2021年7月4日日曜日

天保暦の日食法 (5) 真の食甚時刻と食分

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引き続き、天保暦の日食法について。前回は、食甚近時・設時までを計算した。

今回は、近時・設時から食甚真時を求め、さらに、近時・真時から食甚定真時を求める。これを真の食甚時刻とする。そして、このときの食甚食分を算出する。

 

食甚真時

推食甚真時第十一
求設時視行之正弦「以設時視距弧之正弦与近時視距弧之正弦相加減為股(両視距弧之正弦、同為東或同為西者、即相減、一為東一為西者、則相加。如無近時視距弧之正弦、則以設時視距弧之正弦為股。無設時視距弧之正弦、則以近時視距弧之正弦為股)、設時視緯之正弦与近時視緯之正弦相加減為勾(両視緯之正弦、同為南或同為北者、即相減、一為南一為北者、則相加。如無近時視緯之正弦、則以設時視緯之正弦為勾。無設時視緯之正弦、則以近時視緯之正弦為勾。如両視緯之正弦相等而減尽無余、或無両視緯之正弦、則以設時視距弧之正弦与近時視距弧之正弦相加減、為設時視行之正弦)、勾股各自乗、相加、為設時視行之正弦自乗数。平方開之、得設時視行之正弦」
設時視距弧の正弦を以って近時視距弧の正弦と相加減し股と為し(両視距弧の正弦、同じく東と為し或いは同じく西と為すは、即ち相減じ、一は東と為し一は西と為すは、則ち相加ふ。もし近時視距弧の正弦無ければ、則ち設時視距弧の正弦を以って股と為す。設時視距弧の正弦無ければ、則ち近時視距弧の正弦を以って股と為す)、設時視緯の正弦と近時視緯の正弦と相加減し勾と為し(両視緯の正弦、同じく南と為し或いは同じく北と為すは、即ち相減じ、一は南と為し一は北と為すは、則ち相加ふ。もし近時視緯の正弦無ければ、則ち設時視緯の正弦を以って勾と為す。設時視緯の正弦無ければ、則ち近時視緯の正弦を以って勾と為す。もし両視緯の正弦相等しくて減じ尽し余り無く、或いは両視緯の正弦無ければ、則ち設時視距弧の正弦を以って近時視距弧の正弦と相加減し、設時視行の正弦と為す)、勾股各おの自乗し、相加へ、設時視行の正弦自乗数と為す。平方にこれを開き、設時視行の正弦を得。
求真時視行之正弦「置近時両心視相距之正弦、自乗之、加設時視行之正弦自乗数、内減設時両心視相距之正弦自乗数(如不足減者、反減、而反真時距分之加減。如減尽無余、近時両心視相距已与視行成直角、則食甚近時即真時、乃用近時諸数、依求考真時両心視相距法、得近時両心視相距、以求食分)、余数折半之、以設時視行之正弦除之、得真時視行之正弦(如真時視行之正弦与設時視行之正弦相等、是設時両心視相距已与視行成直角、則食甚設時即真時、乃用設時諸数、依求考真時両心視相距法、得設時両心視相距、以求食分。如或大或小、則猶未為直角、再用下法、求之)」
近時両心視相距の正弦を置き、これを自乗し、設時視行の正弦自乗数を加へ、設時両心視相距の正弦自乗数を内減し(もし減に足らざれば、反減して、真時距分の加減を反す。もし減じ尽し余り無ければ、近時両心視相距すでに視行と直角を成し、則ち食甚近時即ち真時、すなはち近時諸数を用ゐ、求考真時両心視相距法に依り、近時両心視相距を得、以って食分を求む)、余数これを折半し、設時視行の正弦を以ってこれを除し、真時視行の正弦を得(もし真時視行の正弦と設時視行の正弦と相等しければ、これ、設時両心視相距すでに視行と直角を成し、則ち食甚設時即ち真時、すなはち設時諸数を用ゐ、求考真時両心視相距法に依り、設時両心視相距を得、以って食分を求む。もし或いは大或いは小なれば、則ちなほいまだ直角を為さず、再び下法を用ゐ、これを求む)。
求真時距分「以設時視行之正弦為一率、一刻為二率、真時視行之正弦為三率、求得四率為真時距分。限東則為減、限西則為加」
設時視行の正弦を以って一率と為し、一刻、二率と為し、真時視行の正弦、三率と為し、求めて得る四率、真時距分と為す。限東則ち減と為し、限西則ち加と為す。
求食甚真時「置食甚近時、加減真時距分(求真時視行之正弦時反減者、反加減)、得食甚真時」
食甚近時を置き、真時距分を加減し(真時視行の正弦を求むる時に反減すれば、加減を反す)、食甚真時を得。
\[ \begin{align}
\text{設時視行の正弦} &= \sqrt{\begin{aligned}
(\text{視距弧の正弦}(@\text{設時}) - \text{視距弧の正弦}(@\text{近時}))^2 \\
+ (\text{視緯の正弦}(@\text{設時}) - \text{視緯の正弦}(@\text{近時}))^2
\end{aligned}} \\
&\hphantom{=} \times \text{符号}(\text{食甚設時} - \text{食甚近時}) \\
\text{真時視行の正弦} &= {(\text{両心視相距の正弦}(@\text{近時}))^2 + (\text{設時視行の正弦})^2 - (\text{両心視相距の正弦}(@\text{設時}))^2 \over 2 \times \text{設時視行の正弦}} \\
\text{真時距分} &= (\text{食甚設時} - \text{食甚近時}) {\text{真時視行の正弦} \over \text{設時視行の正弦}} \\
\text{食甚真時} &= \text{食甚近時} + \text{真時距分}
\end{align} \]

近時・設時の観測者・月の位置をもとに、食甚真時を求める。

地球輪上を観測者・月双方が時間経過とともに動いていくのだが、観測者の位置を固定するようにカメラをスライドしながら地球輪を見ていくことにしよう。地心を原点に置いた時の月の位置は (実距弧, 簡平食甚実緯) だったが、観測者を常に原点 (0, 0) に位置させると、月は (視距弧, 視緯) に位置することとなる。

このような座標系における近時の月と設時の月との間を、月が等速直線運動するものと近似しよう。この場合、月が観測者に最接近するのは、近時の月と設時の月とを結ぶ直線に、観測者から降ろした垂線の足の上に月がある時である。そして、そこに月が来る時刻は、近時~設時間の時刻差をもとに、近時の月~設時の月間の距離と、近時の月~垂線の足間の距離との比例案分で求められるだろう(等速運動するものと近似しているのだから)。

近時の月を A, 設時の月を B, 観測者を C とする三角形 ⊿ABC を考える。AB, BC, CA の対辺をそれぞれ c, a, b とする。観測者と近時の月間の距離 CA = b = 両心視相距の正弦(@近時)、観測者と設時の月間の距離 CB = a = 両心視相距の正弦(@設時)。近時の月と設時の月間の距離 AB = c = 「設時視行の正弦」は、
\[ \begin{align}
\overrightarrow{\mathrm{CA}} &= \left( \begin{array} \\ \text{視距弧の正弦}(@\text{近時}) \\ \text{視緯の正弦}(@\text{近時}) \\ \end{array} \right) \\
\overrightarrow{\mathrm{CB}} &= \left( \begin{array} \\ \text{視距弧の正弦}(@\text{設時}) \\ \text{視緯の正弦}(@\text{設時}) \\ \end{array} \right) \\
\overrightarrow{\mathrm{AB}} &= \overrightarrow{\mathrm{CB}} - \overrightarrow{\mathrm{CA}} \\
&= \left( \begin{array} \\ \text{視距弧の正弦}(@\text{設時}) - \text{視距弧の正弦}(@\text{近時})  \\ \text{視緯の正弦}(@\text{設時}) - \text{視緯の正弦}(@\text{近時}) \\ \end{array} \right) \\
\text{設時視行の正弦} &= \mathrm{AB} = c = |\overrightarrow{\mathrm{AB}}| \\
&= \sqrt{(\text{視距弧の正弦}(@\text{設時}) - \text{視距弧の正弦}(@\text{近時}))^2 + (\text{視緯の正弦}(@\text{設時}) - \text{視緯の正弦}(@\text{近時}))^2}
\end{align} \]
として求められる。

当ブログの式では、これに \(\text{符号}(\text{食甚設時} - \text{食甚近時})\)  をかけ、設時が近時の後なら正の値、前なら負の値となるようにしておいた。計算の諸般の事情により、そうなっていた方が何かと都合がいいからである。

直線 AB に観測者 C から降ろした垂線の足を D とする。AD = x = 「真時視行の正弦」を求めることとしよう。これは、
\[ \begin{align}
& (\mathrm{CB})^2 - (\mathrm{BD})^2 = (\mathrm{CD})^2 = (\mathrm{CA})^2 - (\mathrm{AD})^2 \\
& a^2 - (c - x)^2 = b^2 - x^2 \\
& a^2 - c^2 + 2cx - x^2 = b^2 - x^2 \\
& 2cx = b^2 + c^2 - a^2 \\
& x = {b^2 + c^2 - a^2 \over 2c} \\
& \text{真時視行の正弦} = {(\text{視距弧の正弦}(@\text{近時})) ^2 + (\text{設時視行の正弦})^2 - (\text{視距弧の正弦}(@\text{設時})) ^2 \over 2 \times \text{設時視行の正弦}}
\end{align} \]
として求められる。

この式の分母 \(b^2 + c^2 - a^2\) の符号は、垂線の足が A の右にくるか左にくるか、つまり、近時→設時の時間前後関係と、近時→真時の時間前後関係が同じか違うかによって、正負が定まる。一方、分子 \(2c\) は、先ほど定めたとおり、当ブログの式においては、設時が近時の後なら正の値、前なら負の値となるようにしておいた。よって、真時視行の正弦は、真時が近時の後なら正の値、前なら負の値となるはずである。

月が垂線の足 D に来る時刻は、
\[ \begin{align}
\text{真時距分} &= (\text{食甚設時} - \text{食甚近時}) {\text{真時視行の正弦} \over \text{設時視行の正弦}} \\
\text{食甚真時} &= \text{食甚近時} + \text{真時距分}
\end{align} \]
と、比例案分して求めることが出来る。

このあたりの計算は、寛政暦の食甚又法のところでも同様の方法で計算していた。

なお、新法暦書の式に文字通り従うと、
\[ \text{真時距分} = 1_\text{刻} \times {\text{真時視行の正弦} \over \text{設時視行の正弦}} \]
である。設時は、近時前後 1 刻の時刻として設定されているからであるが、1 刻前のこともあれば、1 刻後のこともある。+1 刻としたり -1刻としたりする必要があるわけだが、それは煩雑なので、「\(\text{食甚設時} - \text{食甚近時}\)」とした。こうすれば、設時が近時の 1 刻後なら +1 刻になるし、1 刻前なら -1 刻となる。こうするとき、当ブログの式では、 「\(\text{食甚設時} - \text{食甚近時}\)」の正負と、設時視行の正弦の正負は同じで、真時距分の正負は、真時視行の正弦の正負により決まることとなり、これは、真時が近時の後なら正、前なら負だから、真時距分の正負が正しく設定出来ていることになる。

「+1 刻としたり -1刻としたりする必要がある」という点について、新法暦書はどう処理しているのかというと、真時距分の符号(加減)について「限東則ち減と為し、限西則ち加と為す」とする。近時・設時を求めるときに、「限東」(用時の観測者が地心より左(西))のときは、近時は用時の後、設時はさらにその 1 刻後とし、「限西」(用時の観測者が地心より右(東))のときは、近時は用時より前、設時はさらにその 1 刻前としているからである。

場合によっては、真時が、近時から見て設時の方向ではなく、逆方向になることがあるが、そうなるケースについても新法暦書は考慮しており、「真時視行の正弦」を算出する際、「減に足らざれば反減」(\(A-B\) が負になってしまうとき、\(B-A\) を求めよ、つまり、\(|A-B|\) を求めよ)とし、そして、「真時距分」を食甚近時に加減して、食甚真時を求める際、「真時視行の正弦を求むる時に反減すれば、加減を反す」としていて、結果、正負の符号の概念を使わずに、「真時視行の正弦」が逆向きになるケースを正しく処理できるようにしている。

このようにして求めた食甚真時は、真の食甚時刻かというとそういうわけでもない。近時~設時間の月が等速直線運動するものとして計算したのだが、実際はそうではないからである (※)。あくまで、漸近計算の手始めである。真の食甚時刻は、さらに漸近計算をして求める。

  • (※) 実のところ、太陽から見た日食近辺の月は、ほぼ等速直線運動していると考えてもよいし、新法暦書日食法でもそう計算している(簡平月所在一小時両経斜距のスピードで左から右に直線運動させている)。等速直線運動をしていないのは観測者の方である。地球の自転とともに動く観測者は、太陽から見たとき、地球輪のなかを円形を斜めに見た楕円形を描いて動いているわけである。観測者の位置を固定させるようにスライドしながら見ているから、月が等速直線運動していないように見えるのだ。

食甚真時の位置計算

推食甚考真時定真時及食分第十二
求真時太陽距午赤道度「以食甚真時与半周日相減、余数変赤道度、得真時太陽距午赤道度(真時不及半周日、則為午前、過半周日、則為午後。如太陽在正午、無距午赤道度、則無赤道東西差、南北法数即赤道南北差)」
食甚真時を以って半周日と相減じ、余数、赤道度に変じ、真時太陽距午赤道度を得(真時、半周日に及ばざれば、則ち午前と為し、半周日を過ぐれば、則ち午後と為す。もし太陽、正午に在り、距午赤道度無ければ、則ち赤道東西差無く、南北法数即ち赤道南北差)。
求真時赤道東西差「以半径為一率、真時距午赤道度之正弦為二率、東西原数為三率、求得四率為真時赤道東西差」
半径を以って一率と為し、真時距午赤道度の正弦、二率と為し、東西原数、三率と為し、求めて得る四率、真時赤道東西差と為す。
求真時赤道南北差「以半径為一率、真時太陽距午赤道度之余弦為二率、南北法数為三率、求得四率為真時赤道南北差」
半径を以って一率と為し、真時太陽距午赤道度の余弦、二率と為し、南北法数、三率と為し、求めて得る四率、真時赤道南北差と為す。
求真時東西汎差「以半径為一率、赤白二経交角之余弦為二率、真時赤道東西差為三率、求得四率為真時東西汎差(如無赤白二経交角、則無東西汎差)」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の余弦、二率と為し、真時赤道東西差、三率と為し、求めて得る四率、真時東西汎差と為す(もし赤白二経交角無ければ、則ち東西汎差無し)。
求真時東西二差「以半径為一率、赤白二経交角之正弦為二率、真時赤道南北差為三率、求得四率為真時東西二差(如無赤白二経交角、則無東西二差)」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の正弦、二率と為し、真時赤道南北差、三率と為し、求めて得る四率、真時東西二差と為す(もし赤白二経交角無ければ、則ち東西二差無し)。
求真時東西加減差「以東西一差与真時東西二差相加減(太陽赤道緯度南則相加、北則相減。如太陽距午赤道度過九十度、則相加)、得真時東西加減差」
東西一差を以って真時東西二差と相加減し(太陽赤道緯度南は則ち相加へ、北は則ち相減ず。もし太陽距午赤道度九十度を過ぐれば、則ち相加ふ)、真時東西加減差を得。
求真時東西差「置真時東西汎差、加減真時東西加減差、得真時東西差(真時午前者、赤白二経交角、東則加、西則減、仍為限東。不足減者、反減、変為限西。真時午後者、赤白二経交角、東則減、西則加、仍為限西。不足減者、反減、変為限東。如両数相等而減尽無余、則太陽正当白平象限、無東西差。又、無赤白二経交角、則赤道東西差即東西差)」
真時東西汎差を置き、真時東西加減差を加減し、真時東西差を得(真時午前は、赤白二経交角、東は則ち加へ、西は則ち減じ、なほ限東と為す。減に足らざれば、反減し、変じて限西と為す。真時午後は、赤白二経交角、東は則ち減じ、西は則ち加へ、なほ限西と為す。減に足らざれば、反減し、変じて限東と為す。もし両数相等しくて減じ尽し余り無ければ、則ち太陽まさに白平象限に当り、東西差無し。又、赤白二経交角無ければ、則ち赤道東西差即ち東西差)。
求真時南北一差「以半径為一率、赤白二経交角之正弦為二率、真時赤道東西差為三率、求得四率為真時南北一差(如無赤白二経交角、則無南北一差及二差)」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の正弦、二率と為し、真時赤道東西差、三率と為し、求めて得る四率、真時南北一差と為す(もし赤白二経交角無ければ、則ち南北一差及び二差無し)。
求真時南北二差「以半径為一率、赤白二経交角之余弦為二率、真時赤道南北差為三率、求得四率為真時南北二差」
半径を以って一率と為し、赤白二経交角の余弦、二率と為し、真時赤道南北差、三率と為し、求めて得る四率、真時南北二差と為す。
求真時南北加減差「置真時南北二差、加減真時南北一差、得真時南北加減差(太陽赤道緯度南、赤白二経交角東者、真時午前則減、午後則加。赤白二経交角西者、真時午前則加、午後則減、仍為加。不足減者、反減、変為減。太陽赤道緯度北、赤白二経交角東者、真時午前則加、午後則減。赤白二経交角西者、真時午前則減、午後則加、仍為減。不足減者、反減、変為加。如太陽距午赤道度過九十度者、赤白二経交角東、真時午前則減、仍為減。不足減者、反減、亦為減。午後則加、仍為加。赤白二経交角西、真時午前則加、仍為加。午後則減、仍為減。不足減者、反減、亦為減。如両数相等而減尽無余、則南北汎差即南北差)」
真時南北二差を置き、真時南北一差を加減し、真時南北加減差を得(太陽赤道緯度南は、赤白二経交角東は、真時午前則ち減じ、午後則ち加ふ。赤白二経交角西は、真時午前則ち加へ、午後則ち減じ、なほ加と為す。減に足らざれば、反減し、変じて減と為す。太陽赤道緯度北は、赤白二経交角東は、真時午前則ち加へ、午後則ち減ず。赤白二経交角西は、真時午前則ち減じ、午後則ち加へ、なほ減と為す。減に足らざれば、反減し、変じて加と為す。もし太陽距午赤道度九十度を過ぐれば、赤白二経交角東は、真時午前則ち減じ、なほ減と為す。減に足らざれば、反減し、また減と為す。午後則ち加へ、なほ加と為す。赤白二経交角西は、真時午前則ち加へ、なほ加と為す。午後則ち減じ、なほ減と為す。減に足らざれば、反減し、また減と為す。もし両数相等しくて減じ尽し余り無ければ、則ち南北汎差即ち南北差)。
求真時南北差「置南北汎差、加減真時南北加減差、得真時南北差(如無南北一差及二差、則赤道南北差即南北差)」
南北汎差を置き、真時南北加減差を加減し、真時南北差を得(もし南北一差及び二差無ければ、則ち赤道南北差即ち南北差)。
求真時実距弧之正弦「以一小時分為一率、簡平月所在一小時両経斜距之正弦為二率、食甚真時与食甚用時相減、得前距時、為三率(如真時与食甚用時同時、則無実距弧之正弦)、求得四率為真時実距弧之正弦(真時大於食甚用時、則為緯東、小於食甚用時、則為緯西)」
一小時分を以って一率と為し、簡平月所在一小時両経斜距の正弦、二率と為し、食甚真時と食甚用時と相減じ、前距時を得、三率と為し(もし真時と食甚用時、同時なれば、則ち実距弧の正弦無し)求めて得る四率、真時実距弧の正弦と為す(真時、食甚用時より大なれば、則ち緯東と為し、食甚用時より小なれば、則ち緯西と為す)。
求真時視距弧之正弦「置真時実距弧之正弦、加減真時東西差、得真時視距弧之正弦(限東緯東、則加仍為東。緯西、則減仍為西。東西差大、則反減、変為東。限西緯西、則加仍為西。緯東、則減仍為東。東西差大、則反減、変為西。如無東西差、則実距弧之正弦即視距弧之正弦、東西随実距弧之正弦。如無実距弧之正弦、則東西差即視距弧之正弦。限東為緯東、限西為緯西)」
真時実距弧の正弦を置き、真時東西差を加減し、真時視距弧の正弦を得(限東緯東、則ち加へなほ東と為す。緯西、則ち減じなほ西と為す。東西差大なれば、則ち反減し、変じて東と為す。限西緯西、則ち加へなほ西と為す。緯東、則ち減じなほ東と為す。東西差大なれば、則ち反減し、変じて西と為す。もし東西差無ければ、則ち実距弧の正弦、即、視距弧の正弦、東西は実距弧の正弦に随ふ。もし実距弧の正弦無ければ、則ち東西差、即、視距弧の正弦。限東は緯東と為し、限西は緯西と為す)。
求真時視緯之正弦「置簡平食甚実緯之正弦、加減真時南北差、得真時視緯之正弦(食甚実緯南則加仍為南、北則減仍為北。如南北差大、則反減、変為南。如無食甚実緯、則南北差即視緯之正弦、仍為南。如無南北差、則簡平食甚実緯之正弦即視緯之正弦、南北随食甚実緯)」
簡平食甚実緯の正弦を置き、真時南北差を加減し、真時視緯の正弦を得(食甚実緯、南則ち加へなほ南と為し、北則ち減じなほ北と為す。もし南北差大なれば、則ち反減し、変じて南と為す。もし食甚実緯無ければ、則ち南北差、即、視緯の正弦、なほ南と為す。もし南北差無ければ、則ち簡平食甚実緯の正弦、即、視緯の正弦、南北は食甚実緯に随ふ)。
求真時視距弧両心視相距交角「以真時視距弧之正弦為一率、真時視緯之正弦為二率、半径為三率、求得四率為正切線、検表得真時視距弧両心視相距交角(如無視距弧之正弦、則視緯之正弦、即両心視相距之正弦。如無視緯之正弦、則視距弧之正弦即両心視相距之正弦。如無視距弧之正弦及視緯之正弦、則日月両心相合無視相距、食甚真時即定真時)」
真時視距弧の正弦を以って一率と為し、真時視緯の正弦、二率と為し、半径、三率と為し、求めて得る四率、正切線と為し、表を検じ真時視距弧両心視相距交角を得(もし視距弧の正弦無ければ、則ち視緯の正弦、即ち両心視相距の正弦。もし視緯の正弦無ければ、則ち視距弧の正弦即ち両心視相距の正弦。もし視距弧の正弦及び視緯の正弦無ければ、則ち日月両心相合し、視相距無く、食甚真時即ち定真時)。
求真時両心視相距之正弦「以真時視距弧両心視相距交角之正弦為一率、半径為二率、真時視緯之正弦為三率、求得四率為真時両心視相距之正弦」
真時視距弧両心視相距交角の正弦を以って一率と為し、半径、二率と為し、真時視緯の正弦、三率と為し、求めて得る四率、真時両心視相距の正弦と為す。
\[ \begin{align}
\text{太陽距午赤道度}(@\text{真時}) &= {360° \over 1_\text{日}} (\text{食甚真時} - 0.5_\text{日}) \\
\text{赤道東西差}(@\text{真時}) &= \text{東西原数} \sin(\text{太陽距午赤道度}(@\text{真時})) \\
\text{赤道南北差}(@\text{真時}) &= \text{南北法数} \cos(\text{太陽距午赤道度}(@\text{真時})) \\
\text{東西汎差}(@\text{真時}) &= \text{赤道東西差}(@\text{真時}) \cos(\text{赤白二経交角}) \\
\text{東西二差}(@\text{真時}) &= \text{赤道南北差}(@\text{真時}) \sin(\text{赤白二経交角}) \\
\text{東西加減差}(@\text{真時}) &= \text{東西一差} - \text{東西二差}(@\text{真時}) \\
\text{東西差}(@\text{真時}) &= \text{東西汎差}(@\text{真時}) + \text{東西加減差}(@\text{真時}) \\
\text{南北一差}(@\text{真時}) &= \text{赤道東西差}(@\text{真時}) \sin(\text{赤白二経交角}) \\
\text{南北二差}(@\text{真時}) &= \text{赤道南北差}(@\text{真時}) \cos(\text{赤白二経交角}) \\
\text{南北加減差}(@\text{真時}) &= \text{南北二差}(@\text{真時}) + \text{南北一差}(@\text{真時}) \\
\text{南北差}(@\text{真時}) &= \text{南北汎差} - \text{南北加減差}(@\text{真時}) \\
\text{実距弧の正弦}(@\text{真時}) &= (\text{食甚真時} - \text{食甚用時}) \times \text{簡平月所在一小時両経斜距の正弦} \times 24_\text{時/日} \\
\text{視距弧の正弦}(@\text{真時}) &= \text{実距弧の正弦}(@\text{真時}) - \text{東西差}(@\text{真時}) \\
\text{視緯の正弦}(@\text{真時}) &= \text{簡平食甚実緯の正弦} - \text{南北差}(@\text{真時}) \\
\text{視距弧両心視相距交角}(@\text{真時}) &= \tan^{-1} {\text{視緯の正弦}(@\text{真時}) \over \text{視距弧の正弦}(@\text{真時})} \\
\text{両心視相距の正弦}(@\text{真時}) &= \sqrt{(\text{視距弧の正弦}(@\text{真時}))^2 + (\text{視緯の正弦}(@\text{真時}))^2}
\end{align} \]

食甚真時における観測者・月の位置を計算する。このあたりまでは、近時・設時における計算となんら変わるところはない。

一点言うならば、「実距弧の正弦」の算出で、近時・設時では、「近時距分」「設時距分」に簡平月所在一小時両経斜距の正弦をかけていたが、真時では、「真時距分」ではなく、「食甚真時と食甚用時と相減じ、前距時を得」として、それに簡平月所在一小時両経斜距の正弦をかけている。「近時距分」「設時距分」は用時からの時間差だが、「真時距分」は近時からの時間差であり、実距弧の正弦の算出にあたっては、用時からの時間差を使う必要があるからである。式の見た目が違うだけで、実質的な意味は変わらない。

食甚真時の月距人線(月と観測者との距離)

求真時月距人二差「以半径為一率、真時太陽距午赤道度之余弦為二率、東西基数為三率、求得四率為真時月距人二差」
半径を以って一率と為し、真時太陽距午赤道度の余弦、二率と為し、東西基数、三率と為し、求めて得る四率、真時月距人二差と為す。
求真時減差「以月距人一差与真時月距人二差相加減、得真時減差(太陽赤道緯度南者、則相減。太陽赤道緯度北者、太陽距午赤道度不及九十度則相加、過九十度則相減)」
月距人一差を以って真時月距人二差と相加減し、真時減差を得(太陽赤道緯度南は、則ち相減ず。太陽赤道緯度北は、太陽距午赤道度九十度に及ばざれば則ち相加へ、九十度を過ぐれば則ち相減ず)。
求真時両心実相距余弦較「置一小時分、自乗之、為一率、食甚真時与実朔用時相減、為後距時、自乗之為二率、月所在一小時月距日実行之矢為三率、求得四率為真時両心実相距余弦較」
一小時分を置き、これを自乗し、一率と為し、食甚真時と実朔用時と相減じ、後距時と為し、これを自乗し二率と為し、月所在一小時月距日実行の矢、三率と為し、求めて得る四率、真時両心実相距余弦較と為す。
求真時月距人線「置実朔黄道緯度之余弦、減真時減差及真時両心実相距余弦較、得真時月距人線」
実朔黄道緯度の余弦を置き、真時減差及び真時両心実相距余弦較を減じ、真時月距人線を得。
\[ \begin{align}
\text{月距人二差}(@\text{真時}) &= \text{東西基数} \cos(\text{太陽距午赤道度}(@\text{真時}) \\
\text{減差}(@\text{真時}) &= \text{月距人一差} + \text{月距人二差}(@\text{真時}) \\
\text{両心実相距の余弦較} &= \text{月所在一小時月距日実行の矢} \times \left( {\text{食甚真時} - \text{実朔用時} \over 1/24_\text{日}} \right)^2 \\
\text{月距人線}(@\text{真時}) &= \cos(\text{実朔太陰黄道緯度}) - \text{減差}(@\text{真時}) - \text{両心実相距の余弦較}
\end{align} \]

月と観測者との距離を示す値「月距人線」を求める。

これは、地球を回転楕円体とする天保暦において太陽から見た観測者の位置をどう算出しているか説明した回において、地球上の観測者の位置を示す \(P^{\prime\prime}\) の Z 座標から求めることが出来る。地球と太陽とを結ぶ軸が Z 軸であり、月も概ね Z 軸上にあるからである。観測者も月も、若干 Z 軸から外れており、X 軸、Y 軸方向のずれも月と観測者間の距離に影響してこないことはないのだが、地球と月との間の距離に比べれば微小なので無視する。

観測者の更成緯度(矮立円地赤道距天頂)を \(\phi^\prime\), 太陽赤緯を \(\delta_s\), 真太陽時(を角度換算したもの)を \(\tau\) とするとき、観測者の位置の Z 座標は、
\[ \begin{align}
P^{\prime\prime}_Z &= \text{東西法数} + \text{東西汎数} \cos \tau \\
&= \sin \phi^\prime \sin \delta_s + r \cos \phi^\prime \cos \delta_s \cos \tau
\end{align} \]
であった。そして、これは、地球小半径を 1 とする長さ単位で測ったものだが、地球~月間の距離と地球小半径との比である極下太陰地半径差の正弦 \(\sin \pi_m\) をかけて、地球~月間の距離を 1 とする長さ単位で測ったのが、
\[ \begin{align}
P^{\prime\prime}_Z \sin \pi_m &= \text{月距人一差} + \text{東西基数} \cos \tau \\
&= \sin \phi^\prime \sin \delta_s \sin \pi_m + r \cos \phi^\prime \cos \delta_s \sin \pi_m \cos \tau
\end{align} \]
であった。

この \(\text{東西基数} \cos \tau\) が「月距人二差」であり、\(P^{\prime\prime}_Z \sin \pi_m\) が「減差」である。

月距人一差と二差を合わせて「減差」を算出するにあたり、太陽赤緯が南緯の場合減じ、北緯の場合加え、「太陽距午赤道度が九十度を過ぎる」場合減じている。「月距人一差」は、\(\delta_s\) の正負に従い、「月距人二差」は \(\cos \tau\) の正負に従う。そして、\(\cos \tau\) が負(6:00 前か 18:00 後か)で太陽が見えているのなら、そのとき太陽赤緯は正(北緯)のはず。よって、太陽赤緯が南緯なら一差は負・二差は正、北緯なら一差も二差も正、ただし、「太陽距午赤道度が九十度を過ぎる」場合は、一差は正・二差は負ということになり、同符号は加え異符号は減じる計算を行っていることになる。そして、結果の値の符号はどうなるのかというと、一律正であるとして取り扱っている(月距人線の算出において、一律減差を減算している)。なぜそれでよいかというと、減差が正とは、観測者が、太陽に近い昼側の半球にいるということであり、負とは、夜側の半球にいるということである。太陽が見えない(よって日食が見えない)時刻の計算をする必要はなく、夜側の半球にいるケースは考えなくてよいので、一律減算しているのである。

以上が、観測者の位置であるが、次に月の位置。「両心実相距の余弦較」とは、「真時の月は、実朔時の月と比べ、どれだけ地球に近いか」という値である。

実朔における月の Z 座標を地球~月の距離を 1 として測ると、\(\cos(\text{実朔太陰黄道緯度})\) である。そして、実朔の 1 時間後(または前)の月は、「月所在一小時月距日実行の矢」\( (1 - \cos(\text{一小時月距日実行})) \cos(\text{実朔太陰黄道緯度})\) だけ地球に近いのであった。

「両心実相距の余弦較」 \(\text{月所在一小時月距日実行の矢} \times \left( {\text{食甚真時} - \text{実朔用時} \over 1/24_\text{日}} \right)^2\) は、おそらく、実朔~実朔1時間前/後の間の月の動きを(ほんとうは円(円に近い楕円)なのだろうが)放物線として近似できるものとして、2次補完しているのであろう。この値の分だけ、食甚真時の月は、実朔の月より地球に近い。

  • なぜ、「両心実相距の余弦較」というネーミングなのかというと、おそらくこういうことだろう。
    実朔において、月と太陽の実相距(地心から見たときの月と太陽の視距離)は太陰黄道緯度である(経度方向のずれがゼロだから、緯度方向のずれがすなわち視距離である)。「地心から見たときの月と太陽の視距離」とは、地心と太陽を結ぶ直線と、地心と月を結ぶ直線とがなす角である。地心と太陽を結ぶ直線とは Z 軸であるから、地心~月の距離を 1 とするとき、これを Z 軸にそって測れば \(\cos(\text{実相距}(@\text{実朔})) = \cos(\text{太陰黄道緯度})\) となるはずである。
    同様に、食甚真時における月までの距離を Z 軸にそって測ると、\(\cos(\text{実相距}(@\text{真時}))\) である。
    その二つの差分 \(\cos(\text{実相距}(@\text{実朔})) - \cos(\text{実相距}(@\text{真時}))\) を意味する値であるから、「両心実相距の余弦較」なのである。そういう計算の仕方をしているわけではないけれども。

ということで、食甚真時における月の Z 座標は「\(\cos(\text{実朔太陰黄道緯度}) - \text{両心実相距の余弦較}\)」、観測者の Z 座標は「減差」であり、その差分が観測者~月の距離「月距人線」ということになる。

併径

月周蒙気差一十二秒五十微
求考真時両心視相距「以真時月距人線為一率、簡平地平高下差之正弦為二率、真時両心視相距之正弦為三率、求得四率為正弦、検表得考真時両心視相距」
真時月距人線を以って一率と為し、簡平地平高下差の正弦、二率と為し、真時両心視相距の正弦、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ考真時両心視相距を得。
求真時太陰視半径「以真時月距人線為一率、半径為二率、地平太陰視半径為三率、求得四率為真時太陰視半径」
真時月距人線を以って一率と為し、半径、二率と為し、地平太陰視半径、三率と為し、求めて得る四率、真時太陰視半径と為す。
求真時併径「置太陽視半径、加真時太陰視半径、減月周蒙気差、得真時併径」
太陽視半径を置き、真時太陰視半径を加へ、月周蒙気差を減じ、真時併径を得。
\[ \begin{align}
\text{月周蒙気差} &= 0°.001250 \\
\text{両心視相距}(@\text{考真時}) &= \sin^{-1} {\text{簡平地平高下差の正弦} \times \text{両心視相距の正弦}(@\text{真時}) \over \text{月距人線}(@\text{真時})} \\
\text{太陰視半径}(@\text{真時}) &= {\text{地平太陰視半径} \over \text{月距人線}(@\text{真時})} \\
\text{併径}(@\text{真時}) &= \text{太陽視半径} + \text{太陰視半径}(@\text{真時}) - \text{月周蒙気差}
\end{align} \]
考真時両心視相距とは、真時における月と太陽の視相距(観測者から見た月と太陽の視距離)である。これは、「両心視相距の正弦」(太陽から見た観測者と月の距離)を、「簡平地平高下差の正弦」を換算レートとして換算すれば求められるのであった。そしてさらに、観測者と月との間の距離が近いほど視距離は大きく、遠いほど視距離は小さくなるわけだから、「月距人線」で割り返して、この効果を計算に入れている。

なぜ、「真時両心視相距」ではなく「考真時両心視相距」なのかというと、寛政暦の日食法では、月の動く線に垂線の足を落として真時を定めるとき、その垂線の足の長さを「真時両心視相距」、真時の視差計算をちゃんと行って求めた視相距を「考真時両心視相距」としていた。新法暦書の計算では、「考真時両心視相距」とは別の「真時両心視相距」があったわけではないが、これに倣っているのであろう。

そして、太陰視半径についても、月距人線で割り返して、観測者が月に近いと視半径が大きく見える効果を計算に入れている。

天保暦の月食法においても、観測者が月に近いと視半径が大きく見える効果を計算に入れていた。が、地球影半径も同様に大きくなるはずだし、また、月と地球影の視距離も同様に大きくなるはずなのに、これの考慮はなされておらず、また、そもそも、月視半径、地球影視半径、月と地球影の視距離が同様に大きくなるのであれば、食分計算の分母・分子が同じだけ大きくなるのであって、食分の計算結果には影響しないはず。とすれば、この計算を行うことにそもそも意味はあるのか、という突っ込みをさせていただいた。地球の影がかかった状態の月を、多少近くに寄って見ようが遠くに離れて見ようが、影のかかり具合が変わるわけではないのである。

日食法においては、月の視半径だけでなく、視相距(月と太陽の視距離)もちゃんと大きくなるようにしている。また、月視半径と視相距は、観測者が月に近くなるほど大きくなるのだが、太陽視半径は、観測者と太陽との距離に応じて増減するのであり、観測者が地球半径の分だけ太陽に近くなったとしても地球~太陽間の距離に比べれば無視してよく、観測者の位置によって大きくなることはほぼ全くない。よって、日食の場合は、食分の計算に影響してくるから、この計算をすることに意味はある。

「併径」、つまり、月視半径と太陽視半径の合計を計算するにあたり、「月周蒙気差」0°.001250 を差し引いている。これは、わずかに食分を小さくする効果を持つ。これが何者なのかよく理解していないが、月はクレーターなどで多少ぼこぼこしていて、平均的な月半径よりも場所によっては低いところもあるため、日食時にそこから太陽の光がこぼれ出ることがある。そのため、月視半径を多少割り引いているのではないだろうか。

  • 皆既日食のときに、月面の高度が低いところから太陽光がこぼれ出て、光の数珠のように見えるのをベイリービーズ Baily's Beads などと呼ぶらしい。


定真時(真の食甚時刻)と食分

求考真時視行之正弦「以真時視距弧之正弦与近時視距弧之正弦相加減為股(両視距弧之正弦、同為東或同為西者、即相減、一為東一為西者、則相加。如無近時視距弧之正弦、則以真時視距弧之正弦為股。無真時視距弧之正弦、則以近時視距弧之正弦為股)、真時視緯之正弦与近時視緯之正弦相加減為勾(両視緯之正弦、同為南或同為北者、即相減、一為南一為北者、則相加。如無真時視緯之正弦、則以近時視緯之正弦為勾。無近時視緯之正弦、則以真時視緯之正弦為勾。如両視緯之正弦相等而減尽無余、或無両視緯之正弦、則以真時視距弧之正弦与近時視距弧之正弦相加減、為真時視行之正弦)、求得弦、為考真時視行之正弦」
真時視距弧の正弦を以って近時視距弧の正弦と相加減し股と為し(両視距弧の正弦、同じく東と為し或いは同じく西と為すは、即ち相減じ、一は東と為し一は西と為すは、則ち相加ふ。もし近時視距弧の正弦無ければ、則ち真時視距弧の正弦を以って股と為す。真時視距弧の正弦無ければ、則ち近時視距弧の正弦を以って股と為す)、真時視緯の正弦と近時視緯の正弦と相加減し勾と為し(両視緯の正弦、同じく南と為し或いは同じく北と為すは、即ち相減じ、一は南と為し一は北と為すは、則ち相加ふ。もし真時視緯の正弦無ければ、則ち近時視緯の正弦を以って勾と為す。近時視緯の正弦無ければ、則ち真時視緯の正弦を以って勾と為す。もし両視緯の正弦相等しくて減じ尽し余り無く、或いは両視緯の正弦無ければ、則ち真時視距弧の正弦を以って近時視距弧の正弦と相加減し、真時視行の正弦と為す)、求めて得る弦、真時視行の正弦と為す。
求定真時視行之正弦「以真時両心視相距之正弦与近時両心視相距之正弦、各自乗之、相減、以考真時視行之正弦除之、得数与考真時視行之正弦相加、折半之、得定真時視行之正弦(如無近時視緯之正弦、又無真時視緯之正弦、則無定真時両心視相距之正弦、即以近時両心視相距之正弦為定真時視行之正弦。如以真時両心視相距之正弦与近時両心視相距之正弦各自乗之、相減、以考真時視行之正弦除之、得数与考真時視行之正弦相等、是考真時両心視相距、已与視行成直角、真時即定真時、乃以考真時両心視相距求食分。如或大或小、則猶未為直角、再用下法、求之)」
真時両心視相距の正弦と近時両心視相距の正弦を以って、各おのこれを自乗し、相減じ、考真時視行の正弦を以ってこれを除し、得る数と考真時視行の正弦と相加へ、これを折半し、定真時視行の正弦を得(もし近時視緯の正弦無く、また真時視緯の正弦無ければ、則ち定真時両心視相距の正弦無く、即ち近時両心視相距の正弦を以って定真時視行之正弦と為す。もし真時両心視相距の正弦と近時両心視相距の正弦とを以って各おのこれを自乗し、相減じ、考真時視行の正弦を以ってこれを除し、得る数と考真時視行の正弦と相等しければ、これ、考真時両心視相距、すでに視行と直角を成し、真時即ち定真時、すなはち考真時両心視相距を以って食分を求む。もし或いは大或いは小なれば、則ちなほいまだ直角を為さず、再び下法を用ゐ、これを求む)。
求定真時視行「以真時月距人線為一率、簡平地平高下差之正弦為二率、定真時視行之正弦為三率、求得四率為正弦、検表得定真時視行」
真時月距人線を以って一率と為し、簡平地平高下差の正弦、二率と為し、定真時視行の正弦、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ定真時視行を得。
定真時両心視相距之正弦「以近時両心視相距之正弦為弦、定真時視行之正弦為勾、求得股、為定真時両心視相距之正弦」
近時両心視相距の正弦を以って弦と為し、定真時視行の正弦、勾と為し、求めて得る股、定真時両心視相距の正弦と為す。
定真時両心視相距「以真時月距人線為一率、簡平地平高下差之正弦為二率、定真時両心視相距之正弦為三率、求得四率為正弦、検表得定真時両心視相距」
真時月距人線を以って一率と為し、簡平地平高下差の正弦、二率と為し、定真時両心視相距の正弦、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ定真時両心視相距を得。
求定真時距分「以設時視行之正弦為一率、一刻為二率、定真時視行之正弦為三率、求得四率為定真時距分。限東則為減、限西則為加」
設時視行の正弦を以って一率と為し、一刻、二率と為し、定真時視行の正弦、三率と為し、求めて得る四率、定真時距分と為す。限東則ち減と為し、限西則ち加と為す。
求食甚定真時「置食甚近時、加減定真時距分、得食甚定真時」
食甚近時を置き、定真時距分を加減し、食甚定真時を得。
求食分「以太陽視半径倍之、得太陽全径、為一率、一十分為二率、真時併径、内減定真時両心視相距、為三率(如無定真時両心視相距、則以真時併径為三率)、求得四率為食分(南北随真時視緯之正弦)」
太陽視半径を以ってこれを倍し、太陽全径を得、一率と為し、一十分、二率と為し、真時併径、定真時両心視相距を内減し、三率と為し(もし定真時両心視相距無ければ、則ち真時併径を以って三率と為す)、求めて得る四率、食分と為す(南北、真時視緯の正弦に随ふ)。
\[ \begin{align}
\text{考真時視行の正弦} &= \sqrt{\begin{aligned}
(\text{視距弧の正弦}(@\text{真時}) - \text{視距弧の正弦}(@\text{近時}))^2 \\
+ (\text{視緯の正弦}(@\text{真時}) - \text{視緯の正弦}(@\text{近時}))^2
\end{aligned}} \\
&\hphantom{=} \times \text{符号}(\text{真時距分}) \\
\text{定真時視行の正弦} &= {(\text{両心視相距の正弦}(@\text{近時}))^2 + (\text{考真時視行の正弦})^2 - (\text{両心視相距の正弦}(@\text{真時}))^2 \over 2 \times \text{真時視行の正弦}} \\
\text{定真時視行} &= \sin^{-1} {\text{簡平地平高下差の正弦} \times \text{定真時視行の正弦} \over \text{月距人線}(@\text{真時})} \\
\text{定真時両心視相距の正弦} &= \sqrt{(\text{両心視相距の正弦}(@\text{近時}))^2 - (\text{定真時視行の正弦})^2} \\
\text{定真時両心視相距} &= \sin^{-1} {\text{簡平地平高下差の正弦} \times \text{定真時両心視相距の正弦} \over \text{月距人線}(@\text{真時})} \\
\text{定真時距分} &= (\text{食甚設時} - \text{食甚近時}) \times {\text{定真時視行の正弦} \over \text{設時視行の正弦}} \\
\text{食甚定真時} &= \text{食甚近時} + \text{定真時距分} \\
\text{食分} &= {\text{真時併径} - \text{定真時両心視相距} \over 2 \times \text{太陽視半径}} \times 10_\text{分}
\end{align} \]

近時の月と設時の月との間に垂線の足を降ろして真時を求めたのと同様に、2回目の漸近として、近時の月と真時の月との間に垂線の足を降ろして定真時を求め、これを真の食甚時刻とする。

上の方の図と同様に、近時の月を A, 真時の月を B, 観測者を C とする三角形 ⊿ABC を考える。AB, BC, CA の対辺をそれぞれ c, a, b とする。観測者と近時の月間の距離 CA = b = 両心視相距の正弦(@近時)、観測者と真時の月間の距離 CB = a = 両心視相距の正弦(@真時)。近時の月と真時の月間の距離 AB = c = 「考真時視行の正弦」。

考真時視行の正弦は、真時を求めるときの「設時視行の正弦」と同じく、\(\text{符号}(\text{真時距分})\) をかけて、真時が近時の後なら正、前なら負になるようにした。

近時と設時から真時を得たのと同じ計算方法をとるなら、
\[ \text{定真時視行の正弦} x = {b^2 + c^2 - a^2 \over 2c} \]
なのだが、新法暦書の条文どおりに計算すると、
\[ \text{定真時視行の正弦} x = {\dfrac{b^2 - a^2}{c} + c \over 2} \]
を計算している。同じことなので、当ブログの式では、近時と設時から真時を得たのと同じ式にしておいた。「定真時視行の正弦」も、定真時が近時の後なら正、前なら負となっているはずである。

「定真時視行の正弦」を「簡平地平高下差の正弦」の換算レートで、定真時における太陽と月の視距離に換算したのが「定真時視行」。近時~定真時の間に視月(観測者から見た(視差を考慮した)月)が動く距離である。これも、定真時が近時の後なら正、前なら負となる。この値は、初虧・復円の計算をするとき使用する。

「定真時両心視相距の正弦」 は、垂線の足の長さで、定真時における観測者と月射影との距離。三平方の定理で、\(\mathrm{CD} = \sqrt{(\mathrm{CA})^2 - (\mathrm{AD})^2}\) として求める。そして、それをやはり「簡平地平高下差の正弦」の換算レートで、定真時における太陽と月の視距離に換算し、「定真時両心視相距」(定真時における、観測者から見た月と太陽の視距離)とする。

「定真時視行の正弦」を時間に換算して、定真時距分(近時→定真時の時間差)を得る。

新法暦書の条文どおりには、
\[ \text{定真時距分} = 0.01_\text{日} \times {\text{定真時視行の正弦} \over \text{設時視行の正弦}} \]
これを
\[ \text{定真時距分} = (\text{食甚設時} - \text{食甚近時}) \times {\text{定真時視行の正弦} \over \text{設時視行の正弦}} \]
とする。\((\text{食甚設時} - \text{食甚近時}) \) と設時視行の正弦とは同符号であり、定真時視行の正弦の符号により正負が決まる。定真時視行は、定真時が近時の後なら正、前なら負として求められているから、正しく定真時距分の符号を設定出来ているはず。

\[ \text{定真時距分} = (\text{食甚真時} - \text{食甚近時}) \times {\text{定真時視行の正弦} \over \text{考真時視行の正弦}} \]
という計算の方がよいような気がするが……。そうはなっていないからしょうがない。

定真時距分の正負の処理について、新法暦書の条文での取り扱いは、ちょっといい加減な気がする。定真時距分を食甚近時に加減するところで「限東則ち減と為し、限西則ち加と為す」としている。これはすなわち、近時→定真時の前後関係を、近時→設時の前後関係と同じだとしているのに等しい。近時より真時の方がより真の食甚時刻に近いはずだから、近時→真時の前後関係と、近時→定真時の前後関係は同じだと考えてよいだろうが、近時→設時の前後関係と同じだとは必ずしも言えない。食甚真時を求めるときに「真時視行の正弦を求むる時に反減すれば、加減を反す」としてあったように、「真時視行の正弦を求める時に (※) 反減していた場合は、加減を反せ」と書いてあったなら正しかったように思うが。

  • (※) 「定真時視行の正弦を求める時に」ではない。近時→真時の前後関係と、近時→定真時の前後関係は同じだと考えてよいので、定真時視行の正弦を求める時に反減することはない。

食甚食分の計算は、今までさんざんおなじみのとおり。
\[ \text{食分} = {\text{併径} - \text{視相距} \over \text{太陽視直径}} \times 10_\text{分} \]
として算出できる。

金環食

如太陽視半径大於太陰視半径、而無定真時両心視相距、則日月相合、為重心食。又、定真時両心視相距小於両径較(太陽視半径内減太陰視半径、即得)、則日月両心不相合、而殆近于重心食、是倶金環食也。其食分在一十分以内、亦為全食。
もし太陽視半径、太陰視半径より大にして、定真時両心視相距無ければ、則ち日月相合し、重心食と為す。また、定真時両心視相距、両径較より小なれば(太陽視半径、太陰視半径を内減し、即ち得)、則ち日月両心相合はずして、殆んど重心食に近く、これ倶に金環食なり。其の食分一十分以内に在って、また全食と為す。
\[ \begin{align}
& \text{両径較} = \text{太陰視半径} - \text{太陽視半径} \\
& \begin{cases}
\text{太陽視半径} \leqq \text{太陰視半径}: \begin{cases}
\text{定真時視相距} \leqq |\text{両径較}|:\, \text{→皆既日食} \\
\text{定真時視相距} \gt |\text{両径較}|:\, \text{→部分日食}
\end{cases} \\
\text{太陽視半径} \gt \text{太陰視半径}: \begin{cases}
\text{定真時視相距} \leqq |\text{両径較}|:\, \text{→金環日食} \\
\text{定真時視相距} \gt |\text{両径較}|:\, \text{→部分日食}
\end{cases}
\end{cases}
\end{align} \]
天保暦からは、金環食の判定について明記されるようになった(残念ながら、天保暦の施行期間において、頒暦上記載される範囲において、金環食が発生しなかったが)。

金環食の判定の前に、皆既日食の判定について整理しておこう。皆既日食とは、食分が 10分以上になる場合だから、月の視半径を \(r_m\)、太陽の視半径を \(r_s\)、視相距を \(d\) とすると、
\[ \begin{align}
\text{食分} = {r_m + r_s - d \over 2 r_s} \times 10 &\geqq 10 \\
r_m + r_s - d &\geqq 2r_s \\
d \leqq r_m - r_s
\end{align} \]
となるのが、皆既日食となる条件である。

皆既日食とは日輪が月輪のなかにすっぽり収まる事象だが、金環日食とは月輪が日輪のなかにすっぽり収まる事象であり、上記の \(r_m\) と \(r_s\) を入れ替えれば判定できる。
\[ \begin{align}
{r_m + r_s - d \over 2 r_m} \times 10 &\geqq 10 \\
r_m + r_s - d &\geqq 2r_m \\
d \leqq r_s - r_m
\end{align} \]
として、金環日食になるかどうか判定できる。

なお、金環日食となるのは、\(r_s \gt r_m\) のケースであるが、その場合、
\[ \begin{align}
\text{食分} &= {r_m + r_s - d \over 2 r_s} \times 10 \\
&\lt {r_s + r_s - d \over 2 r_s} \times 10 \\
&\lt {2 r_s \over 2 r_s} \times 10 \\
&= 10
\end{align} \]
となるから、必ず食分は 10分に満たない(太陽の光が完全に月に隠ぺいされることはないのだから)。なのだが、その場合でも「また全食と為す」と規定している。


食甚については以上で説明終り。次回は、初虧・復円について

 

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[参考文献]

渋川 景祐; 足立 信頭「新法暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

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