前回までで寛政暦の日躔(太陽の運行)の説明が終わり、今回からは、寛政暦の月離(月の運行)について説明する。
貞享暦・宝暦暦の月離における運行遅速要素は、「月行遅速」すなわち月の中心差であった。
一般に、中心天体と周回天体の二体しかない場合、周回天体は正確にケプラーの法則に従って運行するので、運行遅速要素は中心差のみとなる。しかし、そこに他の天体が加わると、ケプラーの法則からのずれが生じる。
太陽の運行(地動説に従えば実際は地球の運行なのだが)においては、他の天体(月や惑星)の影響はあまり大きくないので、中心差だけで計算してもさほどの誤差にはならない(よって寛政暦の日躔では中心差しか計算していない)が、月の場合は、中心天体(地球)と周回天体(月)に加え、無視できない影響を及ぼす第三の天体が加わる。太陽である。太陽の影響によって月の運行は極めて複雑になり、ある程度正確に計算するためには多数の補正項を加味しないといけない。
寛政暦の月離においては、太陰平行(月の平均黄経)に、一平均(年差)、二平均(ニュートンが「半年差」と呼んでいる補正項に相当?)、三平均(ニュートンが「第二の半年差」と呼んでいる補正項に相当?)、初均(中心差、および出差?)、二均(二均差)、三均(ニュートンが「第二の中心差」と呼んでいる補正項に相当?)、末均(月角差?)、および、升度差(白経(白道上の経度)から黄経への変換差、つまり、道差)を加味し、太陰黄道実行(月の真黄経)を得る。
今回説明するのは、平行、一平均、二平均、三平均まで。
下記に、太陰黄道実行を得るまでのチャートを記載してみた。とりあえず現時点では、「ふーん、七面倒くさそうな計算をしているんだなあ」と思って見ていただければ結構である。
過程が複雑なだけでなく、最初はいったい何の計算をしようとしているんだかちんぷんかんぷんだった。正直、今でも完璧に理解している自信はまったくない。が、なんとか自分なりに納得した内容で説明を加えていく。考え違い等、多々あろうかと思うが、識者のかたがもしこれを読んでいれば、ご指摘いただけると幸いである。
理解しようとしていく上で、もっとも参考になったのはニュートンのプリンキピアであった(「寛政暦書」とかだと正直よくわからない)。2019年に全訳版がブルーバックスで出版され、新書で気軽に読めるようになったのは大変ありがたいことだ。「プリンキピア」は、「タイトルは誰でも知っているが、誰もちゃんと読んだことはない」古典のひとつだと思っていたのだが、自分でもここまで熟読するはめになるとは思わなかった(私が熟読したところで、2割程度しか理解できないものが、半分ぐらい理解できるようになるだけだが)。
太陰平行、最高平行、正交平行
推月離用数
太陰毎日平行一十三度一十七分六十三秒九十八微一十一繊一十四忽
最高毎日平行一十一分一十四秒一十四微七十一繊七十八忽
正交毎日平行五分二十九秒五十〇微六十五繊六十一忽
太陰平行応八宮二十七度四十五分五十九秒〇八微
最高応初宮一十二度五十五分一十一秒八十一微
正交応六宮〇一度八十二分九十七秒一十三微
推月離法
求積日「置中積分(詳日躔)、加気応分(不用日)、減本年天正冬至分(亦不用日)、得積日。上考往古、置中積分、減気応分、加本年天正冬至分、得積日」
中積分を置き(日躔に詳し)、気応分を加へ(日を用ゐず)、本年天正冬至分を減じ(また日を用ゐず)、積日を得。上って往古を考ふるは、中積分を置き、気応分を減じ、本年天正冬至分を加へ、積日を得。
求太陰年根「以積日与太陰毎日平行相乗、得数満周天去之、余以宮法収之、為積日太陰平行。加太陰平行応、得太陰年根。上考往古、則置太陰平行応、減積日太陰平行(平行応不足減者、加十二宮減之)、得太陰年根」
積日を以って太陰毎日平行と相乗じ、得る数、満周天これを去き、余り宮法を以ってこれを収め、積日太陰平行と為す。太陰平行応を加へ、太陰年根を得。上って往古を考ふるは、則ち太陰平行応を置き、積日太陰平行を減じ(平行応、減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、太陰年根を得。
求最高年根「以積日与最高毎日平行相乗、得数満周天去之、余以宮法収之、為積日最高平行。加最高応、得最高年根。上考往古、則置最高応、減最高積日平行(最高応不足減者、加十二宮減之)、得最高年根」
積日を以って最高毎日平行と相乗じ、得る数、満周天これを去き、余り宮法を以ってこれを収め、積日最高平行と為す。最高応を加へ、最高年根を得。上って往古を考ふるは、則ち最高応を置き、最高積日平行を減じ(最高応、減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、最高年根を得。
求正交年根「以積日与正交毎日平行相乗、得数満周天去之、余以宮法収之、為積日正交平行。於正交応内減之(正交応不足減者、加十二宮減之)、得正交年根。上考往古、則置正交応、加積日正交平行、得正交年根(加満十二宮去之)」
積日を以って正交毎日平行と相乗じ、得る数、満周天これを去き、余り宮法を以ってこれを収め、積日正交平行と為す。正交応よりこれを内減し(正交応、減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、正交年根を得。上って往古を考ふるは、則ち正交応を置き、積日正交平行を加へ、正交年根を得(加へて満十二宮これを去く)。
求太陰平行「以所設日数(詳日躔)与太陰毎日平行相乗、得数以宮法収之、與太陰年根相加(満十二宮去之)、得太陰平行」
設くるところ日数(日躔に詳し)を以って太陰毎日平行と相乗じ、得る数、宮法を以ってこれを収め、太陰年根と相加へ(満十二宮これを去く)、太陰平行を得。
求最高平行「以所設日数与最高毎日平行相乗、得数以宮法収之、與最高年根相加(満十二宮去之)、得最高平行」
設くるところ日数を以って最高毎日平行と相乗じ、得る数、宮法を以ってこれを収め、最高年根と相加へ(満十二宮これを去く)、最高平行を得。
求正交平行「以所設日数与正交毎日平行相乗、得数以宮法収之、與正交年根相減(不足減者加十二宮減之)、得正交平行」
設くるところ日数を以って正交毎日平行と相乗じ、得る数、宮法を以ってこれを収め、正交年根と相減じ(減に足らざれば十二宮を加へこれを減ず)、正交平行を得。\[ \begin{align} \\
\text{太陰毎日平行} &= 13°.1763981114 \\
\text{最高毎日平行} &= 0°.1114147178 \\
\text{正交毎日平行} &= 0°.0529506561 \\
\text{太陰平行応} &= 267°.455908 \\
\text{最高応} &= 12°.551181 \\
\text{正交応} &= 181°.829713 \\
\text{積日} &= \text{中積分} + \text{小数部}(\text{気応}) - \text{小数部}(\text{本年天正冬至}) &(\text{暦元天正冬至次日~本年天正冬至次日の日数}) \\
\text{太陰年根} &= \text{太陰平行応} + \text{太陰毎日平行} \times \text{積日} \\
\text{最高年根} &= \text{最高応} + \text{最高毎日平行} \times \text{積日} \\
\text{正交年根} &= \text{正交応} - \text{正交毎日平行} \times \text{積日} \\
\text{太陰平行} &= \text{太陰年根} + \text{太陰毎日平行} \times \text{日数} \\
\text{最高平行} &= \text{最高年根} + \text{最高毎日平行} \times \text{日数} \\
\text{正交平行} &= \text{正交年根} - \text{正交毎日平行} \times \text{日数} \\
\end{align} \]
月の平均黄経(太陰平行)(※)、月の遠地点平均黄経(最高平行)、月の昇交点平均黄経(正交平行)を算出する。
- (※) 面倒くさいので、以下、「月の黄経」と呼び続けるが、本当は白道に沿って測った経度、「白経」である。
「最高」は、日躔の「最卑」のところでも説明したとおり「遠点」の意味である。地球から「近い」「遠い」を、「卑(ひく)い」「高い」というのは奇妙に感じられるかもしれないが、地球表面上の物体について「高い、低い」というのは、詮ずる所、地球の重心から「遠い、近い」ということであるから、決しておかしくない。日躔においては最卑(近点)を基準にしていたのに対し、月離では最高(遠点)を基準にしているのは不統一のようにも思われるが、一応それなりに理由がある。別途説明する。
昇交点(正交)は、貞享暦・宝暦暦の暦法説明では未説明だったので、このブログでは今回が初めての登場となる。貞享暦・宝暦暦でも正交の概念はあるのだが、とりあえず朔弦望を計算するにあたっては使わないので説明しなかった。寛政暦では、月の真黄経を計算するにも昇交点黄経が必要なので、ここで説明する。
- 貞享暦・宝暦暦の正交の説明は、日月食の暦算法の説明のところで行う。
交点とはなにか。月の公転軌道(白道)は、地球の公転軌道(黄道)と同一平面上にはなく、約
5°
ほど傾斜している。月は、地球の周りを一周するうち、半分は黄道面より北に、半分は黄道面より南にいるわけだが、白道が黄道面と交わる点を「交点」という。月が交点上にあるときは、ちょうど黄道上にいることになる。月が黄道面の南から北に抜けるところの交点を「昇交点」といい、北から南に抜けるところの交点を「降交点」という。寛政暦で言うところの「正交」は昇交点である。
- 貞享暦・宝暦暦の「正交」は降交点であるようだ。
月の平均黄経(太陰平行)、遠地点平均黄経(最高平行)、昇交点平均黄経(正交平行)の計算方法はどれも同じような感じである。
「太陰平行応」「最高応」「正交応」は、暦元天正冬至次日0:00における月の平均黄経、遠地点平均黄経、昇交点平均黄経である。
「積日」は、暦元天正冬至次日0:00~当年天正冬至次日0:00の経過日数。「中積分」は暦元天正冬至~当年天正冬至の経過日時。「気応」は暦元上元甲子日(暦元天正冬至直前甲子日)から暦元天正冬至までの経過日時であり、気応のうち、日数部分なしの時刻部分は、暦元天正冬至の時刻(暦元天正冬至日0:00~暦元天正冬至までの経過時間)でもある。よって、「中積分」に「気応」の時刻部分を加算し当年天正冬至の時刻部分を減算すれば、暦元天正冬至日0:00~当年天正冬至日0:00までの経過日数が求まる。これは、暦元天正冬至次日0:00~当年天正冬至次日0:00までの経過日数に等しい。
「太陰平行応」「最高応」「正交応」に、「積日」× {太陰, 最高,
正交}毎日平行(日あたりの角速度)を加減すると、当年天正冬至次日0:00時点の月の平均黄経、遠地点平均黄経、昇交点平均黄経が求まる。これが
「{太陰, 最高, 正交}年根」である。
なお、正交(昇交点黄経)は、逆回り(北極側から見て時計周り)に進むので、実際の平均角速度はマイナスの値
-0°.0529506561 なのである。よって、積日×正交毎日平行を正交応から減算している。
「日数」は、当年天正冬至次日~当日までの経過日数である。年根 +
日数×毎日平行で、当日0:00 における平均黄経が求まる(「日数」に整数でない値を与えれば、0:00 以外の時刻の平均黄経を求めることも可能である)。
太陰一平均(年差)、最高平均、正交平均
太陽最大均数一度九十三分六十七秒
太陰最大一平均一十九分七十二秒
最高最大平均三十三分二十二秒
正交最大平均一十五分八十三秒
求一平均「以太陽最大均数為一率、太陰最大一平均為二率、本日太陽均数為三率、求得四率為太陰一平均。太陽均数加者為減、減者為加。又以太陽最大均数為一率、最高最大平均為二率、本日太陽均数為三率、求得四率為最高平均。太陽均数加者亦為加、減者亦為減。又以太陽最大均数為一率、正交最大平均為二率、本日太陽均数為三率、求得四率為正交平均。太陽均数加者為減、減者為加」
太陽最大均数を以って一率と為し、太陰最大一平均、二率と為し、本日太陽均数、三率と為し、求めて得る四率、太陰一平均と為す。太陽均数加は減と為し、減は加と為す。また、太陽最大均数を以って一率と為し、最高最大平均、二率と為し、本日太陽均数、三率と為し、求めて得る四率、最高平均と為す。太陽均数加はまた加と為し、減はまた減と為す。また、太陽最大均数を以って一率と為し、正交最大平均、二率と為し、本日太陽均数、三率と為し、求めて得る四率、正交平均と為す。太陽均数加は減と為し、減は加と為す。
求二平行「置太陰平行、加減一平均、得二平行」
太陰平行を置き、一平均を加減し、二平行を得。
求用最高「置最高平行、加減最高平均、得用最高」
最高平行を置き、最高平均を加減し、用最高を得。
求用正交「置正交平行、加減正交平均、得用正交」
正交平行を置き、正交平均を加減し、用正交を得。\[ \begin{align} \\
\text{太陽最大均数} &= 1°.9367 \\
\text{太陰最大一平均} &= 0°.1972 \\
\text{最高最大平均} &= 0°.3322 \\
\text{正交最大平均} &= 0°.1583 \\
\text{太陰一平均} &= - {\text{太陰最大一平均} \over \text{太陽最大均数}} \text{本日太陽均数} \\
\text{最高平均} &= + {\text{最高最大平均} \over \text{太陽最大均数}} \text{本日太陽均数} \\
\text{正交平均} &= - {\text{正交最大平均} \over \text{太陽最大均数}} \text{本日太陽均数} \\
\text{二平行} &= \text{太陰平行} + \text{一平均} \\
\text{用最高} &= \text{最高平行} + \text{最高平均} \\
\text{用正交} &= \text{正交平行} + \text{正交平均} \\
\end{align} \]
月の黄経、遠地点黄経、昇交点黄経に対する第一の不等項として、太陽の均数(中心差)に一定の割合で比例する「太陰一平均」「最高平均」「正交平均」を加減している。これは何か。
プリンキピア 第III編 世界体系 命題35 注「……さらに私は、地球の近日点においては、遠日点におけるよりも、太陽の作用力がいっそう大きいために、月の遠地点および交点はいっそう速く動くこと、そして、それは太陽から地球までの距離の3乗に逆比例することを見いだした。したがって、太陽の中心差に比例するそれらの運動の年差が起こることになる。さて、太陽の運動は、太陽から地球までの距離の自乗に逆比例して変わるが、この不等から起こる最大の中心差は、上に述べた太陽の離心率 16 11/12 [当ブログ注: 0.016917] に対応して 1°56′20″ [1°.9389]である。しかし、もしも太陽の運動が距離の3乗に逆比例するとしたならば、この不等は 2°54′30″ [2°.9083] という最大均差を生じたであろう。したがって、月の遠地点および交点の運動の不等が生ずる最大均差と、2°54′30″ との比は、月の遠地点の平均日運動および交点の平均日運動と、太陽の平均日運動との比をなす。……」
平均黄経のところで見たように、月の遠地点黄経は黄経が増える方向に(北極側から見て反時計回りに)、昇交点黄経は黄経が減る方向に(北極側から見て時計周りに)移動している。これらは、そもそもなんで固定した黄経ではなく移動しているのか。月と地球だけがあって他の天体の重力の影響を受けないなら、これらは移動しないはずなのである。ケプラーの法則に厳密に従って同じ楕円上をぐるぐる回るだけなので近点・遠点は移動しない。交点が移動するというのは、月の公転面の傾き方向が独楽の首振り運動のように変わるということなのだが、これも、ケプラーの法則に従って同じ楕円上をぐるぐる回っている限り首振り運動をしたりはしない。
これらが移動するのは、太陽の重力の影響によって、月と地球のケプラー運動が惑乱されるからに他ならない。そして、この惑乱の効果は、太陽の重力の影響が強いほど大きい。地球の近日点付近で最も大きく、遠日点付近では最も小さいということになる。つまり、近点付近で速度最大、遠点付近で速度最小、という太陽の真黄経(太陽から見た地球の真黄経)と似たような動きになるということだから、結局、月の遠地点黄経・昇交点黄経の不等項も、太陽の均数(中心差)に比例する値となるのである。昇交点黄経は逆回りするので、その不等項「正交平均」も、太陽均数とは符号が逆になる。
-
ニュートン「プリンキピア」によると、実際は、地球に対する太陽の重力は距離の二乗に反比例するのに対し、太陽の月の近点・交点移動に対する影響は、実際は距離の三乗に反比例するらしい。太陽の(本当は地球の)離心率を
\(e_s = 0.0169\)
とするとき、太陽の月の近点・交点移動に対する影響は、あたかも \(e^\prime =
(1 + e_s)^{3/2} - 1 = 0.0255\)
の離心率をもった太陽の均数に比例するような形になる(とはいえ、本来の離心率をもった太陽の均数と、振幅が異なるだけでざっくりとは比例する)。
\(e_s = 0.0169\) の太陽の最大均数は、ざっくり、\(2 \sin^{-1} e_s = 1°.9367\) であるのに対し、\(e^\prime = 0.0255\) の太陽の最大均数は、ざっくり \(2 \sin^{-1} e^\prime = 2°.92 \) ほどである。この 3/2乗太陽が太陽黄経の角速度に運行遅速を生じさせるのと同じ割合でもって、月の遠地点・昇交点黄経の角速度に運行遅速を生じさせる。ざっくりした計算のため厳密には計算が合わないようだが、
最高最大平均 \(0°.3322 = (\text{最高毎日平行}/\text{太陽毎日平行}) \times 2°.92 \)、
正交最大平均 \(0°.1583 = (\text{正交毎日平行}/\text{太陽毎日平行}) \times 2°.92 \) となるはず。
太陰一平均の説明は、もう少し難しい。
プリンキピア 第III編 世界体系 命題35 注「……私はさらに月の平均運動の年差が、第1編、命題66、系VIに従い、太陽の作用から受ける月の軌道のいろいろな伸縮から起こることを見いだした。この作用力は、太陽が近地点にあるときにはより大きく、そのために月の軌道は拡げられ、また太陽が遠地点にあるときにはより小さく、そのために月の軌道はふたたび縮められることになる。月は拡大された軌道ではより遅く動き、縮小された軌道ではより速く動く。そしてこの不等を調節する年差は、太陽が遠地点や近地点にあるときには零となり、太陽が地球から平均距離にあるときには約 11′50″ [0°.1972] に達し、また太陽がその他の距離にあるときには、それは太陽の中心差に比例する。……」
月は太陽の重力の影響を受けるが、おおざっぱには地球も同じ太陽の重力の影響を受ける。よって、地球から見た月の運動を考えるとき、月に対する太陽の重力の影響はほとんど相殺されてゼロになる。
- 自由落下する飛行機のなかでは無重力状態になったように感じるようなものである。実際には飛行機と飛行機のなかにいる人とがともに同じ重力加速度で落下しているのであるが、飛行機の機体と人との位置関係だけを見れば落ちているように感じないのである。
朔付近においては、月が地球より太陽に近く、太陽の重力が強いため、太陽方向に引かれる(地球から離れる方向に引かれる)。望付近においては、月が地球より太陽から遠く、太陽の重力が弱いため、太陽から離れる方向に遠心力を受ける(やはり、地球から離れる方向に引かれる)。弦付近では、月が受ける太陽の重力と地球が受ける太陽の重力と、強さには差がないもののベクトルの方向がずれ、こんどは、地球に近づく方向に引かれることになる。
黒矢印: 月が太陽から受ける重力 青矢印: 地球が太陽から受ける重力 赤矢印: 月・地球が太陽から受ける重力の差分 (地球から見たときの月が太陽から受けている力) |
朔望付近では地球の重力を弱める方向に、弦付近では地球の重力を強める方向の力として作用するが、全体としては地球の重力を弱める方向が強い
(※1)。そのため、月の軌道半径を大きくする方向の作用を及ぼす。軌道円が大きくなることによって、月の公転角速度を遅くすることになる。この影響が太陽と地球が近い太陽近点付近では大きく、遠点付近では小さい。よって、月の公転角速度は、太陽近点付近では遅く、遠点付近では速い、つまり、太陽の(本当は地球の)公転角速度と負の比例関係にある。よって、月の黄経の不等項「一平均」は、太陽の均数と比例関係にある値(ただし符号は逆)となる(※2)。
-
(※1) 太陽と地球との距離を 1、地球と月との距離を \(d\) とする。\(d \ll 1\)
である。地球にかかる太陽の重力を \(a\) とする。
朔のとき、月にかかる太陽の重力の大きさは、\({a \over (1-d)^2} \fallingdotseq a(1+2d)\)、望のとき、月にかかる太陽の重力の大きさは、\({a \over (1+d)^2} \fallingdotseq a(1-2d)\)。よって、地球にかかる太陽の重力の大きさ \(a\) との差分を考えれば、朔のときは太陽の方向に \(2ad\)、望のときは太陽と反対の方向に \(2ad\)、つまり、ともに地球の重力を弱める方向に \(2ad\) の加速度がかかる。
一方、弦のとき、月からみた太陽の方向と、地球からみた太陽の方向とがなす角(ラジアン単位とする)は、\(\tan^{-1} (d/1) \fallingdotseq d\)。月にかかる太陽の重力は、ほぼ a に等しく、これは、太陽と地球を結ぶ直線に平行な成分と、それに垂直な月~地球を結ぶ直線状の成分にわければ、それぞれ、\(a \cos d \fallingdotseq a\), \(a \sin d \fallingdotseq ad \) である。地球にかかる太陽の重力の大きさ \(a\) との差分を考えるとき前者は相殺され、後者、月から地球の方向に、地球の重力を強める方向の \(ad\) の加速度がかかる。
よって、朔望における地球の重力を弱める方向の加速度のほうが、弦における地球の重力を強める方向の加速度より、倍大きいため、全体としては地球の重力を弱める方向が強くなる。 - (※2) 全般的に遅くなっているのであり、太陽と地球との距離が平均的な距離であるときの月の公転角速度も、太陽の影響が全くないときに予想される月の公転角速度と比べて、遅くなっているのであるが、その分は、既に月の平均公転角速度(太陰毎日平行)に織り込まれているとする。よって、太陽の遠点付近では月は平均公転角速度より早くなり、太陽の近点付近では遅くなる。
なお、この不等項「一平均」は、「年差」annual equation
と呼ばれているものである(「年差」と呼ばれているのは、近点年を周期とする不等項だからである)。英語版の Wikipedia "Lunar theory"
によると年差は、\(-668^{\prime\prime} \sin l^\prime\)
と記載されている。\(l^\prime\) は、太陽の平均近点角。振幅は
-668″、つまり、-0°.1856 で、太陰最大一平均 -0°.1972
は、概ねこれと合っている(プリンキピアの 11′50″ とは一致する)。
日距地心数(太陽と地球との距離)
求日距地心数「以半径為一率、太陽実引(太陽平引加減太陽均数、為太陽実引)之余弦為二率、倍両心差為三率、求得四率為分股。又以半径為一率、太陽実引之正弦為二率、倍両心差為三率、求得四率為勾。以分股与全径相加減(実引、初一二九十十一宮加、三四五六七八宮減)、得股弦和。勾自乗、以股弦和除之、得股弦較。与股弦和相加折半為弦。以与全径相減、得日距地心数」
半径を以って一率と為し、太陽実引(太陽平引、太陽均数を加減し、太陽実引と為す)の余弦、二率と為し、倍両心差、三率と為し、求めて得る四率、分股と為す。また半径を以って一率と為し、太陽実引の正弦、二率と為し、倍両心差、三率と為し、求めて得る四率、勾と為す。分股を以って全径と相加減し(実引、初一二九十十一宮加へ、三四五六七八宮減ず)、股弦和を得。勾の自乗、股弦和を以ってこれより除し、股弦較を得。股弦和と相加へ折半し弦と為す。以って全径と相減じ、日距地心数を得。\[ \begin{align} \\
\text{太陽の離心率}\, e_s &= 0.0168966 \\
\text{太陽実引} &= \text{太陽平引}(=\text{太陽引数}) + \text{太陽均数} &(\text{太陽の真近点角}) \\
\text{分股} &= 2e_s \cos(\text{太陽実引}) \\
\text{勾} &= 2e_s \sin(\text{太陽実引}) \\
\text{股弦和} &= 2 + \text{分股} \\
\text{股弦較} &= {(\text{勾})^2 \over \text{股弦和}} \\
\text{弦} &= {\text{股弦和} + \text{股弦較} \over 2} \\
\text{日距地心数} &= 2 - \text{弦} \\
\end{align} \]
これは、月離のところではなく日躔に書いてあるべき内容のような気がするのだが、寛政暦の暦法において月離の計算でしか使っていないので、月離のところに書いてある。太陽と地球との距離の計算である。「日距地心数」とは「太陽が地心(地球の中心)から距たっている距離の量」ということであろう。
太陽と地球との平均距離 (= 軌道楕円の長半径) を 1 としたときの値として算出される。(本当は、暦法新書(寛政)の式では、軌道楕円の長半径を一千万としているので「平均距離を 10,000,000 としたときの値」。このブログの式では、軌道楕円の長半径を 1 とするように式を改めているので、上記のような値となる)
太陽と地球との平均距離 (= 軌道楕円の長半径) を 1 としたときの値として算出される。(本当は、暦法新書(寛政)の式では、軌道楕円の長半径を一千万としているので「平均距離を 10,000,000 としたときの値」。このブログの式では、軌道楕円の長半径を 1 とするように式を改めているので、上記のような値となる)
下図において、楕円の焦点にある地球を T、その反対焦点を E、近点を
P、楕円軌道上の太陽を S とする。太陽の真近点角
\(\nu_s\)(「太陽実引」)は、∠PTS である。楕円の長半径を 1、離心率(=離心距離)
を \(e_s\) とする。
STを通る直線に対し、E から降ろした垂線の足を F とする。ET
の長さは離心距離の2倍、\(2e_s\) であり、\(\angle \mathrm{ETF} = \angle
\mathrm{PTS} = \nu_s\) であるから、FT「分股」の長さは \(2e_s \cos
\nu_s\)、EF「勾」の長さは \(2e_s \sin \nu_s\)。
楕円の2焦点から太陽Sへの距離の合計 \(\mathrm{ES} + \mathrm{TS} =
2\)。よって、ES「弦」とFS「股」の長さの合計「股弦和」は、
\[\mathrm{ES} + \mathrm{FS} = \mathrm{ES} + \mathrm{TS} + \mathrm{FT} = 2 +
2e_s \cos \nu_s\]
「分股を以って全径と相加減し(実引、初一二九十十一宮加へ、三四五六七八宮減ず)」と言っているのは、\(\nu_s\)
が第2・第3象限にある場合、\(\cos \nu_s\)
がマイナスになるからである。よって気にせずそのまま \(2 + 2e_s \cos \nu_s\)
と計算すればよろしい。この場合、FT はマイナスの長さになる(F
は、SからみてTの向こう側ではなく、線分ST上に落ちる)。
三平方の定理により \((\mathrm{弦ES})^2 = (\mathrm{勾EF})^2 +
(\mathrm{股FS})^2\)。これを利用して、ES「弦」とFS「股」の長さの差「股弦較」を求める。
\[\mathrm{弦ES} - \mathrm{股FS} = {(\mathrm{弦ES})^2 - (\mathrm{股FS})^2 \over
\mathrm{弦ES} + \mathrm{股FS}} = {(\mathrm{勾EF})^2 \over \mathrm{弦ES} +
\mathrm{股FS}} = {(\text{勾})^2 \over \text{股弦和}}\]
これにより、弦の長さを求める。
\[\mathrm{弦ES} = {(\mathrm{弦ES} + \mathrm{股FS}) + (\mathrm{弦ES} - \mathrm{股FS})
\over 2} = {\text{股弦和} + \text{股弦較} \over 2}\]
求めたかったのは、太陽と地球との距離 ST であるので、
\[\mathrm{日距地心数ST} = (\mathrm{ES} + \mathrm{ST}) - \mathrm{ES} = 2 -
\text{弦}\]
この計算は結局まとめると、
\[ \begin{align} \\
\text{日距地心数} &= 2 - \text{弦} \\
&= 2 - {\text{股弦和} + \text{股弦較} \over 2} \\
&= 2 - {\text{股弦和} + {(\text{勾})^2 \over \text{股弦和}} \over 2} \\
&= 2 - {(\text{股弦和})^2 + (\text{勾})^2 \over 2 \times \text{股弦和}} \\
&= 2 - {(\text{股弦和}/2)^2 + (\text{勾}/2)^2 \over \text{股弦和}/2} \\
&= {\text{股弦和} - (\text{股弦和}/2)^2 - (\text{勾}/2)^2 \over \text{股弦和}/2} \\
&= {(2+2e_s \cos \nu_s) - (1 + e_s \cos \nu_s)^2 - (e_s \sin \nu_s)^2 \over 1 + e_s \cos \nu_s} \\
&= {2 + 2e_s \cos \nu_s - 1 - 2e_s \cos \nu_s - e_s^2 \cos \nu_s^2 - e_s^2 \sin \nu_s^2 \over 1 + e_s \cos \nu_s} \\
&= {1 - e_s^2 \over 1 + e_s \cos \nu_s} \\
\end{align} \]
\text{日距地心数} &= 2 - \text{弦} \\
&= 2 - {\text{股弦和} + \text{股弦較} \over 2} \\
&= 2 - {\text{股弦和} + {(\text{勾})^2 \over \text{股弦和}} \over 2} \\
&= 2 - {(\text{股弦和})^2 + (\text{勾})^2 \over 2 \times \text{股弦和}} \\
&= 2 - {(\text{股弦和}/2)^2 + (\text{勾}/2)^2 \over \text{股弦和}/2} \\
&= {\text{股弦和} - (\text{股弦和}/2)^2 - (\text{勾}/2)^2 \over \text{股弦和}/2} \\
&= {(2+2e_s \cos \nu_s) - (1 + e_s \cos \nu_s)^2 - (e_s \sin \nu_s)^2 \over 1 + e_s \cos \nu_s} \\
&= {2 + 2e_s \cos \nu_s - 1 - 2e_s \cos \nu_s - e_s^2 \cos \nu_s^2 - e_s^2 \sin \nu_s^2 \over 1 + e_s \cos \nu_s} \\
&= {1 - e_s^2 \over 1 + e_s \cos \nu_s} \\
\end{align} \]
を計算していることになる。
「勾股弦」もこのブログでははじめて出てきたので一応説明を。和算(というか元ネタは中国の算法でしょうが)ではよく出てくるので、今さら説明するような話でもないかも知れないが。要するに三平方の定理(ピタゴラスの定理)。また、直角三角形自体を「勾股弦(形)」などと呼んだりもする。
直角三角形の底辺・垂辺の長さを「股」「勾」とし、斜辺の長さを「弦」とするとき、
\[ \text{股}^2 + \text{勾} ^2 = \text{弦}^2 \]
である、ということ。暦法のなかでも、何の断りもなく「股」「勾」と出てくるが、それを見たら、三平方の定理を使えということだと考えて結構。
-
底辺と垂辺と、どっちが「股」でどっちが「勾」?
という疑問を持っていたんですが(いや、数学上はどっちでもいいんですが、言葉の由来が気になって)、どうやら、長い方が「股」、短い方が「勾」らしいです。
金属の棒の先っちょを直角に曲げて、鉤(かぎ)型を作ったと考えてください。鉤の持手の部分の差し渡しの長さが「股」、先っちょを曲げた部分の長さが「勾」(「勾」は、「勾玉まがたま」の「勾」ですよね。曲がっているところということ)、そして、鉤の持手の根元と、曲げた部分の先っちょの間に糸(弦)を張ったとしたら、その糸の長さが「弦」。……いや、合っているのかどうかは知りませんが、そういうイメージで私は納得しました。
二平均
太陽最高距地心数一千一十六萬八千九百六十六
太陽最高立法積一〇五一五五一
太陽高卑立方較一〇一三八九
太陽在最高太陰最大二平均五分九十四秒
太陽在最卑太陰最大二平均六分五十六秒
求日距月最高「置太陽実行、減用最高、得日距月最高(不及減者、加十二宮減之)」
太陽実行を置き、用最高を減じ、日距月最高を得(減に及ばざれば、十二宮を加へこれを減ず)。
求立方較「以太陽距地心数自乗再乗、得立方積。与太陽最高距地心数自乗再乗之立方積相減、余為立方較」
太陽距地心数の自乗を以って再乗し、立方積を得。太陽最高距地心数の自乗の再乗の立方積と相減じ、余り立方較と為す。
求二平均「以半径為一率、太陽在最高時之最大二平均為二率、日距月最高倍度之正弦為三率、求得四率為太陽在最高時日距月最高之二平均。又以半径為一率、太陽在最卑時之最大二平均為二率、日距月最高倍度之正弦為三率、求得四率為太陽在最卑時日距月最高之二平均。乃以太陽高卑距地之立方大較為一率、本時之立方較為二率、所得高卑両二平均相減余為三率、求得四率、与前所得太陽在最高時日距月最高之二平均相加、為本時之二平均。日距月最高倍度不及半周為減、過半周為加」
半径を以って一率と為し、太陽在最高時の最大二平均、二率と為し、日距月最高倍度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、太陽在最高時日距月最高の二平均と為す。また半径を以って一率と為し、太陽在最卑時の最大二平均、二率と為し、日距月最高倍度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、太陽在最卑時日距月最高の二平均と為す。乃ち、太陽高卑距地の立方大較を以って一率と為し、本時の立方較、二率と為し、得るところの高卑両二平均、相減じ、余り三率と為し、求めて得る四率、前に得るところの太陽在最高時日距月最高の二平均と相加へ、本時の二平均と為す。日距月最高倍度、半周に及ばざるは減と為し、半周を過ぐるは加と為す。\[ \begin{align} \\
\text{太陽最高距地心数} &= 1.0168966 = 1 + e_s &(\text{遠点における太陽と地球の距離}) \\
\text{太陽最高立方積} &= 1.051551 =(1 + e_s)^3 \\
\text{太陽高卑立方較} &= 0.101389 = (1 + e_s)^3 - (1 - e_s)^3 \\
\text{太陽在最高太陰最大二平均} &= 0°.0594 \\
\text{太陽在最卑太陰最大二平均} &= 0°.0656 \\
\text{日距月最高} &= \text{太陽実行} - \text{用最高} \\
\text{立方較} &= \text{太陽最高立方積} - (\text{日距地心数})^3 \\
\text{太陽在最高時日距月最高之二平均}\, \delta_A &= - \text{太陽在最高太陰最大二平均} \cdot \sin(2 \times \text{日距月最高}) \\
\text{太陽在最卑時日距月最高之二平均}\, \delta_P &= - \text{太陽在最卑太陰最大二平均} \cdot \sin(2 \times \text{日距月最高}) \\
\text{二平均} &= {\text{立方較} \over \text{太陽高卑立方較}} (\delta_P - \delta_A) + \delta_A \\
\end{align} \]
一平均に続く、月の黄経に対する不等項「二平均」の計算。地球の太陽からの距離(日距地心数)によって振幅の増減があるものの、基本的には
\(- \sin(2 \times \text{日距月最高})\)
に比例する不等項である。つまり、月の軌道の長軸が太陽の方向に対して平行または直角の時はゼロ、太陽の方向に対して北極から見て
45° 時計周りに傾いている場合、マイナスの最小、45°
半時計周りに傾いている場合、プラスの最大となる。これはどうやらニュートンがプリンキピアにおいて「半年差」と仮称した不等項に相当するらしい。
- (※) 日距月最高は、月の遠地点黄経(用最高)からの太陽の真黄経(太陽実行)の離角。「日距月最高倍度、半周に及ばざるは減と為し、半周を過ぐるは加と為す」と言っているから、 \(+ \sin(2 \times \text{日距月最高})\) ではなく \(- \sin(2 \times \text{日距月最高})\) にしたがう不等項であることがわかる。
プリンキピア 第III編 世界体系 命題35 注「……私はまた、重力の理論により、月に及ぼす太陽の作用は、月の軌道の横径が太陽を通過するときには、その同じ横径が地球と太陽とを結ぶ直線に垂直であるときよりもいくぶん大きいこと、したがって、月の軌道は前の場合のほうが後の場合よりもいくぶん大きいことを見いだした。したがって、太陽に関する月の遠地点の位置に依存するところの、月の平均運動のもう一つ別の均差が生じ、そしてそれは、月の遠地点が太陽の八分点にあるときに最大で、遠地点が矩象または朔望に達するときに零になる。……この均差を私は半年差とよぼうと思うが、私が諸現象から推測しえたかぎりでは、これは遠地点の八分点で最大になるときは約 3′45″ [0°.0625] に達する。そしてこれが地球から太陽までの平均距離におけるその大きさである。しかし、それは太陽の距離の3乗に逆比例して増減し、したがってその距離が最大であるときにはほぼ 3′34″ [0°.0594]、また最小であるときには 3′56″ [0°.0656] である。けれども、月の遠地点が八分点以外にあるときには、それはより小さな値になり、その値とその最大値との比は、最も近い朔望あるいは矩象から月の遠地点までの距離の2倍の正弦と半径との比になる。……」
太陽が地球に及ぼす重力加速度を a、月と地球の距離を d
とするとき、太陽は、月が朔望にあるとき \(2ad\)
だけ地球が月に及ぼす重力を弱め、月が弦にあるとき \(ad\)
だけ地球が月に及ぼす重力を強め、全般的には地球が月に及ぼす重力を弱め、月の軌道半径を大きくし、月の公転角速度を遅くする。
よって、月の長軸が太陽の方向を向いているとき、朔望時の \(d\) が大きく、弦時の
\(d\)
が小さくなるから、月の公転角速度はさらに遅くなる。一方、月の短軸が太陽の方向を向いているときは、朔望時の
\(d\) が小さく、弦時の \(d\)
が大きくなるから、月の公転角速度が遅くなる効果が下がる、つまり(思ったよりも)速くなる。つまり、月の公転角速度に対し、\(-
\cos (2 \times \text{日距月最高})\)
に比例する補正をかけることになるが、月の黄経に対する効果はこれの積分になるから、\(-
\sin (2 \times \text{日距月最高})\) に比例する不等項になるのである。
プリンキピアによれば半年差は、地球の太陽からの距離 \(r_s\)
の三乗に反比例するはずである。実際、太陽在{最高/最卑}太陰最大二平均は、
\[0°.0594 : 0°.0656 = (1+e_s)^{-3} : (1-e_s)^{-3}\]
に、ぴったりではないが概ね合っている(太陽在{最高/最卑}太陰最大二平均の値は、プリンキピアの
3′34″、3′56″ の値を百進度分秒に換算してそのまま使っているように思われる)。
しかし、この寛政暦(というか暦象考成後編)の計算においては、距離の三乗に(負の比例定数で)正比例をする値として計算しているようだ。太陽在{最高/最卑}太陰最大二平均を、最高時の
\(r_s^3 = (1+e_s)^3\)~現在の\(r_s^3\)~最卑時の \(r_s^3 = (1-e_s)^3\)
の間で比例案分して求めているわけである。そういう計算をするなら、正しくは、最高時の
\(r_s^{-3} = (1+e_s)^{-3}\)~現在の\(r_s^{-3}\)~最卑時の \(r_s^{-3} =
(1-e_s)^{-3}\) の間で比例案分すべきだ。
不審。
\(x\) が正のとき、\(y = 1 / x^3\) は下に凸なグラフになるが、\(y = - x^3\) は上に凸なグラフである。近点と遠点の両端の値を合わせても、その真ん中あたりは本来の値より大きめな値になってしまうはず。
\(x\) が正のとき、\(y = 1 / x^3\) は下に凸なグラフになるが、\(y = - x^3\) は上に凸なグラフである。近点と遠点の両端の値を合わせても、その真ん中あたりは本来の値より大きめな値になってしまうはず。
実用上は、これによる誤差は 1″
にも満たないようなので、問題になるような話でもないのだが。
三平均
太陰最大三平均一分三十一秒
求日距正交「置太陽実行、減用正交、得日距正交(不及減者、加十二宮減之)」
太陽実行を置き、用正交を減じ、日距正交を得(減に及ばざれば、十二宮を加へこれを減ず)。
求三平均「以半径為一率、最大三平均為二率、日距正交倍度之正弦為三率、求得四率為三平均。日距正交倍度不及半周為減、過半周為加」
半径を以って一率と為し、最大三平均、二率と為し、日距正交倍度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、三平均と為す。日距正交倍度、半周に及ばざるは減と為し、半周を過ぐるは加と為す。求用平行「置二平行、加減二平均、再加減三平均、得用平行」
二平行を置き、二平均を加減し、再び三平均を加減し、用平行を得。\[ \begin{align} \\
\text{太陰最大三平均} &= 0°.0131 \\
\text{日距正交} &= \text{太陽実行} - \text{用正交} \\
\text{三平均} &= - \text{太陰最大三平均} \sin(2 \times \text{日距正交}) \\
\text{用平行} &= \text{二平行} + \text{二平均} + \text{三平均} \\
\end{align} \]
「三平均」は、二平均に似ているが、月の遠地点(最高)ではなく月の昇交点(正交)に関するもの。ニュートンがプリンキピアにおいて「第2の半年差」と仮称した不等項に相当するらしい。\(-
\sin(2 \times \text{日距正交})\)
に比例する不等項である。つまり、月の交点軸(黄道面と白道面が交わる交線)が太陽の方向に対して平行または直角の時はゼロ、太陽の方向に対して北極から見て
45° 時計周りに傾いている場合、マイナスの最小、45°
半時計周りに傾いている場合、プラスの最大となる。地球の太陽からの距離(日距地心数)によって振幅の増減は行わない。
プリンキピア 第III編 世界体系 命題35 注「……同じ重力の理論によれば、月が及ぼす太陽の作用は、月の交点線が太陽を通過するときは、それが太陽と地球とを結ぶ直線と直角をなすときよりもいくぶん大きい。そこで、月の平均運動のいま一つ別の均差が起こるわけで、これを私は第2の半年差とよぶことにする。そしてこれは交点が太陽の八分点にあるときに最大で、交点が朔望または矩象にあるときに零になり、また交点がその他の位置にあるときには、どちらか一方の交点の、それに最も近い朔望または矩象からの距離の2倍の正弦に比例する。……またそれが最大値をもつ八分点においては、重力の理論から見いだされるとおり、地球からの太陽の平均距離において 47″ [0°.0131] に達する。太陽がその他の距離にあるときには、交点の八分点で最大値をとるこの均差は、地球からの太陽の距離の3乗に逆比例する。したがってそれは、太陽の近地点では約 49″ [0°.0136] になり、また遠地点では約 45″ [0°.0125] になる。……」
交点においては、太陽が月に及ぼす効果が 100%
経度方向に効いてくるが、それ以外の場所、特に、交点から 90°
ずれたところでは、一部が緯度方向に使われてしまい 100% 効いてこない。
交点軸が太陽に向いている(交点と朔望が一致する)場合は、朔望時の \(2ad\)
の月の軌道をひろげる効果は 100% 使え、弦時の \(ad\)
の月の軌道を狭める効果は減殺されることになるから、より月の角速度は遅くなる。
交点軸が太陽と直行する(交点と弦が一致する)場合は、朔望時の \(2ad\)
の月の軌道をひろげる効果は減殺され、弦時の \(ad\) の月の軌道を狭める効果は
100% 効くことになるから、思ったよりも月の角速度は遅くならない。
つまり、月の公転角速度に対し、\(- \cos (2 \times \text{日距正交})\)
に比例する補正をかけることになり、月の黄経に対する効果はこれの積分になるから、\(-
\sin (2 \times \text{日距正交})\) に比例する不等項になる。
三平均の振幅(太陰最大三平均)は、プリンキピアの 47″
を百進度分秒に換算してそのまま使っているように思われる。二平均と同様、これも地球の太陽からの距離の3乗に反比例するはずだが、こちらではその計算をしていない。そもそも振幅が小さい不等項であるので、その効果をいちいち計算していないのだろう。
さて、月の平均黄経(太陰平行)に対して、不等項「一平均」「二平均」「三平均」(※)
を加減してきたわけだが、これらを加減した後の数値は「二平行」「用平行」と呼ばれている。要するに、まだ、若干の補正を加えた平均黄経に過ぎないという認識のようだ。つまり、やっと、実行(真黄経)を求めるためのスタートラインに立ったということである。
- (※) 「平均」という用語だが、もちろん、average の意味ではないだろう。おそらく、「均(数)」とは「誤差を均すための数(補正項)」ということであり、「平均」は「平行を求めるための均数」ということだろう。
「一平均」(年差)はティコ・ブラーエにより比較的近代になって発見された不等項であり、「二平均」「三平均」(半年差、第2の半年差)はニュートンの万有引力理論による理論的推論によってはじめて認識された不等項である。一平均はまだしも、二平均・三平均は振幅も大きくない。古くから知られており、振幅も大きい「中心差」「出差」を先に計算した方がいいんじゃないのかとも思うのだが、これらを先に計算している。
思うに、どうやら、「計算するのに月の黄経をインプットデータとして与えなくてもいい不等項」を先に片づけて、月の平均黄経の精度を多少あげてから、月の(平均)黄経をインプットデータとして用いる不等項(中心差など)の計算をしようとしているようだ。
[参考文献]
吉田 秀升, 山路 徳風, 高橋 至時, (校正) 土御門 泰栄「暦法新書」(寛政)
国立公文書館デジタルアーカイブ蔵
渋川 景佑「寛政暦書」
国立公文書館デジタルアーカイブ蔵
戴 進賢 (Ignaz Kögler)「暦象考成後編」国立天文台三鷹図書館デジタル資料
Newton, Isaac; (訳注) 中野 猿人「ブルーバックス: プリンシピア
自然哲学の数学的原理 第I編 物体の運動」, 講談社, 2019-06-20 ISBN-9784065163870
Newton, Isaac; (訳注) 中野 猿人「ブルーバックス: プリンシピア
自然哲学の数学的原理 第III編 世界体系」, 講談社, 2019-08-20 ISBN-9784065166574
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