2021年2月6日土曜日

寛政暦の月食法 (1) 実望、食甚時刻

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前回までのところで、宝暦暦における日月食法の説明が完了した。今回から寛政暦の日月食法についての説明を始める。

まずは月食法から。今回は、食甚時刻を求めるところまで。

 

天正経朔

暦法新書(寛政)巻二
推月食用数
朔策二十九日五三〇五八三八六六二三
朔応七日六六三五二八
求通朔「置積日(詳月離)、減朔応、得通朔。上考往古、則置積日、加朔応、得通朔」
積日を置き(月離に詳し)、朔応を減じ、通朔を得。上って往古を考ふるは、則ち積日を置き、朔応を加へ、通朔を得。
求天正経朔及積朔「置通朔、以朔策除之、得数為積朔。以余数減紀日(不及減者、加紀法減之)、余為天正経朔日分。上考往古、則置通朔、以朔策除之、得数加一為積朔。余数加紀日、減朔策(不及減者、加紀法減之)、余為天正経朔日分」
通朔を置き、朔策を以ってこれを除し、得る数積朔と為す。余数を以って紀日を減じ(減に及ばざるは、紀法を加へこれを減ず)、余り天正経朔日分と為す。上って往古を考ふるは、則ち通朔を置き、朔策を以ってこれを除し、得る数一を加へ積朔と為す。余数、紀日を加へ、朔策を減じ(減に及ばざるは、紀法を加へこれを減ず)、余り天正経朔日分と為す。
\[ \begin{align}
\text{朔策} &= 29.53058386623_\text{日} \\
\text{朔応} &= 7.663528_\text{日} \\
\text{通朔} &= \text{積日} - \text{朔応} \\
\text{積朔} &= \left[ {\text{通朔} \over \text{朔策}} \right] \\
\text{天正経朔} &= \text{天正冬至次日 0:00} - (\text{通朔} \mod \text{朔策})
\end{align} \]

天正冬至次日0:00 直前の経朔「天正経朔」の算出。寛政暦月離の定朔弦望算出のところで一度ご紹介済だが、改めて掲載しておく。

逐月望太陰交周(一次フィルタリング)

太陰交周朔策一宮〇〇度六十七分〇三秒九十三微二十七繊四十八忽
太陰交周望策六宮一十五度三十三分五十一秒九十六微六十三繊七十四忽
太陰交周応六宮〇七度〇〇分九十六秒八十〇微
求天正経朔太陰交周「置積朔、与太陰交周朔策相乗、満周天去之、余数以宮法収之、為積朔太陰交周。加太陰交周応、得天正経朔太陰交周。上考往古、則置太陰交周応、減積朔太陰交周(不足減者、加十二宮減之)、得天正経朔太陰交周」
積朔を置き、太陰交周朔策と相乗じ、満周天これを去き、余数、宮法を以ってこれを収め、積朔太陰交周と為す。太陰交周応を加へ、天正経朔太陰交周を得。上って往古を考ふるは、則ち太陰交周応を置き、積朔太陰交周を減じ(減に足らざれば、十二宮を加へこれを減ず)、天正経朔太陰交周を得。
求逐月望太陰交周「置天正経朔太陰交周、加太陰交周望策、再以太陰交周朔策逓加十三次、得逐月望太陰交周」
天正経朔太陰交周を置き、太陰交周望策を加へ、再び太陰交周朔策を以って十三次に逓加し、逐月望太陰交周を得。
求太陰入交月数「逐月望太陰交周、自初宮初度至初宮一十四度八十分、自五宮一十五度二十分至六宮一十四度八十分、自十一宮一十五度二十分至十一宮三十度、皆為太陰入交。第幾月入交、即第幾月有食」
逐月望太陰交周、初宮初度より初宮一十四度八十分に至る、五宮一十五度二十分より六宮一十四度八十分に至る、十一宮一十五度二十分より十一宮三十度に至る、皆、太陰入交と為す。第幾月入交するは、即ち第幾月食有り。
\[ \begin{align}
\text{太陰交周朔策} &= 30°.6703932748 \\
&(= (\text{太陰毎日平行} - \text{太陰正交毎日平行}) \times \text{朔策}) \\
\text{太陰交周望策} &= 195°.3351966374 \\
&(= (\text{太陰毎日平行} - \text{太陰正交毎日平行}) \times \text{朔策}) / 2 \\
\text{太陰交周応} &= 187°.009680 \\
\text{天正経朔太陰交周} &= \text{太陰交周朔策} \times \text{積朔} + \text{太陰交周応} \\
\text{逐月望太陰交周} &= \text{天正経朔太陰交周} + \text{太陰交周望策} + n \times \text{太陰交周朔策}
\end{align} \]

逐月望太陰交周 判定
\(0° \leqq \text{逐月望太陰交周} \leqq 14°.80 \)
有食(の可能性あり)
計算続行
\(165°.20 \leqq \text{逐月望太陰交周} \leqq 194°.80 \)
\(345°.20 \leqq \text{逐月望太陰交周} \lt 360° \)
上記以外 無食。以降、計算不要

逐月望太陰交周は、経望における、月平均黄経の月平均正交黄経からの離角(平均の月距正交)である。この後の計算でなにか使用するわけではないが、明らかに食が起きないケースを早いうちに枝切りするための一次フィルタリングに使用する。

太陰交周応は、暦元天正冬至次日0:00以降の最初の経朔日時における、月平均黄経の月平均正交黄経からの離角。
\[ \begin{align}
\text{太陰交周応} &= \text{太陰平行}(@\text{暦元天正冬至次日以降最初の経朔}) - \text{太陰正交平行}(@\text{暦元天正冬至次日以降最初の経朔}) \\
&= (\text{太陰平行応} + \text{太陰毎日平行} \times \text{朔応}) - (\text{太陰正交応} + \text{太陰正交毎日平行} \times \text{朔応}) \\
&= (267°.455908 + 13°.1763981114 \times 7_\text{日}.663528) \\
&\; - (181°.829713 - 0°.0529506561 \times 7_\text{日}.663528) \\
&= 187°.009680
\end{align} \]
である。

太陰交周朔策は、一暦月の間に平均の月距正交が進む角度量。「30°.6703932748」とされているわけだが、進む角度量を正しく言うならば「390°.6703932748」である。mod360° で記載されている。太陰交周望策はその半分で、朔~望の間に平均の月距正交が進む角度量である。

「天正経朔太陰交周」は、当年天正経朔における平均の月距正交。「積朔」は、暦元天正冬至次日0:00以降の最初の経朔以降、天正経朔は何か月後の朔かを意味する値であるから、積朔に太陰交周朔策をかければ、暦元天正冬至次日0:00以降の最初の経朔以降、当年天正経朔までに平均の月距正交が進む角度量を算出でき、それを太陰交周応に加算すれば、当年天正経朔における平均の月距正交が求まる。

そして、天正経朔太陰交周に太陰交周望策を加算すれば、天正経朔月の望における平均の月距正交が求まり、それに \(n \times \text{太陰交周朔策}\) を加算すれば、天正経朔後の第 n 月における平均の月距正交が求まる。

平均の月距正交が、\(0° \pm 14°.80\), \(180° \pm 14°.80\) の範囲にあるとき、すなわち、月が昇交点または降交点の前後 14°.80 以内にあるときは、有食の可能性ありとして計算を続行し、そうでないときは無食として以降の計算を打ち切る。

実望実時と二次フィルタリング

望策一十四日七六五二九一九三三一一五
求経望「以太陰入交月数、与朔策相乗、加望策、得数為某月経望距天正経朔之日分。与天正経朔日分相加、満紀法去之、自初日甲子起算、得経望干支、不満日為分秒」
太陰入交月数を以って、朔策と相乗じ、望策を加へ、得る数、某月経望距天正経朔の日分と為す。天正経朔日分と相加へ、満紀法これを去き、初日甲子より起算し、経望干支を得、日に満たざるを分秒と為す。
求経望距冬至之日数「置紀日、減天正経朔日分(不及減者、加紀法、減之)、余与某月経望距天正経朔之日分相減、得経望距冬至之日数(不用分秒)」
紀日を置き、天正経朔日分を減じ(減に及ばざれば、紀法を加へ、これを減ず)、余、某月経望距天正経朔の日分と相減じ、経望距冬至の日数を得(分秒を用ゐず)
求実望汎時「以経望距冬至之日数、用推日躔月離法、各求其子正黄道実行。将太陽黄道実行加減六宮、与太陰黄道実行相較。如太陰実行未及太陽、則経望日為実望本日、経望次日為実望次日。如太陰実行已過太陽、則経望前一日為実望本日、経望日為実望次日。又、用推日躔月離法、各求其本日或次日子正黄道実行、乃以本日次日両太陽実行相減、為一日之日実行、本日次日両太陰実行相減、為一日之月実行。一日之二実行相減、得一日之月距日実行、為一率、日周為二率、本日太陽実行加減六宮、内減本日太陰実行、余為三率、求得四率、為距本日子正後之分数。如法収之、得実望汎時(如次日太陰実行、仍未及太陽、則次日為実望日、即以次日太陽実行加減六宮、内減次日太陰実行、余為三率、求得四率、為距次日子正後之分数。如本日太陰実行、已過太陽、則前一日為実望日、即以本日太陽実行加減六宮、転於本日太陰実行内減之、余与日周相減、余為距前一日子正後之分数)」
経望距冬至の日数を以って、推日躔月離法を用ゐ、各おの其の子正黄道実行を求む。将に太陽黄道実行、六宮を加減し、太陰黄道実行と相較ぶべし。もし太陰実行未だ太陽に及ばざれば、則ち経望日、実望本日と為し、経望次日、実望次日と為す。もし太陰実行已に太陽に過ぐれば、則ち経望前一日、実望本日と為し、経望日、実望次日と為す。又、推日躔月離法を用ゐ、各おの其本日或いは次日子正黄道実行を求む、すなはち本日次日両太陽実行を以って相減じ、一日の日実行と為し、本日次日両太陰実行、相減じ、一日の月実行と為す。一日の二実行相減じ、一日の月距日実行を得、一率と為し、日周、二率と為し、本日太陽実行、六宮を加減し、本日太陰実行を内減し、余り三率と為し、求めて得る四率、距本日子正後の分数と為す。法の如くこれを収め、実望汎時を得(もし次日太陰実行、なほ未だ太陽に及ばざれば、則ち次日、実望日と為し、即ち次日太陽実行を以って六宮を加減し、次日太陰実行を内減し、余り三率と為し、求めて得る四率、距次日子正後の分数と為す。もし本日太陰実行、已に太陽を過ぐれば、則ち前一日、実望日と為し、即ち本日太陽実行を以って六宮を加減し、転じて本日太陰実行よりこれを内減し、余り日周と相減じ、余り距前一日子正後の分数と為す)
求実望実時「以実望汎時之時刻、設前時後時(如実望汎時為丑正二刻一十六分奇、則以丑正初刻為前時、寅初初刻為後時)。用推日躔月離法、各求其黄道実行、乃以前後両時太陽実行相減、為一小時之日実行、以前後両時太陰実行相減、為一小時之月実行。一小時両実行相減、得一小時月距日実行、為一率、一小時分(日周二十四約、乃得。後倣此)為二率、前時太陽実行加減六宮、内減前時太陰実行、余為三率、求得四率、加於前時、得実望実時。再以実望実時、用推日躔月離法、各求其黄道実行、則太陰太陽必対宮而同度。乃視本時月距正交、自初宮初度至初宮一十二度二十八分、自五宮一十七度七十二分至六宮一十二度二十八分、自一十一宮一十七度七十二分至十一宮三十度、皆入食限為有食、不入此限者不食、即不必算」
実望汎時の時刻を以って、前時・後時を設け(もし実望汎時、丑正二刻一十六分奇と為せば、則ち丑正初刻を以って前時と為し、寅初初刻、後時と為す)。推日躔月離法を用ゐ、各おの其の黄道実行を求め、すなはち前後両時太陽実行を以って相減じ、一小時の日実行と為し、前後両時太陰実行を以って相減じ、一小時の月実行と為す。一小時両実行相減じ、一小時月距日実行と得し、一率と為し、一小時分(日周二十四約し、すなはち得。後、此に倣へ)二率と為し、前時太陽実行、六宮を加減し、前時太陰実行を内減し、余り三率と為し、求めて得る四率、前時に加へ、実望実時を得。再び実望実時を以って、推日躔月離法を用ゐ、各おの其黄道実行を求め、則ち太陰太陽必ず宮を対して度を同じくす。すなはち本時月距正交を視、初宮初度より初宮一十二度二十八分に至る、五宮一十七度七十二分より六宮一十二度二十八分に至る、一十一宮一十七度七十二分より十一宮三十度に至る、皆、食限に入り有食と為し、此の限に入らざれば不食、即ち必ずしも算せず。
\[ \begin{align}
\text{望策} &= 14.765291933115 (= \text{朔策} / 2) \\
\text{経望距天正経朔} &= n \times \text{朔策} + \text{望策} \\
\text{経望} &= \text{天正経朔} +  \text{経望距天正経朔} \\
\text{経望距冬至の日数} &= [\text{経望距天正経朔} - (\text{紀日} - \text{天正経朔})] \\
&(= [\text{経望}] - \text{天正冬至次日 0:00}) \\
\text{《経望近傍の } & \text{本日の月距日} \leqq 180° \lt \text{次日の月距日} \text{ となるような日において》} \\
\text{一日の日実行} &= \text{太陽実行}(@\text{次日 0:00}) - \text{太陽実行}(@\text{本日 0:00}) \\
\text{一日の月実行} &= \text{太陰黄道実行}(@\text{次日 0:00}) - \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 0:00}) \\
\text{一日の月距日実行} &= \text{一日の月実行} - \text{一日の日実行} \\
\text{実望汎時} &= 1_\text{日} \times {\text{太陽実行}(@\text{本日 0:00}) + 180° - \text{太陰実行}(@\text{本日 0:00}) \over \text{一日の月距日実行}} \\
\text{前時} &= {[\text{実望汎時} \times 24] \over 24 } \\
\text{後時} &= {[\text{実望汎時} \times 24] + 1 \over 24 } \\
\text{一小時の日実行} &= \text{太陽実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陽実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{一小時の月実行} &= \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{一小時の月距日実行} &= \text{一小時の月実行} - \text{一小時の日実行} \\
\text{実望実時} &= \text{前時} + {1_\text{日} \over 24} \times {\text{太陽実行}(@\text{本日 前時}) + 180° - \text{太陰黄道実行}(@\text{本日 前時}) \over \text{一小時の月距日実行}} \\
\text{実望実日時} &= \text{本日} + \text{実望実時}
\end{align} \]

ながながと場合わけして書き連ねられているが、要するに「実望汎時」は、月離の定朔弦望で算出した定望と同じものである。

定朔弦望の算出においては、定朔弦望が所在する日の0:00時点の月距日と、次日0:00時点の月距日から、一次補間して、定朔弦望の時刻を求めていた。これは、一日のうちの日月黄経角速度は一定であると近似しているのに等しいが、実際は、一日のうちにも日月黄経角速度は変化するので、若干の誤差を含みうる。

そこで、一日単位で月距日を算出して間を一次補間して求めた「実望汎時」が所属する時間 (hour) を求め、その一時間の前後の月距日を算出して間を一次補間して「実望実時」を求める。 一日単位の一次補間より、一時間単位の一次補間のほうが誤差が小さくて済むので、「実望実時」は、「実望汎時」よりも、真の定望時刻にずっと近いはずである。

我々が今言うところの「1 時間 (hour)」、つまり、1 日の 1/24 を「1 小時」と呼ぶ。一日を 12 等分したものが時辰であり、子・丑・寅……の十二支でそれぞれを呼ぶわけだが、時辰をそれぞれ二つに分け、子正・丑初・丑正・寅初・寅正……子初としたものが「1 小時」であり、それぞれ現在言うところの 0:00, 1:00, 2:00, 3:00, 4:00……23:00 に相当する。

月距正交(@実望実日時) (※)
判定
\(0° \leqq \text{月距正交} \leqq 12°.28 \)
有食(の可能性あり)
計算続行
\(167°.72 \leqq \text{月距正交} \leqq 192°.28 \)
\(347°.72 \leqq \text{月距正交} \lt 360° \)
上記以外 無食。以降、計算不要
  •  (※) 寛政暦月離によれば、\(\text{月距正交} = \text{太陰白道実行} - \text{太陰正交実行}\) である。

 実望実時が算出できたところで、実望実時における日躔・月離を算出し、月距正交を算出し、これをもとに二次フィルタリングを行う。月距正交が、\(0° \pm 12°.28\), \(180° \pm 12°.28\) のときは有食の可能性があるため、計算を続行するが、その範囲にないときは、無食として以降の計算を打ち切る。

一次フィルタリングでは、経望日時における平均の月距正交によって判定していたため、若干幅広の閾値としていたが、二次フィルタリングでは、定望日時における真の月距正交で判定しており、もう少し閾値の幅を狭めている。

実望用時と三次フィルタリング

推実望用時 第一
求均数時差「以実望太陽均数変時分、得均数時差。均数加者則為減、均数減者則為加」
実望太陽均数を以って時分に変じ、均数時差を得。均数加は則ち減と為し、均数減は則ち加と為す。
求升度時差「以実望太陽距春秋分黄道経度、求太陽距春秋分赤道経度、与太陽距春秋分黄道経度相減、余変時分、得升度時差。二分後為加、二至後為減」
実望太陽距春秋分黄道経度を以って、太陽距春秋分赤道経度を求め、太陽距春秋分黄道経度と相減じ、余、時分に変じ、升度時差を得。二分後は加と為し、二至後は減と為す。
求時差総「均数時差与升度時差、同為加者、則相加為時差総、仍為加。同為減者、亦相加為時差総、仍為減。一為加一為減者、則相減為時差総、加数大為加、減数大為減」
均数時差と升度時差、同じく加と為すは、則ち相加へ時差総と為し、なほ加と為す。同じく減と為すは、また相加へ時差総と為し、なほ減と為す。一は加と為し一は減と為すは、則ち相減じ時差総と為し、加数大は加と為し、減数大は減と為す。
求実望用時「置実望実時、加減時差総、得実望用時。距日出後日入前九刻以内者、可以見食、九刻以外者、則全在昼、即不必算」
実望実時を置き、時差総を加減し、実望用時を得。日出後日入前を距すること九刻以内は、以って食を見るべく、九刻以外は、則ち全て昼に在り、即ち必ずしも算せず。
\[ \begin{align}
\text{均数時差} &= - {1_\text{日} \over 360°} \text{太陽均数}(@\text{実望日実時}) \\
\text{升度時差} &= - {1_\text{日} \over 360°} (\text{太陽距春分赤道経度}(@\text{実望実日時}) - \text{太陽距春分黄道経度}(@\text{実望実日時})) \\
\text{時差総} &= \text{均数時差} + \text{升度時差} \\
\text{実望用時} &= \text{実望実時} + \text{時差総} \\
\end{align} \]
実望用時
判定
\(\text{日出時刻} + 0.09_\text{日} \lt \text{実望用時} \lt \text{日入時刻} - 0.09_\text{日} \)
不見食。以降、計算不要
上記以外 見食(の可能性あり)
計算続行

実望実時は平均太陽時の時刻であるので、時差総(均時差)を加減して真太陽時に変換する。時差総については、日躔のところで詳述しているのでそちらをご参照。

そして、実望用時により三次フィルタリングを行う。一次・二次フィルタリングでは「食が起こるかどうか」の判定であったが、ここでは「食が見えるかどうか」の判定。望が日出入(すなわち、月入出)より 9 刻以上昼側にあるとき、最大限、食持続時間が長いとしても、かけはじめが月入前になることも、かけおわりが月出後になることもないだろうということで、ここで計算を打ち切る。

斜距黄道交角・一小時両経斜距

推食甚実緯食甚時刻第二
求斜距交角差「以一小時太陰白道実行為一辺(本時次時両月離白道実行相減、得一小時太陰白道実行。太陽倣此)、一小時太陽黄道実行為一辺、実望黄白大距為所夾之角、用切線分外角法、求得対小辺之角、為斜距交角差」
一小時太陰白道実行を以って一辺と為し(本時・次時両月離白道実行、相減じ、一小時太陰白道実行を得。太陽、此に倣へ)、一小時太陽黄道実行、一辺と為し、実望黄白大距、夾むところの角と為し、切線分外角法を用ゐ、求めて得る対小辺の角、斜距交角差と為す。
求斜距黄道交角「置実望黄白大距、加斜距交角差、得斜距黄道交角」
実望黄白大距を置き、斜距交角差を加へ、斜距黄道交角を得。
求両経斜距(即一小時両経斜距)「以斜距交角差之正弦為一率、一小時太陽実行為二率、実望黄白大距之正弦為三率、求得四率為両経斜距」
斜距交角差の正弦を以って一率と為し、一小時太陽実行、二率と為し、実望黄白大距の正弦、三率と為し、求めて得る四率、両経斜距と為す。
\[ \begin{align}
\text{一小時太陰白道実行} &= \text{太陰白道実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陰白道実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{一小時太陽実行} &= \text{太陽実行}(@\text{本日 後時}) - \text{太陽実行}(@\text{本日 前時}) \\
\text{斜距交角差} &= \text{切線分外角法} \left( \begin{aligned}
\text{大辺} &= \text{一小時太陰白道実行}, \\
\text{小辺} &= \text{一小時太陽実行}, \\
\text{夾角} &= \text{黄白大距}(@\text{実望実日時})
\end{aligned} \right) \\
\text{斜距黄道交角} &= (\text{黄白大距}(@\text{実望実日時}) + \text{斜距交角差}) \times \text{符号}(\cos (\text{月距正交}(@\text{実望実日時}))) \\
\text{一小時両経斜距} &= {\text{一小時太陽実行} \over \sin(\text{斜距交角差})} \times \sin(\text{黄白大距}(@\text{実望実日時}))
\end{align} \]

ここまでは、月食の計算をするというよりも望の計算だった。いよいよここからが月食計算の本領。

月食の計算をするにあたっては、月が地球影にどう近づき、どう離れていくのかを計算する必要がある。月も動くが、月ほどの速度ではないにせよ太陽(および、その180°反対方向にある地球影)も動く。両方が動くと考えると話がややこしいので、月の速度ベクトルと、太陽/地球影の速度ベクトルの差分をとって、太陽/地球影に対する月の相対運動の速度ベクトルを考える。そうすれば、太陽/地球影は固定していて、月だけが動いていると考えることが出来て、話が簡単になる。

上の図において、\(\overrightarrow {\mathrm{OA}}\) を地球影の速度ベクトルとし、\(\overrightarrow {\mathrm{OB}}\) を月の速度ベクトルとする。\(\overrightarrow {\mathrm{OA}}\) の向きは黄道と平行であり、長さは太陽の真黄経角速度(一小時太陽実行)。\(\overrightarrow {\mathrm{OB}}\) については、今問題としているのは交点付近の月であるため、月の速度ベクトルは、黄道と白道傾斜角(黄白大距。∠AOB)をなす方向を向いており、ベクトルの長さは月の真白経角速度(一小時太陰白道実行)。
  • 一小時太陰白道実行、一小時太陽実行を求める際に使っている時刻「前時」「後時」は、実望実時を求めるときに使った実望実時前後の 1 hour 単位の時刻である。その時点の太陰白道実行、太陽実行は、実望実時を計算するにあたって、既に算出しているはず。

月の地球影に対する相対運動の速度ベクトルは、\(\overrightarrow {\mathrm{AB}} = \overrightarrow {\mathrm{OB}} - \overrightarrow {\mathrm{OA}}\) である。このベクトルの向きと長さを求める。

まずは、∠OBA(斜距交角差)を求める。三角形 ⊿OAB について、一小時太陽実行を小辺 OA の長さとし、一小時太陰白道実行を大辺 OB の長さとし、黄白大距を夾角 ∠AOB の大きさとして、切線分外角法を用いて、小辺の対角 ∠OBA を求めることが出来る。切線分外角法については、日躔で詳述しているので、そちらを参照されたい

黄白大距 ∠AOB と斜距交角差 ∠OBA を加算すれば、∠OAB  の外角を求めることが出来、これが、月の地球影に対する相対運動の速度ベクトル \(\overrightarrow {\mathrm{AB}}\) が黄道となす角「斜距黄道交角」である。

このブログにおける式では、\(\text{符号}(\cos (\text{月距正交}(@\text{実望実日時})))\) をかけて、昇交点付近の食ではプラス、降交点付近の食ではマイナスになるようにしておいた。黄道に対して \(\overrightarrow {\mathrm{AB}}\) は、昇交点付近では左あがり、降交点付近では左さがりになるはずなので、黄道方向をゼロとして、時計回りに向きがずれているのをプラス、反時計回りに向きがずれているのをマイナスとして定義したわけである。

  • \(\text{符号}(x)\) は、\(x\) が正のとき \(+1\)、\(x\) が負のとき \(-1\) とする。

相対運動ベクトルの向きがわかったので、今度は長さ、「一小時両経斜距」を求める。三角形の正弦定理によれば、
\[ {\mathrm{AB} \over \sin \angle \mathrm{AOB}} = {\mathrm{OA} \over \sin \angle \mathrm{OBA}} = {\mathrm{OB} \over \sin \angle \mathrm{OAB}} \]
である。よって、
\[ \begin{align}
{\mathrm{AB} \over \sin \angle \mathrm{AOB}} &= {\mathrm{OA} \over \sin \angle \mathrm{OBA}} \\
{\text{一小時両経斜距} \over \sin(\text{黄白大距})} &= {\text{一小時太陽実行} \over \sin(\text{斜距交角差})} \\
\text{一小時両経斜距}&= {\text{一小時太陽実行} \over \sin(\text{斜距交角差})} \times \sin(\text{黄白大距})
\end{align} \]
として、一小時両経斜距を求めることが出来る。

食甚実緯と食甚時刻

求食甚実緯(即食甚両心実相距)「以半径為一率、斜距黄道交角之余弦為二率、実望月離黄道実緯為三率、求得四率為食甚実緯。南北、与実望黄道実緯同(若無実望月離黄道実緯、則無食甚実緯、亦無食甚距弧及食甚距時。即以実望用時為食甚時刻。日食法倣之)」
半径を以って一率と為し、斜距黄道交角の余弦、二率と為し、実望月離黄道実緯、三率と為し、求めて得る四率、食甚実緯と為す。南北、実望黄道実緯と同じ(もし実望月離黄道実緯無ければ、則ち食甚実緯無く、また食甚距弧及び食甚距時無し。即ち実望用時を以って食甚時刻と為す。日食法これに倣へ)
求食甚距弧「以半径為一率、斜距黄道交角之正弦為二率、実望月離黄道実緯為三率、求得四率為食甚距弧」
半径を以って一率と為し、斜距黄道交角の正弦、二率と為し、実望月離黄道実緯、三率と為し、求めて得る四率、食甚距弧と為す。
求食甚距時「以一小時両経斜距為一率、一小時分為二率、食甚距弧為三率、求得四率為食甚距時。月距正交初宮六宮為減、五宮十一宮為加」
一小時両経斜距を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、食甚距弧、三率と為し、求めて得る四率、食甚距時と為す。月距正交、初宮・六宮は減と為し、五宮・十一宮は加と為す。
求食甚時刻「置実望用時、加減食甚距時、得食甚時刻」
実望用時を置き、食甚距時を加減し、食甚時刻を得。
\[ \begin{align}
\text{食甚実緯} &= \text{太陰黄道緯度}(@\text{実望実日時}) \cos(\text{斜距黄道交角}) \\
\text{食甚距弧} &= - \text{太陰黄道緯度}(@\text{実望実日時}) \sin(\text{斜距黄道交角}) \\
\text{食甚距時} &= {{1 \over 24}\text{日}} \times {\text{食甚距弧} \over \text{一小時両経斜距}} \\
\text{食甚時刻} &= \text{実望用時} + \text{食甚距時}
\end{align} \]

食甚における月中心と地球影中心との距離「食甚実緯」と、食甚時刻を求める。

上の図において、O を地球影中心の位置とする。図の横方向は黄道方向で、縦方向は黄緯方向。そして、地球影の位置を固定した図であるとする。実際は、地球影中心は東へ東へと移動しているのだが、カメラも地球影を追ってパンし、地球影中心の位置が O に固定させているのだと考えてほしい。

月は、直線 AB に沿って移動しているとする。直線 AB が黄道となす角は、先ほど計算した斜距黄道交角であり、月は、直線 AB 上を一小時両経斜距の速度で移動している。

月は、交点通過時に A の位置にあり、実望実時に B の位置にある。AB に O から垂線の足を下ろし、C とする。月が C の位置にあるとき、月が地球影中心に最接近するはずであり、ここが食甚時の月の位置である。

OC の長さが、食甚時の月中心と地球影中心との距離「食甚実緯」。OB の長さは、実望実時における月の緯度であり、⊿OBC と ⊿ABO は合同だから、∠BOC = ∠BAO = 斜距黄道交角。よって、\(\text{食甚実緯} = \text{太陰黄道緯度} \cos (\text{斜距黄道交角})\) として算出できる。

同様に、BC の長さは \(\text{食甚距弧} = \text{太陰黄道緯度} \sin (\text{斜距黄道交角})\) として算出できる。月が斜距 AB に沿って進む速度は一小時両経斜距だから、BC の長さを一小時両経斜距で割れば、実望と食甚時刻の時刻差「食甚距時」を求めることができる。
ただし、一小時両経斜距は小時(hour)単位の速度だから、単純に割っただけだと小時単位の時間量として算出される。1 小時の長さ(1/24 日)をかけて、日単位の時間量に換算する。

真太陽時における実望時刻「実望用時」に食甚距時を加算して、真太陽時における「食甚時刻」が求まる。

上の図では、昇交点通過後に発生する月食のイメージで図を描いていて、実望実時の少々前に食甚が到来するイメージとなっている。基本的に、食甚は望よりも交点通過時刻よりの時刻となる。つまり、交前の食であれば、食甚距時はプラス(未来方向にずれる)、交後の食であれば、食甚距時はマイナス(過去方向にずれる)でなくてはならない。

食甚距時のところに「月距正交、初宮・六宮は減と為し、五宮・十一宮は加と為す」と記載されているのはそのことを言っている。実望実時の月距正交が初宮(0° よりちょっと大きい)とは、昇交点後の食であることを意味し、六宮(180° よりちょっと大きい)は降交点後、五宮(180° よりちょっと小さい)は降交点前、十一宮 (360° よりちょっと小さい)は昇交点前の食を、それぞれ意味するから、要するに「交後の食は過去にずらし、交前の食は未来にずらせ」と言っているのだ。

また、食甚実緯のところで「南北、実望黄道実緯と同じ」としている。当ブログの計算式では、黄道緯度は「北緯はプラス、南緯はマイナス」と定義している。よって、食甚実緯を算出して、黄道緯度と同符号(つまり、月が地球影の北にあるときプラス、南にあるときマイナス)となっているべきである。

符号が、ちゃんとそのようになっているかを確認してみよう。

月距正交 太陰黄道緯度
\((A)\)
斜距黄道交角
\((B)\)
\(\cos B\)
\(\sin B\)
食甚実緯
\((A \cos B)\)
食甚距弧
\((-A \sin B)\)
初宮(昇交点後) \(+\) \(+\) \(+\) \(+\) \(+\) \(-\)
五宮(降交点前) \(+\) \(-\) \(+\) \(-\) \(+\) \(+\)
六宮(降交点後) \(-\) \(-\) \(+\) \(-\) \(-\) \(-\)
十一宮(昇交点前) \(-\) \(+\) \(+\) \(+\) \(-\) \(+\)

\(\cos(\text{斜距黄道交角})\) は常にプラスだから、食甚実緯の符号はかならず太陰黄道緯度の符号と等しくなる。また、当ブログの式では、食甚距弧は符号を反転し、\(- \text{太陰黄道緯度} \sin(\text{斜距黄道交角})\) として求めるようにしておいた。これにより、食甚距弧は、「交前はプラス、交後はマイナス」の値とすることができる。ということで符号は OK。

この後、符号の場合分けを都度々々考えていかないと結構はまります。注意して進めていきましょう。


今回は、ここまで。次回は、食甚食分の大きさと、各種時刻(初虧(かけはじめ)、復円(かけおわり)、食既(皆既のはじめ)、生光(皆既のおわり))の算出、および、帯食時の食分について。 

 

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[参考文献]

吉田 秀升, 山路 徳風, 高橋 至時, (校正) 土御門 泰栄「暦法新書」(寛政) 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵 

渋川 景佑「寛政暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵

 

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