2016年7月9日土曜日

動詞のアクセントについて

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現段階でまとまった情報としてアクセントがわかるのは、院政期(平安末期)だそうだ。
文字の周囲に「声点」と呼ばれる朱の点が打ってあって、点の位置によってアクセントがわかるようになっている。もともとは、中国において、平声・上声・去声・入声の四声を区別するために打つことがあったものを真似したもの。
通常の文には、もちろん、声点が打ってあったりはしないのだが、辞書類に単語のアクセントがわかるように声点が付されることがあるほか、お坊さんとかが残した講義ノートなどにおいて、講義時に訛って読み上げたりしないように声点が打ってあったりする。読経する際に中国語の四声に則ったアクセントで読めるように、経の漢字に中国語の四声を示す声点を付したりしていたため、お坊さんにとって声点はなじみ深いものだったのだ。
こういった声点資料がかなりまとまって残っているのが院政期ということである。

  • ちなみに、声点においては、清音・濁音の区別もつけるため、濁音では点をふたつ打つこととしていた。これが濁点(゛)の起源である。

それ以前でも、断片的な資料がいくつかあって、もっとも古いのは奈良時代。 日本書紀α群は、森(1981)によれば中国語ネイティブスピーカーにより記述されていて、そこに記載されている歌謡に用いられている万葉仮名漢字の声調を見ると、概ねアクセントに従って漢字が選ばれているらしく、院政期アクセントにかなり近いアクセントが復元出来るらしい(高山 (1981))。

院政期の時代、名詞に比べて、動詞のアクセント種類はかなりシンプルである。 高起式と低起式の2種類しかない。
四段・二段などの活用種類によってアクセント体系が異なったりもしない。
各活用形のアクセントがどうだったか、色々と論文を読んだ結果、私が理解した内容を下記に記載する。間違って たらごめんなさい。

(高平調 ̄をH、低平調_をL、上昇調/をR、下降調\をF と表記する)



連用・終止・已然形 


  • 高起式: F, HL, HHL, HHHL, HHHHL...
  • 低起式: R, LF, LLF, LLHL, LLLHL...
これが基本形。 1拍の高起式・1~3拍の低起式のみは最終拍に下げ核があり、それ以外は最終直前拍に下げ核がある。
下げ核の直前まで、高起式は高く、低起式は低い。下げ核自体は高く、最後、低く終わる。
最終拍に下げ核がある場合、「それ自体は高く、最後低く終わる」ために、下降調Fが現れる。 (後ろに何かつく場合、最終拍は下がらないことも)
1拍の低起式は、「低く始まって、それ自体は高く、最後低く終わる」 わけだから、RF/\ を1拍に約めたようなアクセントでなくてはいけないわけだが、そんなアクセントを表記する表記法がなかったので R/ になっている。院政期の実際のアクセントが 文字通り R だったのか、「RFを1拍に約めたようなアクセント」だったのかはわからない。

命令形


命令形は、エ段で終わる四段・ラ変・ナ変は連用形と同じ。
  • 高起式: F, HL, HHL, HHHL...
  • 低起式: R, LF, LLF, LLHL...
ヨで終わる下二段・上二段・上一段・サ変は、連用形+低いヨの形。
  • 高起式: H-L, HL-L, HHL-L, HHHL-L...
  • 低起式: R-L, LH-L, LLH-L, LLHL-L...
カ変はどうだったんだろうか。。。多分、連用形と同じ(低起式のためR)と思われ。「来(こ)よ」の場合は、多分、RL
命令形は、「連用形+(y)o」とする管見(通説でも概ね同じだろうが)に反しない形のアクセントである。

連体形


連体形は、ちょっと違うアクセント。
  • 高起式: HH, HHH, HHHH, HHHHH...
  • 低起式: LH, LLH, LLLH, LLLLH...
要するに全部高く終わる。ク語法は、これに高いクがついた形になる。

未然形


未然形は、少し様相が変わる。
所謂、「未然形のアクセント」というものはないと思ったほうがよく、未然形接続の接辞までついた形が新たな派生動詞だと考えたほうがよい。派生語になっても高起式なのか低起式なのかは変わらない。
なお、その場合、4拍以上の低起式であっても、LLHL, LLLHL... ではなく、LLLF, LLLLF... になるらしい。
「新たな派生動詞」とはいっても、やはり、動詞と助動詞間で形態素境界は感じるようで、一番最後の助動詞の長さでもって拍数がカウントされてしまい、4拍以上扱いにはならないようだ。

ただし、ズとバは、
  • H-L, HH-L, HHH-L, HHHH-L...
  • R-L, LH-L, LLH-L, LLLH-L...
みたいに、「連体形アクセント+低い接辞」のような感じになる。
ズは、打消ヌの連用形ニ + ス (サ変動詞? 係助詞?) に由来するとされていて、「~ニ」という派生動詞の連用形 + 低いス、
バは、推量ムの連体形ム + 係助詞ハに由来し、「~ム」という派生動詞の連体形 + 低いハ、
のような形式から、ニ、ム部分が前の動詞最終拍にアクセント的には飲み込まれた結果、上記のような形式になる。


ざっとこんな感じ。

ある意味、シンプルな構造で、ここから動詞活用形の起源に迫るのはちょっと難しい。それでも若干言えることはある。

受身形・使役形について


「未然形のアクセントは派生動詞のアクセントと同じ」というのは、未然形接続形式である受身形(る・らる形)、使役形(す・さす形)が、自動詞他動詞派生に由来しているという管見の説に適合する。
屋名池 (2004) は、低起式の動詞の自動詞他動詞派生語が4拍以上となった場合は LLHL, LLLHL になるのに対し、受身形・使役形は他の未然形接続助動詞と同様、LLLF, LLLLF... となり、自動詞他動詞派生語と、未然形接続接辞がついた形との差異を指摘するが、これは受身形・使役形が自動詞他動詞派生由来であることを否定するものではないと考える。

管見の説において、例えば「下げ」の受身形は、「下げ→下がり→下がらし→下がられ」と自動詞化・他動詞化・自動詞化した後、下二段活用の古形未然形「下が」が、連用形と同型の新形未然形「下げ」になったとき、古形未然形と同型であった受身形も「下がられ→下げられ」となったと考える。
ここで、自動詞形「下がり」が「下げり」にならずに、受身形「下がられ」が「下げられ」となるのは、本来自動詞他動詞派生に由来する「下がられ」が、未然形「下が」+受身形接辞「られ」として、異分析を受けているからなのであって、それがアクセントに反映されても特段の不思議はない。

已然形について


已然形は、連用形・終止形等と同型に帰し、起源の痕跡はあまりないように見える。 一方、管見において已然形は、連体形+「得」に由来するとしている。 「する得むは」→「すれば」、「有る得むは」→「有れば」となったとするのである。
ここで、「得」は低起式なので、
する得むは HH-LH-L、有る得むは LH-LH-L
→ する得ば HH-R-L > HH-L-L、有る得ば LH-R-L > LH-L-L 
→ すれば HF-L > HL-L、有れば LF-L
のように、HRL > HLL という「下がって上がって下がって」というアクセントの山ならしの過程を想定することにより、連用形・終止形と同型の已然形アクセントが生ずることになり、院政期の已然形アクセントと、管見の已然形起源説との間に矛盾はないと言える。

所謂、第3類アクセントについて


金田一 (1974) において、第1類 (高起式)、第2類 (低起式) とは別に、「歩く類」「抱える類」として、分けて記載している動詞アクセント種類があり、「第3類」等と呼ばれている。 これはどういうものかというと、要するに、基本は低起式なのだが、3拍であるにも関わらず、LLFにならずに、4拍以上の場合のように LHL になる、というものである。

平子 (2016) によると、下記の動詞がこれに属する。
炙(あぶ)り、歩(あり)き、選び、誘(おび)き、掲(かか)げ、隠し、隠れ、被(かぶ)り、築(きつ)き、穢(けが)し、穢れ、焦がし、捧(ささ)げ、支(ささ)へ、背(そむ)き、倒(たふ)れ、疲れ、衒(てら)ひ、捕(とら)へ、蹇(なへ)ぎ、願ひ、練(ねや)し、逃(のが)れ、払ひ、参(まゐ)り、恵み
金田一 (1974) 以来の説として、これらの動詞は、複合語由来ではないかと言われている。
「誘(おび)き < 帯引き」「掲げ < 掻き上げ」「被り < かうぶり < かがふり」「捧げ < 差し上げ」「支へ < 差し合へ」「捕へ < 取り合へ」「参り < まゐ入り」 等。
複合し、母音が縮約された結果、3拍となっているのだが、本来は4拍語だったのだと考えれば、4拍のようなアクセントになっているのも首肯できるのである。

しかし、それ以外の動詞はどうだろうか。

ここで、顕著に目につくことがある。
四段C型の自動詞他動詞派生をする動詞が極めて高い頻度で登場するのだ。四段C型は、そもそもそんなに多い自動詞他動詞ペアパターンでないにも関わらず、だ。 四段C型派生動詞は、以前に調べ上げたところでは、上代語では 9ペア(うち、3拍語は5ペア)、現代語では 26ペア(うち、3拍語は18ペア)検出しているが、この所謂第3類のうちに6ペアが存在する。
隠し/隠れ、被り (/被せ)、穢し/穢れ、焦がし (/焦がれ)、(倒し /) 倒れ、(逃し /) 逃れ

四段C型で高起式もあるだろうから、相当高い確率だ。四段C型の3拍低起式は、もしかしてほぼ全部第3類なのかも。。。
現代語の3拍語18ペアについて、現代標準語のアクセントを確認する。院政期の高起式が現代標準語の平板型動詞に、低起式が起伏型動詞にざっくり相当するのだが、調べたところ、「潰し/潰れ」「外し/外れ」「汚(よご)し/汚れ」が平板型で、他は起伏型。現代標準語で起伏型だからと言って院政期に低起式だったとは限らないけれども、ざっくりそうだとして、16ペア (18ペア - 平板型3ペア + 検出していなかった1ペア (隠し/隠れ) 追加) のうち、6ペアが第3類。「ほぼ全部」とは言えませんね。でも、そう多くもない四段C型が、そう多くもない第3類に、これだけの確率で存在するというのは、そこに何かあるだろう。
  • ちなみに、第3類は、現代京阪式アクセントに一部痕跡を残しているそうだ。現代京阪式アクセントにおいて、低起式動詞は3拍語以上において高起式に統合しているのだが、第3類では3拍語でも低起式のまま留まっていることがある(全てではない)。私の感覚としては、上記6ペアのうち、隠し・隠れ、あたりは低起式。
    「3拍語以上において」というのは、「語頭からLが2拍以上続く語において」ということなので、LLF でなく、LHL となる第3類では、高起式への統合を免れるのだ。
  • なぜか、[JUMAN] で、「隠し/隠れ」に「自他動詞」標識がついてないですね。「現し/現われ」は自他動詞標識つきで、「隠し/現し」「隠れ/現われ」は反義語標識がついているので、「隠し/隠れ」も自他動詞だと思うんですが。 
  • 一応、関西弁(神戸)ネイティブスピーカーだし、標準語も関西出身者と悟られないぐらいに話せるつもりだが、東京式にしても京阪式にしても、アクセント辞典などで伝統的に正しいアクセントを調べると「えーー!」と思うことがよくあるので、私のアクセント感覚はかなり当てにならない。
    大体において、 一般的な京阪式アクセントでは3拍以上の動詞・形容詞の高起式・低起式の区別が消失して高起式に統合しているのに対し、標準語アクセントでは平板型・起伏型として区別を保存しているので、関西弁ネイティブスピーカーにとって、動詞・形容詞のアクセントは鬼門である(標準語ネイティブスピーカーでも区別がア ヤシイと思うときもあるが。特に形容詞)。
    それにしても、京阪式アクセントとか院政期アクセントとかをオンラインで調べられる辞典とかがどこかにないものか。。。 

管見の自動詞他動詞ペアパターンの起源説において、四段C型は長母音語幹に由来すると説いた。この語幹長母音が、アクセントに痕跡を残していると考えられないだろうか。 「隠し / 隠れ」は、もともと kakuu-si, kakuu-rai であって、kuu という長母音があるために、4拍の扱いになっていると考えるのである。
  • 6ペア全て、共通語幹末がカガハバ行なのも気になるところ(全体的に、四段C型自体、カガハバ行が多いのだが)。何かと特殊な動きをするカガハバマ行……。不思議だ。

一方、対称型は全く見られない。対称型も(特段の根拠はないものの)長母音語幹かなあと仮置きしていたのだが、それはそうでもなさそう。二段型や四段B型も派生形は長母音を持っているのだが、そちらはこれには影響していなさそう。派生語尾の長母音より、語幹部分の長母音の方が長く残存したんですかね。

どうでしょう。低起式動詞の3拍・4拍でのアクセントの違いが、どのくらい昔に遡る現象なのか。。。

その他


屋名池 (2004) によると、推量ムは、終止形でも連体形と同じアクセントになるらしい。上代東国方言で四段等において連体形がウ段ではなく甲類オ段になる事象について書いた時、その例外として、推量ムについては終止形でもオ段になることを述べた。

何のことはない、推量ムは終止形はなく連体形しかなかったのだ。

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[参考文献]
森 博達 (1981), 「漢字音より観た上代日本語の母音組織」, 『国語学』 126, pp. 30-42 http://db3.ninjal.ac.jp/SJL/view.php?h_id=1260300420
高山 倫明 (1981), 「原音声調から観た日本書紀音仮名表記試論」, 『語文研究』 51, pp. 13-20, 1981-06-01. 九州大学国語国文学会 http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/recordID/12058
屋名池 誠 (2004), 「平安時代京都方言のアクセント活用」, 『音声研究』 8(2), pp.46-57 http://ci.nii.ac.jp/naid/110008762963
平子 達也 (2016), 「平安時代語アクセント再考―式(語声調)は幾つあったのか」, in 田窪 行則 (編); Whitman, John (編); 平子 達也 (編) 『琉球諸語と古代日本語 ―日琉祖語の再建にむけて』, くろしお出版, pp. 77-96, ISBN 978-4874246924
金田一 春彦 (1974), 「国語アクセントの史的研究 原理と方法」, in 『金田一春彦著作集 第七巻』, 玉川大学出版部, pp. 11-310, ISBN 978-4472014772
[JUMAN] 京都大学大学院情報学研究科黒橋・川原研究室 「日本語形態素解析システム JUMAN」 Ver. 7.0.1, http://nlp.ist.i.kyoto-u.ac.jp/index.php?JUMAN retrieved: 2016-06-10

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