2020年7月25日土曜日

寛政暦の暦法 (5) 月離 (2) 最高実行、初均


前回
は、月の黄経の不等項: 一平均・二平均・三平均、遠地点黄経の不等項: 最高平均、昇交点黄経の不等項: 正交平均について説明した。今回は、いよいよ月の黄経における最大の不等項である初均(中心差)についてである。が、その前に、遠地点黄経(最高)の真黄経「最高実行」を求める必要がある。

今回のメニュー
  • 月の遠地点の真黄経(最高実行)、および、月の真の離心率(本天心距地)を求める。
  • 月の中心差(初均)を求める。
  • 月の不等項のうち、中心差に次ぐ大きな不等項「出差」の寛政暦における取り扱いについて

月の本当の真黄経を求めるには、あと、二均、三均、末均と、白経(白道上の経度)から黄経(黄道上の経度)への変換(升度差)が必要。月離はまだまだ続きます。

最高実行(月の遠地点の真黄経)、および、本天心距地数(月の離心率)

最大両心差六十六萬七千八百二十
最小両心差四十三萬三千百九十
最高本輪半径五十五萬〇五百〇五
最高均輪半径一十一萬七千三百十五
求最高実均「以最高本輪半径為一辺、最高均輪半径為二辺、日距月最高之倍度与半周相減余為所夾之角(日距月最高倍度、不及半周者与半周相減、過半周者減半周)、用切線分外角法、求得小角為最高実均。日距月最高倍度、不及半周為加、過半周為減」
最高本輪半径を以って一辺と為し、最高均輪半径、二辺と為し、日距月最高の倍度、半周と相減じ、余り夾むところの角と為し(日距月最高倍度、半周に及ばずは半周と相減じ、半周を過ぐるは半周を減ず)、切線分外角法を用ゐ、求めて得る小角、最高実均と為す。日距月最高倍度、半周に及ばずは加と為し、半周を過ぐるは減と為す。
求本天心距地数「以最高実均之正弦為一率、最高均輪半径為二率、日距月最高倍度之正弦為三率、求得四率為本天心距地数(乃本時両心差)」
最高実均の正弦を以って一率と為し、最高均輪半径、二率と為し、日距月最高倍度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、本天心距地数と為す(すなはち本時両心差)。
求最高実行「置用最高、加減最高実均、得最高実行」
用最高を置き、最高実均を加減し、最高実行を得。
\[ \begin{align} \\
\text{最大両心差} &= 0.0667820 \\
\text{最小両心差} &= 0.0433190 \\
\text{最高本輪半径} &= 0.0550505 &(= {1 \over 2} (\text{最大両心差} + \text{最小両心差})) \\
\text{最高均輪半径} &= 0.0117315 &(= {1 \over 2} (\text{最大両心差} - \text{最小両心差})) \\
\end{align} \]
\[ \begin{align} \\
\text{最高実均} &= \text{切線分外角法}(\text{大辺} = \text{最高本輪半径}, \text{小辺} = \text{最高均輪半径}, \text{夾角} = 180° - 2 \times \text{日距月最高}) \\
\text{本天心距地数}\,e_m &= \text{最高均輪半径} {\sin(2 \times \text{日距月最高}) \over \sin(\text{最高実均})} \\
\text{最高実行} &= \text{用最高} + \text{最高実均} \\
\end{align} \]


上に、前回示した図を再掲示する。月と地球との若干の位置のずれにより、月と地球とが太陽から受ける重力加速度に若干のずれを生じ、地球から月を見たときに、朔望時には地球からの重力を弱める方向に、弦時には地球からの重力を強める方向に潮汐力がかかっているように見える。朔望時にあるような地球からの重力を弱める方向の力の方が若干強い。地球が太陽から受ける重力加速度を \(a\), 太陽~地球間の距離を \(1\) とするときの地球~月間の距離を \(d\) とするとき、朔望時の地球の重力を弱める効果は \(2ad\), 弦時の地球の重力を強める効果は \(ad\) である。

今、地球が月に及ぼす平均の重力加速度を \(b\) とする。月の離心率を \(e_m\) とするとき、近地点において月が地球から受ける重力の強さ は\(b(1 - e_m)^{-2}\), 遠地点において月が地球から受ける重力の強さは \(b(1 + e_m)^{-2}\) である。

ここで、月の長軸が太陽の方向を向いている場合(月の朔望線と長軸が一致する場合)、近地点の月が地球の方向に引かれる正味の力は \(b(1 - e_m)^{-2} - 2ad_0(1 - e_m)\), 遠地点の月の場合、\(b(1 + e_m)^{-2} - 2ad_0(1 + e_m)\) となる(太陽~地球の距離を 1 とする平均の地球~月間の距離を \(d_0\) とする)。
\[ { b(1 - e_m)^{-2} - 2ad_0(1 - e_m) \over b(1 + e_m)^{-2} - 2ad_0(1 + e_m)} \gt {(1 - e_m)^{-2} \over (1 + e_m)^{-2}} \]
であり、近地点における場合と遠地点における場合とで、距離の逆二乗で予想される以上の求心力の差が生じ、月はより離心的になる(離心率が増大する)。

一方、月の長軸が太陽の方向と直交する場合(月の上弦下弦線と長軸が一致する場合)、近地点の月が地球の方向に引かれる正味の力は \(b(1 - e_m)^{-2} + ad_0(1 - e_m)\), 遠地点の月の場合、\(b(1 + e_m)^{-2} + ad_0(1 + e_m)\) となる。
\[ { b(1 - e_m)^{-2} + ad_0(1 - e_m) \over b(1 + e_m)^{-2} + ad_0(1 + e_m)} \lt {(1 - e_m)^{-2} \over (1 + e_m)^{-2}} \]
であり、近地点における場合と遠地点における場合とで、距離の逆二乗で予想されるより小さい求心力の差となり、月は本来よりも離心的でなくなる(離心率が減少する)。

また、プリンキピアによれば、本来よりも離心的になっている場合、近遠点は前進し、本来よりも離心的でなくなっている場合、近遠点は後退する。周回天体から中心天体の方向に向かう求心力が距離の \(n-3\) 乗に比例する場合、遠点から近点まで(また近点から遠点まで) \(180° \over \sqrt{n}\) の角度となるらしい。距離の逆二乗に比例するとすれば \(n=1\) であり、遠点から近点、近点から遠点は 180° であって近遠点は移動しない。
近点遠点における距離比で予想されるより離心的である場合、\(n\) は 1 より若干小さくなり、遠点から近点、近点から遠点までの角度は 180° よりやや大きくなる。よって、近遠点は前進する。
近点遠点における距離比で予想されるより離心的でない場合、\(n\) は 1 より若干大きくなり、遠点から近点、近点から遠点までの角度は 180° よりやや小さくなる。よって、近遠点は後退する。

よって、月の長軸が太陽の方向を向いている場合、月は最も離心率が高くなり、また、近遠点は最大速度で前進する。また、月の長軸が太陽の方向と直交する場合、月は最も離心率が低くなり、また、近遠点は最大速度で後退する。ただし、全体的には前進するほうが後退するよりも大きいのだが、それは、最高平均(前回説明済)で織り込み済みであるとする。

「プリンキピア」第III編 世界体系 命題35 注
「……同じ重力の理論によれば、月の遠地点は、それが太陽と合または衝の位置にあるときには最大の速度でもって前進するが、太陽と矩象の位置にあるときにはそれは後退する。また(軌道の)離心率は、第I編、命題66、系VII, VIII および IX により、前の場合にはその最大の大きさに、後の場合にはその最小の大きさに達する。そしてそれらの不等は、上述の諸系によればはなはだ大きく、私が遠地点の半年差とよぶ均差の根源をなすものである。そしてこの半年差は、私が諸現象からできるだけ正確に決定しえたところでは、その最大値が約 12°18′ というものである。
我が国のホロックス (Horrox) は、月は地球を下方焦点とする一つの楕円軌道に沿ってそのまわりを動くという理論を進めた最初の人であった。ハレー博士 (Dr. Halley) は、地球のまわりを中心が一様に回転するような一つの周転円(エピサイクル)の上にこの楕円の中心をおくことによって、その考えを進歩させた。そして、この周転円上の運動から、上に述べた遠地点の前進や後退における不等、および離心率の大きさの不等が起こってくるのである。……」



とすると、月の軌道中心が上図のような運動をしているのだという形で整理することが出来る。
上図の T は地球、O は月の軌道中心 Om の平均位置であり、真の月の軌道中心 Om は平均的な月の軌道中心 O の周りを円を描くように動いているとする。T と Om との間の距離は月の軌道の離心距離にほかならない(上図が月と地球の間の平均距離を 1 とするような縮尺で描かれているのであれば、これは離心率に等しい)。また、地球 T からみて、月の軌道中心 Om がある方向は、月の遠地点の方向に等しい (※)。月の軌道中心の平均位置 O と 真の月の軌道中心 Om とがなす角 ∠OTOm は、月の軌道中心の真黄経(すなわち月の遠地点の真黄経に等しい)の月の{軌道中心/遠地点}の平均黄経からの補正角となる。
  • (※) 前回、「日躔では太陽の近点(最卑)を基準にし、月離では月の遠地点(最高)を基準にしているのは不統一なようだが理由がある」と述べた。その理由がこれである。月の場合、月軌道中心の黄経を取り扱うので、軌道中心の黄経と等しい遠地点黄経を基準にした方が都合がよいのだ(近地点黄経と、軌道中心黄経とでは 180° 反対方向になってしまう)。「だったら全部、遠点基準にしたらいいんじゃないのか」という話ではあるのだが。ちなみに、天保暦では、全部遠点基準に統一されている。

月の長軸が太陽の方向を向いている場合(すなわち、月遠地点黄経からの太陽黄経の離角が 0° または 180° の場合。よって、2 × 日距月最高 = 0° の場合)は、Om が A の位置にあるものとする。TOm の長さ(つまり離心率)が最大であり、∠OTOm は最大の速度で増大する。一方、月の長軸が太陽の方向と直交する場合(すなわち、月遠地点黄経からの太陽黄経の離角が ±90° の場合。よって、2 × 日距月最高 = 180° の場合)は、Om が C の位置にあるものとする。TOm の長さ(つまり離心率)が最小であり、∠OTOm は最大の速度で減少する。
つまり、∠AOOm が 2 × 日距月最高となればよい。

結局、月は、
  1. 平均の軌道中心 O が、平均の離心率 0.0550505 を半径(最高本輪半径)とし、最高平行の速度によって地球の周りを周回している。
  2. 真の軌道中心(本天心)Om が、最大/最小の離心率と平均の離心率との差 0.0117315 を半径(最高均輪半径)とし、2 × 日距月最高の速度によって平均の軌道中心 O の周りを周回している。
  3. 月が、真の軌道中心(本天心)Om, 焦点にある地球の周りの楕円軌道を周回している。
というような運動をしているのだとするのである。

さて、その場合、真の遠地点黄経(最高実行)、月の離心率(本天心距地)を求めてみる。

真の遠地点黄経(最高実行)と平均の遠地点黄経(用最高)との間の離角(最高実均)は、∠OTOm である。これは、⊿OTOm について、TO を大辺とし、OOm を小辺とし、∠TOOm を夾角として、切線分外角法により、小辺の対角 ∠OTOm を求めることによって得られる。大辺 TO の長さは最高本輪半径、小辺 OOm の長さは最高均輪半径、夾角 ∠TOOm の大きさは、∠AOOm の外角であるから、180° - 2 × 日距月最高である。
この計算を文字どおりにやれば(そして、日躔のところで説明したとおり、ATAN2 を適切に使えば)、2 × 日距離月最高が第1、第2象限にある時は、最高実均はプラス、第3、第4象限にある時は、最高実均はマイナスになるはずであり、「日距月最高倍度、半周に及ばずは加と為し、半周を過ぐるは減と為す」の状態になっているはずである。

次に月の離心率(本天心距地) \(e_m\) を求める。これは TOm の長さに等しい。
⊿OTOm について正弦定理を適用し、
\[ \begin{align} \\
& {\mathrm{TOm} \over \sin(\angle \mathrm{TOOm})} = {\mathrm{OOm} \over \sin(\angle \mathrm{OTOm})} \\
& {\text{本天心距地} \over \sin(180° - 2 \times \text{日距月最高})} = {\text{最高均輪半径} \over \sin(\text{最高実均})} \\
& \text{本天心距地} = \text{最高均輪半径} {\sin(180° - 2 \times \text{日距月最高}) \over \sin(\text{最高実均})} \\
& \text{本天心距地} = \text{最高均輪半径} {\sin(2 \times \text{日距月最高}) \over \sin(\text{最高実均})} \\
\end{align} \]
として求めることができる。

が、この計算は少々問題がある。Om が A, C の位置にある時、最高実均 = 0° となり、ゼロ除算になってしまうのだ。とはいえ、実際の計算において、Om が厳密に A, C の位置にある場合を計算することになる確率は無限に小さいのだが、気持ち悪いことは気持ち悪い。ということで、私は、かわりに余弦定理を用いた式、
\[ \begin{align} \\
& \mathrm{TOm}^2 = \mathrm{TO}^2 + \mathrm{OOm}^2 - 2 \cdot \mathrm{TO} \cdot \mathrm{OOm} \cdot \cos(\angle \mathrm{TOOm}) \\
& \text{本天心距地} = \sqrt{(\text{最高本輪半径})^2 + (\text{最高均輪半径})^2 - 2 \cdot \text{最高本輪半径} \cdot \text{最高均輪半径} \cdot \cos(180° - 2 \times \text{日距月最高})} \\
& \text{本天心距地} = \sqrt{(\text{最高本輪半径})^2 + (\text{最高均輪半径})^2 + 2 \cdot \text{最高本輪半径} \cdot \text{最高均輪半径} \cdot \cos(2 \times \text{日距月最高})} \\
\end{align} \]
に置き換えている。結果は同一になるはずである。

初均(中心差)

求太陰引数「置用平行、減最高実行、得太陰引数(不及減者加十二宮減之)」
用平行を置き、最高実行を減じ、太陰引数を得(減に及ばざるは十二宮を加へこれを減ず)。
求初均「以半径為一辺、本時両心差為一辺(乃本天心距地数)、太陰引数与半周相減余為所夾之角(引数、不及半周者与半周相減、過半周者則減半周)、用切線分外角法、求得対両心差之小角。与前所夾之角相加復為所夾之角、仍以前二辺、用切線分外角法、求得対半径之大角。乃以半径為一率、本天心距地之余弦(以本天心距地数為正弦、用其余弦)為二率、対半径大角之正切線為三率、求得四率為正切線、検表得実引。与太陰引数相減、得初均数。引数初宮至五宮為減、六宮至十一宮為加」
半径を以って一辺と為し、本時両心差、一辺と為し(すなはち本天心距地数)、太陰引数と半周相減じ余り夾むところの角と為し(引数、半周に及ばざるは半周と相減じ、半周を過ぐるは則ち半周を減ず)、切線分外角法を用ゐ、求めて対両心差の小角を得。前の夾むところの角に相加へまた夾むところの角と為す、以前の二辺により、切線分外角法を用ゐ、求めて対半径の大角を得。すなはち半径を以って一率と為し、本天心距地の余弦(本天心距地数を以って正弦と為し、其余弦を用う)二率と為し、対半径大角の正切線、三率と為し、求めて得る四率、正切線と為し、表を検じて実引を得。太陰引数と相減じ、初均数を得。引数初宮より五宮に至るは減と為し、六宮より十一宮に至るは加と為す。
求初実行「置用平行、加減初均、得初実行」
用平行を置き、初均を加減し、初実行を得。
\[ \begin{align} \\
\text{太陰引数}\,M &= \text{用平行} - \text{最高実行} \\
E &= (180° - M) + \text{切線分外角法}(\text{大辺} = 1, \text{小辺} = \text{本天心距地数}, \text{夾角} = 180° - M) \\
\nu^\prime &= \text{切線分外角法}(\text{大辺} = \text{本天心距地数}, \text{小辺} = 1, \text{夾角} = E) \\
\text{実引}\,\nu &= \tan^{-1} {\sqrt{1 - (\text{本天心距地数})^2} \sin \nu^\prime \over \cos \nu^\prime} \\
\text{初均} &= \nu - M \\
\text{初実行} &= \text{用平行} + \text{初均} \\
\end{align} \]

さて、月の真の離心率と、真の遠地点黄経がわかったところで、月の黄経の中心差を求める。中心差はケプラー運動、すなわち、周回天体(月)が中心天体(地球)を中心として等角速度正円運動をしているのではなく、中心天体(地球)を楕円の焦点とし、中心天体と周回天体を結ぶ線分が単位時間あたりに描く面積が一定となるように運動していることによる不等項である。 
 
さて、上図において、月の軌道中心が O、地球が T、遠地点が A、近地点が P である。O の周りの正円の半径を 1 とし、これは月と地球との平均距離であり、月の公転楕円の長半径でもあるとする。TOの距離は月の離心距離、月と地球との平均距離を 1とするのであれば、離心率(本天心距地)に等しい。

平均月 Mm は月の平均角速度に従い O の周りの正円を周回しているものとし、現在の月の平均遠点角 \(M = \angle \mathrm{AOMm}\) であるとする。
地球 T と Mm の間に補助線 TMm を引き、TMm と平行に OMe を引く。Me は正円上の点である。
仮に \(\angle \mathrm{AOMe}\) が、平均遠点角 \(M = \angle \mathrm{AOMm}\) に対応する離心遠点角であるとする。その場合、偽扇型 ATMe と、扇型 AOMm の面積が等しいはずである。
偽扇型 ATMe = 扇型 AOMe + ⊿MeOT
扇型 AOMm = 扇型 AOMe + 扇型 MeOMm
TMm と OMe は平行だから、⊿MeOT = ⊿MeOMm
よって、扇型 MeOMm と ⊿MeOMm の面積差分、すなわち、MeMm 間の弓型部分の面積を無視できるとすれば、近似的に、偽扇型 ATMe と扇型 AOMm の面積は等しい。
よって、近似的に、\(\angle \mathrm{AOMe}\) は離心近点角であると言える。
\(\angle \mathrm{AOMe}\) を、軌道中心 O からではなく、地心 T から測りなおし(→ \(\angle \mathrm{ATMe}\))、さらに、正円上の点に対して測った角を楕円上の点に対して測りなおす(→\(\angle \mathrm{ATM\nu}\))と真近点角が求まる。楕円上の点 \(\mathrm{M\nu}\) は、真月である。

⊿MmOT に、切線分外角法を適用する。MmO (= 正円の半径 = 1) を大辺とし、OT (= 月の離心率 \(e_m\) = 本天心距地) を小辺とし、∠TOMm (= 180° - ∠AOMm = 180° - 太陰引数) を夾角とし、小辺の対角 ∠OMmT を求める。
これを元の夾角 ∠TOMm に加算すると、∠OTMm の外角、∠PTMm となる。これは、離心近点角の外角 ∠POMe に等しい。

さらに、⊿MeOT に、切線分外角法を適用する。MeO (= 正円の半径 = 1) を大辺とし、OT (= 月の離心率 \(e_m\) = 本天心距地) を小辺とし、先ほど求めた ∠POMe を夾角として、「大辺の」対角 ∠OTMe を求める。今まで切線分外角法では小辺の対角を求めていたが、ここでは大辺の対角である。大辺の対角は「半外角 - 半較角」ではなく、「半外角 + 半較角」とすれば求まるが、実際のところ、「大辺」に実際は短くても小辺を、「小辺」に実際は長くても大辺を無理やり当てはめれば、半較角がマイナスの値となり、「半外角 - 半較角」として計算した「小辺の」対角が、実際には大辺の対角として求まる。上記に、
\[ \nu^\prime = \text{切線分外角法}(\text{大辺} = \text{本天心距地数}, \text{小辺} = 1, \text{夾角} = E) \]
と記載している。実際には短い本天心距地数を「大辺」に、実際には長い 1 を「小辺」に与え、MeO の対角 ∠OTMe = ∠ATMe を求めている。

さて、ここまで来れば、真近点角までもう少し。
正円上の点に対して測った角 ∠ATMe を楕円上の点に対して測った角 ∠ATMν に変換する。これは、
\[ \text{実引}\,\nu = \tan^{-1} {\sqrt{1 - (\text{本天心距地数})^2} \sin \nu^\prime \over \cos \nu^\prime} \]
によって計算できる。

なお、「本天心距地の余弦(本天心距地数を以って正弦と為し、其余弦を用う)」を、\(\cos(\text{本天心距地})\) としてはいけない。本天心距地は長さであって、角度ではないから、\(\cos(\text{本天心距地})\) は意味をなさない。「本天心距地数を以って正弦と為し、其余弦」、\(\text{本天心距地数} = \sin \theta\) であるときの \(\cos \theta\) を求めよ、という意味なのだが、\(|\cos \theta| = \sqrt{1 - \sin^2 \theta}\) であるから、要するに、\(\sqrt{1 - (\text{本天心距地数})^2}\) の計算をしろということである。\(\sqrt{1 - e_m^2}\)、すなわち、楕円の長半径 1 に対する、短半径の長さである。
  • 「だったら変な書き方せずにそう書けよ」という話だが、おそらく、このように書かれた場合、実際の計算としては、「本天心距地の値を八線表(三角関数表)の正弦のところから探し、同じ行にある余弦の値を(必要なら一次補間を行なって)取る」という算出を行っただろう。そして、このような方法は、\(\sqrt{1 - e_m^2}\)、つまり、自乗の計算と平方根に開く計算を算木/算盤でやるより簡単だっただろう。

  • 離心近点角は、円の中心から測った平均近点角を、地心から測りなおした角に近似的に等しい。(平均近点角と離心近点角との差異部分の扇型と三角形との面積差を無視(扇型の弓型部分の面積を無視)してよいのであれば)
  • 真近点角は離心近点角を、①円の中心から測った離心近点角を地心から測りなおす、②正円上の点に対して測った角を短軸方向に圧縮して楕円上の点に対して測った角にする、という操作を加えたものである。
とし、そして、寛政暦の日躔においては、
  • エカント離心円モデルの楕円版によって、平均近点角を真近点角に変換する。これは、真近点角を離心近点角に変換するときの操作①②を二重に適用することに等しい。
  • 平均近点角→離心近点角への変換において、操作①については近似的に成り立っているからよいが、操作②は余計である。よって、本当は離心近点角→真近点角への変換のために一回だけやればいい操作②を二回やってしまっていることへの逆補正として、楕円差角(楕円上の点に対して測った角を短軸方向に引き伸ばして正円上の点に対して測った角にするための補正)を加える。
としているとした。この計算において、ひとつは平均近点角と離心近点角との間の弓型の面積を無視していること、もうひとつは操作②を二重にやってしまっている部分の逆補正が数学的には若干テキトーであることから誤差を生じている。とはいえ、太陽(本当は地球)の離心率は高くないので、最大でも 0″.7 程度である。

しかし、月の離心率は太陽(本当は地球)の離心率に比べて大きいので、日躔と同じやり方をしたのでは少なからざる誤差を生じてしまう。そこで、月離の初均(中心差)の計算においては、
  • 正円の中心から測った角である平均遠点角(太陰引数)を地心から測りなおした角として離心遠点角を求める(正確にいえば、切線分外角法の夾角として使う都合上、離心遠点角ではなくその外角、マイナスの離心近点角を求めているのだが)。
  • 正円の中心から測った角である離心遠点角を地心から測りなおした角とする。
  • 正円上の点に対して測ったその角を短軸方向に圧縮して楕円上の点に対して測った角とし、真遠点角とする。
という計算をしている。離心近点角を経ずに一気に計算できるエカント離心円モデル楕円版より手間がかかる計算だが、「操作②を二重にやってしまっている部分の逆補正がテキトー」に起因する誤差を生じさせずにすむため、日躔式の計算より精度が高い。ただし、弓型部分の面積を無視しているのは相変わらずなので、その部分に起因する誤差は残る。
  • 「エカント離心円モデルの楕円版」の計算では「大辺=2, 小辺=2e, 夾角=M(平均近点角)」として切線分外角法を適用し、結果(小辺の対角)の2倍を平均近点角と真近点角(楕円差角補正前の)の補正角としているわけだが、ここで適用している切線分外角法は、操作①だけを単独でやるときの切線分外角法(大辺=1, 小辺=e, 夾角=M) と三角形が 2倍の大きさになっただけで全く同じ計算であり、同じ結果が出てくる。操作①だけを単独でやるときの計算と同じことを2倍するとなぜか、操作①②を二回やったことになるという、なんとも摩訶不思議な。不思議だが事実。

上に示したのは、月の平均離心率(= 最高本輪半径) 0.0550505 において、日躔式と月離式でどの程度の誤差が生じるかを示している(寛政暦の暦法により平均近点角から真近点角を求め、その真近点角からケプラー方程式によって平均近点角に戻し、もとの平均近点角との誤差を見る)。比較のため、離心近点角を平均近点角へ変換するケプラー方程式の逆関数の漸化近似式
\[ \begin{align}
E_0 &= M \\
E_{i + 1} &= M + e \sin E_i \\
\end{align} \]
における誤差と比較する。縦軸の単位は六十進角度秒である。

月の離心率で日躔式の計算を行うと、\(23^{\prime\prime}\) の誤差が発生してしまうことがわかる。月離式で計算すれば \(6^{\prime\prime}\) 程度の誤差になり、これは、二回近似ケプラー E2 における \(14^{\prime\prime}\) 程度の誤差よりも精度が高い。三回近似ケプラー E3 と比べるとさすがに見劣りするが。

出差について

英語版 Wikipedia "Lunar theory" において、月の不等項のうち、比較的振幅が大きいため、よく知られ名前がついているものが列挙されている。
名称
寛政暦での名称 Wikipedia での値 備考
中心差 equation of center
初均
\(+22639^{\prime\prime} \sin(l)\)
\(+ 769^{\prime\prime} \sin(2l)\)
\(+ 36^{\prime\prime} \sin(3l)\)
古代より知られていた
出差 evection
- \(+4586^{\prime\prime} \sin(2D - l)\)
プトレマイオスに存在は認識されていたが、詳しく理解されたのは近代以降
二均差 variation
二均
\(+2370^{\prime\prime} \sin(2D)\)
ティコ・ブラーエにより発見
年差 annual equation
一平均
\(-668^{\prime\prime} \sin(l^\prime)\)
ティコ・ブラーエにより発見
月角差 parallactic inequality
末均? \(-125^{\prime\prime} \sin(D)\)
ニュートンにより発見
道差 reduction to the ecliptic
升度差 \(-412^{\prime\prime} \sin(2F)\)
白道上の経度から黄道上の経度への変換差違
上の表において「Wikipedia での値」に記載されている、\(D\), \(l\), \(l^\prime\), \(F\) 等の値の意味は、それそれ、月平均黄経の太陽平均黄経からの離角、月の平均近点角、太陽の平均近点角、月黄経の昇交点黄経からの離角。
月の平均黄経、近地点黄経、昇交点黄経をそれぞれ \(\lambda_m,\, \varpi_m,\, \Omega_m\) とし、太陽の平均黄経、近地点黄経をそれぞれ \(\lambda_s,\, \varpi_s\) とするとき、
\[ \begin{align} \\
D &= \lambda_m - \lambda_s \\
l &= \lambda_m - \varpi_m \\
l^\prime &= \lambda_s - \varpi_s \\
F &= \lambda_m - \Omega_m \\
\end{align} \]
である。

それぞれ、寛政暦ではどの均数にあたるかも記載しておいたが、上表のうち、出差だけは寛政暦に相当する均数がない。中心差を除けば最大の振幅を持つ不等項である出差を、寛政暦では計算に入れていないのかというとそんなことはない。寛政暦では出差は初均(中心差)のなかに含まれているのである。初均を求めるときの太陰引数、つまり、月の平均遠点角を求める際の月の遠地点黄経を、冒頭に記載した「最高実均」を加えた遠地点の真黄経「最高実行」にし、離心率も補正された値(本天心距地)にすることによって、出差は中心差のなかに織り込まれる。どうしてそういうことになるのか、非常にざっくりした計算をしてみよう。

2×日距月最高は、
\[ 2(\lambda_s - (\varpi_m + 180°)) = 2 \lambda_s - 2 \varpi_m = 2(\lambda_m - \varpi_m) - 2(\lambda_m - \lambda_s) = 2l - 2D \]
最高本輪半径を \(e_0\), 最高均輪半径を \(\Delta e\) とおく。
ここでの計算で、角度はすべてラジアン単位とする。最高実均、本天心距地は、非常にざっくりした、かなり乱暴な計算をするなら、
\[ \begin{align} \\
\text{最高実均} &= \tan^{-1} {\Delta e \sin (2l - 2D) \over e_0} \fallingdotseq {\Delta e \sin (2l - 2D) \over e_0} \\
\text{本天心距地} &= e_0 + \Delta e \cos(2l - 2D) \\
\end{align} \]
よって、月の近地点の真黄経 \(\varpi_m^+\), 補正後の離心率 \(e_m\) は、
\[ \begin{align} \\
\varpi_m^+ &= \varpi_m + \text{最高実均} = \varpi_m + {\Delta e \over e_0} \sin (2l - 2D) \\
e_m &= \text{本天心距地} = e_0 + \Delta e \cos(2l - 2D) \\
\end{align} \]

中心差は、非常にざっくりした計算をするなら、\( 2e \sin l \)。ここで、月の真近地点から測った平均近点角 \(\lambda_m - \varpi_m^+\) を \(l^+\) とする。
\[ \begin{align} \\
\text{初均} &= 2e_m \sin l^+ \\
&= 2(e_0 + \Delta e \cos(2l - 2D)) \sin(\lambda_m - (\varpi_m + {\Delta e \over e_0} \sin (2l - 2D))) \\
&= 2(e_0 + \Delta e \cos(2l - 2D)) \sin(l - {\Delta e \over e_0} \sin (2l - 2D)) \\
&\fallingdotseq 2(e_0 + \Delta e \cos(2l - 2D))(\sin l - {\mathrm{d} \sin l \over \mathrm{d} l} {\Delta e \over e_0} \sin (2l - 2D)) &(※) \\
&= 2(e_0 + \Delta e \cos(2l - 2D))(\sin l - {\Delta e \over e_0} \cos l \sin (2l - 2D)) \\
&= 2 e_0 \sin l + 2 \Delta e \sin l \cos(2l - 2D) - 2 \Delta e \cos l \sin(2l - 2D) - 2 {\Delta e^2 \over e_0} \cos l \sin(2l - 2D) \cos(2l - 2D) \\
&= 2 e_0 \sin l + 2 \Delta e \sin(l - (2l - 2D)) - {\Delta e^2 \over e_0} \cos l  \sin(4l - 4D) \\
&= 2 e_0 \sin l + 2 \Delta e \sin(2D - l) - {\Delta e^2 \over e_0} \cos l  \sin(4l - 4D) \\
\end{align} \]
  • (※) \({\Delta e \over e_0} \sin (2l - 2D)\) は最大 プラスマイナス12° 強になる角であり、決して微小な角ではないから、こんな乱暴な計算をしていいのかはわからない。
最後の項は、係数 \({\Delta e^2 \over e_0}\) が小さく、正直、そんなレベルをどうこう言えるような精度の計算でもないので無視する。角度を度単位に直せば、
\[ \begin{align} \\
\text{初均} &= {180° \over \pi} (2 e_0 \sin l + 2 \Delta e \sin(2D - l)) \\
&= 22710^{\prime\prime} \sin l + 4839^{\prime\prime} \sin(2D - l) \\
\end{align} \]
これの最初の項が、Wikipedia の中心差と大体符合しており、2番目の項が出差と大体符合しているのがわかるだろう。ということで、月の真の遠点黄経(最高実行)、月の真の離心率(本天心距地)をもとに初均を計算することで、初均には中心差だけでなく出差を包含したかたちで算出されてくるのである。

今回は、初均まで計算するところで結構な分量となってしまった。次回は二均から。


[参考文献]
吉田 秀升, 山路 徳風, 高橋 至時, (校正) 土御門 泰栄「暦法新書」(寛政) 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵
渋川 景佑「寛政暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵
戴 進賢 (Ignaz Kögler)「暦象考成後編」国立天文台三鷹図書館デジタル資料
Newton, Isaac; (訳注) 中野 猿人「ブルーバックス: プリンシピア  自然哲学の数学的原理 第I編 物体の運動」, 講談社, 2019-06-20 ISBN-9784065163870
Newton, Isaac; (訳注) 中野 猿人「ブルーバックス: プリンシピア  自然哲学の数学的原理 第III編 世界体系」, 講談社, 2019-08-20 ISBN-9784065166574
国立天文台暦計算室「暦 Wiki: 月の公転運動」 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B7EEA4CEB8F8C5BEB1BFC6B0.html

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