現段階でまとまった情報としてアクセントがわかるのは、院政期(平安末期)だそうだ。
文字の周囲に「声点」と呼ばれる朱の点が打ってあって、点の位置によってアクセントがわかるようになっている。もともとは、中国において、平声・上声・去声・入声の四声を区別するために打つことがあったものを真似したもの。
通常の文には、もちろん、声点が打ってあったりはしないのだが、辞書類に単語のアクセントがわかるように声点が付されることがあるほか、お坊さんとかが残した講義ノートなどにおいて、講義時に訛って読み上げたりしないように声点が打ってあったりする。読経する際に中国語の四声に則ったアクセントで読めるように、経の漢字に中国語の四声を示す声点を付したりしていたため、お坊さんにとって声点はなじみ深いものだったのだ。
こういった声点資料がかなりまとまって残っているのが院政期ということである。
- ちなみに、声点においては、清音・濁音の区別もつけるため、濁音では点をふたつ打つこととしていた。これが濁点(゛)の起源である。
それ以前でも、断片的な資料がいくつかあって、もっとも古いのは奈良時代。
日本書紀α群は、森(1981)によれば中国語ネイティブスピーカーにより記述されていて、そこに記載されている歌謡に用いられている万葉仮名漢字の声調を見ると、概ねアクセントに従って漢字が選ばれているらしく、院政期アクセントにかなり近いアクセントが復元出来るらしい(高山 (1981))。
院政期の時代、名詞に比べて、動詞のアクセント種類はかなりシンプルである。
高起式と低起式の2種類しかない。
四段・二段などの活用種類によってアクセント体系が異なったりもしない。
各活用形のアクセントがどうだったか、色々と論文を読んだ結果、私が理解した内容を下記に記載する。間違って たらごめんなさい。
(高平調 ̄をH、低平調_をL、上昇調/をR、下降調\をF と表記する)