2020年6月13日土曜日

貞享暦の暦法 (3) 月離


前回
までは、貞享暦の日躔(太陽の運行)について書いてきたが、今回は月離(月の運行)について記述する。

経朔弦望

経朔弦望とは、平朔弦望、つまり、月・太陽の運行の遅速を考慮せず、月・太陽の平均黄経によって定めた朔弦望である。平均朔望月の 1/4 毎に、朔(新月)→上弦(半月)→望(満月)→下弦(半月)→朔(新月)が到来することになる。


貞享暦巻四 推歩上 歩気朔第一
朔実二十九萬五千三百〇五分九十秒
月朔二十九日五千三百〇五分九十秒
望策十四日七千六百五十二分九十五秒
弦策七日三千八百二十六分四十七秒半
閏応二萬七千七百九十分
推天正経朔「置中積、加閏応、為閏積。満朔実去之、不尽為閏余。以減通積、為朔積。満旬周去之、不尽以日周約之為日、不満為分秒、即、所求天正経朔日及分秒(上考者、以閏応減中積、満朔実去之、不尽以減朔実、為閏余。以日周約之為日、不満為分秒、以減冬至日及分。不及減者、加紀法減之、命如上)」
中積を置き、閏応を加へ、閏積と為す。満朔実これを去き、不尽、閏余と為す。以って通積より減じ、朔積と為す。満旬周これを去き、不尽、日周を以ってこれを約し日と為し、不満、分秒と為し、即ち、求むるところの天正経朔日及び分秒(上って考ふるは、閏応を以って中積より減じ、満朔実これを去き、不尽、以って朔実より減じ、閏余と為す。日周を以ってこれを約し日と為し、不満、分秒と為し、以って冬至日及び分より減じ。減に及ばざれば、紀法を加へてこれを減じ、命ふること上の如し)。
求弦望及次朔「置天正経朔日及分秒、以弦策累加之、其日満紀法去之、各得弦望及次朔日及分秒」
天正経朔日及び分秒を置き、弦策を以ってこれに累加し、その日、満紀法これを去き、各おの弦望及び次朔の日及び分秒を得。
月閏九千〇六十二分一十八秒
推中気去経朔「置天正閏余、以日周約之為日。命之得冬至去経朔。以月閏累加之、各得中気去経朔。日算満月朔去之、乃全置閏。然俟定朔無中気者裁之」
天正閏余を置き、日周を以ってこれを約し日と為す。これを命へて冬至去経朔を得。月閏を以ってこれに累加し、各おの中気去経朔を得。日算、満月朔これを去き、乃ち全て閏を置く。然るに定朔中気無き者を俟って、これを裁れ。
\[ \begin{align}
\text{朔実} &= 295,305.90_\text{分} &(= 29.530590_\text{日}) \\
\text{月朔} &= 29.530590_\text{日} \\
\text{望策} &= 14.765295_\text{日} &(= \text{月朔} / 2) \\
\text{弦策} &= 7.3826475_\text{日} &(= \text{月朔} / 4) \\
\text{閏応} &= 27,790_\text{分} &(= 2.7990_\text{日}) \\
\text{閏積} &= \text{中積} + \text{閏応} \\
\text{閏余} &= \text{閏積} \mod \text{朔実} \\
\text{朔積} &= \text{通積} - \text{閏余} \\
\text{天正経朔} &= \text{朔積} \\
\text{経朔弦望} &= \text{天正経朔} + \text{弦策} \times n \\
\text{月閏} &= 9062.18_\text{分} &(= 0.906218_\text{日} = \text{気策} \times 2 - \text{月朔}) \\
\end{align} \]
朔実/月朔は、平均朔望周期である。「閏応」は、暦元天正経朔(暦元天正冬至の直前の平朔)から暦元天正冬至までの経過日時を意味する定数である。
中積(暦元天正冬至から当年天正冬至までの経過日時)に閏応を加算すると、暦元天正経朔から当年天正冬至までの経過日時となる。これが「閏積」。
「閏積」を朔実で割った余り、「閏余」は、当年天正冬至の直前の朔から当年天正冬至までの経過日時。当年天正冬至の直前の朔(平朔)を「天正経朔」と言う。
「通積」は、暦元上元甲子 0:00 から当年天正冬至までの経過日時であるから、ここから閏余を引くと、暦元上元甲子 0:00 から当年天正経朔までの経過日時となる。これが「朔積」。
例によって、「朔積」を 60日で割った余りで、天正経朔の日干支と分秒(時刻)を得て、それを「天正経朔」としているわけだが、当ブログの式では、日時はすべて暦元上元甲子からの通算日時で表現した方がよいと思っているので、単に「天正経朔 = 朔積」としておく。
天正経朔に弦策(月朔(平均朔望周期)の 1/4)を累加していくことにより、経朔弦望(平朔弦望)が得られる。

天正経朔は冬至直前朔であるから、一般的には十一月朔となることが多いが、必ずしもそうとは限らない。
例えば、11/22 10:00、12/21 23:00 が朔、12/21 12:00が冬至だったとしよう。12/21 23:00は冬至より後の朔だから、冬至直前の朔、つまり天正経朔は 11/22 10:00 の朔である。しかし、暦月は「朔日にはじまり、朔日前日に終わる」。12/21 12:00 の冬至は、12/21 から始まる暦月に属するので、12/21 23:00 の朔が、十一月朔となる。

また、結局のところ、正確には経朔ではなく定朔で決めないといけない話なので、例えば、11/22 12:00, 12/22 01:00 が経朔、12/21 12:00 が冬至だったとすると、天正経朔である 11/22 12:00 朔が十一月朔になりそうだが、定朔を求めた結果、12/22 01:00 の経朔の日がずれて 12/21 23:00 になったとすれば、こっちの方が十一月朔になることになる。

「推中気去経朔」として、「天正閏余を置き、日周を以ってこれを約し日と為す。これを命へて冬至去経朔を得。月閏を以ってこれに累加し、各おの中気去経朔を得。日算、満月朔これを去き、乃ち全て閏を置く」という記述がある。
これは、閏月を求めるやり方を記載しているものである。「閏余」を日単位にしたもの、つまり、「天正冬至日は、天正経朔日の何日後か」という日数に対し、「月閏」を足してゆく。二十四節気のうちの中気は、平均太陽年(365.241696日)÷ 12 = 30.436808日周期で到来し、朔は、29.530590日周期で到来するから、暦月中の中気は、0.906218日ずつ月末方向にずれていく。これが「月閏をたしてゆく」ということであり、足した結果が月朔 29.530590日を超えたとき、月末方向にずれていった中気が月初に突き抜けてしまうことになる。ここに、「前月末あたりに中気があり、翌月初あたりに次の中気があるが、当月には中気がない」という無中気月が発生することになるから、その月が閏月だということである。
しかし、これは略算法でしかなく、実際の作暦の役には立たない。まず、そもそもが、置閏は定朔で決める必要があり、経朔では決まらない(なので、「定朔中気無き者を俟(ま)って、これを裁れ」と言っている)。
また、「暦月は朔日からはじまり朔日前日に終わる」のだから、「中気が朔の日時を突き抜けたか」ではなく、「暦月境界である朔日0:00を突き抜けたか」で判定しなくてはいけないわけで、この略算法はそういう計算にはなっていない。
というわけで、一応ご紹介はしたが、この式は忘れていい。

月行遅速

太陽の運行の遅速は「日行盈縮」と言ったが、月の運行の遅速は「月行遅速」と言う。貞享暦における月行遅速は、日行盈縮と同様、近点付近では角速度が早く、遠点付近では角速度が遅い「中心差」によるものである。

貞享暦巻四 推歩上
歩月離第四
転終分二十七萬五千五百四十六分
転終二十七日五千五百四十六分
転中十三日七千七百七十三分
転差一日九千七百五十九分九十秒
上弦九十一度三十一分四十一秒七十四微
望一百八十二度六十二分八十三秒四十八微
下弦二百七十三度九十四分二十五秒二十二微
転応二十二萬七千二百分
推天正経朔入転「置中積、加転応、減閏余、満転終分去之、不尽以日周約之為日不満為分、即天正経朔入転日及分(上考者、中積内加所求閏余、減転応、満転終去之、不尽以減転終、余同上)」
中積を置き、転応を加へ、閏余を減じ、満転終分これを去き、不尽、日周を以ってこれを約し日と為し、不満、分と為し、即ち天正経朔入転日及び分(上って考ふるは、中積内、求むるところの閏余を加へ、転応を減じ、満転終これを去き、不尽、以って転終より減じ、余、同上)。
求弦望及次朔入転「置天正経朔入転日及分、以弦策累加之、満転終去之、即弦望及次朔入転日及分秒(如径求次朔以転差加之)」
天正経朔入転日及び分を置き、弦策を以ってこれを累加し、満転終これを去き、即ち弦望及び次朔入転日及び分秒(もし径ちに次朔を求むるは転差を以ってこれに加ふ)
求経朔弦望入遅速暦「各視入転日及分秒、在転中已下為遅暦、已上減去転中為速暦」
各おの入転日及び分秒を視、転中已下に在るは遅暦と為し、已上は転中を減去し速暦と為す。
\[ \begin{align}
\text{転終分} &= 275,546_\text{分} &(= 27.5546_\text{日}) \\
\text{転終} &= 27.5546_\text{日} \\
\text{転中} &= 13.7773_\text{日} &(= \text{転終} / 2) \\
\text{転差} &= 1.975990_\text{日} &(= \text{月朔}(29.530590_\text{日}) - \text{転終}) \\
\text{転応} &= 227,200_\text{分} &(= 22.7200_\text{日}) \\
\text{天正経朔入転} &= (\text{中積} + \text{転応} - \text{閏余}) \mod \text{転終} \\
\text{経朔弦望の入転} &= (\text{天正経朔入転} + \text{弦策} \times n) \mod \text{転終} \\
& \left\{ \eqalign{ \text{if } 0 ≦ \text{入転} < \text{転中}&\text{: } \text{遅暦} = \text{入転} \\
\text{if } \text{転中} ≦ \text{入転} < \text{転終}&\text{: } \text{速暦} = \text{入転} - \text{転中} \\ } \right. \\
\end{align} \]
「転終」は、月が近地点を通過してから再び近地点を通過するまでの日時、すなわち近点月周期である。ただし、貞享暦の暦法においては、近地点ではなく遠地点を基準に置いているので注意されたい。
  • 近点を基準にするか遠点を基準にするかは、言葉の定義の問題に過ぎず、どちらにしても途中の計算が変わるだけで結論は変わらない。現代の天文学では近点を基準にとることが多いが、洋の東西を問わず、基準を近点にしたり遠点にしたりすることはあった。
「入転」は、当該日時の直前の月の遠地点通過から当該日時までの経過日時である。一周を 360° ではなく 27.5546 とするような角度系で測った月の平均遠点角であるとも言える。
「転応」は、暦元天正冬至時点の入転である。
「転応」=「暦元天正冬至直前の月の遠地点通過から暦元天正冬至までの経過日時」ということもできる。
  • 「中積」=「暦元天正冬至から当年天正冬至までの経過日時」
  • 「閏余」=「当年天正経朔から当年天正冬至までの経過日時」
であるから、「中積 + 暦応 -  閏余」=「暦元天正冬至直前の月の遠地点通過から当年天正経朔までの経過日時」。これを mod 転終 すれば、「当年天正経朔直前の月の遠地点通過から当年天正経朔までの経過日時」、すなわち、当年天正経朔の入転となる。

弦策を累加して、適宜、mod 転終 すれば、各経朔弦望の入転を得ることが出来る。
なお、一般に暦元上元甲子0:00からの通算日時を t とする日時における入転を得るには、「\( \text{入転} = (t - \text{気応} + \text{転応}) \mod \text{転終} \)」とすればよい。

遠点~近点(転中)の区間は、月の真黄経 ≦ 月の平均黄経で、「遅暦 = 入転(遠点からの離角)」、近点(転中)~遠点の区間は、月の真黄経 ≧ 月の平均黄経で、「速暦 = 入転 - 転中(近点からの離角)」、としているが、このブログの式では、「入転(遠点からの離角)」をそのまま使っていく。

貞享暦巻四 推歩上
歩月離第四
遅初速末限七日二千六百五十三分四十二秒
速初遅末限六日五千一百一十九分五十八秒
月周天二十七日三千二百一十七分一十六秒六十九微
月平行十三度三十六分八十七秒半
求遅速初末暦「各視遅速暦、遅者、在遅初速末限已下為初暦、已上減転中余為末暦。速者、在速初遅末限已下為初暦、已上減転中余為末暦」
各おの遅速暦を視、遅は、遅初速末限已下に在るは初暦と為し、已上は転中を減じ、余、末暦と為す。速は、速初遅末限已下に在るは初暦と為し、已上は転中を減じ、余、末暦と為す。
求遅速暦初末限「各置遅速初末暦日及分、以十限約之、即得初末限」
各おの遅速初末暦日及び分を置き、十限を以ってこれを約し、即ち初末限を得。
招差術「遅初速末者、置立差四百、以初末限乗之、加平差三萬七千、又以初末限乗之、用減定差一千一百七十三萬一千、余再以初末限乗之、満億為度不満為分秒。速初遅末者、立差五百・平差五萬二千・定差一千三百二十四萬、依前術所求即遅速差(置後限遅速積、以其限遅速積減之、余為遅速加分。以其遅速分各遅初速末減、速初遅末加限平行度、即得限行度)」
遅初速末は、立差四百を置き、初末限を以ってこれに乗じ、平差三萬七千を加へ、また初末限を以ってこれに乗じ、用ゐて定差一千一百七十三萬一千より減じ、余、再び初末限を以ってこれに乗じ、満億、度と為し、不満、分秒と為す。速初遅末は、立差五百・平差五萬二千・定差一千三百二十四萬、前の術に依り求むるところ、即ち遅速差(後限の遅速積を置き、其限の遅速積を以ってこれより減じ、余、遅速加分と為す。其の遅速分を以って、各おの限平行度を遅初速末は減じ、速初遅末は加へ、即ち限行度を得)。
求遅速差「各置遅速初末暦日及分、以遅速暦日率減之、余以遅速分乗之、千約為分、以加其下遅速度、即得遅速差」
各おの遅速初末暦日及び分を置き、遅速暦日率を以ってこれより減じ、余、遅速分を以ってこれに乗じ、千約して分と為し、以って其の下の遅速度に加へ、即ち遅速差を得。
\[ \begin{align}
\text{遅初速末限} &= 7.265342_\text{日} \\
\text{速初遅末限} &= 6.511958_\text{日} &(= \text{転終} / 2 - \text{遅初速末限}) \\
\text{月周天} &= 27.32171669_\text{日} \\
\text{月平行} &= 13.36875_\text{日度} &(= \text{周天}(365.256696_\text{日度}) / \text{月周天}) \\
\end{align} \]
\[ \begin{alignat}{2}
\text{if } 0 &&\le \text{入転} &\lt \text{遅初速末限}: \\
&&\text{初末限} &= \text{入転} \times 10 \\
&&\text{遅速} &= (11,731,000 - (400 \times \text{初末限} + 37,000) \times \text{初末限}) \times \text{初末限} / 100,000,000 × -1 \\
&&&= -0.11731 \text{初末限} + 0.00037 \text{初末限}^2 + 0.000004 \text{初末限}^3 \\
\text{if } \text{遅初速末限} &&\le \text{入転} &\lt \text{転中}: \\
&&\text{初末限} &= (\text{転中} - \text{入転}) \times 10 \\
&&\text{遅速} &= (13,240,000 - (500 \times \text{初末限} + 52,000) \times \text{初末限}) \times \text{初末限} / 100,000,000 × -1 \\
&&&= -0.1324 \text{初末限} + 0.00052 \text{初末限}^2 + 0.000005 \text{初末限}^3 \\
\text{if } \text{転中} &&\le \text{入転} &\lt \text{転中} + \text{速初遅末限}: \\
&&\text{初末限} &= (\text{入転} - \text{転中}) \times 10 \\
&&\text{遅速} &= (13,240,000 - (500 \times \text{初末限} + 52,000) \times \text{初末限}) \times \text{初末限} / 100,000,000 \\
&&&= 0.1324 \text{初末限} - 0.00052 \text{初末限}^2 - 0.000005 \text{初末限}^3 \\
\text{if } \text{転中} + \text{速初遅末限} &&\le \text{入転} &\lt \text{転終}: \\
&&\text{初末限} &= (\text{転終} - \text{入転}) \times 10 \\
&&\text{遅速} &= (11,731,000 - (400 \times \text{初末限} + 37,000) \times \text{初末限}) \times \text{初末限} / 100,000,000 \\
&&&= 0.11731 \text{初末限} - 0.00037 \text{初末限}^2 - 0.000004 \text{初末限}^3 \\
\end{alignat} \]
基本的に、日行盈縮と計算の仕方は似ていて、遅初・遅末・速初・速末の四つの部分に分かれ、それぞれ三次式により近似されている。
下に、貞享暦月行遅速のグラフを示す。横軸は一周=転終(27.5546) の入転を、一周=360° の月の平均遠点角に換算したもの、縦軸は日度単位の月行遅速を度単位に換算したもの。日行盈縮では、0° = 近点であったが、月行盈縮は遠点を基準にしているため、0° = 遠点である。そして、やはり、遅速のピークは 90°, 270° よりは近点(180°)よりとなる。
ケプラーモデルで計算した場合と比較している。山の高さを揃えるために、ケプラーモデルでは、離心率 e = 0.043 として計算している。地球の重力だけでなく太陽の重力の影響も大きく受ける月の軌道は複雑で離心率も一定ではないが、平均離心率は 0.055 ほどであり、0.043 は少々小さい(※)。
  • (※) ただし、この値が妥当でないというわけでもない。太陽の重力の影響による出差 evection と呼ばれる不等の影響により、朔望時は中心差を 2割程度打ち消す効果が発生し、弦時は 2割程度強める効果が発生する。日月食が発生する朔望での精度を重視するならば、中心差(月行遅速)は 2割程度少なめになっている方がよい。


式中、三次式に投入する変数「初末限」を求めるにあたり、入転の値を 10倍(「十限を以ってこれを約し」)している。これは何か。

例によって、「招差術」で示されている三次式は暦算で実際使用する式ではなく、数表(立成)の導出式であり、実際の暦算で用いるのは立成である。日行盈縮では「日」を単位として90行前後が並んでいる数表になっていた。月行遅速で同じく「日」を単位にした数表としてしまうと、7~8行程度の数表になってしまい、計算がおおざっぱになりすぎる。そこで、0.1日、「限」を単位の70行程度の数表とする。「入転の値(日単位)を 10倍する」というのは、日単位を「限」単位(0.1日単位)に変換する操作なのである。

求遅速差「各おの遅速初末暦日及び分を置き、遅速暦日率を以ってこれより減じ、余、遅速分を以ってこれに乗じ、千約して分と為し、以って其の下の遅速度に加へ、即ち遅速差を得」が、表引き・一次補間の操作にあたる。

「遅速初末暦日及び分」は 10倍する前の初末限(日分単位)から「暦日率」を引く。これは「限(0.1日)」未満の小数部を得る行為である。その値(限未満小数部の時間を分単位表示したもの)に「遅速分」(立成中の「遅速加分」、すなわち、次の限の月行遅速と当該限の月行遅速の差分)をかけ、1限=1000時間分であるから、1000で割ると、限未満小数部に相当する遅速の一次補間量を得る。これを「其の下の遅速度」、つまり、当該限の月行遅速に加えてやると、一次補間後の月行遅速が得られる。

立成中に「遅速限行度」が示されている。これは、月の真黄経の角速度であるが、単位は「日度/限」である。「日度/日」の値の 1/10 の数値である。「月平行」(月の平均黄経の角速度」は、13.36875 日度/日と定義されており、これは、1.336875 日度/限に相当する。
「月の真黄経 = 月の平均黄経 + 遅速」。これと「次の限の月の真黄経 = 次の限の月の平均黄経 + 次の限の遅速」との差分をとれば、「月の(限あたりの)真黄経の角速度 = 月の(限あたりの)平均黄経の角速度 + 遅速加分」。よって、遅速限行度 = 1.336875 日度/限 ± 遅速加分。
上のグラフを見てもわかるとおり、遅初速末(遠点付近)では中心差が減少し、速初遅末(近点付近)では中心差が増加するので、貞享暦の立成には符号が示されていないものの、意味合いとしては、遅初速末の遅速加分はマイナス、速初遅末の遅速加分はプラス。遅速限行度の計算にあたっては、このプラスマイナスに従う。

上記の計算は招差術の割注のところに書いてあって
「後限の遅速積を置き、其限の遅速積を以ってこれより減じ、余、遅速加分と為す。其の遅速分を以って、各おの限平行度を遅初速末は減じ、速初遅末は加へ、即ち限行度を得」
というところがそれである。

\[ \begin{align}
x &= \text{初末限} \\
\text{遅速}([x]) &= \text{招差術}([x]) \\
\text{遅速加分}([x]) &= \text{遅速}([x] + 1) - \text{遅速}([x]) \\
\text{遅速限下行度}([x]) &= \text{月平行} / 10 + \text{遅速加分}([x]) \\
\text{遅速}(x) &= \text{遅速}([x]) + (x - [x]) \times \text{遅速加分}([x])  \\
\end{align} \]


(「貞享暦巻六 立成上」より抜粋)
太陰 遅初速末限 速初遅末限
限数 暦日率 遅速加分 遅速積 遅速限行度 遅速加分 遅速積 遅速限行度
0 0.0000 1169.36 0.00 1.219939 1318.75 0.00 1.468750
1 0.1000 1161.72 1169.36 1.220703 1308.05 1318.75 1.467680
2 0.2000 1153.84 2331.08 1.221491 1297.05 2626.80 1.466580
3 0.3000 1145.72 3484.92 1.222303 1285.75 3923.85 1.465450
4 0.4000 1137.36 4630.64 1.223139 1274.15 5209.60 1.464290
5 0.5000 1128.76 5768.00 1.223999 1262.25 6483.75 1.463100
6 0.6000 1119.92 6896.76 1.224883 1250.05 7746.00 1.461880
7 0.7000 1110.84 8016.68 1.225791 1237.55 8996.05 1.460630
8 0.8000 1101.52 9127.52 1.226723 1224.75 10233.60 1.459350
9 0.9000 1091.96 10229.04 1.227679 1211.65 11458.35 1.458040
10 1.0000 1082.16 11321.00 1.228659 1198.25 12670.00 1.456700
中略
61 6.1000 264.12 48712.16 1.310463 117.05 50065.75 1.348580
62 6.2000 241.84 48976.28 1.312691 88.05 50182.80 1.345680
63 6.3000 219.32 49218.12 1.314943 58.75 50270.85 1.342750
64 6.4000 196.56 49437.44 1.317219 29.15 50329.60 1.339790
65 6.5000 173.56 49634.00 1.319519 0.00 50358.75 1.336875
66 6.6000 150.32 49807.56 1.321843 -
67 6.7000 126.84 49957.88 1.324191
68 6.8000 103.12 50084.72 1.326563
69 6.9000 79.16 50187.84 1.328959
70 7.0000 54.96 50267.00 1.331379
71 7.1000 30.52 50321.96 1.333823
72 7.2000 6.62 50352.48 1.336213
73 7.2653 0.00 50359.10 1.336875

「月平行 13.36875 日度/日」は、周天(365.256696日度) を、月周天、すなわち、月が恒星天を一周するのにかかる日時(恒星月)27.32171669日で割ったものである。また月黄経の平均角速度 13.36875 日度/日から、太陽黄経の平均角速度 1日度/日を引くと、太陽黄経からの月黄経の離角の角速度 12.36875日度/日となり、これで周天を割ると「月朔」(平均朔望月)29.53059日となる。(理論的にはそうなるということであって、ぴったりと計算が合うわけではない)

定朔弦望

経朔弦望(日行盈縮・月行遅速を考慮にいれない朔弦望)から、定朔弦望(日行盈縮・月行遅速を考慮に入れた朔弦望)を求める。

求朔弦望行差及加減差「以経弦望盈縮差与遅速差同名相従異名相消(盈遅・縮速同名、盈速・縮遅異名)。盈遅為加、縮速為減(盈速、盈多者為加、速多者為減。縮遅、縮多者為減、遅多者為加)。各置所入遅速限下行度、以其日太陽行度退一位減之、余為日月行差。以進一位、除盈縮遅速之差、所得即為加減差」
経弦望の盈縮差と遅速差を以って、同名相従ひ異名相消す(盈遅・縮速は同名、盈速・縮遅は異名)。盈遅、加と為し、縮速、減と為す(盈速、盈多ければ加と為し、速多ければ減と為す。縮遅、縮多ければ減と為し、遅多ければ加と為す)。各おの入るところの遅速限下行度を置き、其日太陽行度を以って一位退げてこれを減じ、余、日月行差と為す。以って一位進め、盈縮遅速之差を除し、得るところ即ち加減差と為す」
求朔弦望定日「置経朔弦望日及分、以加減差加減之、即定朔弦望日及分。其日命甲子算外、日下分依発斂求之、得辰刻。其弦望分、在日出分以下者、退一日命之(或有交虧初於日出前者、望分雖在日出後亦退之)」
経朔弦望日及び分を置き、加減差を以ってこれを加減し、即ち定朔弦望日及び分。其日、甲子算外より命へ、日下分、発斂によりこれを求め、辰刻を得。其の弦望分、日出分以下に在れば、一日退してこれを命ふ(或いは交有り日出前に虧け初むるは、望分日出後に在るといへどもまたこれを退す)」
\[ \begin{align}
\text{日月行差}_\text{(日度/限)} &= \text{太陰遅速限行度}_\text{(日度/限)} - {\text{太陽行度}_\text{(日度/日)} \over 10_\text{(限/日)}} \\
\text{加減差}_\text{(日)} &= {\text{盈縮}_\text{(日度)} - \text{遅速}_\text{(日度)} \over \text{日月行差}_\text{(日度/限)} \times 10_\text{(限/日)}} \\
\text{定朔弦望}_\text{(日)} &= \text{経朔弦望}_\text{(日)} + \text{加減差}_\text{(日)} \\
\end{align} \]

経朔から定朔を求める場合、経朔時点の盈縮・遅速を求める。
経朔時点では
\( \text{月の平均黄経} - \text{太陽の平均黄経} = 0° \) であり、そして、
\( \text{月の真黄経} = \text{月の平均黄経} + \text{遅速} \)、
\( \text{太陽の真黄経} = \text{太陽の平均黄経} + \text{盈縮} \) である。よって、
\[ \begin{align}
\text{月の真黄経} - \text{太陽の真黄経} &= (\text{月の平均黄経} - \text{太陽の平均黄経}) + (\text{遅速} - \text{盈縮}) \\
&= \text{遅速} - \text{盈縮}
\end{align} \]
月の真黄経 - 太陽の真黄経 = 0° となる時が定朔であるのだが、「遅速 - 盈縮」日度ずれている。日月行差(月と太陽の真黄経の角速度差)で割ってやれば、そのずれを解消するのに必要な時間が求まるので、その時間(「加減差」)で経朔弦望日時を調整してやれば、定朔弦望日時が得られる。

私の式では、簡単に「遅速 - 盈縮」と言っているところを、「同名相従ひ異名相消す(盈遅・縮速は同名、盈速・縮遅は異名)。盈遅、加と為し、縮速、減と為す(盈速、盈多ければ加と為し、速多ければ減と為す。縮遅、縮多ければ減と為し、遅多ければ加と為す)」と長々と記述しているが、マイナスの数という概念を使わずに記述しているためにこんなに長々とした記述になってしまう。プラスにもマイナスにもなりうる値 A, B があったとして、「A + B」という一言で済む話を、「A, B が同符号の場合、絶対値を加算して、結果の符号は、A, B の符号に従う。A, B が異符号の場合、絶対値の差をとり、結果の符号は、絶対値が大きい方の符号に従う」と書いているわけである。

私の式では、「遅」(月の真黄経が、平均黄経より小さくなる)をマイナス、
「速」(月の真黄経が、平均黄経より大きくなる)をプラス、
「盈」(太陽の真黄経が、平均黄経より大きくなる)をプラス、
「縮」(太陽の真黄経が、平均黄経より小さくなる)をマイナスの数としている。
月の真黄経がマイナスにぶれたり(遅)、太陽の真黄経がプラスにぶれたり(盈)すると、経朔時点の月の太陽からの真の離角がマイナスにぶれる。経朔時点は実際の朔(定朔。月の太陽からの真の離角がゼロ)にはまだ足りておらず、定朔になるのは、経朔よりもう少し未来側(日時が大)ということになる。
月の真黄経がプラスにぶれたり(速)、太陽の真黄経がマイナスにぶれたり(縮)すると、
経朔時点の月の太陽からの真の離角がプラスにぶれる。経朔時点だと実際の朔(定朔。月の太陽からの真の離角がゼロ)からやや行き過ぎていて、定朔は経朔よりもう少し過去側(日時が小)ということになる。
貞享暦法では、太陽は近点基準で「盈(+)→縮(-)」、月は遠点基準で「遅(-)→速(+)」となっていたが、要するに「定朔弦望日時を大(未来方向)にする→小(過去方向)にする」の順で並べているわけである。

月と太陽の角速度差を計算するのに「遅速限下行度を置き、其日太陽行度を以って一位退げてこれを減じ、余、日月行差と為す。以って一位進め」みたいなことをやっている。これがどういうことなのか言わずもがなかも知れないが一応解説すると、太陽行度(太陽の角速度)の単位は「日度/日」であり、遅速限下行度(月の角速度)の単位は「日度/限」である。単位が違うままだと減算できないので、太陽行度の方を 10 で割り(「退一位」)、どちらも「日度/限」単位に揃えてから減算する。その結果を 10倍し(「進一位」)、「日度/日」単位に変換する、ということである。
  • 最終的に「日度/日」単位にするんなら、太陽行度の方を 10で割るんじゃなくて、遅速限下行度の方を 10倍して、どちらも「日度/日」単位にしてから減算すりゃあいいじゃないかと思うが。

退弦望

「求朔弦望定日」の項に「其の弦望分、日出分以下に在れば、一日退してこれを命ふ(或いは交有り日出前に虧け初むるは、望分日出後に在るといへどもまたこれを退す)」という記述がある。
弦望(上弦、望、下弦)において、時刻が日出分以下、つまり夜半0:00~日の出までの間である場合は、「退一日」、つまり前日として扱うということを意味している。貞享暦の前の平安時代から綿々と使い続けられていた暦、宣明暦でも同様のルールであった。退弦望された弦望が具注暦などに記載される場合は、「上弦」「望」「下弦」ではなく、「退上弦」「退望」「退下弦」と記載された。
ただし、このブログの研究対象である頒暦(仮名暦)では、朔弦望は暦面上記載されないので、このルールの影響は受けない。

朔弦望は、頒暦の暦面上記載されないが、月食のときに、退望は影響してくる。
そして、「交有り日出前に虧け初むるは、望分日出後に在るといへどもまたこれを退す」、つまり月食のとき、日の出前にかけ始めている場合は、望自体は日の出後であったとしても退望する、つまり前日の月食として記載する。
以前、「頒暦概観 (4) 日月食記事(寛政暦・天保暦)」の「日月食が配当される日」で記述したが、貞享暦・宝暦暦初期においては、日の入り~翌日の日の出までの期間(夜半24:00前だろうが過ぎだろうが)に起きる月食は、すべて、前日の月食として記載されていた。「日出前に虧け初むるは、望分日出後に在るといへどもまたこれを退す」に従っているわけである。が、天明六(1786)年あたりからルールが変わったようで、望が日出分後の場合は、当日の月食として記載されるようになった。「或いは交有り日出前に……」の割注は、修正宝暦暦 (1771-1797) の暦法書である「暦法新書続録」においても同様の記述があるのだが、用いられなくなったようである。

なお、宣明暦においては、朔が一日の 3/4 以降(すなわち 18:00以降)にある場合、翌日の朔として扱うという「進朔」のルールが存在した。これは貞享暦において廃されている。趣旨がよくわからないルールであり、廃したのは妥当だろう。

頒暦との突合

上記のように定朔を算出したとき、頒暦上の暦月一日とは完全に一致した。とはいえ日単位の話なので、計算が多少違っていようと合うときは合う。

貞享暦暦法では、月食の食甚=望時刻であるが、食甚時刻が辰刻単位で記載されている月食記事において、計算した望時刻と合致しないものはないようである。とはいえ、貞享暦初期においては時刻が辰刻単位(○の○刻)でなく時辰単位(○の時)であったり、食甚が見える食でも食甚情報が記載されなかったりするので、突合可能なものはある程度限られる。

貞享暦の暦法については、一旦おしまい。日月食については別途。次回は宝暦暦の暦法について。


[参考文献]
渋川春海, 土御門泰福(校閲)「貞享暦」, 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

0 件のコメント:

コメントを投稿