2020年11月21日土曜日

天保暦の暦法 (11) 月離 (6) 月出入時刻 (2)

[江戸頒暦の研究 総目次へ]

前回までのところで、月出入時刻を算出するにあたって、その近似的なアタリの時刻、「東時」「西時」を算出した。今回は、ここから、実際の月出入時刻を算出していくこととなる。

 

 東時・西時の日躔・月離算出

求東時太陽赤道経度「用東時太陽平行及最高平行、依推日躔法求其黄道実行、随得太陽赤道経度、為東時之数」
東時太陽平行及び最高平行を用ゐ、推日躔法に依り其の黄道実行を求め、随って太陽赤道経度を得、東時の数と為す。
求西時太陽赤道経度「用西時太陽平行及最高平行、依推日躔法求其黄道実行、随得太陽赤道経度、為西時之数」
西時太陽平行及び最高平行を用ゐ、推日躔法に依り其の黄道実行を求め、随って太陽赤道経度を得、西時の数と為す。
求東時太陰赤道経緯度「用東時太陰諸平行、依推月離法求其黄道経緯度、随得太陰赤道経緯度、為東時之数」
東時太陰諸平行を用ゐ、推月離法に依り其の黄道経緯度を求め、随って太陰赤道経緯度を得、東時の数と為す。
求西時太陰赤道経緯度「用西時太陰諸平行、依推月離法求其黄道経緯度、随得太陰赤道経緯度、為西時之数」
西時太陰諸平行を用ゐ、推月離法に依り其の黄道経緯度を求め、随って太陰赤道経緯度を得、西時の数と為す。

前回算出した、東時・西時の太陽平行・太陽最高平行・太陰平行・太陰最高平行・太陰正交平行を用いて、太陽の赤経・月の赤経・赤緯を算出する。

このブログの式においては、「京都時刻東日時」・「京都時刻西日時」も算出しておいたので、その日時における日躔・月離を算出して、太陽の赤経・月の赤経・赤緯を算出してもよい。

卯酉正前後赤道度・地平距子赤道度

[推太陰出入時刻法]
求卯正前後赤道度「以半径為一率、北極高度之正切線為二率、東時太陰赤道緯度之正切線為三率、求得四率為正弦、検表得卯正前後赤道度(太陰赤道緯度南則為卯後度、北則為卯前度)」
半径を以って一率と為し、北極高度の正切線、二率と為し、東時太陰赤道緯度の正切線、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ卯正前後赤道度を得(太陰赤道緯度、南則ち卯後度と為し、北則ち卯前度と為す)。
求酉正前後赤道度「以半径為一率、北極高度之正切線為二率、西時太陰赤道緯度之正切線為三率、求得四率為正弦、検表得酉正前後赤道度(太陰赤道緯度南則為酉前度、北則為酉後度)」
半径を以って一率と為し、北極高度の正切線、二率と為し、西時太陰赤道緯度の正切線、三率と為し、求めて得る四率、正弦と為し、表を検じ酉正前後赤道度を得(太陰赤道緯度、南則ち酉前度と為し、北則ち酉後度と為す)。
求東地平距子赤道度「置象限、加減卯正前後赤道度(卯前度則減、卯後度則加)、得東地平距子赤道度」
象限を置き、卯正前後赤道度を加減し(卯前度すなはち減じ、卯後度すなはち加ふ)、東地平距子赤道度を得。
求西地平距子赤道度「置三象限、加減酉正前後赤道度(酉前度則減、酉後度則加)、得西地平距子赤道度」
三象限を置き、酉正前後赤道度を加減し(酉前度すなはち減じ、酉後度すなはち加ふ)、西地平距子赤道度を得。
\[ \begin{align}
\text{卯正前後赤道度} &= \sin^{-1}(\tan(\text{北極高度}) \tan(\text{太陰赤道緯度}(@\text{東時}))) \\
\text{酉正前後赤道度} &= \sin^{-1}(\tan(\text{北極高度}) \tan(\text{太陰赤道緯度}(@\text{東時}))) \\
\text{東地平距子赤道度} &= 90° - \text{卯正前後赤道度} \\
\text{西地平距子赤道度} &= 270° + \text{酉正前後赤道度}
\end{align} \]

卯酉正前後赤道度は、赤緯をゼロとしたときの出入時赤経線(出入するのは正東・正西方向であり、北側の赤経線(南中子午線の反対側)と 90°, 270° ずれた赤経線)と、実際の赤緯における出入時赤経線とが、どれだけずれているかという値である。

寛政暦の太陽の出入時刻算出寛政暦の月の出入時刻算出天保暦の太陽の出入時刻算出でも出てきた計算と同様であって、\(\sin \tau = \tan \phi \tan \delta\) の \(\tau\) となる(地点緯度、赤緯をそれぞれ \(\phi, \delta\) とする)。

東/西地平距子赤道度は、出入時赤経線(「東/西地平赤道度」)から、北側の赤経線(「正子赤道度」)への離角である。

太陰距子赤道度

[推太陰出入時刻法]
求東時正子赤道経度「以東時変赤道度(以周日為一率、周天為二率、東時為三率、求得四率為赤道度。後倣此)、加東時太陽平行(満十二宮去之)、得東時正子赤道経度」
東時を以って赤道度に変じ(周日を以って一率と為し、周天、二率と為し、東時、三率と為し、求めて得る四率、赤道度と為す。後、此に倣へ)、東時太陽平行を加へ(満十二宮これを去く)、東時正子赤道経度を得。
求西時正子赤道経度「以西時変赤道度、加西時太陽平行(満十二宮去之)、得西時正子赤道経度」
西時を以って赤道度に変じ、西時太陽平行を加へ(満十二宮これを去く)、西時正子赤道経度を得。
求東時太陰距子赤道度「置東時正子赤道経度、減東時太陰赤道経度(不足減者、加十二宮減之)、得東時太陰距子赤道度」
東時正子赤道経度を置き、東時太陰赤道経度を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、東時太陰距子赤道度を得。
求西時太陰距子赤道度「置西時正子赤道経度、減西時太陰赤道経度(不足減者、加十二宮減之)、得西時太陰距子赤道度」
西時正子赤道経度を置き、西時太陰赤道経度を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、西時太陰距子赤道度を得。
\[ \begin{align}
\text{東時正子赤道経度} &= {360° \over 1_\text{日}}\text{東時} + \text{太陽平行}(@\text{東時}) \\
\text{西時正子赤道経度} &= {360° \over 1_\text{日}}\text{西時} + \text{太陽平行}(@\text{西時}) \\
\text{東時太陰距子赤道度} &= \text{東時正子赤道経度} - \text{太陰赤経}(@\text{東時}) \\
\text{西時太陰距子赤道度} &= \text{西時正子赤道経度} - \text{太陰赤経}(@\text{西時})
\end{align} \]

「東/西時正子赤道経度」は、東/西時における北側の赤経線の赤経である。

 「平均太陽時」とは、当該時刻の平均太陽の赤経(= 太陽の平均黄経)から、当該時刻の北側の赤経線の赤経への離角を、時分に変じたもの(\(\times {1_\text{日} \over 360°}\))に他ならない。
\[ \text{平均太陽時} = {1_\text{日} \over 360°} (\text{北側の赤経線の赤経} - \text{太陽の平均黄経}) \]
これを、平均太陽時と太陽の平均黄経から、北側の赤経線の赤経を求める式に変換したのが、東/西時正子赤道経度を求める式である。

そして、 東/西時における真の月の赤経から、北側の赤経線の赤経への離角が、東/西時太陰距子赤道度である。90°, 270° に近い値となっているはずだが、東時・西時は平均月の赤経ベースで求めているわけだから、もちろん一致はしない。

太陰距地平前後赤道実度

[推太陰出入時刻法]
求東時太陰距地平前後赤道実度「以東地平距子赤道度与東時太陰距子赤道度相減、為東時太陰距地平前後赤道実度(地平距子赤道度大於太陰距子赤道度、則為前度。小於太陰距子赤道度、則為後度)」
東地平距子赤道度を以って東時太陰距子赤道度と相減じ、東時太陰距地平前後赤道実度と為す(地平距子赤道度、太陰距子赤道度より大なれば、則ち前度と為し。太陰距子赤道度より小なれば、則ち後度と為す)。
求西時太陰距地平前後赤道実度「以西地平距子赤道度与西時太陰距子赤道度相減、為西時太陰距地平前後赤道実度(地平距子赤道度大於太陰距子赤道度、則為前度。小於太陰距子赤道度、則為後度)」
西地平距子赤道度を以って西時太陰距子赤道度と相減じ、西時太陰距地平前後赤道実度と為す(地平距子赤道度、太陰距子赤道度より大なれば、則ち前度と為し。太陰距子赤道度より小なれば、則ち後度と為す)。
\[ \begin{align}
\text{東時太陰距地平前後赤道実度} &= \text{東地平距子赤道度} - \text{東時太陰距子赤道度} \\
\text{西時太陰距地平前後赤道実度} &= \text{西地平距子赤道度} - \text{西時太陰距子赤道度}
\end{align} \]

「東/西時太陰距地平前後赤道実度」は、東/西地平距子赤道度(すなわち、出入時赤経線から、北側の赤経線への離角)から、東/西時太陰距子赤道度(すなわち、真の月の赤経から、北側の赤経線の赤経への離角)を引いたものである。

すなわち、 東/西時における、出入時赤経線から真の月の赤経への離角となっている。東/西時の時点において、月が地平からどれだけずれているかを示している。

東時・西時、双方において「地平距子赤道度、太陰距子赤道度より大なれば、則ち前度と為し。太陰距子赤道度より小なれば、則ち後度と為す」とされている。私の計算式、
\(\text{太陰距地平前後赤道実度} = \text{地平距子赤道度} - \text{太陰距子赤道度} \)
は、前度をプラス、後度をマイナスとしていることになる。

前度は、月の赤経が思ったより先に進んでいる、すなわち、地球の自転が(つまり出入時赤経線が)月にキャッチアップして月出入を迎えるのに思ったより時間がかかる、つまり、出入時刻が遅れる。
反対に後度は、月の赤経が思ったよりも遅れている、すなわち、地球の自転が(つまり出入時赤経線が)月にキャッチアップして月出入を迎えるのに思ったより時間がかからない、つまり、出入時刻が早くなる。

視差角

 [推太陰出入時刻用数]
地平清蒙気差五十六分四十一秒六十七微
 [推太陰出入時刻法]
求東時太陰地半径差「用求東時太陰黄道経緯度條中所得之諸数、依推太陰地半径差法求之、為東時之数」
求東時太陰黄道経緯度の條中に得るところの諸数を用ゐ、推太陰地半径差法に依りこれを求め、東時の数と為す。
求西時太陰地半径差「用求西時太陰黄道経緯度條中所得之諸数、依推太陰地半径差法求之、為西時之数」
求西時太陰黄道経緯度の條中に得るところの諸数を用ゐ、推太陰地半径差法に依りこれを求め、西時の数と為す。
求東時視差較「置東時太陰地半径差、減地平清蒙気差、得東時視差較」
東時太陰地半径差を置き、地平清蒙気差を減じ、東時視差較を得。
求西時視差較「置西時太陰地半径差、減地平清蒙気差、得西時視差較」
西時太陰地半径差を置き、地平清蒙気差を減じ、西時視差較を得。
\[ \begin{align}
\text{地平清蒙気差} &= 0°.564167 \\
\text{東時視差較} &= \text{太陰地半径差}(@\text{東時}) - \text{地平清蒙気差} \\
\text{西時視差較} &= \text{太陰地半径差}(@\text{西時}) - \text{地平清蒙気差}
\end{align} \]

地平線近くの天体は、大気の屈折により若干浮き上がって見える。この浮き上がって見える量が、「地平清蒙気差」0°.564167 である。

一方、地平視差(地半径差)、すなわち、天体を天頂方向に見る人にとっての天体が見える方向と、天体を地平線方向に見る人にとっての天体が見える方向との差、によって、月出入時点(月が地平線方向に見える)においては、月が若干、下方向にずれて見えることになる。

両者の差分が「視差較」である。最も地球に近い天体である月の地平視差は大きく 1° ほどになり、地平清蒙気差により浮き上がって見える効果より大きいから、地平線近くの月は若干沈み込んで見えることとなる。つまり、実際の月出入は、月の仰角 = 0° のときではなく、月の仰角 =視差較のときだということになる。

天保暦の太陽の出入時刻算出においても、視差較を考慮している。ただし、月と比べてはるかに遠い太陽の地平視差は大きくなく(天保暦では  0°.002389)、地平清蒙気差より小さいので、地平線近くの太陽は若干浮き上がって見えることになる。よって、太陽の視差較は、出時刻を早く、入時刻を遅くする効果があるが、月の視差較は、出時刻を遅く、入時刻を早くする効果がある。

差度

 [推太陰出入時刻法]
求東時差度「置東時太陰赤道緯度之余弦、自乗之、減北極高度之正弦自乗数、平方開之、為東時法数。乃、置東時視差較、乗半径、以東時法数除之、得東時差度。太陰距地平前後赤道実度、前度則為加、後度則為減」
東時太陰赤道緯度の余弦を置き、これを自乗し、北極高度の正弦自乗数を減じ、平方にこれを開き、東時法数と為す。すなはち、東時視差較を置き、半径を乗じ、東時法数を以ってこれを除し、東時差度を得。太陰距地平前後赤道実度、前度則ち加と為し、後度則ち減と為す。
求西時差度「置西時太陰赤道緯度之余弦、自乗之、減北極高度之正弦自乗数、平方開之、為西時法数。乃、置西時視差較、乗半径、以西時法数除之、得西時差度。太陰距地平前後赤道実度、前度則為減、後度則為加」
西時太陰赤道緯度の余弦を置き、これを自乗し、北極高度の正弦自乗数を減じ、平方にこれを開き、西時法数と為す。すなはち、西時視差較を置き、半径を乗じ、西時法数を以ってこれを除し、西時差度を得。太陰距地平前後赤道実度、前度則ち減と為し、後度則ち加と為す。
\[ \begin{align}
\text{東時差度} &= {\text{東時視差較} \over \sqrt{\cos^2(\text{太陰赤緯}(@\text{東時})) - \sin^2(\text{北極高度})}} \\
\text{西時差度} &= {\text{西時視差較} \over \sqrt{\cos^2(\text{太陰赤緯}(@\text{西時})) - \sin^2(\text{北極高度})}}
\end{align} \]

天保暦の太陽の出入時刻算出でも同様の計算式があった。視差較を考慮しないとき(仰角 = 0° のときをもって出入時刻とするとき)と、視差較を考慮するときとで、出入時刻にどれだけの差違があるかの計算で。ただし、時間量ではなく角度量、北側の赤経線との離角、すなわち「地平距子赤道度」に対する補正値である。

太陽の出入時刻算出のところでも書いたのと同じではあるが、差度の算出式がどうやって導出されるのか改めて記載する。

卯酉正前後赤道度を \(\tau_0\) とする。地平距子赤道度は、\(90° - \tau_0, 270° + \tau_0\) である。地点緯度、月の赤緯、視差較、差度をそれぞれ、\(\phi, \delta, \mu, \Delta \tau\) とする。

 \[ \begin{align}
\sin \tau_0 &= \tan \phi \tan \delta \\
\sin(\tau_0 - \Delta \tau) &= \tan \phi \tan \delta - {\sin \mu \over \cos \phi \cos \delta} \\
\sin \tau_0 - \sin(\tau_0 - \Delta \tau) &= {\sin \mu \over \cos \phi \cos \delta} \\
\sin \tau_0 - \sin \tau_0 \cos \Delta \tau + \cos \tau_0 \sin \Delta \tau &= {\sin \mu \over \cos \phi \cos \delta} \\
\end{align} \]
\(\mu\) が微小な角である場合、\(\Delta \tau\) も微小な角であり、\(\sin \mu \fallingdotseq \mu, \sin \Delta \tau \fallingdotseq \Delta \tau, \cos \Delta \tau \fallingdotseq 1\) であるから、
\[ \begin{align}
\Delta \tau \cos \tau_0 &\fallingdotseq {\mu \over \cos \phi \cos \delta} \\
\Delta \tau &\fallingdotseq {\mu \over \cos \phi \cos \delta \cos \tau_0} \\
&= {\mu \over \cos \phi \cos \delta \sqrt{1 - \sin^2 \tau_0}} \\
&= {\mu \over \cos \phi \cos \delta \sqrt{1 - \tan^2 \phi \tan^2 \delta}} \\
&= {\mu \over \sqrt{\cos^2 \phi \cos^2 \delta - \sin^2 \phi \sin^2 \delta}} \\
&= {\mu \over \sqrt{(1 - \sin^2 \phi) \cos^2 \delta - \sin^2 \phi (1 - \cos^2 \delta)}} \\
&= {\mu \over \sqrt{\cos^2 \delta - \sin^2 \phi}} \\
\end{align} \]

太陰距地平前後赤道視度

求東時太陰距地平前後赤道視度「置東時太陰距地平前後赤道実度、加減東時差度、得東時太陰距地平前後赤道視度」
東時太陰距地平前後赤道実度を置き、東時差度を加減し、東時太陰距地平前後赤道視度を得。
求西時太陰距地平前後赤道視度「置東時太陰距地平前後赤道実度、加減西時差度、得西時太陰距地平前後赤道視度」
西時太陰距地平前後赤道実度を置き、西時差度を加減し、西時太陰距地平前後赤道視度を得。
\[ \begin{align}
\text{東時太陰距地平前後赤道視度} &= \text{東時太陰距地平前後赤道実度} + \text{差度} \\
\text{西時太陰距地平前後赤道視度} &= \text{西時太陰距地平前後赤道実度} - \text{差度}
\end{align} \]

太陰距地平前後赤道実度(すなわち、平均月ベースで計算した出入時刻と、真月ベースで計算した出入時刻とのずれ)に、差度(すなわち、視差較による出入時刻のずれ)を加減して、東/西時からの真の出入時刻のずれを見る。

「出入時刻のずれ」とはいっても、時間量ではなく角度量である。東/西時において視差較により若干沈み込む分を加味した地平線(仰角 = 視差較の線)と真月の赤緯線が交差する点をとおる赤経線と、真月の赤経との離角である。

「太陰距地平前後赤道実度」の計算において、前度をプラス、後度をマイナスとした。前度は出入時刻を後ろにずらし、後度は前にずらす。一方、差度の計算では、東時差度では「太陰距地平前後赤道実度、前度則ち加と為し、後度則ち減と為す」、つまり、差度は前度と同符号(プラス)であり、西時差度では「太陰距地平前後赤道実度、前度則ち減と為し、後度則ち加と為す」、つまり、差度は後度と同符号(マイナス)である。よって、東時の赤道視度の計算では差度を赤道実度に加えており、西時では減算している。視差較の説明のところで「月の視差較は、出時刻を遅く、入時刻を早くする効果がある」と申し上げたとおりになっている。

東時・西時の日躔・月離算出その2

求東時時差総「以東時太陽赤道経度与東時太陽平行相減、余数変時分、得東時時差総。太陽赤道経度大於太陽平行則為減、小於太陽平行則為加」
東時太陽赤道経度を以って東時太陽平行と相減じ、余数、時分に変じ、東時時差総を得。太陽赤道経度、太陽平行より大なれば則ち減と為し、太陽平行より小なれば則ち加と為す。
求西時時差総「以西時太陽赤道経度与西時太陽平行相減、余数変時分、得西時時差総。太陽赤道経度大於太陽平行則為減、小於太陽平行則為加」
西時太陽赤道経度を以って西時太陽平行と相減じ、余数、時分に変じ、西時時差総を得。太陽赤道経度、太陽平行より大なれば則ち減と為し、太陽平行より小なれば則ち加と為す。
求一日太陽赤道実行「置西時太陽赤道経度、減東時太陽赤道経度、余数倍之、得一日太陽赤道実行」
西時太陽赤道経度を置き、東時太陽赤道経度を減じ、余数これを倍し、一日太陽赤道実行を得。
求一日太陰赤道実行「置西時太陰赤道経度、減東時太陰赤道経度、余数倍之、得一日太陰赤道実行」
西時太陰赤道経度を置き、東時太陰赤道経度を減じ、余数これを倍し、一日太陰赤道実行を得。
求一日太陰左旋赤道度「置周天、加一日太陽赤道実行、減一日太陰赤道実行、得一日太陰左旋赤道度」
周天を置き、一日太陽赤道実行を加へ、一日太陰赤道実行を減じ、一日太陰左旋赤道度を得。
\[ \begin{align}
\text{時差総}(@\text{東時}) &= {1_\text{日} \over 360°} (\text{太陽平行}(@\text{東時}) - \text{太陽赤道経度}(@\text{東時})) \\
\text{時差総}(@\text{西時}) &= {1_\text{日} \over 360°} (\text{太陽平行}(@\text{西時}) - \text{太陽赤道経度}(@\text{西時})) \\
\text{一日太陽赤道実行} &= 2 \times (\text{太陽赤道経度}(@\text{西時}) - \text{太陽赤道経度}(@\text{東時})) \\
\text{一日太陰赤道実行} &= 2 \times (\text{太陰赤道経度}(@\text{西時}) - \text{太陰赤道経度}(@\text{東時})) \\
\text{一日太陰左旋赤道度} &= 360°_\text{/日} + \text{一日太陽赤道実行} - \text{一日太陰赤道実行}
\end{align} \]
東時・西時における時差総(平均太陽時と真太陽時の時差)を算出する。これは月出入時刻における時差総とほぼ等しいと言えるだろう。

一日あたりの真太陽・真月の赤経の角速度、一日太陽赤道実行、一日太陰赤道実行を求める。東時・西時は、平均月南中の6時間前・6時間後の時刻であるから、東時~西時の間の半日分の赤経変化量を二倍すれば、一日分の赤経変化量となる。

前回、「\(\text{一日太陰左旋度} = 360° + \text{太陽毎日平行} - \text{太陰毎日平行})\)」という定数の定義を説明したが、これは平均太陽・平均月ベースの値であった。これを真太陽・真月ベースで算出したものが「一日太陰左旋赤道度」となる。

出入地時刻

求東時距分「以一日太陰左旋赤道度為一率、周日為二率、東時太陰距地平前後赤道視度為三率、求得四率為東時距分。太陰距地平前後赤道実度、前度則為加、後度則為減」
一日太陰左旋赤道度を以って一率と為し、周日、二率と為し、東時太陰距地平前後赤道視度、三率と為し、求めて得る四率、東時距分と為す。太陰距地平前後赤道実度、前度則ち加と為し、後度則ち減と為す。
求西時距分「以一日太陰左旋赤道度為一率、周日為二率、西時太陰距地平前後赤道視度為三率、求得四率為西時距分。太陰距地平前後赤道実度、前度則為加、後度則為減」
一日太陰左旋赤道度を以って一率と為し、周日、二率と為し、西時太陰距地平前後赤道視度、三率と為し、求めて得る四率、西時距分と為す。太陰距地平前後赤道実度、前度則ち加と為し、後度則ち減と為す。
求太陰出地時刻「置東時、加減東時距分及時差総、為太陰出地時分。如法収之、得太陰出地時刻」
東時を置き、東時距分及び時差総を加減し、太陰出地時分と為す。法の如くこれを収め、太陰出地時刻を得。
求太陰入地時刻「置西時、加減西時距分及時差総、為太陰入地時分。如法収之、得太陰入地時刻」
西時を置き、西時距分及び時差総を加減し、太陰入地時分と為す。法の如くこれを収め、太陰入地時刻を得。
\[ \begin{align}
\text{東時距分} &= \text{東時太陰距地平前後赤道視度} / \text{一日太陰左旋赤道度} \\
\text{西時距分} &= \text{西時太陰距地平前後赤道視度} / \text{一日太陰左旋赤道度} \\
\text{太陰出地時刻} &= \text{東時} + \text{東時距分} + \text{東時時差総} \\
\text{太陰入地時刻} &= \text{西時} + \text{西時距分} + \text{西時時差総} \\
\end{align} \]

赤道視度は、東時・西時が真の月出入時刻であるとしたときと如何ほど真月の赤経がずれているかという値であって、それを、「一日太陰左旋赤道度」つまり、真月の赤経に対して地球の自転が追いつく相対速度で割って、その赤経のずれを解消するためにかかる時間を求めたものが「東/西時距分」である。前度(出入時刻を遅らせる)をプラス、後度(出入時刻を早める)をマイナスとしているので、東時・西時に、東/西時距分を加算して、月の出入時刻を得る。さらに、時差総を加減して、真太陽時における月の出入時刻を得ている。


以上で天保暦の暦法についての説明を終わる。

江戸時代の幕府天文方作成暦(貞享暦・宝暦暦・寛政暦・天保暦)の暦法について、頒暦(仮名暦)の作暦に必要な範囲で調べていくことを、このブログのテーマとしているのであるが、日月食の推算を除けば、今回の説明で、説明すべきところはすべて説明したことになる。

ということで、今後は、残る部分、すなわち日月食推算について説明していくことになるが、一旦その前に、次回は、明治の太陽暦改暦以降の状況について一度説明しておくこととする。

[江戸頒暦の研究 総目次へ]

[参考文献]

渋川 景祐; 足立 信頭「新法暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

渋川 景祐; 足立 信行「新法暦書続編」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

 

0 件のコメント:

コメントを投稿