2021年1月23日土曜日

宝暦暦の日月食法

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前回までは、貞享暦の日月食法について説明した。

今回は、宝暦暦の日月食法。が、やはり、宝暦暦は貞享暦のマイナーチェンジ版であり、定数が若干修正されている以外は、ほぼ貞享暦と同一。


宝暦暦の日月食法の諸定数

種目 項目
貞享暦 貞享暦
@宝暦四(1754)
宝暦暦
修正宝暦暦
共通
交応
0.48 日 15.119240 日 15.04 日 15.2057 日
交終 27.212220 日
交差 2.318370 日
交望 14.765295 日
月食 交正 363.7934 日度
交中 181.8967 日度
月食限
13.05 日度(定法 0.87 日度)
月食正交限
- 26.0518~1.1604 日度 25.8594~1.3528 日度
月食中交限
- 12.4457~14.7665 日度 12.2533~14.9589 日度
日食
正交 358.30 日度 358.4124 日度
中交 187.41 日度 187.2777 日度
日食陽暦限
6.20 日度(定法 0.62 日度)
日食陰暦限
8 日度(定法 0.80 日度)
日食正交限
- 25.6850~0.8707 日度 25.5436~0.7140 日度
日食中交限
- 13.0368~15.1348 日度 12.8921~15.2747 日度

日月食関連以外の諸定数の改正点については、既に説明済なので、そちらをご参照。また、宝暦暦・修正宝暦暦にて日出分の立成(数表)も改正されているので、そちらについても同様。

宝暦暦の日月食法諸定数であるが、実のところ、ほとんど貞享暦から変わっていない。

交応

変更されているところの第一は、交応。「暦元天正冬至直前の月の降交点通過は、暦元天正冬至のどれだけ前か」を示す定数。貞享暦法そのままに、暦元年だけ宝暦四(1754)年に変えて交応を求める(つまり、1754年の天正冬至直前の月の降交点通過は、1754年の天正冬至のどれだけ前かを求める)と 15.119240 日となるが、オリジナル宝暦暦は「15.04日」、修正宝暦暦は「15.2057日」としているから、交応は改訂されていることがわかる。

また、例によって、現代天文学の力を借りて、この改訂が妥当であったか評価してみる。各暦の暦法に従い、月の昇交点通過日時を算出し、当該日時における、Simon et al. (1994) で算出した月の平均黄経と、月の昇交点平均黄経を求めて、離角を求める。これが 0° とどれだけずれているかを求める。

最大でも 0°.4 未満のずれであり全般的に悪くないが、やはり、宝暦暦は貞享暦からの改悪で、修正宝暦暦で改善されている。寛政暦・天保暦が思ったより良くない感じ。

日食の正交・中交

日食の正交・中交が、修正宝暦暦で改訂されている。日食の正交・中交は、観測地点(日本)が北半球にあるため、全般的に北から南方向に月を見ることになり、視差を考慮すると、月の見かけの位置が南にずれ、見かけの月の軌道(白道)を南にずらす効果をもたらす。これにより、中交(昇交点)がやや後ろにずれ、正交(降交点)がやや前にずれる。暦法の日食の正交・中交の定数は、この効果を織り込んだものであった。

貞享暦・宝暦暦の正交・中交は、

  • \(\text{交正} 363.7934_\text{日} - 5.4934_\text{日} = 358.30_\text{日}\)
  • \(\text{交中} 181.8967_\text{日} + 5.5133_\text{日} = 187.41_\text{日}\)

となっており、ざっくり 5.5 日のずれではありつつ、0.01日単位に丸めているためか、ずれかたが対称ではなかった。
修正宝暦暦では、

  • \(\text{交正} 363.7934_\text{日} - 5.3810_\text{日} = 358.4124_\text{日}\)
  • \(\text{交中} 181.8967_\text{日} + 5.3810_\text{日} = 187.2722_\text{日}\)

となっており、きれいに対称になっている。約 5.5日を 5.3810 日に改訂しているが、これが妥当なのかどうかは知らない。

日月食の正交限・中交限

日月食の暦算において、交定度や、日食の場合、時差・南北差・東西差など、そこそこ複雑な計算をしたすえに食の有無が定まるわけであるが、明らかに食が起きないようなケースをあらかじめ排除できれば無駄な計算をせずにすむ。

そこで、入交汎日を算出した時点で、明らかに不食のものを排除するため、「入交汎日がこの範囲内なら食があるかも知れないから日月食の計算を継続せよ。範囲外なら計算せずとも不食なので、以降は計算しなくてもよい」というしきい値を設定しているのが、日月食の正交限・中交限である。宝暦暦から修正宝暦暦で値が改訂されているが、無駄な計算をしないで済むよう一次的なフィルタリングをしているだけなので、結果に影響してくるわけでもない。

宝暦暦と比べると、修正宝暦暦の正交限・中交限は幅広にしているようである。宝暦暦のフィルタリングはやや厳しすぎたという判断なのだろう。「小食は暦に表示しなくてよい」と思っている宝暦暦と、「小食と雖もすべて暦に表示する」という方針の修正宝暦暦の差かも知れない。

修正宝暦暦における算式の改訂

オリジナル宝暦暦では、定数(交応)の改訂のみで算式は変更がないが、修正宝暦暦では一部の算式が改訂されている。

交定度

求日月食甚加時入交汎「置経朔望入交汎日及分秒、以加減差加減之(朔食又加減時差)、得日月食甚加時入交汎日及分秒」
経朔望入交汎日及び分秒を置き、加減差を以ってこれを加減し(朔食、又、時差を加減す)、日月食甚加時入交汎日及び分秒を得。
求入交定度「置日月食甚加時入交汎日及分秒、以月平行度乗之、為交常度。以遅速差、遅減速加之、為交定度(十三度已下者、加交終度、為交定度)」
日月食甚加時入交汎日及び分秒を置き、月平行度を以ってこれに乗じ、交常度と為す。遅速差を以って、これに遅は減じ速は加へ、交定度と為す(十三度已下は、交終度を加へ、交定度と為す)。
\[ \begin{align}
\text{日月食甚加時入交汎日} &= \text{経朔望入交汎日} + \text{加減差} [+ \text{時差}] \\
\text{交定度} &= \text{日月食甚加時入交汎日} \times \text{月平行度} + \text{月行遅速}
\end{align} \]
貞享暦の交定度の計算には若干いい加減なところがあり、修正宝暦暦ではこれが修正されている。

以下、貞享暦の月食法のところで記載した内容の再掲になる。「交定度」は、食甚日時(≒定朔望日時)における月真黄経の降交点離角である。平朔弦望日時と定朔弦望日時との時間差が「加減差」、月平均黄経と真黄経の角度差は「月行遅速」なので、
\[ \begin{align}
&\text{定朔望日時における月の真黄経の降交点離角} \\
&= \text{平朔望日時における月の真黄経の降交点離角} + \text{平朔望~定朔望の間に月の真黄経が進む角度} \\
&= \text{平朔望入交汎日} \times \text{月平行度} + \text{月行遅速} + \text{加減差} \times \text{月真黄経の角速度} \\
&= \text{交積度} + \text{月行遅速} + \text{加減差} \times \text{太陰遅速限行度} \times 10
\end{align} \]
として、定朔望日時における月の真黄経の降交点離角「交定度」を算出できるはず。
月の真黄経の 1 日あたりの角速度を \(\text{月行度} = \text{太陰遅速限行度} \times 10\) とおいて、
\[ \begin{align}
\text{交定度} &= \text{交積度} + \text{月行遅速} + \text{加減差} \times \text{月行度} \\
&= \text{交積度} + \text{月行遅速} + {\text{日行盈縮} - \text{月行遅速} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}} \times \text{月行度} \\
&= \text{交積度} + \text{月行遅速} + \text{日行盈縮} \times {\text{月行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}} - \text{月行遅速} \times {\text{月行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}} \\
&= \text{交積度} + \text{日行盈縮} \times {\text{月行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}} + \text{月行遅速} \times (1 - {\text{月行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}}) \\
&= \text{交積度} + \text{日行盈縮} \times {\text{月行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}} + \text{月行遅速} \times {\text{月行度} - \text{太陽行度} - \text{月行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}} \\
&= \text{交積度} + \text{日行盈縮} \times {\text{月行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}} - \text{月行遅速} \times {\text{太陽行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}}
\end{align} \]

そして、非常におおざっぱには、
\[ \begin{align}
{\text{月行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}} &\fallingdotseq 1 \\
\text{太陽行度} &\fallingdotseq 1_\text{日度}
\end{align} \]
なので、
\[ \begin{align}
\text{交定度} &= \text{交積度} + \text{日行盈縮} \times {\text{月行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}} - \text{月行遅速} \times ({\text{太陽行度} \over \text{月行度} - \text{太陽行度}}) \\
&\fallingdotseq \text{交積度} + \text{日行盈縮} - {\text{月行遅速} \over \text{日月行差} \times 10}
\end{align} \]
という、貞享暦法の式が得られるが、これはかなり大雑把な計算であった。

しかし、「日月食甚加時入交汎日」、すなわち、「食甚日時は直前の月の降交点通過のどれだけ後か」という値を求めて、
\[ \begin{align}
&\text{食甚日時における月の真黄経の降交点離角} \\
&= \text{食甚日時における月の平均黄経の降交点離角} + \text{食甚日時における月の真黄経と平均黄経の差} \\
&= \text{日月食甚加時入交汎日} \times \text{月平行度} + \text{月行遅速}(@\text{食甚日時}) \\
&\fallingdotseq \text{日月食甚加時入交汎日} \times \text{月平行度} + \text{月行遅速}(@\text{経朔望日時})
\end{align} \]
としても計算できるであろう。これが修正宝暦暦での交定度の算出式である。貞享暦のものよりも妥当であろう。

「遅速差」は、食甚時点の月行遅速とするのがもっとも妥当だが、式の記載からはいつ時点の月行遅速なのかが定かではない。「食甚定限行差」(食甚時点の日月の角速度差)を算出するにあたり、食甚時点の月行遅速も求まるはずだからそれを使うのか。または、定朔望を求めるときに経朔望時点の月行遅速を求めており、それを使うのか。
どうやら、経朔望時点の月行遅速として計算したほうが頒暦の日月食記事とは合致しやすそうなのでそうしておく。

南北差

求南北差「視日食甚入冬夏後定度、在象限已下為初限、已上用減半歳周為末限。出(?)初末限度及分自相乗、以二千一百四十二而一、為度、不満退除為分秒、用減三度八十九分、余為南北汎差。以距午定分乗之、以其日半昼分(依食甚入冬夏至後定度初末限度半昼分)除之、所得、以減汎差、為定差(汎差、不及減者、反減之、為定差。応加者減、応減者加)。
在冬至後初限、夏至後末限交前(陰暦為減、陽暦為加)、交後(陰暦為加、陽暦為減)
在夏至後初限、冬至後末限交前(陰暦為加、陽暦為減)、交後(陰暦為減、陽暦為加)」
\[ \begin{align}
&\theta = \text{日食甚入冬至後定度} \,\text{ と置く} \\
\text{南北汎差} &= \begin{cases}
0 \leqq \theta \lt \text{象限} & \text{[冬至後]} & \cdots 3.89 - \dfrac{\theta^2}{2142} \\
\text{象限} \leqq \theta \lt \text{半歳周} + \text{象限} & \text{[夏至前後]} & \cdots \dfrac{(\theta - \text{半歳周})^2}{2142} - 3.89 \\
\text{半歳周} + \text{象限} \leqq \theta \lt \text{歳周} & \text{[冬至前]} & \cdots 3.89 - \dfrac{(\theta - \text{歳周})^2}{2142}
\end{cases} \\
(\text{半昼分} &= 0.5_\text{日} - \text{日出分}) \\
\text{南北差の掛目} &= 1 - {|\text{距午定分}| \over \text{半昼分}} \\
\text{南北定差} &= \text{南北汎差} \times \text{南北差の掛目}
\end{align} \]

修正宝暦暦において、南北差の最大振幅を 4.46日度 から 3.89日度に抑えている。東西差のほうは変更しておらず不審。


ちなみに、まったくどうでもいい話なのだが、

宝暦暦の暦法書「暦法新書(宝暦)」、修正宝暦暦の暦法書「暦法新書続録」、めっちゃ読みづらい。貞享暦や、寛政暦の「暦法新書(寛政)」、天保暦の「新法暦書」などは、項目ごとに改行されているのだが、暦法新書(宝暦)は、ひたすらベタ書き。なんか、実用に供することを拒否しているような感じを受ける。

下記は、貞享暦と暦法新書(宝暦)とで、似たような内容を記載しているページ。
ね? 読みにくいでしょ? 暦法新書(宝暦)。

貞享暦


暦法新書(宝暦)

中国の暦法は、その暦法を制定した王朝が終わると、紀伝体の正史の「志」(天文記録・地理・礼楽・制度などの記載)に掲載されて、そこでは実用するための文書としてではなく、制度の記録として掲載されるわけなので、改行なしのベタ書きだったりする。それの真似をしてるのかなあと思ったり。 

 

以上で宝暦暦における日月食法の説明を終わる。次回は宝暦暦期における頒暦の日月食記事との突合を行う。


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[参考文献]

土御門泰邦「暦法新書」, 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵 

土御門泰邦「暦法新書続録」, 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵 

Simon, J. L.; Bretagnon, P.; Chapront, J.; Chapront-Touze, M.; Francou, G.; Laskar, J. (1994) "Numerical expressions for precession formulae and mean elements for the Moon and the planets. ", Astronomy and Astrophysics, Vol. 282, p. 663 https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/1994A%26A...282..663S/abstract

Espenak, F., Meeus, J. (2004), "Polynomial Expressions for Delta-T" (adapted from "Five Millennium Canon of  Solar Eclipses”). NASA Eclipse Web Site, GSFC, Solar System Exploration Division https://eclipse.gsfc.nasa.gov/SEcat5/deltatpoly.html


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