2020年8月2日日曜日

寛政暦の暦法 (6) 月離 (3) 二均、三均、末均


寛政暦の月離の説明がまだまだ続く。
前回は、月の最高実行(遠地点の真黄経)、本天心距地(真の離心率)、初均(中心差)の算出について説明した。また、併せて、寛政暦の計算では、所謂「出差 evection」は、初均に包含されていることについても説明した。

今回は、月の経度を求めるにあたって残る不等項、二均、三均、末均について説明する。
二均は「二均差 variation」に、三均はニュートン言うところの「月の第2中心差」に、末均ははっきりしないところもあるが「月角差 parallactic inequality」に相当するものである。
これにより、月の白道に沿って測った真の経度(真白経)「白道実行」が得られる。

ただし、黄経・黄緯を求めるには、月の昇交点の真黄経、白道傾斜角を求める必要があり、これらについては次回まわし。

二均(ニ均差 Variation)

太陽在最高太陰最大二均五十五分三十九秒
太陽在最卑太陰最大二均六十一分九十七秒
求月距日「置初実行、減本日太陽実行、得月距日(不及減者、加十二宮減之)」
初実行を置き、本日太陽実行を減じ、月距日を得(減に及ばざるは、十二宮を加へこれを減ず)。
求二均数「以半径為一率、太陽在最高時之最大二均数為二率、月距日倍度之正弦為三率、求得四率為太陽在最高時月距日之二均数。又以半径為一率、太陽在最卑時之最大二均数為二率、月距日倍度之正弦為三率、求得四率為太陽在最卑時月距日之二均数。乃以太陽高卑立方大較為一率、本時之立方較為二率、前所得高卑両二均数相減余為三率、求得四率与前所得太陽在最高時月距日之二均数相加、得本時之二均数。月距倍度不及半周為加、過半周為減」
半径を以って一率と為し、太陽在最高時の最大二均数、二率と為し、月距日倍度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、太陽在最高時月距日の二均数と為す。又、半径を以って一率と為し、太陽在最卑時の最大二均数、二率と為し、月距日倍度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、太陽在最卑時月距日の二均数と為す。すなはち太陽高卑立方大較を以って一率と為し、本時の立方較、二率と為し、前に得るところの高卑両二均数相減じ余り三率と為し、求めて得る四率、前に得るところの太陽在最高時月距日の二均数に相加へ、本時の二均数を得。月距日倍度、半周に及ばざるは加と為し、半周を過ぐるは減と為す。
求二実行「置初実行、加減二均、得二実行」
初実行を置き、二均を加減し、二実行を得。
\[ \begin{align} \\
\text{太陽在最高最大二均} &= 0°.5539 \\
\text{太陽在最卑最大二均} &= 0°.6197 \\
\text{月距日} &= \text{初実行} - \text{太陽実行} \\
\text{太陽在最高時二均数} &= \text{太陽在最高最大二均} \sin(2 \times \text{月距日}) \\
\text{太陽在最卑時二均数} &= \text{太陽在最卑最大二均} \sin(2 \times \text{月距日}) \\
\text{二均} &= \text{太陽在最高時二均数} + (\text{太陽在最卑時二均数} - \text{太陽在最高時二均数}) {\text{立方較} \over \text{太陽高卑立方較}} \\
\text{二実行} &= \text{初実行} + \text{二均} \\
\end{align} \]
「立方較」の算出は、前々項の「二平均」の箇所を参照。遠点における地球~太陽の距離の三乗から、現在の地球~太陽の距離の三乗を引いたものである。

「二均」は、ティコ・ブラーエにより発見された不等、二均差 variation に相当する。
  • 「二均差」という日本語名称は、寛政暦で二均に相当するから「二均差」なのか。関係なくて別に理由があるのか。
二均差は、\(\sin(2D)\) に比例する不等項である(\(D\) は、太陽の黄経からの月の黄経の離角、「月距日」)。すなわち、朔弦望においてはゼロ。朔~上弦はプラス、上弦~望はマイナス、望~下弦はプラス、下弦~朔はマイナスとなる。朔弦望においてはゼロであり、頒暦(仮名暦)や具注暦(真名暦)を作る上で、朔弦望時以外の月の真黄経を計算する必要は特段ないので、実のところ、あまり計算する甲斐のない不等ではある。
  • 人が着目する朔弦望時にゼロになるというのが、比較的振幅の大きい不等であるにも関わらず、近代になってティコ・ブラーエが発見するまで誰も気が付かなかった理由でもある。


さて、上は今までも表示してきた図の再掲である。月が太陽から受ける重力加速度(黒矢印)と、地球が太陽から受ける重力加速度(青矢印)は、月と地球の位置が若干ずれていることにより若干の相違があり、地球から月を観測した場合は、その差分(上図の赤矢印)の潮汐力的な加速度を月が受けているように見える。この力から二均差が生じる。

二均差は、二つの要因によって生じる。
一つは、上図でも直感的にわかる内容。月は潮汐力によって、軌道円の接線方向に、朔~上弦の間で進行方向逆向きの加速度を、上弦~望の間で進行方向の加速度を、望~下弦の間で進行方向逆向きの加速度を、下弦~朔の間で進行方向の加速度を得る。朔弦望においては潮汐力は月の軌道と直角なので接線方向の成分はゼロである。つまり月の黄経の角加速度は、\(- \sin(2D)\) に比例した不等を得る。これを 2階積分して、角加速度→角速度→黄経にすると位相が反転して \(\sin(2D)\) に比例した黄経の不等となる。

もう一つは、(離心による楕円とは別の話として)月の軌道が楕円にゆがむことに起因する。朔望では地球の引力を弱める方向に潮汐力がかかり、弦では地球の引力を強める方向にかかる。これも加速度を 2 階積分して位相が反転し、月の軌道は、朔望方向が短軸、上下弦方向が長軸の楕円になる。とすれば、月の公転角速度は、月~地球間の距離が近い朔望で最大、距離が遠い弦で最小、つまり、\(\cos(2D)\) に比例するが、角速度を積分して黄経にすると、90° 位相がずれて、\(\sin(2D)\) に比例する項になる。

プリンキピア 第III編 世界体系 命題29 「月の二均差を見いだすこと」
「この不等は、一部は月の軌道が楕円形であること、また一部は月が地球へとひかれた動径によって描く面積のモーメントが不均一であることによるものである。……最大二均差は、いまや上の比率で増大して 35′10 [0°.5861] になる。
そしてこれは、大軌道 [地球の周りの太陽の公転軌道] が曲率をもつこと、および月に及ぼす太陽の作用は凸月や満月のときよりも三日月や新月のときのほうがいっそう強いことから生じうる差異を無視しての、太陽の地球からの平均距離における最大二均差である。太陽の地球からの他の距離では、最大二均差は(1 年の時間が与えられているとして)月の朔望周期の自乗に正比例し、太陽の地球からの距離の 3 乗に逆比例する。それゆえ、もし太陽の離心率が大軌道の横の半径に対して 16 15/16 と 1000 の比をなす [e=0.0169375] ならば、最大二均差は太陽が遠地点にあるときは 33′14″ [0°.5539]、それが近地点にあるときは 37′11″ [0°.6197] である。……」
プリンキピアによれば、二均差は、太陽と地球との距離の 3乗に反比例して、近点で大きく、遠点で小さい。が、二平均のときと同様、暦象考成後編・寛政暦では、距離の 3乗に(負の比例定数で)正比例するものとして按分計算しており、不審。二平均のときは、これによる誤差は 1″ に満たなかったが、二均では、そもそもの振幅が大きい不等なので、6″ ほどの誤差の原因になりうる。とはいえ、冒頭に述べたとおり、朔弦望時にはゼロになる項だから、頒暦には何の影響も与えないが。
太陽在{最高/最卑}時最大二均の値、0°.5539, 0°.6197 は、プリンキピアの値を百進度分秒に換算してそのまま使っているようである。

三均

太陰最大三均四分〇三秒
求実月距日「置月距日、加減二均、得実月距日」
月距日を置き、二均を加減し、実月距日を得。
求太陽最高「置太陽最卑平行、加減六宮、得太陽最高」
太陽最卑平行を置き、六宮を加減し、太陽最高を得。
求日月最高相距「置太陰最高実行、減太陽最高、得日月最高相距(不及減者、加十二宮減之)」
太陰最高実行を置き、太陽最高を減じ、日月最高相距を得(減に及ばざるは、十二宮を加へこれを減ず)
求相距総数「以実月距日与日月最高相距相加、得相距総数(加満十二宮去之)」
実月距日を以って日月最高相距と相加へ、相距総数を得(加へて満十二宮はこれを去く)
求三均数「以半径為一率、最大三均数為二率、相距総数之正弦為三率、求得四率為三均数。総数初宮至五宮為加、六宮至十一宮為減」
半径を以って一率と為し、最大三均数、二率と為し、相距総数の正弦、三率と為し、求めて得る四率、三均数と為す。総数初宮より五宮に至るは加と為し、六宮より十一宮に至るは減と為す。
求三実行「置二実行、加減三均数、得三実行」
二実行を置き、三均数を加減し、三実行を得。
\[ \begin{align} \\
\text{最大三均} &= 0°.0403 \\
\text{実月距日} &= \text{月距日} + \text{二均} &(= \text{二実行} - \text{太陽実行}) \\
\text{太陽最高} &= \text{太陽最卑平行} + 180° \\
\text{日月最高相距} &= \text{最高実行} - \text{太陽最高} \\
\text{相距総数} &= \text{実月距日} + \text{日月最高相距} \\
\text{三均} &= \text{最大三均} \sin(\text{相距総数}) \\
\text{三実行} &= \text{二実行} + \text{三均} \\
\end{align} \]

三均は、「相距総数」すなわち、(月黄経 - 太陽黄経) + (月遠点黄経 - 太陽遠点黄経) の正弦に比例するという奇妙な算出式で得られる不等である。太陽の黄経、近点黄経、月の黄経、近点黄経、昇交点黄経をそれぞれ、\(\lambda_s\), \(\varpi_s\), \(\lambda_m\), \(\varpi_m\), \(\Omega_m\) とし、\(l = \lambda_m - \varpi_m\), \(l^\prime = \lambda_s - \varpi_s\), \(F = \lambda_m - \Omega_m\), \(D = \lambda_m - \lambda_s\) とするとき、
\[ \begin{align} \\
\text{相距総数} &= (\lambda_m - \lambda_s) + (\varpi_m - \varpi_s) \\
&= 2(\lambda_m - \lambda_s) - (\lambda_m - \varpi_m) + (\lambda_s - \varpi_s) \\
&= 2D - l + l^\prime \\
\end{align} \]
である。この不等は、ニュートンがいうところの「月の第2中心差」に相当するものであろうと思われる。

「プリンキピア」第III編 世界体系 命題35 注
「……太陽の力が最大になる地球の近日点においては、遠日点におけるよりも、月の軌道の中心は中心Cのまわりにいっそう速く動き、しかもそれは地球から太陽までの距離の3乗に逆比例する。ところが、太陽の中心差は年動角 [当ブログ注: ※1] に含まれているから、月の軌道の中心は地球からの太陽の距離の自乗に逆比例して周転円BDA上をより速く動く。ゆえに、それがさらに距離に逆比例していっそう速く動くためには、軌道の中心Dから、1回補正された月の遠地点 [用最高] に向かって、すなわち TC に平行に、直線DEがひかれたと想像し、角EDF を、前に述べた年動角が太陽の近地点から前方に測られた月の遠地点の距離を超過するその超過量に等しくとる [※2]。あるいは、同じことになるが、角CDFを太陽の真近点距離の 360° に対する補角に等しくとる [※3]。そして、DF と DC の比を、大軌道の離心率と地球から太陽までの平均距離との比の2倍と、月の遠地点からの太陽の平均日運動と太陽自身の遠地点からのその平均日運動との比との複比になるように……する。……ところで、地球から月までのその距離において、初めの線分DFに平行な位置にあるこの上方焦点での2倍の(長さの)線分 2DF は上述の移動が月の運動に際して生ずるある角を月に対して張るわけであり、したがってその角は月の第2の中心差とよばれてもよいであろう。そしてこの均差は、地球からの月の平均距離において、その線分DFと、点Fから月にひかれた直線とがつくる角の正弦にほぼ比例し、その最大値は 2′25″ [0°.0403] に達する。ところが、線分DFと点Fから月にひかれた直線とがつくる角は、角EDFを月の平均近点距離から差し引くか [※4]、または太陽からの月の距離を、太陽の遠地点から月の遠地点までの距離に加える [※5] ことによって見いだされる。……」
  • (※1) 日距月最高。\(\lambda_s - (\varpi_m + 180°) = (\lambda_m - \varpi_m) -(\lambda_m - \lambda_s) + 180° = l - D + 180°\)
  • (※2)
    \[ \begin{align} \\
    \angle \mathrm{EDF} &= \text{年動角} - ((\varpi_m + 180°) - \varpi_s) \\
    &= (l - D + 180°) +(\lambda_m - \varpi_m) - (\lambda_s - \varpi_s) - (\lambda_m - \lambda_s) - 180° \\
    &= l - D + 180° + l - l^\prime - D - 180° \\
    &= 2l - l^\prime - 2D \\
    \end{align} \]
  • (※3) \(- l^\prime\)
  • (※4) \(l - (2l - l^\prime - 2D) = 2D - l + l^\prime = \text{相距総数}\)
  • (※5) まさに、相距総数である。
三均、または「月の第2中心差」は、前回説明した出差の補正項ということができる。プリンキピア/暦象考成後編/寛政暦において、出差は中心差に組み込まれているので、それの補正項だからニュートンは「第2中心差」と呼んでいるのである。


前回、月の遠地点/軌道中心の真黄経「最高実行」、月の真の離心率「本天心距地」の算出について説明した。上図の C が平均の月の軌道中心であり、C は地心 T から平均の離心率 \(e_0\) (最高本輪半径) だけ離れた位置にあり、真の月の軌道中心 D はその周囲の半径 \(\Delta e\) (最高均輪半径) の円を周回している。月の遠地点/軌道中心の真黄経は、平均黄経(地心T から見て C の方向)に ∠CTD を加算したものであり、真の離心率は、平均の離心率 \(\mathrm{TC} = e_0\) ではなく、TD の長さである。

しかし、この D も真の月の軌道中心ではなく、さらなる補正が必要というのが今回の話である。

プリンキピアによれば、D が最高均輪を周回するスピードは、太陽と地球との距離が近いほど速く、距離の逆三乗に比例する。しかし、∠ACD を 2×日距月最高、\(2(\lambda_s - \varpi_m)\)、にとっており、太陽の黄経 \(\lambda_s\) は平均黄経ではなく、中心差を含む真黄経で計算している。太陽の真黄経の角速度は、太陽と地球の距離の逆二乗に比例しているので、逆三乗には足りていないが逆二乗のスピードにはなっている。よって、あとちょっとだけ、太陽と地球の距離に比例する分だけさらにスピードを足してやればよい。
これを行うために D の周りにさらに周転円を追加し、F がその周りを周回しているとする。F は、太陽が遠点にあるときは Dよりやや後ろに戻り、太陽が近点にあるときは Dよりやや前に進むようにする。ニュートンは、∠EDF を \(2l - l^\prime - 2D\) になるようにとればよいと言っている。
F が周回する円の半径は、最高均輪半径にたいする比率 \(\alpha\) で示すと、
\[ \begin{align} \\
\alpha &= 2 e_s {\mathrm{d}(\lambda_s - \varpi_m)/\mathrm{d}t \over \mathrm{d}(\lambda_s - \varpi_s)/\mathrm{d}t} \\
&= 2 e_s {\text{太陽毎日平行} - \text{太陰最高毎日平行} \over \text{太陽毎日平行} - \text{太陽最卑毎日平行}} \\
&= 2 \cdot 0.0168966 \cdot {0°.9856469352 - 0°.1114147178 \over 0°.9856469352 - 0°.0000492899} \\
&= 0.02997483 \\
\end{align} \]
である。\(\lambda_s\) の中心差の最大値は、ラジアン単位の角で示すとざっくり \(2e_s\)。\(2l - 2D = 2\lambda_s - 2\varpi_m\) に対する遅速で考えるとその2倍 \(4e_s\)。が、距離の自乗ではなく三乗に比例させるにはざっくり、1.5 倍の \(6e_s\) にしないといけないから不足の \(2e_s\) を補ってやらないといけない。また、太陽の中心差は、太陽の近点離角 \(\lambda_s - \varpi_s\) に対してのものだが、ここでは年動角(日距月最高)\(\lambda_s - \varpi_m\) に対してのものなので、その平均角速度比を按分している。

そうしたとして、このほんとにほんとの月の真の軌道中心 F、および、遠地点黄経・離心率にもとづき中心差を計算してみよう。前回、「出差は中心差に含まれている」という話のときに試算した超テキトー計算をしてみる。

月の平均遠地点黄経と、真の遠地点黄経の差角は、
\[\angle \mathrm{CTF} \fallingdotseq {\Delta e \over e_0} \sin(2l - 2D) + {\alpha \Delta e \over e_0} \sin(2l - l^\prime - 2D) \]
月の真の離心率は、
\[e_m \fallingdotseq e_0 + \Delta e \cos (2l - 2D) + \alpha \Delta e \cos(2l - l^\prime - 2D) \]
ほんとにほんとの月の遠地点真黄経・真の離心率を加味した月の中心差を、\(\text{初均}^\prime\) とすると、
\[ \begin{align} \\
\text{初均}^\prime &=&& 2 e_m \sin l^+ \\
&=&& 2 (e_0 + \Delta e \cos (2l - 2D) + \alpha \Delta e \cos(2l - l^\prime - 2D)) \sin \left( l - {\Delta e \over e_0} \sin(2l - 2D) - {\alpha \Delta e \over e_0} \sin(2l - l^\prime - 2D) \right) \\
&=&& 2 (e_0 + \Delta e \cos (2l - 2D) + \alpha \Delta e \cos(2l - l^\prime - 2D)) (\sin l - {\Delta e \over e_0} \cos l \sin(2l - 2D) - {\alpha \Delta e \over e_0} \cos l \sin(2l - l^\prime - 2D)) \\
&=&& 2 e_0 \sin l \\
&&& + 2 \Delta e (\sin l \cos (2l - 2D) - \cos l \sin(2l - 2D)) \\
&&& + 2 \alpha \Delta e (\sin l \cos (2l - l^\prime - 2D) - \cos l \sin(2l - l^\prime - 2D)) \\
&&& - 2 {\Delta e^2 \over e_0} \cos l \sin(2l - 2D) \cos(2l - 2D) \\
&&& - 2 {\alpha \Delta e^2 \over e_0} \cos l (\sin(2l - 2D) \cos(2l - l^\prime - 2D) + \cos(2l - 2D) \sin(2l - l^\prime - 2D)) \\
&&& - 2 {\alpha^2 \Delta e^2 \over e_0} \cos l \sin(2l - l^\prime - 2D)) \cos(2l - l^\prime - 2D)) \\
&=&& 2 e_0 \sin l \\
&&& + 2 \Delta e \sin (l - (2l - 2D)) \\
&&& + 2 \alpha \Delta e \sin (l - (2l - l^\prime - 2D)) \\
&&& - {\Delta e^2 \over e_0} \cos l \sin(4l -4D) \\
&&& - 2 {\alpha \Delta e^2 \over e_0} \cos l \sin((2l - 2D)  + (2l - l^\prime - 2D)) \\
&&& - {\alpha^2 \Delta e^2 \over e_0} \cos l \sin(4l - 2l^\prime - 4D) \\
\end{align} \]
\(\Delta e^2 \over e_0\), \(\alpha \Delta e^2 e_0\), \(\alpha^2 \Delta e^2 \over e_0\) などの項は無視し、角度を度単位にすると、
\[\begin{align} \\
{初均}^\prime &= {180° \over \pi} (2 e_0 \sin l + 2 \Delta e \sin (2D - l) + 2 \alpha \Delta e \sin (2D - l + l^\prime)) \\
&= 6°.3083 \sin l +1°.3443 \sin(2D - l) + 0°.0403 \sin (2D - l + l^\prime)) \\
\end{align} \]
前の二つは中心差と出差であり、プリンキピア/暦象考成後編/寛政暦の計算においては中心差/初均に包含されている。最後の項は中心差/初均には含まれておらず、三均として別出しにしているわけである。

以上、三均の説明おわり。
……ではない。

プリンキピアにおいて、∠EDF を \(2l - 2D - l^\prime\) としている。\(\angle \mathrm{EDG} = \angle \mathrm{ACD} = 2l - 2D\) であるから、\(\angle \mathrm{GDF} = -l^\prime\) ということになる。すなわち F は太陽が近点にあるときには D から見て G の方向にあり、そこから時計回りに回って遠点では C の方向に、さらに時計回りに回って近点で G の方向に、という形で動いていくことになる。
これでは、F がもっとも進んでいなければいけないはずの近点から90°ほど太陽が進んだところでむしろ最も遅れ、最も遅れるはずの遠点から90°ほど太陽が進んだところで最も進むことになってしまいはしないか。

また、∠CDF を太陽の近点距離 (\(l^\prime\)) の 360° からの補角にとっても同じこと、とプリンキピアは言うが、同じことになっていない。∠CDF を \(-l^\prime\) にするなら、∠GDF は \(180° - l^\prime\) である。これであれば、F は太陽が近点にあるときには D から見て C の方向にあり、そこから時計回りに回って遠点では G の方向に、さらに時計回りに回って近点で C の方向に、という形で動いていくことになるため、近点~遠点で進み、遠点~近点で遅れるという形にちゃんとなる。この場合、三均は \(-0°.0403 \sin (2D - l + l^\prime))\)、つまり形は同じで符号が違うということになる。
が、これはこれであまりよくない。近点が C 側、遠点が G 側、ということだと、離心率の平均からのずれは、近点よりも遠点の方で顕著ということになるのだが、太陽の近点では、太陽・地球間の距離に比しての、月・地球間の距離が相対的に増大するため、実際は近点の方が離心率の平均からのずれが大きい。

とすれば、∠GDF は \(+l^\prime\) とすべきであるように思われる。この場合、F は、太陽が近点にあるときに G 側、反時計回りに回って遠点で C 側、という形で動くことになる。近点~遠点で進み遠点~近点で遅れ、という形にちゃんとなるし、遠点でよりも近点の方が離心率等の平均からのずれが大きくなる。この場合、∠EDF は \(2l - 2D + l^\prime\) であり、三均は、\(+0°.0403 \sin (2D - l - l^\prime))\) となる。

とはいっても、寛政暦の計算においては、暦法新書に書いてある通りに \(+0°.0403 \sin (2D - l + l^\prime))\) で計算するよりないわけで、言っても詮のないことではあるが。

天保暦においては、
\[ \begin{align} \\
\text{六均} = 0°.035833 \sin(2D - l + l^\prime) \\
\text{七均} = 0°.013611 \sin(2D - l - l^\prime) \\
\end{align} \]
としており、寛政暦の三均に相当する六均の方が、\(\sin(2D - l - l^\prime)\) に比例する七均よりも振幅の大きい項となっており、寛政暦と同様、「月の第2中心差」は \(\sin(2D - l + l^\prime)\) に比例する項としているように思われる。

が、水路部式 (※) においては、天保暦の七均に相当する \(\sin(2D - l - l^\prime)\) の方が大きい。下記に、水路部式のうち振幅の大きい不等を抜粋して示す(本当はこの倍以上の不等項がある)。各不等について、それぞれ寛政暦・天保暦に該当するものがある場合は、その均数名を記載した。これで見ると No. 8 の \(-0.0572 \sin(l+l^\prime-2D) = +0.0572 \sin(2D - l - l^\prime)\) の項が非常に大きく、No. 20 の \(+0.0079 \sin(l-l^\prime-2D) = -0.0079 \sin(2D - l + l^\prime)\) の項はさほど大きくない項である。とすると、水路部式では No. 8 の方を「第2中心差」としているように思われるのだが、どうだろうか。
まあ、単純比較できるわけでもないのだが。寛政暦/天保暦では、各均数の計算にあたって、それまでの不等も加味して計算していたりするが、水路部式ではすべて平均黄経ベースで計算しているので。不等の計算のインプットにそれ以外の不等を加味するかしないかで出てくる差違は、水路部式方式ではそれを別の不等項として切り出している(例えば、寛政暦で初均にインクルードされていた出差が別の不等になっているように)。
  • (※) 「水路部式」とは、海上保安庁水路部(2002年以降、海上保安庁海洋情報部)の「天測暦」昭和53(1978)~55(1980)年版に付録として掲載された、コンピュータや関数電卓等を使って太陽・月・惑星の座標を略算する式である。

No. 水路部式
[水路部式の解釈]
不等の名前 寛政暦 天保暦
0 \(124°.8754 + 4812°.67881 t\) 平均項 平行
平行
1 \(+6°.2887 \sin(338°.915+4771°.9886 t + A)\)
[\(+6°.2887 \sin(l)\)]
中心差① 初均 十一均①
2 \(+1°.2740 \sin(107°.248 - 4133°.3536 t)\)
[\(-1°.2740 \sin(l-2D)\)]
出差 (初均) 五均①
3 \(+0°.6583 \sin(51°.668 + 8905°.3422 t)\)
[\(+0°.6583 \sin(2D)\)]
二均差 二均 十二均②
4 \(+0°.2136 \sin(317°.831 + 9543°.9773 t)\)
[\(+0°.2136 \sin(2l)\)]
中心差② (初均) 十一均②
5 \(+0°.1856 \sin(176°.531 + 359°.9905 t)\)
[\(-0°.1856 \sin(l^\prime)\)]
年差 一平均 一均①
6 \(+0°.1143 \sin(292°.463 + 9664°.0404 t)\)
[\(-0°.1143 \sin(2F)\)]
道差 升度差 升度差
7 \(+0°.0588 \sin(86°.16 + 638°.635 t)\)
[\(-0°.0588 \sin(2l-2D)\)]
[半年差] 二平均 十均②
8 \(+0°.0572 \sin(103°.78 - 3773°.363 t)\)
[\(-0°.0572 \sin(l+l^\prime-2D)\)]
[本来の第2中心差?]
七均
9 \(+0°.0533 \sin(30°.58 + 13677°.331 t)\)
[\(+0°.0533 \sin(l+2D)\)]


四均
10 \(+0°.0459 \sin(124°.86 - 8545°.352 t)\)
[\(-0°.0459 \sin(l^\prime-2D)\)]


三均
11 \(+0°.0410 \sin(342°.38 + 4411°.998 t)\)
[\(+0°.0410 \sin(l-l^\prime)\)]


八均
12 \(+0°.0348 \sin(25°.83 + 4452°.671 t)\)
[\(-0°.0348 \sin(D)\)]
月角差 末均? 十二均①
13 \(+0°.0305 \sin(155°.45 + 5131°.979 t)\)
[\(-0°.0305 \sin(l+l^\prime)\)]



14 \(+0°.0153 \sin(240°.79 + 758°.698 t)\)
[\(-0°.0153 \sin(2F-2D)\)]
[第二の半年差] 三平均 九均
15 \(+0°.0125 \sin(271°.38 + 14436°.029 t)\)
[\(-0°.0125 \sin(l+2F)\)]



16 \(+0°.0110 \sin(226°.45 - 4892°.052 t)\)
[\(+0°.0110 \sin(l-2F)\)]


十三均
17 \(+0°.0107 \sin(55°.58 - 13038°.696 t)\)
[\(-0°.0107 \sin(l-4D)\)]



18 \(+0°.0100 \sin(296°.75 + 14315°.966 t)\)
[\(+0°.0100 \sin(3l)\)]
中心差③
十一均③
19 \(+0°.0085 \sin(34°.5 - 8266°.71 t)\)
[\(-0°.0085 \sin(2l-4D)\)]


五均②
20 \(+0°.0079 \sin(290°.7 - 4493°.34 t)\)
[\(+0°.0079 \sin(l-l^\prime-2D)\)]
[第2中心差] 三均 六均
21 \(+0°.0068 \sin(228°.2 + 9265°.33 t)\)
[\(-0°.0068 \sin(l^\prime+2D)\)]


二均
22 \(+0°.0052 \sin(133°.1 + 319°.32 t)\)
[\(+0°.0052 \sin(l-D)\)]


十均①
23 \(+0°.0050 \sin(202°.4 + 4812°.66 t)\)
[\(+0°.0050 \sin(l^\prime+D)\)]



24 \(+0°.0048 \sin(68°.6 - 19°.34 t)\)
[\(-0°.0048 \sin(\Omega)\)]
章動
太陽一均

末均

両最高相距一十度両弦最大末均一分六十九秒
相距二十度両弦最大末均一分八十六秒
相距三十度両弦最大末均二分一十一秒
相距四十度両弦最大末均二分四十四秒
相距五十度両弦最大末均二分八十六秒
相距六十度両弦最大末均三分三十三秒
相距七十度両弦最大末均三分八十六秒
相距八十度両弦最大末均四分四十二秒
相距九十度両弦最大末均五分
求末均数「以半径為一率、両弦最大末均用日月最高相距度比例(日月最高相距過一象限者与半周相減、過半周者減半周、過三象限者与全周相減、用余数為比例)得両弦最大末均為二率(両弦最大末均、以十度為率。日月最高相距有零度者、用中比例法求之)、実月距日之正弦為三率、求得四率為末均数。実月距日初宮至五宮為減、六宮至十一宮為加」
半径を以って一率と為し、両弦最大末均、日月最高相距度の比例を用ゐ(日月最高相距、一象限を過ぐるは半周と相減じ、半周を過ぐるは半周を減じ、三象限を過ぐるは全周と相減じ、余数を用ゐ比例と為す)得る両弦最大末均、二率と為し(両弦最大末均、十度を以って率と為す。日月最高相距、零度有れば、中比例法を用ゐこれを求む)、実月距日の正弦、三率と為し、求めて得る四率、末均数と為す。実月距日初宮より五宮に至るは減と為し、六宮より十一宮に至るは加と為す。
求白道実行「置三実行、加減末均、得白道実行」
三実行を置き、末均を加減し、白道実行を得。

最高相距 両弦最大末均
0°.0000 ??
10° 0°.0169
20° 0°.0186
30° 0°.0211
40° 0°.0244
50° 0°.0286
60° 0°.0333
70° 0°.0386
80° 0°.0442
90° 0°.0500

\[ \begin{align} \\
\text{日月最高相距}^\prime &= \left| (\text{日月最高相距} + 90°) \mod 180° - 90° \right| \\
\text{両弦最大末均} &= \text{日月最高相距}^\prime \text{ を用いて、両弦最大末均テーブルより一次補間しつつ得た両弦最大末均} \\
\text{末均} &= - \text{両弦最大末均} \sin(\text{実月距日}) \\
\text{白道実行} &= \text{三実行} + \text{末均} \\
\end{align} \]

末均は、基本的には \(-\sin D\) に比例する不等である。すなわち、上弦時にプラスの最大、下弦時にマイナスの最小、朔望時はゼロ。そもそもさほど振幅が大きくない不等である上に、朔望時にゼロになるので、頒暦をつくる上では、今いち計算する甲斐のない不等項である。

末均の振幅は、太陽の近点遠点と、月の近点遠点との離角によって大小がある。離角がゼロ(月軌道の長軸と、太陽軌道の(本当は地球軌道の)長軸が一致している)の時に最小となり、離角が 90° (月軌道の長軸と、太陽軌道の長軸が直交している)の時に最大になる。

\(- \sin D\) に比例する不等なので、基本的には「月角差」 parallactic inequality に相当するものなのだろう。英語版 Wikipedia "Lunar theory" によれば、parallactic inequality は、\(-125^{\prime\prime} [-0°.0347] \sin(D)\) とされている。振幅の大きさとしてもざっくり合っている気がする。

天保暦において月角差に相当するのは十二均一差なのだが、天保暦の解説編である「新法暦書続編巻7 月離数理中 諸小均」において、「高橋至時曰、是均数与寛政暦法之末均相似。蓋、末均亦以月距日之正弦比例之。且因日月最高相距為多少。此無其事是為異耳」(高橋至時曰く、この均数 [天保十二均一差]、寛政暦法の末均と相似す。けだし、末均また月距日の正弦を以ってこれを比例し、かつ、日月最高相距に因り多少と為す。これにその事無きを、これ、異と為すのみと)とあり、高橋至時も末均は月角差に相当するものと考えていたようだ。

正直、月角差がなんで発生するのか、理解するのは難しい。
今、地球が \((0, 0)\) の座標にあり、太陽が \((1, 0)\) の座標にあり、月が\((d \cos D, d \sin D)\) の点にあるとする。\(d\) は、地球~太陽の距離を 1 とするときの地球~月の距離、\(D\) は、月と太陽の黄経の離角 \(\lambda_m - \lambda_s\) である。
月から太陽へ向かうベクトルは、\((1 - d \cos D, - d \sin D)\)。このベクトルの長さ、すなわち月~太陽の距離 r は、\(\sqrt{1 + d^2 - 2d \cos D}\)。
地球が太陽から受ける重力加速度の大きさを \(a\) とすると、地球が太陽から受ける重力加速度のベクトルは \(\vec{a_t} = (a, 0)\)。
月が太陽から受ける重力加速度の大きさは \(ar^{-2}\)。月から太陽に向かうベクトルを長さ1の単位ベクトルに変えるには、\(r^{-1} (1 - d \cos D, - d \sin D)\)。
よって、月が太陽から受ける重力加速度のベクトルは、\(\vec{a_m} = ar^{-3} (1 - d \cos D, - d \sin D)\)。
\(r^{-3} = (1 + d^2 - 2d \cos D)^{-{3 \over 2}}\) は、\(d^2\) の成分までで近似すると、\(1 + 3d \cos D - {3 \over 2} d^2 (1 - 5 \cos^2 D)\) となる。月が太陽から受ける重力加速度ベクトルと、地球が太陽から受ける重力加速度ベクトルの差分は、
\[ \begin{align} \\
\vec {\Delta a} &= \vec{a_m} - \vec{a_t} \\
& = ar^{-3} \left( \begin{array} \\ 1 - d \cos D \\ - d \sin D \end{array} \right) - \left( \begin{array} \\ a \\ 0 \end{array} \right) \\
& = a(1 + 3d \cos D - {3 \over 2} d^2 (1 - 5 \cos^2 D)) \left( \begin{array} \\ 1 - d \cos D \\ - d \sin D \end{array} \right) - \left( \begin{array} \\ a \\ 0 \end{array} \right) \\
& = ad \left( \begin{array} \\ 2 \cos D - {3 \over 2}d (1 - 3 \cos^2 D) \\ - \sin D - 3d \sin D \cos D \end{array} \right) \\
&= ad \left( \begin{array} \\ 2 \cos D + {3 \over 4}d + {9 \over 4}d \cos(2D) \\ - \sin D - {3 \over 2}d \sin(2D) \end{array} \right) \\
&= ad \left(
{3 \over 4}d \left( \begin{array} \\ 1 \\ 0 \end{array} \right)
+ {1 \over 2} \left( \begin{array} \\ \cos D \\ \sin D \end{array} \right)
+ {3 \over 2} \left( \begin{array} \\ \cos D \\ - \sin D \end{array} \right)
+ {3 \over 8}d \left( \begin{array} \\ \cos (2D) \\ \sin (2D) \end{array} \right)
+ {15 \over 8}d \left( \begin{array} \\ \cos (2D) \\ - \sin (2D) \end{array} \right) \right) \\
\end{align} \]
\(R^{\prime\prime}(\theta) = (- \cos \theta, - \sin \theta)\) とすると、
\[ \vec {\Delta a} = -ad ({3 \over 4}d R^{\prime\prime}(0) + {1 \over 2} R^{\prime\prime}(D) + {3 \over 2} R^{\prime\prime}(-D) + {3 \over 8}d R^{\prime\prime}(2D) + {15 \over 8}d R^{\prime\prime}(-2D) ) \]
時計周りに \(D\) 回転し、月がX軸方向にある状態で考えると、
\[ \vec {\Delta a^\prime} = -ad ({1 \over 2} R^{\prime\prime}(0) + {3 \over 2} R^{\prime\prime}(-2D) + {3 \over 4}d R^{\prime\prime}(-D) + {3 \over 8}d R^{\prime\prime}(D)  + {15 \over 8}d R^{\prime\prime}(-3D) ) \]

\(-{1 \over 2}ad R^{\prime\prime}(0)\) は、常に地球から月の方向にかかる力、太陽の惑乱により全般的に地球が月に及ぼす重力を弱める成分である。ここでは、地球~太陽の距離を 1 に固定して考えたが、実際は、地球が太陽から受ける重力加速度の大きさ \(a\) は地球~太陽の距離の二乗に反比例し、\(d\) も、月~地球の距離の地球~太陽の距離の比であるから、地球~太陽の距離に反比例する。よって \(ad\) は実際は定数ではなく、地球~太陽の距離の三乗に反比例する。これが年差(一平均)の原因になるのであった。 

二均差は、\(-{3 \over 2}ad R^{\prime\prime}(-2D)\) から生ずる。
月は、軌道接線方向に、\(- \sin(2D)\) に比例する加速度で加速される。2階積分して、加速度→速度→黄経にすると、位相が反転して \(\sin(2D)\) に比例する不等となる。
遠心方向の \({3 \over 2} ad \cos(2D)\) により、朔望時は地球が月に及ぼす重力が若干弱くなり、弦時は若干強くなる。これが月の軌道をゆがめ、月の離心率がなく正円だったとしても、弦方向を長軸、朔望方向を短軸とするような楕円になる。これにより朔望において月の黄経の角速度が早く、弦において遅くなるため、月の角速度に \(\cos(2D)\) に比例する不等が生じる。1階積分して黄経にすると、位相が 90° 後ろにずれ、\(\sin(2D)\) の不等となる。
  • 二均差は、接線方向成分によるものも、地球→月方向成分によるものも、どちらも \(ad\) に比例するから、地球~太陽の距離の三乗に反比例する。よって、寛政二均は、地球~太陽の距離によって振幅を増減させているのである(距離の三乗に反比例させるのでなく、距離の三乗に(負の比例定数で)正比例させているが)

残りが月角差の成分ということになるのだが、ここから実際の月角差の値を定性的にも説明するのは難しい。月角差の成分には \(d\) が掛かっていて、これは地球~太陽の距離と、地球~月の距離の比であり、非常に小さい値(ざっくり 1/400)。つまり、二均差の成分から比べると、月角差の成分は、桁が2~3桁ぐらい小さい値なのである。にも関わらず、不等の振幅は一桁小さいぐらいで収まっている。なぜか。

今まで、「角加速度を 2階積分して黄経にしたら符号が反転する」みたいなざっくりとした説明をしていた。実際はそんな単純な話でもなく、太陽からの重力の差異によって月の位置が変わるとき、地球からの重力も変わらざるをえない。よって、太陽・地球・月の関係で生じた二均差などの不等を発生させる重力加速度差異と似たものが、地球・平均月・真月の間で起きる。太陽からの重力の差異が、月にどのような軌道変化を起こさせるかといえば、太陽からの重力の差分加速度と、変化した軌道によって生ずる地球からの重力の差分加速度とを合わせたものが、その軌道変化を作るのに必要となるような加速度とうまいこと合っているという、そういう軌道変化が起きるということになるのだ。地球~月間の距離は月~太陽間の距離よりも近いから、月の位置の変化による重力加速度差異が大きく、無視できない大きさなのだが、ざっくりした説明はそれを無視している。

月角差の場合、角速度が \(D\) であり、これは月自体の公転角速度に近い。ということは、月角差の加速度ベクトルが向いているむきは非常にゆったり変化する(\(D\) と月の公転角速度の差分は、太陽の(本当は地球の)公転角速度。月の運動自体からすれば、非常にゆったりと向きを変える)。回転して向きを変える加速度は物体に円運動を起こさせるが、回転の周期がゆったりしている方が、加速度の大きさが同じであっても、円運動の半径は大きくなる。これにより、月角差は、太陽からの重力の差異が小さいにも関わらず、それほど小さくない不等になっているのである。しかし、この時、円運動の半径が大きいのであるから、地球からの重力の差異も大きくなる。実際、月角差の不等による周転円運動(月の軌道の黄経方向と半径方向とで振幅が異なるので円運動というより楕円運動だが)を起こさせる加速度のうち、ほぼすべてが地球からの重力の変動によるものであり、太陽からの重力の変動によるものはざっくりした計算をするとほぼゼロになってしまうような項をちゃんと計算するとわずかに現れてくる部分に過ぎない。ほんのわずかだった太陽からの重力の変動の差異が、地球からの重力の変動の差異をてこにして拡大しているという感じである。

さて、月角差がそのようなものであったとして、話を末均に戻す。
末均は、太陽の近点遠点と、月の近点遠点との離角によって大小がある。末均が月角差だとして、月角差は、月の長軸と太陽の長軸が一致する時に最小で、直交する時に最大になるのか? 二均差などと同様、太陽の近点では大きくなり、遠点では小さくなるだろうとは思うが、「月の長軸と太陽の長軸が一致する時に最小で、直交する時に最大」になりそうな気が全くしないのだが。月角差は、もともとの成分がほのかであったものが、レバレッジされて大きくなっているものなので、もしかしたらレバレッジ率に両長軸の角度が関係しているのかも知れないが。。。どうだろうなあ。わかりません。

両弦最大末均テーブルは、\(180^{\prime\prime} - 120^{\prime\prime}.5 \cos \theta\) を計算して、六十進角度秒単位に四捨五入し、それを百進角度秒単位(度単位で小数点以下4桁まで)に四捨五入(※) するとぴったり合う値が得られるようではあるが、実際のところ、どのようにして得られたテーブルなのかよくわからない。なお、「両弦最大末均」というネーミングは、末均は上弦・下弦時に最大になるので、そのときの末均という意味だろう。
  • (※)暦象考成後編では六十進度分秒で角度が表示されているから、そこから寛政暦向けに百進度分秒表示に洗いがえるときにそういったことを行ったはず

そして、このテーブルには問題があって、両最高相距がゼロ、つまり月軌道の長軸と、太陽軌道の(本当は地球軌道の)長軸が一致しているときの両弦最大末均が表示されていない。寛政暦書巻七 月離暦理三「三均末均」によれば、「如月天最高与日天最高卑同度、無末均。もし月天最高と日天最高卑と同度なれば、末均なし」ということなので、両最高相距がゼロの時の両弦最大末均はゼロだということだろう。末均が月角差なのだとすれば、両最高相距がゼロだからと言って、月角差がゼロになりそうな気がまったくしないが。\(180^{\prime\prime} - 120^{\prime\prime}.5 \cos \theta\) が正しいとすれば、\(\theta = 0°\) の時は、\(60^{\prime\prime} [0°.0167]\) になるはず。

さて、これで月の公転に関する諸々の不等、一平均・二平均・三平均・初均・二均・三均・末均の説明が終わった。太陰平行(月の平均黄経)にこれらの不等を足し合わせて、白道実行、すなわち、白道方向の真経度が求められたことになる。
この後、正交実行(月の昇交点の真黄経)、黄白大距(白道(月の公転面)の黄道(地球の公転面)に対する傾斜角)を求めて、白道経度を黄道座標系に変換し、月の黄経・黄緯を求めるのだが、それはまた次回


[参考文献]
吉田 秀升, 山路 徳風, 高橋 至時, (校正) 土御門 泰栄「暦法新書」(寛政) 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵
渋川 景佑「寛政暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵
渋川 景佑, 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵
戴 進賢 (Ignaz Kögler)「暦象考成後編」国立天文台三鷹図書館デジタル資料
Newton, Isaac; (訳注) 中野 猿人「ブルーバックス: プリンシピア  自然哲学の数学的原理 第I編 物体の運動」, 講談社, 2019-06-20 ISBN-9784065163870
Newton, Isaac; (訳注) 中野 猿人「ブルーバックス: プリンシピア  自然哲学の数学的原理 第III編 世界体系」, 講談社, 2019-08-20 ISBN-9784065166574
国立天文台暦計算室「暦 Wiki: 月の公転運動」 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B7EEA4CEB8F8C5BEB1BFC6B0.html
Adams, John Couch (1900) "Lectures on the Lunar Theory", Cambridge University Press, 2015-10-15, ISBN978-1107559844 https://books.google.co.jp/books?id=iTcZCgAAQBAJ
長沢 工 (1981, 1985)「天体の位置計算 増補版」, 地人書館 ISBN-9784805202258

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