2020年10月5日月曜日

天保暦の暦法 (4) 日躔 (4) 定気日時、赤経赤緯、時差総、日出入分、晨昏分

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前回までのところで、天保暦の日躔でもっとも中心となる部分、太陽の黄道実行(真黄経)の算出まで完了した。今回は、

  1. 定気の二十四節気の日時算出
  2. 太陽黄経の赤経・赤緯への変換
  3. 時差総(平均太陽時と真太陽時の間の均時差)と、真太陽時変換
  4. 日出入分、晨昏分(夜明け・日暮れ時刻)
  5. 距地心線(地球と太陽との距離)

について

定気日時

[新法暦書巻一 推定気用時及日出入晨昏分法]
求定気時刻「日躔初宮初度為冬至、初宮十五度為小寒、一宮初度為大寒、一宮十五度為立春、二宮初度為雨水、二宮十五度為驚蟄、三宮初度為春分、三宮十五度為清明、四宮初度為穀雨、四宮十五度為立夏、五宮初度為小満、五宮十五度為芒種、六宮初度為夏至、六宮十五度為小暑、七宮初度為大暑、七宮十五度為立秋、八宮初度為処暑、八宮十五度為白露、九宮初度為秋分、九宮十五度為寒露、十宮初度為霜降、十宮十五度為立冬、十一宮初度為小雪、十一宮十五度為大雪。皆以子正日躔未交定気宮度為本日、已過定気宮度為次日。推時刻之法、以本日黄道実行与次日黄道実行相減為一率、周日為二率、定気宮度内減本日黄道実行為三率(如推立春、則以一宮十五度内減本日黄道実行。余倣此)、求得四率為定気距子正後分数。如法(即求辰刻法。後倣此)収之、得定気時刻。如本日黄道実行適当定気宮度、則定気即為本日子正初刻」
日躔、初宮初度冬至と為し、初宮十五度小寒と為し、一宮初度大寒と為し、一宮十五度立春と為し、二宮初度雨水と為し、二宮十五度驚蟄と為し、三宮初度春分と為し、三宮十五度清明と為し、四宮初度穀雨と為し、四宮十五度立夏と為し、五宮初度小満と為し、五宮十五度芒種と為し、六宮初度夏至と為し、六宮十五度小暑と為し、七宮初度大暑と為し、七宮十五度立秋と為し、八宮初度処暑と為し、八宮十五度白露と為し、九宮初度秋分と為し、九宮十五度寒露と為し、十宮初度霜降と為し、十宮十五度立冬と為し、十一宮初度小雪と為し、十一宮十五度大雪と為す。皆、子正日躔、未だ定気宮度に交はらざるを以って本日と為し、已に定気宮度を過ぐるを次日と為す。時刻を推するの法、本日黄道実行と次日黄道実行と相減ずるを以って一率と為し、周日二率と為し、定気宮度、本日黄道実行を内減し三率と為し(もし立春を推するは、則ち一宮十五度を以って本日黄道実行を内減す。余、これに倣へ)、求めて得る四率、定気距子正後分数と為す。法の如く(即ち辰刻を求むる法。後、これに倣へ)これを収め、定気時刻を得。もし本日黄道実行たまたま定気宮度に当たれば、すなはち定気即子正初刻と為す。
\[ \begin{align}
&\text{本日黄道実行} \leqq \text{定気宮度} \lt \text{次日黄道実行} \text{ となるような本日について:} \\
&\text{定気時刻} = {\text{定気宮度} - \text{本日黄道実行} \over \text{次日黄道実行} - \text{本日黄道実行}} \\
&\text{定気日時} = \text{本日} + \text{定気時刻}
\end{align} \]

定気日時(平均太陽時)を求める式は、寛政暦の定気の場合と何も変わるところはない。
各節気のターゲットとする黄経角度(立春なら(冬至起点)45° だし、雨水なら 60°) について、本日0:00時点の太陽黄道実行 ≦ ターゲットとする黄経角度 < 次日0:00時点の太陽黄道実行となっているような本日を探し、本日0:00~次日0:00 の間の太陽黄道実行を一次補間して、太陽黄道実行 = ターゲットとする黄経角度となる時刻を求める。

ただし、これは平均太陽時の時刻となっており、真太陽時に変換してやる必要がある。平均太陽時と真太陽時の時差「時差総」を算出しないといけないが、それには、太陽の赤緯が必要なので、まずは赤道座標系への変換について。

以降の話は、寛政暦のところで詳述した部分もあるので、そちらも参照されながらご覧いただきたい。

赤経・赤緯への変換

[新法暦書巻一 推定気用時及日出入晨昏分法]
求赤道経度「以半径為一率、黄赤大距之余弦為二率、黄道実行之余切線為三率、求得四率為正切線、検表、得距春秋分赤道度。自冬至初宮起算(黄道実行、不及三宮者、則以距春秋分赤道度与三宮相減。過三宮者、則加三宮。過六宮者、則与九宮相減。過九宮者、則加九宮)、得赤道経度」
半径を以って一率と為し、黄赤大距の余弦、二率と為し、黄道実行の余切線、三率と為し、求めて得る四率、正切線と為し、表を検じ、距春秋分赤道度を得。冬至初宮より起算し(黄道実行、三宮に及ばざれば、則ち距春秋分赤道度を以って三宮と相減ず。三宮を過ぐれば、則ち三宮を加ふ。六宮を過ぐれば、則ち九宮と相減ず。九宮を過ぐれば、則ち九宮を加ふ)、赤道経度を得。
求赤道緯度「以半径為一率、黄赤大距之正弦為二率、黄道実行之余弦為三率、求得四率為正弦、検表、得赤道緯度。黄道実行、初一二九十十一宮為南、三四五六七八宮為北」
半径を以って一率と為し、黄赤大距の正弦、二率と為し、黄道実行の余弦、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ、赤道緯度を得。黄道実行、初一二九十十一宮、南と為し、三四五六七八宮、北と為す。
\[ \begin{align}
\text{赤道経度} &= 90° - \tan^{-1} \left( {\cos(\text{黄赤大距}) \cos(\text{黄道実行}) \over \sin(\text{黄道実行})} \right) \\
\text{赤道緯度} &= - \sin^{-1} (\sin(\text{黄赤大距}) \cos(\text{黄道実行}))
\end{align} \]

春分起点の黄経、赤経、赤緯、黄道傾斜角をそれぞれ \(\lambda_v, \alpha_v, \delta, \epsilon\) とするとき、太陽のように黄緯がゼロである天体については、
\[ \begin{align}
\tan \alpha_v &= \cos \epsilon \tan \lambda_v \\
\sin \delta &= \sin \epsilon \sin \lambda_v
\end{align} \]
である。

「黄道実行」「赤道経度」は、冬至起点の経度なので、
\[ \begin{align}
\tan \alpha_v &= \cos \epsilon \tan \lambda_v \\
\tan (\text{赤道経度} - 90°) &= \cos(\text{黄赤大距}) \tan(\text{黄道実行} - 90°) \\
\tan (90° - \text{赤道経度}) &= \cos(\text{黄赤大距}) \tan(90° - \text{黄道実行}) \\
\tan (90° - \text{赤道経度}) &= \cos(\text{黄赤大距}) \cot(\text{黄道実行}) \\
\text{赤道経度} &= 90° - \tan^{-1} (\cos(\text{黄赤大距}) \cot(\text{黄道実行})) \\
\sin \delta &= \sin \epsilon \sin \lambda_v \\
\sin(\text{赤道緯度}) &= \sin(\text{黄赤大距}) \sin(\text{黄道実行} - 90°) \\
\sin(\text{赤道緯度}) &= - \sin(\text{黄赤大距}) \cos(\text{黄道実行}) \\
\text{赤道緯度} &= - \sin^{-1} (\sin(\text{黄赤大距}) \cos(\text{黄道実行}))
\end{align} \]
ということで、天保暦の計算式が導出される。

赤経の計算において、
「黄道実行、三宮に及ばざれば、則ち距春秋分赤道度を以って三宮と相減ず。三宮を過ぐれば、則ち三宮を加ふ。六宮を過ぐれば、則ち九宮と相減ず。九宮を過ぐれば、則ち九宮を加ふ」
つまり「黄道実行が第1象限なら距春秋分赤道度を 90° から引け、第2象限なら 90° に足せ、第3象限なら 270° から引け、第4象限なら 270° に足せ」と言っている。が、上記の、
\[\text{赤道経度} = 90° - \tan^{-1} (\cos(\text{黄赤大距}) \cot(\text{黄道実行}))\]
の式だと、第1象限のケースの式にしかなっていないように見えるが、
\[ \text{赤道経度} = 90° - \tan^{-1} \left( {\cos(\text{黄赤大距}) \cos(\text{黄道実行}) \over \sin(\text{黄道実行})} \right)\]
を ATAN2 で計算してやれば、どの象限でも問題なく計算できるはずである。

時差総・真太陽時の定気日時

[新法暦書巻一 推定気用時及日出入晨昏分法]
求時差総「以赤道経度与平行相減、変時分(以周天為一率、周日為二率、余数為三率、求得四率為時分。後倣此)、為時差総。赤道経度大於平行、則為減、小於平行、則為加」
赤道経度を以って平行と相減じ、時分に変じ(周天を以って一率と為し、周日、二率と為し、余数、三率と為し、求めて得る四率、時分と為す。後、此に倣へ)、時差総と為す。赤道経度、平行より大なれば、則ち減と為し、平行より小なれば、則ち加と為す。
求定気用時「置定気距子正後分数、加減時差総、得定気用時。如法収之、得時刻」
定気距子正後分数を置き、時差総を加減し、定気用時を得。法の如くこれを収め、時刻を得。
\[ \begin{align}
\text{時差総} &= {1_\text{日} \over 360°} (\text{平行} - \text{赤道経度}) \\
\text{定気用時} &= \text{定気日時} + \text{時差総}
\end{align} \]

寛政暦では、
\({1_\text{日} \over 360°} (\text{平行} - \text{黄道実行}) = - {1_\text{日} \over 360°} \text{均数}\) を「均数時差」、
\({1_\text{日} \over 360°} (\text{黄道実行} - \text{赤道経度}) = - {1_\text{日} \over 360°} \text{升度差} \) を「升度時差」、
とし、均数時差と升度時差を合わせて「時差総」としていたが、天保暦では一気に計算してしまっている。計算の意味としては変わらない。「総」感はなくなってしまったが。

日出入

[新法暦書巻一 推日躔用数]
北極高三十五度零一分
視差較五十六分一十七秒七十八微(置地平清蒙気差、減太陽地半径差、則得)
(地平清蒙気差を置き、太陽地半径差を減じ、則ち得)
[新法暦書巻一 推定気用時及日出入晨昏分法]
求日出入分汎数「以半径為一率、北極高度之正切線為二率、赤道緯度之正切線為三率、求得四率為正弦、検表、得日出入在卯酉前後赤道度。変時分、以加減卯正酉正、為日出入分汎数(赤道緯度南、則以加卯正為日出分汎数、以減酉正為日入分汎数。赤道緯度北、則以減卯正為日出分汎数、以加酉正為日入分汎数)」
半径を以って一率と為し、北極高度の正切線、二率と為し、赤道緯度の正切線、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ、日出入在卯酉前後赤道度を得。時分に変じ、以って卯正・酉正を加減し、日出入分汎数と為す(赤道緯度南は、則ち以って卯正に加へ日出分汎数と為し、以って酉正より減じ日入分汎数と為す。赤道緯度北は、則ち以って卯正より減じ日出分汎数と為し、以って酉正に加へ日入分汎数と為す)
求日出入時差「置赤道緯度之余弦、自乗之、減北極高度之正弦自乗数、平方開之、為法数。乃置視差較、乗半径、以法数除之、得差度。変時分、為日出入時差」
赤道緯度の余弦を置き、これを自乗し、北極高度の正弦自乗数を減じ、平方にこれを開き、法数と為す。すなはち視差較を置き、半径を乗じ、法数を以ってこれを除し、差度を得。時分に変じ、日出入時差と為す。
求日出入時刻「置日出入分汎数、加減日出入時差(日出則減、日入則加)、為日出入分。如法収之、得日出入時刻。日出入分相減、以刻法収之、為昼刻。与周日相減、為夜刻」
日出入分汎数を置き、日出入時差を加減し(日出は則ち減じ、日入は則ち加ふ)、日出入分と為す。法の如くこれを収め、日出入時刻を得。日出入分、相減じ、刻法を以ってこれを収め、昼刻と為す。周日と相減じ、夜刻と為す。
\[ \begin{align}
\text{北極高度} &= 35°.01 \\
\text{視差較} &= 0°.561778 \\
\text{日出入在卯酉前後赤道度} &= \sin^{-1} (\tan(\text{北極高度}) \tan(\text{赤道緯度})) \\
\text{日出分汎数} &= 0.25_\text{日} - {1_\text{日} \over 360°} \text{日出入在卯酉前後赤道度} \\
\text{日入分汎数} &= 0.75_\text{日} + {1_\text{日} \over 360°} \text{日出入在卯酉前後赤道度} \\
\text{差度} &= {\text{視差較} \over \sqrt{\cos^2(\text{赤道緯度}) - \sin^2(\text{北極高度})}} \\
\text{日出入時差} &= {1_\text{日} \over 360°} \text{差度} \\
\text{日出分} &= \text{日出分汎数} - \text{日出入時差} \\
\text{日入分} &= \text{日入分汎数} + \text{日出入時差} \\
\end{align} \]

「日出入分汎数」は、寛政暦の日出入分と同様であり、計算式の意味については、寛政暦についての項を参照されたい。

寛政暦からの改正点として「日出入時差」がある。寛政暦では、太陽の中心が幾何学的に地平線上にあるとき(仰角/伏角がゼロであるとき)をもって日出入分としていた。天保暦では、伏角が「視差較」0°.561778 であるときをもって日出入分とする。

地平線近くに見えている天体は、地表近くが濃く高度があがるにつれ薄くなる大気の屈折によって、若干浮き上がって見える。これが「地平清蒙気差」である。

一方、地平線近くに見えている天体では、下方に沈んで見える方向のずれも発生する。

下の図において、Aの位置にいる人は天体(図中、右の方にある円)が天頂方向に見え、Bの位置にいる人は天体が地平線方向に見える。Aの位置にあって天体が天頂方向に見えている人にとっては、天体は地心から見たのと同じ方向に見えるが、Bの位置にあって天体が地平線方向に見えている人にとっては、地心やAから見たのと同じ方向(図中の点線)ではなく、そこからBの人にとっての下方に若干ずれた位置に見える。これが「地平視差」(天保暦の用語では「地半径差」)である。
\[ \text{地半径差} \fallingdotseq \sin(\text{地半径差}) = {\text{地球の半径} \over \text{地球と天体間の距離}} \]
であり、地球に近い天体ほど地平視差(地半径差)は大きい。月などのかなり地球に近い天体についてはそれなりに大きい地平視差となるが、太陽は結構遠いので地平視差はゼロではないがかなり小さい。新法暦書巻四の推日食用数では、「太陽地半径差二十三秒八十九微」とあるので、太陽の地平視差は、0°.002389 ということだ。

 地平清蒙気差で浮き上がり、地半径差で沈み、その差分の分だけ地平線近くの天体は浮き上がって見える。その差分の量が「視差較」。「地平清蒙気差を置き、太陽地半径差を減じ、則ち得」、つまり、
\(\text{視差較} = \text{地平清蒙気差} - \text{太陽地半径差} = 0°.561778\)

「地平清蒙気差」の値は、新法暦書巻二の月の出入時刻計算のところに「地平清蒙気差五十六分四十一秒六十七微」0°.564167 との記載がある。
\(\text{視差較} 0°.561778 = \text{地平清蒙気差} 0°.564167 - \text{太陽地半径差} 0°.002389 \) で、計算は合う。

さて、ということで、地平線近くの天体は視差較の分だけ浮き上がって見えるのだから、太陽の真の出入時刻は、太陽の仰角/伏角が 0° のとき(つまり日出入分汎数)ではなく、太陽の伏角が視差較のときということになる。

この時刻を求めるには、寛政暦の晨分の計算方法が使えそうである。寛政暦の晨分は、太陽の伏角が晨昏限 7°.36 になるときであり、晨昏限を \(m\) とし、太陽の赤緯、地点緯度(北極高度)を \(\delta, \phi\) とするとき、晨分の卯正 (06:00 = 0.25日)との差分 t は、
\[ t = {1_\text{日} \over 360°} \sin^{-1} \left( \tan \delta \tan \phi + {\sin m \over \cos \delta_s \cos \phi} \right) \]
となる。t を時分に変ずる前の角度量を \(\tau\) とする(\(t = {1日 \over 360°} \tau\))と、
\[ \tau = \sin^{-1} \left( \tan \delta \tan \phi + {\sin m \over \cos \delta \cos \phi} \right) \]

これに倣って、視差較を考慮した日出入分を求めよう。視差較を \(\mu\) とし、日出分汎数と卯正との差分時間について時分に変ずる前の角度量、すなわち「日出入在卯酉前後赤道度」を \(\tau_0\) とし、 日出入時差について時分に変ずる前の角度量、すなわち「差度」を \(\Delta \tau\) とする。

 \[ \begin{align}
\sin \tau_0 &= \tan \phi \tan \delta \\
\sin(\tau_0 + \Delta \tau) &= \tan \phi \tan \delta + {\sin \mu \over \cos \phi \cos \delta} \\
\sin(\tau_0 + \Delta \tau) - \sin \tau_0 &= {\sin \mu \over \cos \phi \cos \delta} \\
\sin \tau_0 \cos \Delta \tau + \cos \tau_0 \sin \Delta \tau - \sin \tau_0 &= {\sin \mu \over \cos \phi \cos \delta} \\
\end{align} \]
\(\mu\) が微小な角である場合、\(\Delta \tau\) も微小な角であり、\({180° \over \pi} \sin \Delta \tau \fallingdotseq \Delta \tau,\,\, {180° \over \pi} \sin \mu \fallingdotseq \mu,\,\, \cos \Delta \tau \fallingdotseq 1\) であるから、
\[ \begin{align}
\sin \tau_0 + \sin \Delta \tau \cos \tau_0 - \sin \tau_0 &\fallingdotseq {\sin \mu \over \cos \phi \cos \delta} \\
\Delta \tau &\fallingdotseq {\mu \over \cos \phi \cos \delta \cos \tau_0} \\
&= {\mu \over \cos \phi \cos \delta \sqrt{1 - \sin^2 \tau_0}} \\
&= {\mu \over \cos \phi \cos \delta \sqrt{1 - \tan^2 \phi \tan^2 \delta}} \\
&= {\mu \over \sqrt{\cos^2 \phi \cos^2 \delta - \sin^2 \phi \sin^2 \delta}} \\
&= {\mu \over \sqrt{(1 - \sin^2 \phi) \cos^2 \delta - \sin^2 \phi (1 - \cos^2 \delta)}} \\
&= {\mu \over \sqrt{\cos^2 \delta - \sin^2 \phi}} \\
\end{align} \]

となり、天保暦における「差度」\(\Delta \tau\) の計算式が導出された。これを時分に変ずれば「日出入時差」となる。……別に晨昏分の計算式の形式のままでもよかったんじゃないかとも思うが。

晨昏分

[新法暦書巻一 推日躔用数]
昏明赤道限度九度
[新法暦書巻一 推定気用時及日出入晨昏分法]
求晨昏分「以赤道緯度之余弦為一率、半径為二率、昏明赤道限度之正弦為三率、求得四率為日出入在卯酉前後赤道度与晨昏前後赤道度之正弦較。以加減日出入在卯酉前後赤道度之正弦(赤道緯度南、則減。不足減者、反減。赤道緯度北、則加)、得正弦、検表、為晨昏前後赤道度。変時分、為晨昏前後分。以加減卯正(赤道緯度南、則加卯正。如正弦較大而反減、則減。赤道緯度北、則減)、為晨分。以減周日、為昏分」
赤道緯度の余弦を以って一率と為し、半径、二率と為し、昏明赤道限度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、日出入在卯酉前後赤道度と晨昏前後赤道度の正弦較と為す。以って日出入在卯酉前後赤道度の正弦を加減し(赤道緯度南は、則ち減ず。減に足らざれば、反減す。赤道緯度北は、則ち加ふ)、正弦を得、表を検じ、晨昏前後赤道度と為す。時分に変じ、晨昏前後分と為す。以って卯正を加減し(赤道緯度南は、則ち卯正に加ふ。もし正弦較大にして反減したらば、則ち減ず。赤道緯度北は、則ち減ず)、晨分と為す。以って周日を減じ、昏分と為す。
\[ \begin{align}
\text{昏明赤道限度} &= 9° \\
\text{晨昏前後赤道度} &= \sin^{-1} \left( \sin(\text{日出入在卯酉前後赤道度}) + {\sin(\text{昏明赤道限度}) \over \cos(\text{赤道緯度})} \right) \\
&= \sin^{-1} \left( \tan(\text{北極高度}) \tan(\text{赤道緯度}) + {\sin(\text{昏明赤道限度}) \over \cos(\text{赤道緯度})} \right) \\
\text{晨昏前後分} &= {1_\text{日} \over 360°} \text{晨昏前後赤道度} \\
\text{晨分} &= 0.25_\text{日} - \text{晨昏前後分} \\
\text{昏分} &= 1_\text{日} - \text{晨分}
\end{align} \]

以前に書いたことがあるが、寛政暦での式、
\[ \sin \tau = \tan \phi \tan \delta + {\sin 7°.36 \over \cos \phi \cos \delta} \] と、天保暦での式、
\[ \sin \tau = \tan \phi \tan \delta + {\sin 9° \over \cos \delta} \]
とでは、若干、意味合いが異なっている。

寛政暦での晨昏分は、「京都の春秋分時における日出の 2.5 刻前(日入の 2.5刻後)の太陽の伏角(晨昏限 = 7°.36)と、太陽の伏角が等しくなる時刻」である。
一方、天保暦での晨昏分は、「当該地の春秋分時における日出の 2.5 刻前(日入の 2.5刻後)の太陽の伏角と、太陽の伏角が等しくなる時刻」である。

天保暦の式を解釈すれば、晨昏限について定数 7°.36 を使用するのでなく、それぞれの地の緯度 \(\phi\) について、それぞれの地の晨昏限
\(\sin(\text{晨昏限}) = \cos \phi \sin 9° \)
を採用しているということなのであり、
\[ \begin{align}
\sin \tau &= \tan \phi \tan \delta + {\sin(\text{晨昏限}) \over \cos \phi \cos \delta} \\
&= \tan \phi \tan \delta + {\cos \phi \sin 9° \over \cos \phi \cos \delta} \\
&= \tan \phi \tan \delta + {\sin 9° \over \cos \delta}
\end{align} \]
となって、天保暦の式となる。

京都での晨昏分を計算する限りにおいて、寛政暦の式と天保暦の式とに差はない。京都の緯度 \(\phi_0 = 35°.01\) として、
\(\sin(\text{晨昏限}) = \cos \phi_0 \sin 9° \)
となるよう、寛政暦の晨昏限 7°.36 が定義されているからである。

距地心線(地球と太陽との距離) 

日躔の最後に、距地心線(地球と太陽との距離) について。日月食の計算ぐらいにしか使わないが。寛政暦では月離の計算に使っており、日躔に記載されているべき内容ながら、なぜか月離のコーナーに記載されていた。天保暦ではちゃんと日躔のコーナーに記載してある。

[新法暦書巻一 推日躔用数]
本天大半径一千萬
両心差一十六萬八千零二十零小余七
中実切線乗法一千零一十六萬九千四百五十六(置太陽最高距地心線、以太陽最卑距地心線除之、得数平方開之、乗半径、即得)
(太陽最高距地心線を置き、太陽最卑距地心線を以ってこれを除し、得る数、平方にこれを開き、半径を乗じ、即ち得)
[新法暦書巻一 推日躔法]
求実引数「置黄道実行、減最高平行(不足減者、加十二宮減之)、加減一均(為加則減、為減則加)、得実引数(如過六宮、則与十二宮相減、用其余)。折半之、為半実引数」
黄道実行を置き、最高平行を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、一均を加減し(加と為すは則ち減じ、減と為すは則ち加ふ)、実引数を得(もし六宮を過ぐれば、則ち十二宮と相減じ、其の余りを用う)。これを折半し、半実引数と為す。
求中心引数「以半径為一率、中実切線乗法為二率、半実引数之正切線為三率、求得四率為正切線、検表、得半中心引数。倍之、為中心引数(如実引数過六宮、則与十二宮相減、用其余)」
半径を以って一率と為し、中実切線乗法、二率と為し、半実引数の正切線、三率と為し、求めて得る四率、正切線と為し、表を検じ、半中心引数を得。これを倍し、中心引数と為す(もし実引数、六宮を過ぐれば、則ち十二宮と相減じ、其の余りを用う)
求距地心線「以半径為一率、中心引数之余弦為二率、両心差為三率、求得四率為距地差。以加減本天大半径(中心引数、初一二九十十一宮則加、三四五六七八宮則減)、得距地心線」
半径を以って一率と為し、中心引数の余弦、二率と為し、両心差、三率と為し、求めて得る四率、距地差と為す。以って本天大半径を加減し(中心引数、初一二九十十一宮則ち加へ、三四五六七八宮則ち減ず)、距地心線を得。
\[ \begin{align}
\text{両心差} e_s &= 0.01680207 \\
\text{中実切線乗法} &= \sqrt{1 + e_s \over 1 - e_s} = 1.0169456 \\
\text{実引数} &= \text{黄道実行} - \text{最高平行} - \text{一均} \\
\text{中心引数} &= 2 \tan^{-1} \left( \text{中実切線乗法} \sin{\text{実引数} \over 2} \over \cos{\text{実引数} \over 2} \right) \\
\text{距地心線} &= 1 + e_s \cos(\text{中心引数})
\end{align} \]

寛政暦では「距地心数」と呼んでいた。「距地心線」は、「(太陽が)地球の中心(地心)から距たっている距離を結ぶ線分の長さ」という意味であろう。

寛政暦の距地心数の算出式では、離心率 \(e\) と真近点角 \(\nu\) から距離 \(r\) を求める式、
\[ r = {1 - e^2 \over 1 + e \cos \nu} \]
を用いて計算していた。真近点角 \(\nu\) と離心近点角 \(E\) とは、
\[ \cos \nu = {\cos E - e \over 1 - e \cos E} \]
という関係にあり(寛政暦での均数算出の項を参照)、距離 \(r\) を求める式を、離心近点角から求める形に書き直せば、
\[ \begin{align}
r &= {1 - e^2 \over 1 + e \cos \nu} \\
&= {1 - e^2 \over 1 + e {\cos E - e \over 1 - e \cos E}} \\
&= {(1 - e^2) (1 - e \cos E) \over (1 - e \cos E) + e (\cos E - e)} \\
&= {(1 - e^2) (1 - e \cos E) \over 1 - e^2} \\
&= 1 - e \cos E \\
\end{align} \]
となる。このように導出してもいいが、別の説明も可能で、こちらの方が分かりやすいかも知れない。
軌道中心 O の座標を (0, 0) とし、焦点に位置する地球 T の座標を (e, 0) とするとき、離心太陽 Se の座標は \((\cos E, \sin E)\) で、軌道円を縦につぶした楕円上に位置する真太陽 Sν の座標は \((\cos E, \sqrt{1-e^2}\sin E)\)。このとき、TSνの距離は、
\[ \begin{align}
\textrm{TS}\nu &= \sqrt{(\cos E - e)^2 + (\sqrt{1-e^2}\sin E - 0)^2} \\
&= \sqrt{(\cos E - e)^2 + (1-e^2)(1 - \cos^2 E)} \\
&= \sqrt{(\cos^2 E - 2e \cos E + e^2) + (1 - \cos^2 E - e^2 + e^2 \cos ^2 E)} \\
&= \sqrt{1 - 2e \cos E + e^2 \cos^2 E} \\
&= 1 - e \cos E \\
\end{align} \]
としても求められる。

一方、真近点角 \(\nu\) と離心近点角 \(E\) との関係は、
\[ \tan {\nu \over 2} = \sqrt{1 + e \over 1 - e} \tan {E \over 2} \]
とも表現することが出来る(これも寛政暦での均数算出の項を参照)。

天保暦では近点角ベースではなく遠点角ベースで計算する。上記の式で、離心率 \(e\) の符号を反転させれば、遠点角ベースの式に書き直すことが出来る。

真遠点角を \(\nu^\prime\) とし、離心遠点角を \(E^\prime\) とすると、その関係は
\[ \tan {\nu^\prime \over 2} = \sqrt{1 - e \over 1 + e} \tan {E^\prime \over 2} \]
となる。これは、
\[ \tan {E^\prime \over 2} = \sqrt{1 + e \over 1 - e} \tan {\nu^\prime \over 2} \]
とも表現できる。

離心遠点角 \(E^\prime\) から距離 \(r\) を求める式は、
\[ r = 1 + e \cos E^\prime \]
である。

つまり、天保暦における距地心線の算出は、「実引数」(真遠点角)から、「中心引数」(離心遠点角)を求め、
\[ \tan {\text{中心引数} \over 2} = \text{中実切線乗法} \tan {\text{実引数} \over 2} \]
それから距地心線を算出しているわけである。
\[ r = 1 + e \cos(\text{中心引数}) \]

定数「中実切線乗法」のネーミングは、「半 "中" 心引数」のタンジェント(正切線)を「半 "実" 引数」のタンジェントから求めるために乗算する掛け目、という意味だろう。

実引数(真遠点角)を求めるにあたり、「一均」(つまり、黄経における章動)を差し引いている。黄道実行(太陽の真黄経)は章動を考慮した黄経となっており、最高平行(太陽の遠点の平均黄経)は章動を考慮しない黄経となっているから、両者の離角を求めるには、黄道実行から一均を差し引いて章動を考慮しない黄経にするなり、最高平行に一均を加えて章動を考慮した黄経にするなりして、黄道座標系を統一してやらないといけない。どちらにしても、実引数は「\(\text{黄道実行} -\text{ 最高平行} - \text{一均}\)」を計算することになるわけである。


以上で、定気の日時が算出でき、また、時差総・晨分により真太陽時・不定時法への変換が可能となった。これにより頒暦の節気・土用の日時との突合が出来るようになった。また、日出入分・晨昏分が算出できたので、節気記事に掲載されている昼夜刻との突合も可能となった。

が、既にかなりの紙幅を使ってしまったので、頒暦との突合は次回ということにしたい。

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[参考文献]

渋川 景祐; 足立 信頭「新法暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書表」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

長沢 工 (1981, 1985)「天体の位置計算 増補版」, 地人書館 ISBN-9784805202258


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