2021年3月27日土曜日

寛政暦の日食法 (3) 食甚又法 (2) 食甚近時、真時、定真時

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前回から、寛政暦の日食計算での食甚の算出法について説明している。

暦法新書(寛政)が用意しているふたつの解法「本法」「又法」のうち、まずは「又法」から始めている。前回は食甚用時における月の視差を計算するところまでであった。

今回は、

  1. 近時を求める。
  2. 近時の月の視差計算をする。
  3. 用時・近時から真時を求める。
  4. 真時の月の視差計算をする。
  5. 近時・真時から、真の食甚時刻「食甚定真時」を求める。

 として、食甚又法の説明をすべて終わらせる。基本的には、似たような計算の繰り返し。


食甚近時

求用時東西差「……(如無白経高弧交角、則無東西差。食甚用時即真時而高下差即南北差。如雖無白経高弧交角、有赤白二経交角、則食甚真時在用時之前後。即以食甚用時為近時。以一刻加減之、為真時。依後推考定真時之法、以求定真時。其加減之法、視緯在南而赤白二経交角西則加、東則減。視緯在北而赤白二経交角西則減、東則加)」
……(もし白経高弧交角無ければ、則ち東西差無し。食甚用時即ち真時にして高下差即ち南北差。もし白経高弧交角無しといへども、赤白二経交角有れば、則ち食甚真時、用時の前後に在り。即ち食甚用時を以って近時と為し。一刻を以ってこれを加減し、真時と為す。後の推考定真時の法に依り、以って定真時を求む。其の加減の法、視緯南に在って赤白二経交角西は則ち加へ、東は則ち減ず。視緯北に在って赤白二経交角西は則ち減じ、東は則ち加ふ)
求近時距分「以一小時両経斜距為一率、一小時分為二率、以用時東西差為近時実距弧、為三率、求得四率為近時距分。限西為加、限東為減」
一小時両経斜距を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、用時東西差を以って近時実距弧と為し、三率と為し、求めて得る四率、近時距分と為す。限西は加と為し、限東は減と為す。
以食甚近時「置食甚用時、加減近時距分、得食甚近時」
食甚用時を置き、近時距分を加減し、食甚近時を得。
\[ \begin{align}
\text{実距弧}(@\text{近時}) &= - \text{東西差}(@\text{用時}) \\
\text{近時距分} &= { \text{実距弧}(@\text{近時}) \over \text{一小時両経斜距} \times 24_\text{小時/日} } \\
\text{食甚近時} &= \text{食甚用時} + \text{近時距分} \\
\text{ただし、} & \text{白経高弧交角} = \text{0° または 180° 、かつ、赤白二経交角} \neq 0 \text{ のとき、} \\
& \begin{cases}
\text{近時距分} &= 0 \\
\text{実距弧}(@\text{近時}) &= 0 \\
\text{食甚近時} &= \text{食甚用時} \\
\text{真時距分} &= 0.01_\text{日} \times \text{符号}(\text{赤白二経交角}) \times \text{符号}(\text{視緯}(@\text{用時})) \times \cos(\text{白経高弧交角}(@\text{用時})) \\
\text{実距弧}(@\text{真時}) &= \text{近時距分} \times \text{一小時両経斜距} \times 24_\text{小時/日} \\
\text{食甚真時} &= \text{食甚用時} + \text{真時距分}
\end{cases} \\
\text{ただし、} & \text{白経高弧交角} = \text{0° または 180° 、かつ、赤白二経交角} = 0 \text{ のとき、} \\
& \begin{cases}
\text{食甚定真時} &= \text{食甚用時}
\end{cases}
\end{align} \]
食甚用時(視差を考慮しない月の位置(実月)が太陽に最接近する時刻)のあたりにあり、食甚用時より真の食甚時刻に近いであろう時刻として食甚近時を置く。用時~近時の間を一次補間して食甚真時を得るための一次近似なので、食甚近時の時刻設定は、必ずしも厳密性を求められてはいない。
食甚用時近辺で月の視差(高下差)の方向・大きさが大きくは変わらないとすると、実月が通る白道と、視月が通る見かけの白道とはざっくり平行。とすれば食甚用時の実月は、太陽から白道に降ろした垂線の足にあるのだが、これを延長した見かけの白道との交点は、太陽から見かけの白道に降ろした垂線の足でもあり、ここに視月があるときが真の食甚時刻であるはず。 

白経高弧交角が東(正)のとき、用時の視月は、太陽・実月を結ぶ直線よりも東に、つまり白道前方方向にずれているはず。太陽・実月を結ぶ直線と見かけの白道との交点に視月があるときが真の食甚時刻であるはずで、用時は既にその時刻を通り過ぎているのだから、真の食甚時刻は食甚用時の若干前の時刻であるはず。

白経高弧交角が西(負)のときはその逆で、用時の視月は、太陽・実月を結ぶ直線よりも西に、つまり白道後方方向にずれているはず。用時の視月は真の食甚時刻に視月があるべき場所に未だ満たないので、真の食甚時刻は食甚用時の若干後の時刻であるはず。

東西差の分だけ視月は実月よりも東西にずれているので、実月がその分だけ逆にずれているような時刻に近時を設定すれば、近時の視月の太陽からの東西方向のずれ(視距弧)は概ねゼロとなるはずで、つまり、おおむね、太陽から見かけの白道に降ろした垂線の足の位置に視月が来るはず。よって、この時刻を近時とする。実月の位置は、
\((\text{食甚実緯}, vt) = (\text{食甚実緯}, - \text{東西差}(@\text{用時}))\)
であるから、食甚近時の時刻は、\(t = - \text{東西差}(@\text{用時})) / v\) として求めることが出来る。

白経高弧交角がゼロのときは、上記のどちらでもないので、用時がまさに真の食甚時刻なのかと言えばさにあらず。上に書いたことは「食甚用時近辺で月の視差(高下差)の方向・大きさが大きくは変わらないとすると」という前提の話である。

赤白二経交角が西(負)のとき、実月が乗っかっている赤緯線は白道よりもやや東下がり西上がりである。今、 白経高弧交角がゼロのケースを考えているのでこのとき白道は水平であり、赤緯線が水平よりやや東下がり西上がりということになる。実月は赤緯線に沿って東から西に日周運動するので、赤緯線が東下がり西上がりということは日月は昇っている途中ということである。視差(高下差)は天頂にあるとき最小ゼロであり、地平線にあるとき最大。昇っているということは、時間につれて視差(高下差)が小さくなっていくということ。

もし、視月が太陽よりも下/南(視緯は負)にあるのだとすれば、視差が小さくなった方が太陽と視月の距離は短くなるはずである。つまり、真の食甚時刻は用時に近いがやや後の時刻となるはず。一方、視月が太陽よりも上/北(視緯は正)にあるのであれば、視差がより大きい方が太陽と視月の距離は短くなり、真の食甚時刻は用時に近いがやや前の時刻となるはず。

一方、 赤白二経交角が東(正)のときはその逆で、赤緯線は東上がり西下がり、つまり、日月は沈んでいる途中であり、時間につれて視差(高下差)は大きくなっていく。よって、赤白二経交角が西のときに書いたのと時間の前後が逆になる。

下図には表現していないが、さらに、白経高弧交角が 180° のケースもある。白経高弧交角が 0° の場合、北=上、南=下であるわけだが、北=下、南=上となるので、それによっても時間の前後が逆になる。

上記のような向きに真の食甚時刻はずれるはずだが、用時から大きくはずれないだろうから、仮に用時から 1 刻(0.01 日)ずれた時刻を近時として真時を求めていくのである。

白経高弧交角
> 0° (東)
白経高弧交角の大小によって、近時は用時の前に
白経高弧交角
< 0° (西)
白経高弧交角の大小によって、近時は用時の後に
白経高弧交角
= 0°
-
太陽は視月の上 (月緯南または
月緯北で高下差 > |食甚実緯|)
太陽は視月の下
(月緯北で高下差 < |食甚実緯|)
赤白二経交角
< 0° (西)
若干(一刻)後に
若干(一刻)前に
赤白二経交角 > 0° (東)
若干(一刻)前に
若干(一刻)後に

白経高弧交角がゼロであるだけでなく、さらに赤白二経高弧交角がゼロの場合、食甚用時はまったく真の食甚時刻と考えてよいので、食甚用時、即、食甚定真時となる。

食甚近時の視差計算

推食甚真時第六
求近時太陽距午赤道度「以食甚近時与半日周相減、余数変赤道度、得近時太陽距午赤道度」
食甚近時を以って半日周と相減じ、余数、赤道度に変じ、近時太陽距午赤道度を得。
求近時赤経高弧交角「以北極距天頂為一辺、太陽距北極為一辺、近時太陽距午赤道度為所夾之角、用斜弧三角形法、求得対北極距天頂之角為近時赤経高弧交角(法与求用時赤経高弧交角同)。午前為東、午後為西」
北極距天頂を以って一辺と為し、太陽距北極、一辺と為し、近時太陽距午赤道度、夾むところの角と為し、斜弧三角形法を用ゐ、求めて得る対北極距天頂の角、近時赤経高弧交角と為す(法、求用時赤経高弧交角と同じ)。午前は東と為し、午後は西と為す。
求近時太陽距天頂「以近時赤経高弧交角之正弦為一率、北極距天頂之正弦為二率、近時太陽距午赤道度之正弦為三率、求得四率為太陽距天頂之正弦、検表得近時太陽距天頂」
近時赤経高弧交角の正弦を以って一率と為し、北極距天頂の正弦、二率と為し、近時太陽距午赤道度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、太陽距天頂の正弦と為し、表を検じ近時太陽距天頂を得。
求近時白経高弧交角「近時赤経高弧交角与赤白二経交角相加減、得近時白経高弧交角(法与求用時白経高弧交角同)」
近時赤経高弧交角と赤白二経交角と相加減し、近時白経高弧交角を得(法、求用時白経高弧交角と同じ)
求近時高下差「以半径為一率、地平高下差為二率、近時太陽距天頂之正弦為三率、求得四率為近時高下差」
半径を以って一率と為し、地平高下差、二率と為し、近時太陽距天頂の正弦、三率と為し、求めて得る四率、近時高下差と為す。
求近時東西差「以半径為一率、近時白経高弧交角之正弦為二率、近時高下差為三率、求得四率為近時東西差」
半径を以って一率と為し、近時白経高弧交角の正弦、二率と為し、近時高下差、三率と為し、求めて得る四率、近時東西差と為す。
求近時南北差「以半径為一率、近時白経高弧交角之余弦為二率、近時高下差為三率、求得四率為近時南北差」
半径を以って一率と為し、近時白経高弧交角の余弦、二率と為し、近時高下差、三率と為し、求めて得る四率、近時南北差と為す。
求近時視距弧「以近時東西差与用時東西差相減、得近時視距弧(限東亦為緯東、限西亦為緯西)」
近時東西差を以って用時東西差と相減じ、近時視距弧を得(限東また緯東と為し、限西また緯西と為す)。
求近時視緯「以近時南北差与食甚実緯相加減、得近時視緯(法与求用時視緯同)」
近時南北差を以って食甚実緯と相加減し、近時視緯を得(法、求用時視緯と同じ)。
求近時両心視相距「以近時視距弧為勾、近時視緯為股、求得弦為近時両心視相距(如無近時視緯、則近時視距弧即近時両心視相距)」
近時視距弧を以って勾と為し、近時視緯、股と為し、求めて得る弦、近時両心視相距と為す(もし近時視緯無ければ、則ち近時視距弧即ち近時両心視相距)。
\[ \begin{align}
\text{太陽距午赤道度}(@\text{近時}) &= {360° \over 1_\text{日}} \times (\text{食甚近時} - 0.5_\text{日}) \\
\text{距極分辺} &= \tan^{-1} (\cos(\text{太陽距午赤道度}(@\text{近時})) \tan(\text{北極距天頂})) \\
\text{距日分辺} &= \text{太陽距北極} - \text{距極分辺} \\
\text{垂弧} &= \sin^{-1}(\sin(\text{太陽距午赤道度}(@\text{近時})) \sin(\text{北極距天頂})) \\
\text{赤経高弧交角}(@\text{近時}) &= - \tan^{-1} {\tan(\text{垂弧}) \over \sin(\text{距日分辺})} \\
\text{太陽距天頂}(@\text{近時}) &= \cos^{-1} \left(\begin{aligned}
&\cos(\text{北極距天頂}) \cos(\text{太陽距北極}) \\
&+ \sin(\text{北極距天頂}) \sin(\text{太陽距北極}) \cos(\text{太陽距午赤道度}(@\text{近時}))
\end{aligned} \right) \\
\text{白経高弧交角}(@\text{近時}) &= \text{赤経高弧交角}(@\text{近時}) + \text{赤白二経交角} \\
\text{高下差}(@\text{近時}) &= \text{地平高下差}(@\text{実朔実時}) \times \sin(\text{太陽距天頂}(@\text{近時})) \\
\text{東西差}(@\text{近時}) &= \text{高下差}(@\text{近時}) \sin(\text{白経高弧交角}(@\text{近時})) \\
\text{南北差}(@\text{近時}) &= - \text{高下差}(@\text{近時}) \cos(\text{白経高弧交角}(@\text{近時})) \\
\text{視距弧}(@\text{近時}) &= \text{東西差}(@\text{近時}) + \text{実距弧}(@\text{近時}) \\
\text{視緯}(@\text{近時}) &= \text{食甚実緯} + \text{南北差}(\text@\text{近時}) \\
\text{視相距}(@\text{近時}) &= \sqrt{(\text{視距弧}(@\text{近時}))^2 + (\text{視緯}(@\text{近時}) )^2}
\end{align} \]
近時の視差計算を、用時のときとまったく同様に計算する。

特段、付け加えて説明すべきところはないが、一点、近時視距弧の計算で「近時東西差を以って用時東西差と相減じ、近時視距弧を得」とある。これは、近時実距弧を \(- \text{東西差}(@\text{用時})\) として計算したからで、要するに、近時の東西差と実距弧を足せばよい、というのを別の言葉で書いているだけである。

食甚真時

求近時視行「以近時視距弧与用時東西差相減為勾(近時東西差必大於用時東西差故、近時視距弧限東必在緯東、限西必在緯西。与用時東西差同向故、皆相減)、以近時視緯与用時視緯相加減為股(両視緯、同為南或同為北者、則相減、一南一北者、則相加。如無近時視緯、則以用時視緯為股、無用時視緯、則以近時視緯為股。如両視緯相等而減尽無余、或無近時視緯亦無用時視緯、則以近時視距弧与用時東西差相減之余数為近時視行)、求得弦為近時視行」
近時視距弧を以って用時東西差と相減じ勾と為し(近時東西差、必ず用時東西差より大なる故、近時視距弧限東は必ず緯東に在り、限西は必ず緯西に在り。用時東西差と同じ向き故、皆相減ず)、近時視緯を以って用時視緯と相加減し股と為し(両視緯、同じく南と為し或いは同じく北と為せば、則ち相減じ、一は南一は北ならば、則ち相加ふ。もし近時視緯無ければ、則ち用時視緯を以って股と為し、用時視緯無ければ、則ち近時視緯を以って股と為す。もし両視緯相等しくして減じ尽して余り無く、或いは近時視緯無くまた用時視緯無ければ、則ち近時視距弧を以って用時東西差と相減ずるの余数、近時視行と為す)、求めて得る弦、近時視行と為す。
求真時視行「以近時両心視相距与用時両心視相距各自乗(即本條弦方積)、相減、以近時視行除之、得数与近時視行相加折半、得真時視行(如無用近二時視緯、則無真時両心視相距、即以用時両心視相距為真時視行。如用近二時両心視相距各自乗相減、以近時視行除之、得数与近時視行等、是近時両心視相距、己与視行成直角、則近時即定真時。以近時両心視相距、求食甚分秒。如或大或小、則猶未為直角、再用下法求之)」
近時両心視相距と用時両心視相距とを以って各おの自乗し(即ち本條弦方積)、相減じ、近時視行を以ってこれを除し、得る数、近時視行と相加へ、折半し、真時視行を得(もし用近二時視緯無ければ、則ち真時両心視相距無く、即ち用時両心視相距を以って真時視行と為す。もし用近二時両心視相距、各おの自乗して相減じ、近時視行を以ってこれを除し、得る数と近時視行と等しければ、これ、近時両心視相距、己と視行と直角を成し、則ち近時即ち定真時。近時両心視相距を以って、食甚分秒を求む。もし或いは大或いは小なれば、則ちなほ未だ直角を為さず、再び下法を用ゐこれを求む)。
求真時両心視相距「以用時両心視相距為弦、真時視行為勾、求得股為真時両心視相距」
用時両心視相距を以って弦と為し、真時視行、勾と為し、求めて得る股、真時両心視相距と為す。
求真時距分「以近時視行為一率、近時距分為二率、真時視行為三率、求得四率為真時距分。限西為加、限東為減」
近時視行を以って一率と為し、近時距分、二率と為し、真時視行、三率と為し、求めて得る四率、真時距分と為す。限西は加と為し、限東は減と為す。
求食甚真時「置食甚用時、加減真時距分、得食甚真時」
食甚用時を置き、真時距分を加減し、食甚真時を得。
\[ \begin{align}
\text{近時視行} &= \sqrt{(\text{視距弧}(@\text{近時}) - \text{視距弧}(@\text{用時}))^2 + (\text{視緯}(@\text{近時}) - \text{視緯}(@\text{用時}))^2} \\
\text{真時視行} &= {1 \over 2} \left( {(\text{視相距}(@\text{用時}))^2 - (\text{視相距}(@\text{近時}))^2 \over \text{近時視行}} + \text{近時視行} \right) \\
\text{真時両心視相距} &= \sqrt{(\text{視相距}(@\text{用時}))^2 - (\text{真時視行})^2} \\
\text{真時距分} &= \text{近時距分} {\text{真時視行} \over \text{近時視行}} \\
\text{食甚真時} &= \text{食甚用時} + \text{真時距分}
\end{align} \]

食甚用時と食甚近時から、食甚真時を求める。

太陽 C, 用時の視月 A, 近時の視月 B からなる三角形を考える。
\[ \begin{align}
\mathrm{CA} = b = \text{視相距}(@\text{用時}) \\
\mathrm{CB} = a = \text{視相距}(@\text{近時})
\end{align} \]
である。

AB = c = 近時視行は、
\[ \begin{align}
\mathrm{AB} &= \left| \overrightarrow{\mathrm{AB}} \right| \\
&= \left| \overrightarrow{\mathrm{CB}} - \overrightarrow{\mathrm{CA}} \right| \\
&= \left| (\text{視緯}(@\text{近時}) - \text{視緯}(@\text{用時}), \text{視距弧}(@\text{近時}) - \text{視距弧}(@\text{用時})) \right| \\
&= \sqrt{(\text{視緯}(@\text{近時}) - \text{視緯}(@\text{用時}))^2 + (\text{視距弧}(@\text{近時}) - \text{視距弧}(@\text{用時}))^2}
\end{align} \]
として求めることが出来る。

太陽 C から直線 AB に垂線を下ろし、垂線の足を D とする。垂線の長さ CD を \(h\) とする。用時~近時の視月が近似的に直線的に動くとしたとき、D が真時の視月の位置となる。AD の長さ \(x\) は、
\[ \begin{align}
a^2 - (c - x)^2 = h^2 = b^2 - x^2 \\
a^2 - c^2 + 2cx - x^2 = h^2 = b^2 - x^2 \\
2cx = b^2 - a^2 + c^2 \\
x = {1 \over 2} {b^2 - a^2 + c^2 \over c} \\
x = {1 \over 2} \left( {b^2 - a^2 \over c} + c \right)
\end{align} \]
として求めることが出来る。

近時距分(用時→近時の時刻差)を、近時視行(AB = \(c\))と、真時視行(AD = \(x\))とで比例案分して、真時距分(用時→真時の時刻差)を得ることが出来る。

垂線の長さ \(h\) は、真時における太陽と視月の距離(真時両心視相距)となり、\(\sqrt{b^2 - x^2}\) として算出することが出来る。ただし、本当の視月の位置は、ちゃんと真時の視差計算をしてみないと決まらない。

その他、記述でわかりづらいところを説明。

(求近時視行) 「近時視距弧を以って用時東西差と相減じ勾と為し」

近時視行の計算にあたり、\(\text{視距弧}(@\text{近時}) - \text{視距弧}(@\text{用時})\) を計算するところで、「近時視距弧を以って用時東西差と相減じ」とある。用時では実距弧がゼロのため、視距弧 = 東西差。つまり、近時と用時の視距弧同士を減算しているのに等しい。

(求近時視行) 「近時東西差、必ず用時東西差より大なる故、近時視距弧限東は必ず緯東に在り、限西は必ず緯西に在り。用時東西差と同じ向き故、皆相減ず」

これは、何を言っているのか。

「限東」というのは、用時の白経高弧交角が正。この場合、近時は用時よりも前の時刻となる。一方、「限西」というのは、用時の白経高弧交角が負。この場合、近時は用時よりも後の時刻となる。

赤経高弧交角が、午前はプラス、正午はゼロ、午後はマイナスであるため、白経高弧交角は、赤白二経交角による補正はありつつも、朝から夕方にかけて、プラス(限東)で始まり、あるときゼロになり、マイナス(限西)で終わる。よって、近時は、限東で前ずれ、限西で後ずれなのだから、白経高弧交角がゼロとなるような時刻から離れる方向にずれることとなる。

これは、より日出入に近い方向にずれることになるから高下差も増大するし、白経高弧交角の絶対値も増加する。よって、近時の東西差は、用時の東西差と符号が同じで、絶対値がより大きい値となる。 また、近時の視距弧は、「近時の東西差 - 用時の東西差」であるので、やはり、用時の東西差と符号が同じとなる(近時視距弧の絶対値が小さくなるように近時の時刻を調整したのだから、絶対値はかなり小さくなる)。

「近時の視距弧 - 用時の視距弧」の計算をするにあたり、正負の概念なしに計算しているので、「同符号は絶対値を減算し、異符号は絶対値を加算」のような場合わけをして計算しているわけだが、必ず同符号となるので常に減算すればよい、と言っているわけである。

我々は、数字の正負を意識して計算しているので、こんなことをいちいち考えなくてもよいわけだが。

(求真時視行)「もし用近二時視緯無ければ、則ち真時両心視相距無く、即ち用時両心視相距を以って真時視行と為す」

用時と近時の視緯がゼロということは、用時視月~太陽~近時視月が東西に一直線に並ぶということである。このとき、太陽 C と真時の仮視月 D とが一点に重なるはずで、真時両心視相距 \(h = 0\) であり、真時視行 AD = 用時両心視相距 AC である。

このような場合、
\[ \begin{align}
\text{近時視行} c &= \sqrt{(\text{視距弧}(@\text{近時}) - \text{視距弧}(@\text{用時}))^2 + (\text{視緯}(@\text{近時}) - \text{視緯}(@\text{用時}))^2} \\
&= |(\text{視距弧}(@\text{近時}) - \text{視距弧}(@\text{用時}))| \\
&= |\text{視距弧}(@\text{用時})| - |\text{視距弧}(@\text{近時})| \\
&\: \because \text{先に述べたとおり、用時と近時の視距弧は同符号で、近時の方が絶対値が小さい} \\
&= \sqrt{\text{視距弧}(@\text{用時}) + \text{視緯}(@\text{用時})} - \sqrt{\text{視距弧}(@\text{近時}) + \text{視緯}(@\text{近時})} \\
&= b - a
\end{align} \]

真時視行 \(x\) は、
\[ \begin{align}
\text{真時視行} x &= {1 \over 2} \left( {b^2 - a^2 \over c} + c \right) \\
&= {1 \over 2} \left( {b^2 - a^2 \over b - a} + (b - a) \right) \\
&= {1 \over 2} \left( (b + a) + (b - a) \right) \\
&= b
\end{align} \]
となり、確かに、用時両心視相距 \(b\) となる。

また、\(x = b\) より、真時両心視相距 \(h = \sqrt{b^2 - x^2} = 0\) となる。

つまり、このようなケースでも、気にせず式どおり計算すれば、正しく計算できる。

(求真時視行)「もし用近二時両心視相距、各おの自乗して相減じ、近時視行を以ってこれを除し、得る数と近時視行と等しければ、これ、近時両心視相距、己と視行と直角を成し、則ち近時即ち定真時。近時両心視相距を以って、食甚分秒を求む。もし或いは大或いは小なれば、則ちなほ未だ直角を為さず、再び下法を用ゐこれを求む」

\(x = c\) となるケース。この場合は、垂線の足 D が B に落ちるので、近時 = 真時となる。そして、近時と真時とが等しいので、近時~真時の間を一次補間して求める定真時を仮に計算したとしても、やはり近時と等しい時刻となるので、そのまま近時が定真時となる。

食甚真時の視差計算

推食甚考定真時第七
求真時太陽距午赤道度「以食甚真時与半日周相減、余数変赤道度、得真時太陽距午赤道度」
食甚真時を以って半日周と相減じ、余数、赤道度に変じ、真時太陽距午赤道度を得。
求真時赤経高弧交角「以北極距天頂為一辺、太陽距北極為一辺、真時太陽距午赤道度為所夾之角、用斜弧三角形法、求得対北極距天頂之角為真時赤経高弧交角(法与求用時赤経高弧交角同)。午前為東、午後為西」
北極距天頂を以って一辺と為し、太陽距北極、一辺と為し、真時太陽距午赤道度、夾むところの角と為し、斜弧三角形法を用ゐ、求めて得る対北極距天頂の角、真時赤経高弧交角と為す(法、求用時赤経高弧交角と同じ)。午前は東と為し、午後は西と為す。
求真時太陽距天頂「以真時赤経高弧交角之正弦為一率、北極距天頂之正弦為二率、真時太陽距午赤道度之正弦為三率、求得四率為太陽距天頂之正弦、検表得真時太陽距天頂」
真時赤経高弧交角の正弦を以って一率と為し、北極距天頂の正弦、二率と為し、真時太陽距午赤道度の正弦、三率と為し、求めて得る四率、太陽距天頂の正弦と為し、表を検じ真時太陽距天頂を得。
求真時白経高弧交角「以真時赤経高弧交角与赤白二経交角相加減、得真時白経高弧交角(法与求用時白経高弧交角同)」
真時赤経高弧交角を以って赤白二経交角と相加減し、真時白経高弧交角を得(法、求用時白経高弧交角と同じ)
求真時高下差「以半径為一率、地平高下差為二率、真時太陽距天頂之正弦為三率、求得四率為真時高下差」
半径を以って一率と為し、地平高下差、二率と為し、真時太陽距天頂の正弦、三率と為し、求めて得る四率、真時高下差と為す。
求真時東西差「以半径為一率、真時白経高弧交角之正弦為二率、真時高下差為三率、求得四率為真時東西差」
半径を以って一率と為し、真時白経高弧交角の正弦、二率と為し、真時高下差、三率と為し、求めて得る四率、真時東西差と為す。
求真時南北差「以半径為一率、真時白経高弧交角之余弦為二率、真時高下差為三率、求得四率為真時南北差」
半径を以って一率と為し、真時白経高弧交角の余弦、二率と為し、真時高下差、三率と為し、求めて得る四率、真時南北差と為す。
求真時実距弧「以一小時分為一率、一小時両経斜距為二率、真時距分為三率、求得四率為真時実距弧」
一小時分を以って一率と為し、一小時両経斜距、二率と為し、真時距分、三率と為し、求めて得る四率、真時実距弧と為す。
求真時視距弧「以真時東西差与真時実距弧相減、得真時視距弧(太陰在限東者、東西差大於実距弧為緯東、小為緯西。太陰在限西者、東西差大於実距弧為緯西、小為緯東)」
真時東西差を以って真時実距弧と相減じ、真時視距弧を得(太陰、限東に在れば、東西差実距弧より大なれば緯東と為し、小なれば緯西と為す。太陰、限西に在れば、東西差、実距弧より大なれば緯西と為し、小なれば緯東と為す)。
求真時視緯「以真時南北差与食甚実緯相加減、得真時視緯(法与求用時視緯同)」
真時南北差を以って食甚実緯と相加減し、真時視緯を得(法、求用時視緯と同じ)。
求考真時両心視相距「以真時視距弧為勾、真時視緯為股、求得弦為真時両心視相距(如無真時視緯、則真時視距弧即考真時両心視相距)」
真時東西差を以って勾と為し、真時視緯、股と為し、求めて得る弦、真時両心視相距と為す(もし真時視緯無ければ、則ち真時視距弧即ち考真時両心視相距)。
\[ \begin{align}
\text{太陽距午赤道度}(@\text{真時}) &= {360° \over 1_\text{日}} \times (\text{食甚真時} - 0.5_\text{日}) \\
\text{距極分辺} &= \tan^{-1} (\cos(\text{太陽距午赤道度}(@\text{真時})) \tan(\text{北極距天頂})) \\
\text{距日分辺} &= \text{太陽距北極} - \text{距極分辺} \\
\text{垂弧} &= \sin^{-1}(\sin(\text{太陽距午赤道度}(@\text{真時})) \sin(\text{北極距天頂})) \\
\text{赤経高弧交角}(@\text{真時}) &= - \tan^{-1} {\tan(\text{垂弧}) \over \sin(\text{距日分辺})} \\
\text{太陽距天頂}(@\text{真時}) &= \cos^{-1} \left(\begin{aligned}
&\cos(\text{北極距天頂}) \cos(\text{太陽距北極}) \\
&+ \sin(\text{北極距天頂}) \sin(\text{太陽距北極}) \cos(\text{太陽距午赤道度}(@\text{真時}))
\end{aligned} \right) \\
\text{白経高弧交角}(@\text{真時}) &= \text{赤経高弧交角}(@\text{真時}) + \text{赤白二経交角} \\
\text{高下差}(@\text{真時}) &= \text{地平高下差}(@\text{実朔実時}) \times \sin(\text{太陽距天頂}(@\text{真時})) \\
\text{東西差}(@\text{真時}) &= \text{高下差}(@\text{真時}) \sin(\text{白経高弧交角}(@\text{真時})) \\
\text{南北差}(@\text{真時}) &= - \text{高下差}(@\text{真時}) \cos(\text{白経高弧交角}(@\text{真時})) \\
\text{実距弧}(@\text{真時}) &= \text{真時距分} \times \text{一小時両経斜距} \times 24_\text{小時/日} \\
\text{視距弧}(@\text{真時}) &= \text{東西差}(@\text{真時}) + \text{実距弧}(@\text{真時}) \\
\text{視緯}(@\text{真時}) &= \text{食甚実緯} + \text{南北差}(@\text{真時}) \\
\text{視相距}(@\text{考真時}) &= \sqrt{(\text{視距弧}(@\text{真時}))^2 + (\text{視緯}(@\text{真時}))^2}
\end{align} \]

用時・近時のときとまったく同様に、真時における視差計算を行う。

「実距弧」(実月の Y 座標(東西方向))を求める式がある。用時の実距弧はゼロ、近時の実距弧はマイナス用時の東西差、としてアプリオリに求まっていたが、真時の実距弧はそんなことはないから、ちゃんと計算している。距分(用時からの時刻差)に月の角速度(一小時両経斜距)を掛けたものとなる。

食甚定真時

求考真時視行「以真時視距弧与近時視距弧相加減為股(両視距弧、同為東或同為西者、則相減、為視距較。一東一西者、則相加、為視距和)、真時視緯与近時視緯相加減為勾(両視緯、同為南或同為北者、則相減、為緯差較。一南一北者、則相加、為緯差和。如無真時視緯、則以近時視緯為股、無近時視緯、則以真時視緯為股。如両視緯相等而減尽無余、或無真時視緯亦無近時視緯、則以真時視距弧与近時視距弧相加減得数為考真時視行)、求得弦為考真時視行」
真時視距弧を以って近時視距弧と相加減し股と為し(両視距弧、同じく東と為し或いは同じく西と為せば、則ち相減じ、視距較と為す。一は東一は西なれば、則ち相加へ、視距和と為す)、真時視緯と近時視緯と相加減し勾と為し(両視緯、同じく南と為し或いは同じく北と為せば、則ち相減じ、緯差較と為し。一は南一は北なれば、則ち相加へ、緯差和と為す。もし真時視緯無ければ、則ち近時視緯を以って股と為し、近時視緯無ければ、則ち真時視緯を以って股と為す。もし両視緯相等しくして減じ尽し余り無く、或いは真時視緯無くまた近時視緯無ければ、則ち真時視距弧を以って近時視距弧と相加減し得る数、考真時視行と為す)、求めて得る弦、考真時視行と為す。
求定真時視行「以考真時両心視相距与近時両心視相距各自乗、相減、以考真時視行除之、得数与考真時視行相加折半、得定真時視行(如無近真二時視緯、則無定真時両心視相距、即以近時両心視相距為定真時視行。如近真二時両心視相距各自乗相減、以考真時視行除之、得数与考真時視行相等、是考真時両心視相距、己与視行成直角、則真時即定真時。即以考真時両心視相距、求食甚分秒。如或大或小、則猶未為直角、再用下法求之)」
考真時両心視相距と近時両心視相距とを以って各おの自乗し、相減じ、考真時視行を以ってこれを除し、得る数、考真時視行と相加へ、折半し、定真時視行を得(もし近真二時視緯無ければ、則ち定真時両心視相距無く、即ち近時両心視相距を以って定真時視行と為す。もし近真二時両心視相距、各おの自乗して相減じ、考真時視行を以ってこれを除し、得る数と考真時視行と相等しければ、これ、考真時両心視相距、己と視行と直角を成し、則ち真時即ち定真時。即ち考真時両心視相距を以って、食甚分秒を求む。もし或いは大或いは小なれば、則ちなほ未だ直角を為さず、再び下法を用ゐこれを求む)
求定真時両心視相距「以近時両心視相距為弦、定真時視行為勾、求得股為定真時両心視相距」
近時両心視相距を以って弦と為し、定真時視行、勾と為し、求めて得る股、定真時両心視相距と為す。
求定真時距分「以考真時視行為一率、以近時距分与真時距分相減、余為二率、定真時視行為三率、求得四率為定真時距分。近時距分小於真時距分、限西為加、限東為減。近時距分大於真時距分、限西為減、限東為加」
考真時視行を以って一率と為し、近時距分を以って真時距分と相減じ、余り二率と為し、定真時視行、三率と為し、求めて得る四率、定真時距分と為す。近時距分、真時距分より小なれば、限西加と為し、限東減と為す。近時距分、真時距分より大なれば、限西減と為し、限東加と為す。
求食甚定真時「置食甚近時、加減定真時距分、得食甚定真時」
食甚近時を置き、定真時距分を加減し、食甚定真時を得。
\[ \begin{align}
\text{真時視行} &= \sqrt{(\text{視距弧}(@\text{真時}) - \text{視距弧}(@\text{近時}))^2 + (\text{視緯}(@\text{真時}) - \text{視緯}(@\text{近時}))^2} \\
\text{定真時視行} &= {1 \over 2} \left( {(\text{視相距}(@\text{近時}))^2 - (\text{視相距}(@\text{真時}))^2 \over \text{真時視行}} + \text{真時視行} \right) \\
\text{定真時両心視相距} &= \sqrt{(\text{視相距}(@\text{近時}))^2 - (\text{定真時視行})^2} \\
\text{定真時距分} &= (\text{真時距分} - \text{近時距分}) {\text{定真時視行} \over \text{真時視行}} \\
\text{食甚定真時} &= \text{食甚近時} + \text{定真時距分}
\end{align} \]

近時~真時の間を一次補間して定真時を得る。計算方法は、用時~近時から真時を求めたのと同じで、特段いうことはない。
 

食分

求食分「以太陽実半径倍之得太陽全径、為一率、十分為二率、併径内減定真時両心視相距、余為三率(若無定真時両心視相距、則以併径為三率)、求得四率為食分」
太陽実半径を以ってこれを倍し太陽全径を得、一率と為し、十分、二率と為し、併径、定真時両心視相距を内減し、余り三率と為し(もし定真時両心視相距無ければ、則ち併径を以って三率と為す)、求めて得る四率、食分と為す。
\[ \text{食甚食分} = {\text{併径} - \text{定真時両心視相距} \over \text{太陽実半径} \times 2} \times 10_\text{分} \]

「定真時両心視相距」が、真の食分時刻である「食分定真時」における太陽と視月の距離であるから、これをもとに食分を計算する。


以上で食甚又法の説明は終わり。次回は、食甚計算のもう一つの解法「食甚本法」について。


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[参考文献]

吉田 秀升, 山路 徳風, 高橋 至時, (校正) 土御門 泰栄「暦法新書」(寛政) 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景佑「寛政暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

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