begin{aligned}
& \cos(\text{北極高度}) \cos(\text{太陽赤道緯度}(@\text{実望実日時})) \cos(\text{影距午赤道度}(@\text{食甚})) \\
& - \sin(\text{北極高度}) \sin(\text{太陽赤道緯度}(@\text{実望実日時}))
\end{aligned} \right)\)
としておいた。これだと、実は赤経高弧交角を計算する必要がない(ここでは必要ないだけで、どのみち食甚時の方向角を算出するために必要にはなるのだが)。

さて、そして、影距天頂を求めたのも、ここでの最終目的ではなく、ここでの最終目的は、月の視半径について、月を天頂方向に見る観測者と、地平線方向に見る観測者とでは、地球の半径分だけ月への距離が違い、視半径が若干違って見える効果を算出することである。

上図において、地心を O、月を M、観測地点を P、天頂を Z とする。観測者の位置を考慮しない月の視直径「地平太陰視径」は(名前からすれば、正確には、月を地平線方向に見る観測者にとっての月の視直径なのだろうが)地心 O から見た月の視直径であると考えてよい。

視直径の大きさは、観測者と月との距離に反比例するので、地点 P から見た月の視直径は、
\(\text{地平太陰視径} \dfrac{\mathrm{OM}}{\mathrm{PM}}\)
と考えることができる。そして、三角形の正弦定理により、
\[ \begin{align}
\dfrac{\mathrm{OM}}{\sin \angle \mathrm{OPM}} &= \dfrac{\mathrm{PM}}{\sin \angle \mathrm{POM}} \\
\dfrac{\mathrm{OM}}{\sin(180° - \text{太陰視距天頂})} &= \dfrac{\mathrm{PM}}{\sin(\text{影距天頂})} \\
\dfrac{\mathrm{OM}}{\sin(\text{太陰視距天頂})} &= \dfrac{\mathrm{PM}}{\sin(\text{影距天頂})} \\
\dfrac{\mathrm{OM}}{\mathrm{PM}} &= \dfrac{\sin(\text{太陰視距天頂})}{\sin(\text{影距天頂})} \\
\therefore \text{太陰視径} &= \text{地平太陰視径} \dfrac{\mathrm{OM}}{\mathrm{PM}} \\
&= \text{地平太陰視径} \dfrac{\sin(\text{太陰視距天頂})}{\sin(\text{影距天頂})}
\end{align} \]
となる。これも、影距天頂がゼロのとき(地球影がちょうど天頂にあるとき)ゼロ除算になるから、リライトした方がいい気はするのだが、いいかんじのリライトが思いつかないし、熱帯地方とかでなければ影距天頂がゼロになることはないので、とりあえずそのままにしておく。

なお、「影距天頂」「太陰視距天頂」というネーミングからすると、地球影の位置なのか月の位置なのかが両者の差違であるような印象を受けるが、月食時における地球影・月の位置差は無視されているのであって、そこは重要ではない。「距天頂(視差を考慮しない天頂距離)」なのか「視距天頂(視差を考慮した天頂距離)」なのかが両者の差違のポイントである。

食分

推月食用数
太陽地半径差二十三秒八十九微
推月食法
求影半径「置実望太陰地半径差、加太陽地半径差、減太陽視半径、得影半径」
実望太陰地半径差を置き、太陽地半径差を加へ、太陽視半径を減じ、影半径を得。
求影差「置影半径、以六十除之、得影差」
影半径を置き、六十を以ってこれを除し、影差を得。
求実影半径「置影半径、加影差、得実影半径」
影半径を置き、影差を加へ、実影半径を得。
求併径「置実影半径、加食甚太陰視半径、得併径」
実影半径を置き、食甚太陰視半径を加へ、併径を得。
求両径較「置実影半径、減食甚太陰視半径、得両径較」
実影半径を置き、食甚太陰視半径を減じ、両径較を得。
求食分「以食甚太陰視径為一率、一十分為二率、併径内減食甚実緯為三率(如無食甚実緯、則以併径為三率)、求得四率為食分(食甚実緯、南則為北、北則為南。如食甚実緯大於併径、則月与地影両周不相切、則不食、即不必算)」
食甚太陰視径を以って一率と為し、一十分、二率と為し、併径、食甚実緯を内減し、三率と為し(もし食甚実緯無ければ、則ち併径を以って三率と為す)、求めて得る四率、食分と為す(食甚実緯、南は則ち北と為し、北は則ち南と為す。もし食甚実緯、併径より大なれば、則ち月と地影と両周相切せず、則ち不食にして、即ち必ずしも算せず)。
\[ \begin{align}
\text{太陽地半径差} &= 0°.002389 \\
\text{影半径} &= \text{太陰地半径差}(@\text{実望実日時}) + \text{太陽地半径差} - \text{太陽視半径}(@\text{実望実日時}) \\
\text{影差} &= {1 \over 60} \text{影半径} \\
\text{実影半径} &= \text{影半径} + \text{影差} \\
\text{併径} &= \text{実影半径} + \text{太陰視半径}(@\text{食甚}) \\
\text{両径較} &= \text{実影半径} - \text{太陰視半径}(@\text{食甚}) \\
\text{食分} &= {\text{併径} - |\text{食甚実緯}| \over 2 \times \text{太陰視半径}(@\text{食甚})} \times 10_\text{分} \\
\end{align} \]

月の視半径が算出できたところで、食甚食分を算出する。

まずは、地球影の半径を算出。寛政暦での計算と同様、
\(\text{地球影半径} = \text{月の地半径差} + \text{太陽の地半径差} - \text{太陽の視半径}\)
として算出できる。太陽の地半径差について、実際は、太陽と地球との間の距離に反比例する量なのだが、そもそも大きくない値であり、地球の離心率は大きくないので、太陽と地球との間の距離の変動幅も大きくなく、定数としていることも、寛政暦と同様である。ただし、寛政暦の太陽地半径差は 0°.0028、天保暦では 0°.002389 と、天保暦の方が若干小さい。
\(\text{太陽の地半径差} = \sin^{-1} \dfrac{\text{地球の半径}}{\text{太陽と地球との間の距離}} = \sin^{-1} \dfrac{6371_{\text{km}}}{149,600,000_{\text{km}}} = 0°.00244\)
であるから、天保暦の値のほうが妥当であろう。

そして、太陽からやってきた光が地表面をかすめていくような場合、実際はそのような光は、地球の大気によって散乱されて後ろに届かない。よって、地球の半径から単純計算して求めた地球影半径と比べ、大気の分だけ地球影半径は若干膨らむ。寛政暦と同様、天保暦でもこの効果を勘案して影半径を若干膨らませていて、これが実影半径である。
寛政暦: \(\text{実影半径} = \text{影半径} + \dfrac{1}{69} \text{太陰地半径差}\)
天保暦: \(\text{実影半径} = \text{影半径} + \dfrac{1}{60} \text{影半径}\)
であり、若干計算方法は違うが、結果としては大差ないだろう。なお、寛政暦での計算は、
\(\text{実影半径} = \text{影半径} + \dfrac{1}{69} \text{影半径}\)
とした方が、頒暦の月食記事との一致度が高くなるような気がするという私見を既に述べておいた。

そして、食分の計算方法も変わらない。月半径と地球影半径の和(併径)から、月中心と地球影中心との間の視距離を引くと、月と地球影とが重なっている部分の長さが求められるので、それの月視直径に対する割合が食分となる。食甚時の月・地球影間距離は「食甚実緯」(正しくは、このブログの式では、月が黄道の北か南かで、プラス・マイナスの値となるように「食甚実緯」の値を置いているから、月・地球影間距離とするなら、「食甚実緯」の絶対値)であるから、上記のような式となる。

初虧・復円時刻

推初虧復円時刻第五
求初虧復円距弧「以併径為弦、食甚実緯為勾、求得股為初虧復円距弧(如無食甚実緯、則以併径為初虧復円距弧)」
併径を以って弦と為し、食甚実緯、勾と為し、求めて得る股、初虧復円距弧と為す(もし食甚実緯無ければ、則ち併径を以って初虧復円距弧と為す)。
求初虧復円距時「以一小時両経斜距為一率、一小時分為二率、初虧復円距弧為三率、求得四率為初虧復円距時」
一小時両経斜距を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、初虧復円距弧、三率と為し、求めて得る四率、初虧復円距時と為す。
求初虧時刻「置食甚時分、減初虧復円距時、得初虧時分(不足減者、加周日減之、初虧即在前一日)。如法収之、得初虧時刻」
食甚時分を置き、初虧復円距時を減じ、初虧時分を得(減に足らざれば、周日を加へこれを減じ、初虧、即ち前一日に在り)。法の如くこれを収め、初虧時刻を得。
求復円時刻「置食甚時分、加初虧復円距時、得復円時分(加満周日去之、復円即在次日)。如法収之、得復円時刻」
食甚時分を置き、初虧復円距時を加へ、復円時分を得(加へて満周日はこれを去き、復円、即ち次日に在り)。法の如くこれを収め、復円時刻を得。
\[ \begin{align}
\text{初虧復円距弧} &= \sqrt{(\text{併径})^2 - (\text{食甚実緯})^2} \\
\text{初虧復円距時} &= {\text{初虧復円距弧} \over \text{一小時両経斜距}} \times {{1 \over 24} \text{日}} \\
\text{初虧時刻} &= \text{食甚時刻} - \text{初虧復円距時} \\
\text{復円時刻} &= \text{食甚時刻} + \text{初虧復円距時}
\end{align} \]
推食既生光時刻第六(食甚実緯大於両径較、則月食在十分以内、無食既生光)
食甚実緯、両径較より大なれば、則ち月食、十分以内に在り、食既・生光無し。
求食既生光距弧「以両径較為弦、食甚実緯為勾、求得股為食既生光距弧(如無食甚実緯、則以両径較為食既生光距弧)」
両径較を以って弦と為し、食甚実緯、勾と為し、求めて得る股、食既生光距弧と為す(もし食甚実緯無ければ、則ち両径較を以って食既生光距弧と為す)
求食既生光距時「以一小時両経斜距為一率、一小時分為二率、食既生光距弧為三率、求得四率為食既生光距時」
一小時両経斜距を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、食既生光距弧、三率と為し、求めて得る四率、食既生光距時と為す。
求食既時刻「置食甚時分、減食既生光距時、得食既時分(不足減者、加周日減之、食既即在前一日)。如法収之、得食既時刻」
食甚時分を置き、食既生光距時を減じ、食既時分を得(減に足らざれば、周日を加へこれを減じ、食既、即ち前一日に在り)。法の如くこれを収め、食既時刻を得。
求生光時刻「置食甚時分、加食既生光距時、得生光時分(加満周日去之、生光即在次日)。如法収之、得生光時刻」
食甚時分を置き、食既生光距時を加へ、生光時分を得(加へて満周日はこれを去き、生光、即ち次日に在り)。法の如くこれを収め、生光時刻を得。
\[ \begin{align}
\text{食既生光距弧} &= \sqrt{(\text{両径較})^2 - (\text{食甚実緯})^2} \\
\text{食既生光距時} &= {\text{食既生光距弧} \over \text{一小時両経斜距}} \times {{1 \over 24} \text{日}} \\
\text{食既時刻} &= \text{食甚時刻} - \text{食既生光距時} \\
\text{生光時刻} &= \text{食甚時刻} + \text{食既生光距時}
\end{align} \]

初虧(かけはじめ)・復円(かけおわり)・食既(皆既のはじめ)・生光(皆既のおわり)の時刻を求める。算出方法は、寛政暦におけるものと変わるところはない。

帯出入時食分

推月食帯食法
先視太陰出地時分、在初虧後・復円前者、為帯食出地。太陰入地時分、在初虧後・復円前者、為帯食入地。
まづ太陰出地時分を視、初虧後・復円前に在れば、帯食出地と為す。太陰入地時分、初虧後・復円前に在れば、帯食入地と為す。
求帯食距時「以太陰出地或太陰入地時分(帯食出地者、用太陰出地時分。帯食入地者、用太陰入地時分)、与食甚時分相減、得帯食距時」
太陰出地、或いは、太陰入地時分を以って(帯食出地は、太陰出地時分を用ゐ。帯食入地は、太陰入地時分を用う)、食甚時分と相減じ、帯食距時を得。
求帯食距弧「以一小時分為一率、一小時両経斜距為二率、帯食距時為三率、求得四率為帯食距弧」
一小時分を以って一率と為し、一小時両経斜距、二率と為し、帯食距時、三率と為し、求めて得る四率、帯食距弧と為す。
求帯食両心相距「以食甚実緯為勾、帯食距弧為股、求得弦為帯食両心相距(如無食甚実緯、則以帯食距弧為帯食両心相距)」
食甚実緯を以って勾と為し、帯食距弧、股と為し、求めて得る弦、帯食両心相距と為す(もし食甚実緯無ければ、則ち帯食距弧を以って帯食両心相距と為す)
求帯食分「以地平太陰視径為一率、一十分為二率、併径内減帯食両心相距為三率、求得四率為帯食分」
地平太陰視径を以って一率と為し、一十分、二率と為し、併径、帯食両心相距を内減し、三率と為し、求めて得る四率、帯食分と為す。
\[ \begin{align}
\text{帯食距時} &= \text{太陰出入時刻} - \text{食甚時刻} \\
\text{帯食距弧} &= \text{一小時両経斜距} \times \text{帯食距時} \div {{1 \over 24} \text{日}} \\
\text{帯食両心相距} &= \sqrt{\text{食甚実緯}^2 + \text{帯食距弧}^2} \\
\text{帯食分} &= {\text{併径} - \text{帯食両心相距} \over \text{地平太陰視径}} \times 10
\end{align} \]
帯出入時の食分の算出は、基本的には寛政暦におけるものとまったく同一。ただし、異なるところが 2 点あって、

  1. 寛政暦では、日入出時刻を月出入時刻と等視して算出していたが、天保暦では、ちゃんと月離の太陰出入時刻算出法を用いて計算している。これには、月の視差により地平付近の月が沈み込む効果を含めて算出されている。
  2. 天保暦の月の視半径は、地平付近の月より、天頂付近の月の方が、観測者が地球の半径分だけ月に近く、わずかに大きく見える効果を含めて算出しているが、帯出入時の月は地平線上にあるわけだから、その効果を算出するまでもない。よって、月視直径として、観測者の位置考慮前の視直径「地平太陰視径」をそのまま用いている。

 ここで、後者について、一点、気になることが。

帯食分の分母(月の視直径)については、地平太陰視径を用いた。一方、分子の方の「併径」は、月の視半径 + 地球影半径で、そして、式を文字通り理解するなら、これは、食甚時の月の視半径であるはずだ。こっちの方は地平太陰視半径にしなくていいのか。

よくはわからないが、とりあえず、式を文字通り受け取り、ここでの「併径」も、
\(\text{併径} = \text{実影半径} + \text{太陰視半径}(@\text{食甚})\)
であるとしておく。

さらに厳密な話をすれば、地平付近に月/地球影があるときより、天頂付近に月/地球影があるときの方が、地球影半径も月半径と同様に大きいはずである。もっと言えば、月と地球影の間の視距離も同様に大きくなるはずで、食分の計算をするには分母と分子が同程度大きくなるだけであり、本当はこの効果を計算する必要はないんじゃないかと思うのだが。


次回は、天保暦月食法の方向角の算出について。また、地方月食(京都以外の地域での月食の計算)についても併せて説明する。


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[参考文献]

渋川 景祐; 足立 信頭「新法暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

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