2020年8月10日月曜日

寛政暦の暦法 (7) 月離 (4) 正交実行、黄白大距、黄道経緯度への変換

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前回までのところで、月の白道上の経度「白道実行」が算出された。
今回は、昇交点の真黄経「正交実行」、白道傾斜角「黄白大距」を算出し、月の軌道円を決定する。そしてこれらにより、黄道座標系への変換を行い、月の黄経・黄緯「黄道実行」「黄道緯度」を算出する。

正交実行(昇交点の真黄経)

正交本輪半径九十五分八十三秒
正交均輪半径二分半
求正交実均「以正交本輪半径為一辺、正交均輪半径為一辺、日距正交之倍度為所夾之角(日距正交倍度、過半周者与半周相減、用其余)、用切線分外角法(日距正交即半外角。如過一象限者与半周相減、過半周者減半周、過三象限者与全周相減、各用其余度、査正切線)、求得対小辺之角為正交実均。日距正交倍度不及半周為加、過半周為減」
正交本輪半径を以って一辺と為し、正交均輪半径、一辺と為し、日距正交の倍度、夾むところの角と為し(日距正交倍度、半周を過ぐるは半周と相減じ、その余りを用う)、切線分外角法を用ゐ(日距正交即ち半外角。もし一象限を過ぐるは半周と相減じ、半周を過ぐるは半周を減じ、三象限を過ぐるは全周と相減じ、各おのその余度を用ゐ、正切線を査す)、求めて得る対小辺の角、正交実均と為す。日距正交倍度、半周に及ばざるは加と為し、半周を過ぐるは減と為す。
求正交実行「置用正交、加減正交実均、得正交実行」
用正交を置き、正交実均を加減し、正交実行を得。
求月距正交「置白道実行、減正交実行、得月距正交(不及減者加十二宮減之)」
白道実行を置き、正交実行を減じ、月距正交を得(減に及ばざるは十二宮を加へこれを減ず)。
\[ \begin{align} \\
\text{正交本輪半径} &= 0.9583 \\
\text{正交均輪半径} &= 0.025 \\
\text{正交実均} &= \text{切線分外角法}(\text{大辺} = \text{正交本輪半径}, \text{小辺} = \text{正交均輪半径}, \text{夾角} = 2 \times \text{日距正交}) \\
\text{正交実行} &= \text{用正交} + \text{正交実均} \\
\text{月距正交} &= \text{白道実行} - \text{正交実行} \\
\end{align} \]

月の軌道円は、太陽の惑乱によってその傾きの方向と傾斜角を変える。すでに傾きの方向(すなわち昇交点黄経(正交))の平均の移動については正交平行により織込済で、また、太陽と地球/月間の距離の多少による影響も正交平均により織込済である。ここでは太陽と月の軌道円との位置関係、つまり、月の昇交点黄経から太陽黄経の離角、\(F - D\) と、月の昇交点黄経 \(\varpi_m\)、および、白道傾斜角 \(i_m\) との関係について。

月の黄経、太陽の黄経、月の昇交点黄経を、それぞれ \(\lambda_m, \lambda_s, \varpi_m\) とし、月黄経の昇交点黄経からの離角(月距正交)を \(F = \lambda_m - \varpi_m\)、月黄経の太陽黄経からの離角(月距日)を \(D = \lambda_m - \lambda_s\) とする。このとき、太陽黄経の月の昇交点黄経からの離角(日距正交)は、\(\lambda_s - \varpi_m = (\lambda_m - \varpi_m) - (\lambda_m - \lambda_s) = F - D\)

太陽が交点軸上にあるとき、つまり \(F - D = 0°, 180° \therefore 2F - 2D = 0°\) のときは、太陽が月の軌道平面上にあるから、月の軌道円は太陽の影響をまったく受けない。一方、太陽が交点軸と直角の方向にあるとき、つまり \(F - D = \pm 90° \therefore 2F - 2D = 180°\) のときは、太陽が月の軌道平面からもっとも離れるから、月の軌道円はもっとも大きく太陽によって惑乱される。

太陽による月の軌道の惑乱はふたつの方向に分解できる。

一つは、月の軌道傾斜角を小さくしようとする方向の惑乱である。これは、太陽が交点軸上にある \(2F - 2D = 0°\) のときゼロになり(つまり月の軌道傾斜角は最大であり)、太陽が交点軸と直角 \(2F - 2D = 180°\) のとき最大(つまり月の軌道傾斜角は最小)となる。

もう一つは、交点軸を太陽と一致させようとする方向の惑乱である。交点軸と太陽黄経とのずれが小さい方が惑乱が小さくなるわけだから、「月の軌道傾斜角を小さくしよう」というのと同じく、太陽による影響を小さくする方向の惑乱が起こるわけである。実際には、太陽が月の軌道円の傾きを変えようとする力と、ジャイロ効果により軌道円の傾きを常に一定方向に保とうとする力との兼ね合いで釣り合うあたりで実際の月の軌道円の傾きが決まることになり、本来の軌道円の傾斜角・交点軸から、「傾斜角ゼロ・交点軸は太陽と一致」の方向に若干ぶれたあたりが収まりどころになる。

右図において、下方向が太陽とする。月の昇交点(正交)\(\varpi_m\) は、太陽の位置を固定した右図においては、日距正交 \(F - D\) が増加するにつれて時計回りに進んでいくことになる。\(F - D\) が第1象限(右図の左下)のときは、昇交点は、太陽に近づくように反時計回りに進み(つまり昇交点黄経は増加し)、第2象限(右図の左上)になると、降交点を太陽に近づけるように、昇交点は時計回りに進む(つまり昇交点黄経は減少する)。第3, 4象限においても同様に右図の外側に記載した矢印の方向に昇交点がずれることになる。\(F - D\) が、第1, 3象限にあるときは昇交点黄経は増え、第2, 4象限にあるときは減る、すなわち、 \(2F - 2D\) が第1, 2象限にあるとき昇交点黄経は増え、第3, 4象限にあるとき減る。

以上のことから、白道傾斜角・昇交点黄経の不等は下記のように求めることができるだろう。

下図において、左の図は、天球を黄道北極方向から見下ろした図である。図の中央が地心。図の上が平均昇交点、図の下が平均降交点となる方向に記載している。外側の円は天球が黄道面を切り取る円、すなわち黄道である。一方、右の図は、天球を降交点方向から(左の図の下方向から)真横に見た図である。中央が地心、上が黄道北極となる。

右の図において、黄道北極(真上)から白道傾斜角分だけ右に傾いたところに白道北極がある。平均白道北極の黄道面における射影を O とする。\(\mathrm{TO} = \sin(\text{平均白道傾斜角})\) である。

そして、真白道北極の黄道面における射影 P は、O を中心に円を描くように、そして、\(\angle \mathrm{AOP} = 2F - 2D\) となるように反時計回りに回転しているとする。つまり、太陽が月の平均交点軸上にある場合、真白道北極射影 P は A の位置にあり、太陽が月の平均交点軸と直角となるとき、P は B の位置にある。
地心 T から見て P は白道北極が傾いている方向であり、白道北極が傾いている方向の 90° 先が昇交点方向になる。よって、平均昇交点からの真昇交点の離角(正交均)は、平均白道北極と真白道北極の離角 ∠OTP と等しい。また、地心 T と真白道北極射影 P との間の距離 TP は、\(\sin(\text{真の白道傾斜角})\) となる。

∠OTP の大きさは、⊿OTP について、大辺 TOの長さ(すなわち、\(\mathrm{TO} = \sin(\text{平均白道傾斜角})\))、小辺 OP(すなわち真白道北極の射影が動く円の半径)、夾角 ∠TOP (\(= 180° - (2F - 2D)\)) の切線分外角法によって求められるだろう。

……が、寛政暦の計算では夾角を「180° - 日距正交倍度」ではなく「日距正交倍度」としている。プリンキピア第III編 世界体系 命題33「月の交点の真運動を見いだすこと」でも同じように計算しているようだ……。
しかし、寛政暦の元ネタとなった暦象考成後編巻四では「以正交本輪半径五十七分半為一辺、正交均輪半径一分半為一辺、日距正交之倍度為所夾之外角、用切線分外角法」と記載している。「日距正交之倍度為所夾之外角」、つまり日距正交の倍度を、夾角の外角としろと言っているわけだから、夾角を 180° - 日距正交の倍度として計算しているわけだ。
寛政暦書巻七「月離暦理三: 正交実均及黄白大距」でも、切線分外角法の \(\tan\) に与える角(つまり半外角)を日距正交としており、これは夾角を「180° - 日距正交倍度」にしていることになる。
暦法新書(寛政)自体の書き方も微妙で、「日距正交即ち半外角」と言っているから、ん?これは夾角を 180° - 日距正交の倍度としているのか?と思わせるのだが、結局、「各おのその余度を用ゐ、正切線を査す」と言っているから、\(\tan\) に与える半外角は 90° - 日距正交であり、その倍度である外角は、180° - 日距正交倍度、夾角自体は日距正交倍度ということになる。
結局なんだかよくわからないが、実際のところ、どちらで計算したところでおおざっぱには \(\sin(2F - 2D)\) に比例する値になることには変わりはなく、大きくずれるわけでもなく、頒暦への影響もほとんどない。とりあえず何も考えず、暦法新書(寛政)に書いてあるとおり、夾角を日距正交倍度にするように計算したほうが、日月食の計算において頒暦と合致しやすいようだ。

正交本輪半径 0°.9583 [57′.5] と、正交均輪半径 0°.025 [1′.5] が一体何の数字なんだかよくわからない。絶対的な値の大きさはどうでもよくて、平均の白道傾斜角の正弦と、最大/最小時の白道傾斜角の正弦との差分との比になっていればよいわけだが、遠くもないが厳密に一致もしない感じ。寛政暦書の書きっぷりを見ると、ヨコの(白道傾斜角の)半径と、タテの(正交均の)半径とが若干異なる楕円なのかも。

なお、昇交点黄経は、白道北極射影がAにあるとき(つまり、太陽が交点軸上にあるとき)、最大スピードで前進し、白道北極射影がBにあるとき(つまり、太陽が交点軸と直角のとき)、最大スピードで後退するように思われるが、それはある意味正しく、ある意味正しくない。昇交点平均黄経の角速度(正交毎日平行)と足し合わせたとき、太陽が交点軸上にあるときは正交均の角速度と正交平行の角速度とが相殺して動かず(角速度ゼロ)、太陽が交点軸と直角のとき、平均角速度の約2倍のスピードで後退する。太陽が交点軸上にあるときは、太陽は月軌道に全く影響しないため、交点は静止するのだ。

この、昇交点の真黄経の不等(正交均)・白道傾斜角(黄白大距)・白道北極の関係は、月の遠地点の真黄経の不等(最高均)・離心率(本天心距地)・月の軌道中心の関係に似ている気がする。
遠地点真黄経・離心率の不等を織り込んで中心差を計算すると、\(\sin(2D - l)\) に比例する不等である「出差」が織り込まれた形で計算されてくるのであったが、昇交点真黄経・白道傾斜角の不等を織り込んで、白道座標系→黄道座標系の座標変換を行い、月の黄経・黄緯を求めると、黄緯に、\(\sin(2D - F)\) に比例する「緯度の出差」とでもいうべき不等が織り込まれて計算されてくる。

黄白大距(白道傾斜角)

最大黄白大距五度二十八分八十九秒
最小黄白大距四度九十九分三十一秒
黄白大距中数五度一十四分一十〇秒
黄白大距半較一十四分七十九秒
最大交角加分二十九分五十八秒
最大距日加分四分五十三秒
求交角減分「以半径為一率、日距正交倍度之正矢為二率(凡日距正交倍度、過半周者則与全周相減、余為距交倍度。距交倍度不及九十度即用正矢、過九十度則用大矢、以余弦与半径相加)、黄白大距半較為三率、求得四率為交角減分」
半径を以って一率と為し、日距正交倍度の正矢、二率と為し(凡そ、日距正交倍度、半周を過ぐるは則ち全周と相減じ、余り距交倍度と為す。距交倍度、九十度に及ばざるは即ち正矢を用ゐ、九十度を過ぐるは則ち大矢を用ゐ、余弦を以って半径と相加ふ)、黄白大距半較、三率と為し、求めて得る四率、交角減分と為す。
求距限「置最大距限(乃最大黄白大距)、減交角減分、得距限」
最大距限を置き(すなはち最大黄白大距)、交角減分を減じ、距限を得。
求距交加差「以半径為一率、日距正交倍度之正矢為二率(同前)、最大両弦加分折半為三率、求得四率為距交加差」
半径を以って一率と為し、日距正交倍度の正矢、二率と為し(同前)、最大両弦加分、折半して三率と為し、求めて得る四率、距交加差と為す。
求距日加分「以半径為一率、実月距日倍度之正矢為二率(同前)、距交加差折半為三率、求得四率為距日加分」
半径を以って一率と為し、実月距日倍度の正矢、二率と為し(同前)、距交加差、折半して三率と為し、求めて得る四率、距日加分と為す。
求黄白大距「置距限、加距日加分、得黄白大距」
距限を置き、距日加分を加へ、黄白大距を得。
\[ \begin{align} \\
\text{最大黄白大距} &= 5°.2889 &(= \text{黄白大距中数} + \text{黄白大距半較}) \\
\text{最小黄白大距} &= 4°.9931 &(= \text{黄白大距中数} - \text{黄白大距半較}) \\
\text{黄白大距中数} &= 5°.1410 \\
\text{黄白大距半較} &= 0°.1479 \\
\text{最大交角加分} &= 0°.2958 &(= 2 \times \text{黄白大距半較})\\
\text{最大距日加分} &= 0°.0453 \\
\text{交角減分} &= \text{黄白大距半較} × (1 - \cos(2 \times \text{日距正交})) \\
\text{距限} &= \text{最大黄白大距} - \text{交角減分} \\
\text{距交加差} &= {\text{最大距日加分} \over 2} \times (1 - \cos(2 \times \text{日距正交})) \\
\text{距日加分} &= {\text{距交加差} \over 2} \times (1 - \cos(2 \times \text{実月距日})) \\
\text{黄白大距} &= \text{距限} + \text{距日加分} \\
\end{align} \]

上記で、\(\mathrm{TP} = \sin(\text{真の白道傾斜角})\) と述べたが、寛政暦の計算においてそのように計算しているのかというとそうでもない。

プリンキピア 第III編 世界体系 命題35「与えられた時刻に対し、黄道面に対する月の軌道の傾斜角を見いだすこと」
「……これからその変化量 BD [太陽が交点軸上にあるときと、交点軸と直角のときとの白道傾斜角の変化量] は \(16^\prime 23 {1 \over 2}^{\prime\prime}\) [0°.2732] になるであろう。
そしてこれが月のその軌道上での位置を考えなかった場合の傾斜角の最大変化量である。というのは、もし交点が朔望にある [太陽が交点軸上にある] ならば、傾斜角は月の位置の変化には左右されない。しかし、もし交点が矩象にある [太陽が交点軸と直角] ならば、(前命題の系IVで)すでに証明されたように、傾斜角は月が矩象 [上弦下弦] にあるときよりも、朔望にあるときのほうが、\(2^\prime 43^{\prime\prime}\) [0°.0453] だけ小さい。そして平均の全変化量 BD は、月が矩象にあるときには、この超過量の半分である \(1^\prime 21 {1 \over 2}^{\prime\prime}\) だけ減らされた \(15^\prime 2^{\prime\prime}\) [0°.2506] になり、また月が朔望にあるときには、同じ量だけ増されて \(17^\prime 45^{\prime\prime}\) [0°.2958] になる。ゆえに、もし月が朔望にあるならば、交点が矩象から朔望へと移る場合の全変化量は \(17^\prime 45^{\prime\prime}\) になるであろう。したがって、もし交点が朔望にあるときの傾斜角が \(5°17^\prime 20^{\prime\prime}\) [5°.2889] であるならば、交点が矩象にあって、かつ月が朔望にあるときのそれは \(4°59^\prime 35^{\prime\prime}\) [4°.9931] になるであろう。これらのことがすべて真であることは、観測によって確かめられる。……」

ようするに、太陽が交点軸上にあるときは \(5°17^\prime 20^{\prime\prime}\) [5°.2889] で、これが太陽の影響を受けないニュートラルポジション。太陽が交点軸と直角で、太陽の影響を最大に受ける場合、月が朔望にあるときは \(4°59^\prime 35^{\prime\prime}\) [4°.9931] となり、月が弦にあるときは、それよりも傾斜角の減少量が \(2^\prime 43^{\prime\prime}\) [0°.0453] 小さくなるように、ざっくりとした計算をしているわけである。ざっくりとはしているが、\(\mathrm{TP} = \sin(\text{真の白道傾斜角})\) として計算したときと、そうは異ならないはずである。

白道傾斜角は、平均値がニュートラルポジションではなく、最大値がニュートラルポジションであるため、-1~1 の値域をとる余弦ではなく、0~2の値域をとる正矢 \(1 - \cos \theta\) で計算している。

白道傾斜角に関する諸定数は、プリンキピアに記載している値がそのまま取られていることがわかる。

黄道緯度・真黄経

求黄道緯度「以半径為一率、黄白大距之正弦為二率、月距正交之正弦為三率(月距正交過一象限者与半周相減、過半周者減半周、過三象限者与全周相減)、求得四率為距緯之正弦、検表得黄道緯度。月距正交初宮至五宮為北、六宮至十一宮為南」
半径を以って一率と為し、黄白大距の正弦、二率と為し、月距正交の正弦、三率と為し(月距正交、一象限を過ぐるは半周と相減じ、半周を過ぐるは半周を減じ、三象限を過ぐるは全周と相減ず)、求めて得る四率、距緯の正弦と為し、表を検じ黄道緯度を得。月距正交、初宮より五宮に至るは北と為し、六宮より十一宮に至るは南と為す。
求升度差「以半径為一率、黄白大距之余弦為二率、月距正交(白道度也)之正切線為三率、求得四率為黄道度之正切線、検表得月距正交之黄道度。与月距正交相減、余為升度差。月距正交初一二六七八宮為交後為減、三四五九十十一宮為交前為加」
半径を以って一率と為し、黄白大距の余弦、二率と為し、月距正交(白道度なり)の正切線、三率と為し、求めて得る四率、黄道度の正切線と為し、表を検じ月距正交の黄道度を得。月距正交と相減じ、余り升度差と為す。月距正交、初一二六七八宮、交後と為し減と為し、三四五九十十一宮、交前と為し加と為す。
求黄道実行「置白道実行、加減升度差、得黄道実行」
白道実行を置き、升度差を加減し、黄道実行を得。
\[ \begin{align} \\
\text{黄道緯度} &= \sin^{-1} \left( \sin(\text{黄白大距}) \sin(\text{月距正交}) \right) \\
\text{升度差} &= \tan^{-1} { \cos(\text{黄白大距}) \sin(\text{月距正交}) \over \cos(\text{月距正交})} - \text{月距正交} \\
\text{黄道実行} &= \text{白道実行} + \text{升度差} \\
\end{align} \]

白道北極を +Z軸方向とし昇交点方向を +X軸方向とする白道座標系を設定し、月の昇交点からの離角(月距正交) \(\text{白道実行} - \varpi_m\) を \(F\) とすると、月の位置 \(\vec M\) は、

\[ \vec M = \left( \begin{array} \\ \cos F \\ \sin F \\ 0 \\ \end{array} \right) \]

これを黄道北極が +Z 軸方向になるようにするには、X軸を中心に +X軸から見て反時計回りに(+Y軸を +Z軸に近づけるように)白道傾斜角(黄白大距)\(i_m\) だけ回転させればよい。

\[ \begin{align} \\
\vec {M^\prime} &= R_X(i_m) \vec M \\
&= \left( \begin{array} \\ 1 & 0 & 0 \\ 0 & \cos i_m & -\sin i_m \\ 0 & \sin i_m & \cos i_m \\ \end{array} \right) \left( \begin{array} \\ \cos F \\ \sin F \\ 0 \\ \end{array} \right) \\
&= \left( \begin{array} \\ \cos F \\ \cos i_m \sin F \\ \sin i_m \sin F \\ \end{array} \right) \\
\end{align} \]

月の黄経、黄緯を \(\lambda_m, \beta_m\) とするとき、

\[ \begin{align} \\
& \vec {M^\prime} = \left( \begin{array} \\ \cos \beta_m \cos(\lambda_m - \varpi_m) \\ \cos \beta_m \sin(\lambda_m - \varpi_m) \\ \sin \beta_m \\ \end{array} \right) = \left( \begin{array} \\ \cos F \\ \cos i_m \sin F \\ \sin i_m \sin F \\ \end{array} \right) \\
& M^\prime_Z = \sin \beta_m = \sin i_m \sin F \\
& \therefore \beta_m = \sin^{-1} (\sin i_m \sin F) \\
& {M^\prime_Y \over M^\prime_X} = { \cos \beta_m \sin(\lambda_m - \varpi_m) \over \cos \beta_m \cos(\lambda_m - \varpi_m)} = {\cos i_m \sin F \over \cos F} \\
& \tan(\lambda_m - \varpi_m) = \cos i_m \tan F \\
& \therefore \lambda_m = \tan^{-1} (\cos i_m \tan F) + \varpi_m \\
\end{align} \]

\( F = \text{白道実行} - \varpi_m \) だから、\( \lambda_m = \text{白道実行} + (\tan^{-1} (\cos i_m \tan F) - F) \)

こんな感じで、ベクトルと行列でごしごし計算していくと確実だが、おそらく、暦象考成後編を書いたKögler や高橋至時の頭のなかにあった計算はこうではなかろう。

月の昇交点をAとし、月の位置をBとし、月から黄道に降ろした垂線の足をCとする、昇交点A は白道と黄道が交差する点であり、月は白道上にあり、Cは定義上当然に黄道上の点であるから、ABを通る大円は白道であり、ACを通る大円は黄道であり、また、AC(つまり黄道)に直角な BC は黄道座標における子午線である。球面三角形 ABC を考え、頂点 A, B, C の対辺 BC, CA, AB の長さをそれぞれ a, b, c とする。c (= AB) は、すなわち、白道における月と昇交点の離角 \(F\)、月距正交。b (=AC) は月の黄経と昇交点との離角 \(\lambda_m - \varpi_m\)。a (=BC) は、月と黄道との距離、すなわち、月の黄緯 \(\beta_m\) である。∠A は、黄道と白道とがなす角であり、白道傾斜角 \(i_m\)。球面三角法の球面直角三角形 (C = 90°) の公式:

\[ \begin{align} \\
\sin a &= \sin A \sin c \\
\tan b &= \cos A \tan c \\
\end{align} \]

により、

\[ \begin{align} \\
\sin \beta_m &= \sin i_m \sin F \\
\tan(\lambda_m - \varpi_m) &= \cos i_m \tan F \\
\end{align} \]

で、一発で求められる。ややこしい球面三角法の公式を覚えていればの話だが。


今回は、ここまで。
実のところ、これでほぼほぼ月離は終わりなのだが、あともう一回だけ月離が続く。次回は定朔弦望の算出について。また、(おそらく頒暦では使っていないと思しいのだが)赤経・赤緯に変換し、月の出入時刻を算出する。

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[参考文献]

吉田 秀升, 山路 徳風, 高橋 至時, (校正) 土御門 泰栄「暦法新書」(寛政) 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵 

渋川 景佑「寛政暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵 

渋川 景佑, 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵 

戴 進賢 (Ignaz Kögler)「暦象考成後編」国立天文台三鷹図書館デジタル資料 

Newton, Isaac; (訳注) 中野 猿人「ブルーバックス: プリンシピア  自然哲学の数学的原理 第I編 物体の運動」, 講談社, 2019-06-20 ISBN-9784065163870

Newton, Isaac; (訳注) 中野 猿人「ブルーバックス: プリンシピア  自然哲学の数学的原理 第III編 世界体系」, 講談社, 2019-08-20 ISBN-9784065166574

国立天文台暦計算室「暦 Wiki: 月の公転運動」 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B7EEA4CEB8F8C5BEB1BFC6B0.html

Adams, John Couch (1900) "Lectures on the Lunar Theory", Cambridge University Press, 2015-10-15, ISBN978-1107559844 https://books.google.co.jp/books?id=iTcZCgAAQBAJ 

長沢 工 (1981, 1985)「天体の位置計算 増補版」, 地人書館 ISBN-9784805202258


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