2021年2月13日土曜日

寛政暦の月食法 (2) 食甚食分、初虧復円時刻、出入時食分

[江戸頒暦の研究 総目次へ]

 

寛政暦の月食法の続き。前回は、望時刻・食甚時刻の算出までを説明した。今回は、食甚食分、各種時刻(初虧・復円・食既・生光)、帯食の出入時食分の算出まで。

 

太陽距地・太陰距地

推食分第三
求太陽実引「置実望太陽引数、加減本時太陽均数、得太陽実引」
実望太陽引数を置き、本時太陽均数を加減し、太陽実引を得。
求太陰実引「置実望太陰引数、加減本時太陰初均数、得太陰実引」
実望太陰引数を置き、本時太陰初均数を加減し、太陰実引を得。
求太陽距地「以倍両心差為一辺、二千萬為両辺和、以太陽実引為一角、用三角作垂線両勾股法算之(実引、三宮以内者、即以実引為一角、過九宮者、与全周相減、為一角。俱作垂線於形外。実引、過三宮者、与六宮相減、過六宮者、減六宮、為一角。俱作垂線於形内)。求得対角之辺、以二千萬相減、得太陽距地」
倍両心差を以って一辺と為し、二千萬、両辺和と為し、太陽実引を以って一角と為し、三角作垂線両勾股法を用ゐこれを算し(実引、三宮以内は、即ち実引を以って一角と為し、九宮を過ぐれば、全周と相減じ、一角と為す。俱に垂線を形外に作す。実引、三宮を過ぐれば、六宮と相減じ、六宮を過ぐれば、六宮を減じ、一角と為す。俱に垂線を形内に作す)。求めて得る対角の辺、二千萬を以って相減じ、太陽距地を得。
求太陰距地「以実望太陰本天心距地数倍之、為一辺、二千萬為両辺和、以太陰実引為一角、用三角作垂線両勾股法算之(実引、三宮以内者、即以実引為一角、過九宮者、与全周相減、為一角。俱作垂線於形内。実引、過三宮者、与六宮相減、過六宮者、減六宮、為一角。俱作垂線於形外)。求得対角之辺、以二千萬相減、得太陰距地」
実望太陰本天心距地数を以ってこれを倍し、一辺と為し、二千萬、両辺和と為し、太陰実引を以って一角と為し、三角作垂線両勾股法を用ゐこれを算し(実引、三宮以内は、即ち実引を以って一角と為し、九宮を過ぐれば、全周と相減じ、一角と為す。俱に垂線を形内に作す。実引、三宮を過ぐれば、六宮と相減じ、六宮を過ぐれば、六宮を減じ、一角と為す。俱に垂線を形外に作す)。求めて得る対角の辺、二千萬を以って相減じ、太陰距地を得。
\[ \begin{align}
\text{太陽実引} &= \text{太陽引数}(@\text{実望実日時}) + \text{太陽均数}(@\text{実望実日時}) \\
\text{太陰実引} &= \text{太陰引数}(@\text{実望実日時}) + \text{太陰初均}(@\text{実望実日時}) \\
e_s &= \text{太陽両心差} \\
e_m &= \text{太陰本天心距地数}(@\text{実望実日時}) \\
\text{太陽距地} &= {1 - e_s^2 \over 1 + e_s \cos(\text{太陽実引})} \\
\text{太陰距地} &= {1 - e_m^2 \over 1 - e_m \cos(\text{太陰実引})}
\end{align} \]

食分を求めるにあたり、地球影の視半径と月の視半径を求めたいのだが、その前に、太陽・月の地球からの距離(太陽距地・太陰距地)を求める。ここで計算する「距離」とは、平均的な距離を 1 とした (※) ときの距離である。離心率を \(e\) とすれば、近点では \(1 - e\)、遠点では \(1 + e\) となるはず。

  • (※) 暦法どおりの記述では、例によって、平均的な距離を一千万としたときの距離なのであるが、当ブログの式では、平均的な距離(楕円の長半径に等しい)を 1 とする。

まず、太陽と月の真近点角(太陽実引、太陰実引)を求める。月については、平均遠点角(太陰引数)に中心差(太陰初均)のみを加算しており、二均・三均・末均は無視しているようだ(※)

  • (※) 二均(二均差)・末均(月角差)は、どのみち朔望でゼロになる。
  • \(\text{太陰実引} = \text{太陰引数} + \text{太陰初均}\) と計算しているが、実のところ、月離での初均算出においては、引数(平均遠点角)と本天心距地(離心率)から実引(真遠点角)を求め、\(\text{太陰初均} = \text{太陰実引} - \text{太陰引数} \) として初均を求めているので、月離の計算をしていれば、ここで算出するまでもなく太陰実引は算出済のはずである。

 太陽の真近点角と太陽の離心率(両心差)、月の真遠点角と月の離心率(本天心距地数)から太陽・月の地球からの距離を算出する。算出にあたっては「三角作垂線両勾股法」を使えということである。そういう名前だというのは初めて聞いたが、計算方法自体は、月の二平均を算出するところで説明した太陽の地球からの距離の算出方法と同じものだろう。三角作垂線両勾股法は、要するに下記を算出しているのだということは、そちらで記載しておいた。
\[ \begin{align}
\text{太陽距地} &= {1 - e_s^2 \over 1 + e_s \cos(\text{太陽実引})}
\end{align} \]

太陽実引は近点角、太陰実引は遠点角なので、式中の離心率 \(e\) の符号が反転している。このあたりのところは、暦法新書の条文においては、実引が、三宮 (90°) 以下・九宮 (270°) 以上(第1, 4象限)の場合と、三宮~九宮の間(第2, 3象限)の場合とで、「垂線を形内に作す」のか、「垂線を形外に作す」のか (※) という記述に現れている。

  • (※) 太陽: 第1, 4象限が「形外」、第2, 3象限が「形内」。月: 第1, 4象限が「形内」、第2, 3象限が「形外」

上図は、寛政月離での太陽距地の説明に用いた図の再掲である。地球を T, 反対側の焦点を E, 近点を P, 軌道上の太陽を S とし、E から直線 TS に垂線を下ろすとき、垂線の足 F は、真近点角 ∠PTS が第1, 4象限のときは、⊿ETS の外側「形外」に落ち、第2, 3象限のときは、⊿ETSの内側(線分STの間)「形内」に落ちる。遠点角ベースで算出する月の場合は、これが逆になるわけである。


地半径差と視半径

中距太陰地半径差九十五分八十三秒
太陽地半径差二十八秒
中距太陽距地一千萬
中距太陰距地一千萬
中距太陽視半径二十六分八十三秒
中距太陰視半径二十六分一十二秒半
求太陰地半径差(則本日太陰在地平上最大地半径差)「以太陰距地為一率、中距太陰距地為二率、太陰中距最大地半径差為三率、求得四率、為太陰地半径差」
太陰距地を以って一率と為し、中距太陰距地、二率と為し、太陰中距最大地半径差、三率と為し、求めて得る四率、太陰地半径差と為す。
求太陽視半径「以太陽距地為一率、中距太陽距地為二率、中距太陽視半径為三率、求得四率、為太陽視半径」
太陽距地を以って一率と為し、中距太陽距地、二率と為し、中距太陽視半径、三率と為し、求めて得る四率、太陽視半径と為す。
求太陰視半径「以太陰距地為一率、中距太陰距地為二率、中距太陰視半径為三率、求得四率、為太陰視半径」
太陰距地を以って一率と為し、中距太陰距地、二率と為し、中距太陰視半径、三率と為し、求めて得る四率、太陰視半径と為す。
\[ \begin{align}
\text{中距太陰地半径差} &= 0°.9583 \\
\text{太陽地半径差} &= 0°.0028 \\
\text{中距太陽距地} &= 1 \\
\text{中距太陰距地} &= 1 \\
\text{中距太陽視半径} &= 0°.2683 \\
\text{中距太陰視半径} &= 0°.26125 \\
\text{太陰地半径差} &= {\text{中距太陰地半径差} \times \text{中距太陰距地} \over \text{太陰距地}} \\
\text{太陽視半径} &= {\text{中距太陽視半径} \times \text{中距太陽距地} \over \text{太陽距地}} \\
\text{太陰視半径} &= {\text{中距太陰視半径} \times \text{中距太陰距地} \over \text{太陰距地}}
\end{align} \]

太陽と月の地半径差(地平視差)と、視半径を求める。それぞれ、(理論的には)下記のように算出できるはず。

  • あくまで「理論的には」。寛政暦の当時、太陽の半径や、太陽~地球の平均距離(天文単位)の実数がわかっていたわけではない。どちらかというと、地平視差や視半径の値の方が、先に観測によって得られて、さらに、地球の半径が測量によってわかれば、そこから、太陽の半径や、地球からの平均距離等がわかる、という流れなわけである。

\[ \begin{align}
\text{太陽の視半径} &= \sin^{-1} \left( {\text{太陽の半径} \over \text{太陽~地球の距離}} \right) \fallingdotseq {{180° \over \pi} \times \text{太陽の半径} / \text{太陽~地球の平均距離} \over \text{太陽距地}} \\
\text{太陽の地平視差} &= \sin^{-1} \left( {\text{地球の半径} \over \text{太陽~地球の距離}} \right) \fallingdotseq {{180° \over \pi} \times \text{地球の半径} / \text{太陽~地球の平均距離} \over \text{太陽距地}} \\
\text{月の視半径} &= \sin^{-1} \left( {\text{月の半径} \over \text{月~地球の距離}} \right) \fallingdotseq {{180° \over \pi} \times \text{月の半径} / \text{月~地球の平均距離} \over \text{太陰距地}} \\
\text{月の地平視差} &= \sin^{-1} \left( {\text{地球の半径} \over \text{月~地球の距離}} \right) \fallingdotseq {{180° \over \pi} \times \text{地球の半径} / \text{月~地球の平均距離} \over \text{太陰距地}}
\end{align} \]

Wikipedia あたりから情報を拾ってくると、太陽~地球の平均距離(天文単位)= 149,597,870.7 km, 月~地球の平均距離 = 384,400 km, 地球の半径 = 6,378.137 km, 太陽の半径 = 695,510 km, 月の半径 = 1,737.9 km であり、とすると、
\[ \begin{align}
\text{太陽の視半径} &= {0°.2664 \over \text{太陽距地}} \\
\text{太陽の地平視差} &= {0°.0024 \over \text{太陽距地}} \\
\text{月の視半径} &= {0°.2590 \over \text{太陰距地}} \\
\text{月の地平視差} &= {0°.9475 \over \text{太陰距地}}
\end{align} \]
となるはずで、寛政暦の数値と大体符合することがわかる。

ただし、太陽地半径差(太陽の地平視差)がそもそもかなり小さい値であり、また、太陽の(本当は地球の)離心率も高くなく太陽距地の変動幅も小さいことから、太陽距地で割り返さず、0°.0028 固定値としている。

食分

求影半径「置太陰地半径差、加太陽地半径差、減太陽視半径、得影半径」
太陰地半径差を置き、太陽地半径差を加へ、太陽視半径を減じ、影半径を得。
求影差「太陰地半径差以六十九除之、得影差」
太陰地半径差、六十九を以ってこれを除し、影差を得。
求実影半径「置影半径、加影差、得実影半径」
影半径を置き、影差を加へ、実影半径を得。
求併径「以太陰視半径与実影半径相加、得併径」
太陰視半径を以って実影半径と相加へ、併径を得。
求両径較「以太陰視半径与実影半径相減、得両径較」
太陰視半径を以って実影半径と相減じ、両径較を得。
求食分「以太陰全径為一率、十分為二率、併径内減食甚実緯、為三率(若無食甚実緯、則以併径為三率)、求得四率即食分(若食甚実緯大於併径、則月与地影両周不相切、則不食、即不必算)」
太陰全径を以って一率と為し、十分、二率と為し、併径、食甚実緯を内減し、三率と為し(もし食甚実緯無くは、則ち併径を以って三率と為す)、求めて得る四率、即ち食分(もし食甚実緯、併径より大は、則ち、月と地影と、両周相切せず、則ち不食、即ち必ずしも算せず)
\[ \begin{align}
\text{影半径} &= \text{太陰地半径差} + \text{太陽地半径差} - \text{太陽視半径} \\
\text{影差} &= {\text{太陰地半径差} \over 69} \\
&\text{? } \left(\text{影差} = {\text{影半径} \over 69} \right) \\
\text{実影半径} &= \text{影半径} + \text{影差} \\
\text{併径} &= \text{実影半径} + \text{太陰視半径} \\
\text{両径較} &= \text{実影半径} - \text{太陰視半径} \\
\text{食分} &= {\text{併径} - |\text{食甚実緯}| \over 2 \times \text{太陰視半径}} \times 10_\text{分}
\end{align} \]

太陽・月の地半径差・視半径から、地球影の半径を求める。地球影は、太陽と地球に外接する円錐「影円錐」を、地球から月の距離の分だけ離れたところで切り取った円である。その円の視半径(視ることが出来るわけではないが)が影半径。

上の図からわかるように、
\( \text{太陽視半径} - \text{太陽地半径差} = \text{影円錐の傾斜角} = \text{太陰地半径差} - \text{影半径} \)
よって、
\( \text{影半径} = \text{太陰地半径差} + \text{太陽地半径差} - \text{太陽視半径} \)
である。

この影半径に、「影差」を加算して、「実影半径」を求めている。この影差とは何か。影円錐のわずかに外側、太陽からの光が地球をかすめて月に届くはずのあたりのところは、実際は、地球の大気により光が散乱して月に光が届かないのだ。影半径の算出にあたっては、この効果を計算に入れるべきである。つまり、影半径を計算するにあたっては、地球の半径を若干大きめに考えた方がよい。寛政暦では、太陰地半径差を +1/69 (+1.45%) 大きい(つまり、地球の半径を +1/69 (+1.45%) 大きい)ものとして計算しているわけである。

……なのだが。

頒暦の月食記事と突合するとき、どうも、影差を、暦法どおり太陰地半径差の 1/69 とするのではなく、影半径の 1/69 として計算したほうが、頒暦と一致しやすいようなのだ。
\(\text{太陰地半径差} \fallingdotseq 0°.9583\)
\(\text{影半径} = \text{太陰地半径差} + \text{太陽地半径差} - \text{太陽視半径} \fallingdotseq 0°.9583 + 0°.0028 - 0°.2664 = 0°.6947 \)
であり、太陰地半径差・影半径の 1/69 はそれぞれ、0°.01389, 0°.01007 となって、影差を暦法どおり太陰地半径差の 1/69 とするのではなく、影半径の 1/69 とすると、実影半径は、平均して 0°.00382 だけ小さくなる。これは、食分をやや小さく、食の持続時間をやや短くする効果を持つ。

実は、これは、本来、私の計算式のバグだった。寛政暦の月食より先に、天保暦の月食の算出式を仕上げていたのだが、天保暦の暦法では、\(\text{影差} = \text{影半径} / 60\) として算出している。寛政暦の「太陰地半径差、六十九を以ってこれを除し、影差を得」を見たときに、うっかり、\(\text{影差} = \text{影半径} / 69 \) にしてしまったのだ。が、間違いに気づいて修正しようとしたときに、もともとは頒暦の月食記事にかなりよく一致していたものが、大量に一致しなくなってしまった。暦法の記載に反してはいるが、\(\text{影差} = \text{影半径} / 69 \) として計算したほうがよいように思われる。

「併径」は、影半径と月の視半径の和である。

上図において、M を中心とするオレンジ色の円を月輪、S を中心とする灰色の円を地球影とするとき、食分は、AB の距離の月輪の直径に対する比(を 10倍したもの)である。
\(\mathrm{AB} = \mathrm{MB} + \mathrm{AS} - \mathrm{MS} = \text{月の視半径} + \text{地球影の視半径} - \text{月と地球影の視距離}\)
\(\text{併径} = \text{月の視半径} + \text{地球影の視半径}\), \(|\text{食甚実緯}| = \text{月と地球影の視距離}\) であるから、
\(\text{食分} = \dfrac {\text{併径} - |\text{食甚実緯}|}{\text{月の視直径}} \times 10\)
になるわけである。

食甚実緯は、月と地球影の距離であるが、陰暦(月が黄道の北)のときはプラス、陽暦(月が黄道の南)のときはマイナスになるような値に、このブログの式では定義しておいたから、ここではその絶対値を用いている。

初虧時刻・復円時刻・食既時刻・生光時刻

推初虧復円時刻第四
求初虧復円距弧「以併径為弦、食甚実緯為勾、求得股為初虧復円距弧(若無食甚実緯、則以併径為初虧復円距弧)」
併径を以って弦と為し、食甚実緯、勾と為し、求めて得る股、初虧復円距弧と為す(もし食甚実緯無ければ、則ち併径を以って初虧復円距弧と為す)。
求初虧復円距時「以一小時両径斜距為一率、一小時分為二率、初虧復円距弧為三率、求得四率為初虧復円距時」
一小時両径斜距を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、初虧復円距弧、三率と為し、求めて得る四率、初虧復円距時と為す。
求初虧時刻「置食甚時刻、減初虧復円距時、得初虧時刻。不足減者、加日周減之、初虧即在前一日。如法収之、得初虧時刻」
食甚時刻を置き、初虧復円距時を減じ、初虧時刻を得。減に足らざれば、日周を加へこれを減じ、初虧、即ち前一日に在り。法の如くこれを収め、初虧時刻を得。
求復円時刻「置食甚時刻、加初虧復円距時、得復円時刻。加満日周去之、復円即在次日。如法収之、得復円時刻」
食甚時刻を置き、初虧復円距時を加へ、復円時刻を得。加へて満日周はこれを去き、復円、即ち次日に在り。法の如くこれを収め、復円時刻を得。
\[ \begin{align}
\text{初虧復円距弧} &= \sqrt{(\text{併径})^2 - (\text{食甚実緯})^2} \\
\text{初虧復円距時} &= {\text{初虧復円距弧} \over \text{一小時両経斜距}} \times {{1 \over 24} \text{日}} \\
\text{初虧時刻} &= \text{食甚時刻} - \text{初虧復円距時} \\
\text{復円時刻} &= \text{食甚時刻} + \text{初虧復円距時}
\end{align} \]
推食既生光時刻第五(食甚実緯大于両径較、則月食在十分以内、無食既生光)
食甚実緯、両径較より大なれば、則ち月食、十分以内に在り、食既生光無し。
求食既生光距弧「以両径較為弦、食甚実緯為勾、求得股為食既生光距弧(若無食甚実緯、則以両径較為食既生光距弧」
両径較を以って弦と為し、食甚実緯、勾と為し、求めて得る股、食既生光距弧と為す(もし食甚実緯無ければ、則ち両径較を以って食既生光距弧と為す。
求食既生光距時「以一小時両経斜距為一率、一小時分為二率、食既生光距弧為三率、求得四率為食既生光距時」
一小時両径斜距を以って一率と為し、一小時分、二率と為し、食既生光距弧、三率と為し、求めて得る四率、食既生光距時と為す。
求食既時刻「置食甚時刻、減食既生光距時、得食既時刻。不足減、加日周減之、食既即在前一日。如法収之、得食既時刻」
食甚時刻を置き、食既生光距時を減じ、食既時刻を得。減に足らざれば、日周を加へこれを減じ、食既、即ち前一日に在り。法の如くこれを収め、食既時刻を得。
求生光時刻「置食甚時刻、加食既生光距時、得生光時刻。加満日周去之、生光即在次日。如法収之、得生光時刻」
食甚時刻を置き、食既生光距時を加へ、生光時刻を得。加へて満日周はこれを去き、生光、即ち次日に在り。法の如くこれを収め、生光時刻を得。
\[ \begin{align}
\text{食既生光距弧} &= \sqrt{(\text{両径較})^2 - (\text{食甚実緯})^2} \\
\text{食既生光距時} &= {\text{食既生光距弧} \over \text{一小時両経斜距}} \times {{1 \over 24} \text{日}} \\
\text{食既時刻} &= \text{食甚時刻} - \text{食既生光距時} \\
\text{生光時刻} &= \text{食甚時刻} + \text{食既生光距時}
\end{align} \]

貞享暦・宝暦暦では、食のはじめ・おわり、皆既のはじめ・おわりをそれぞれ、初虧・復末・食既・生還と呼んでいたが、寛政暦・天保暦では、初虧・復円・食既・生光と呼ぶ。

これらの時刻を算出するときの基本的な考え方は、貞享暦・宝暦暦の月食法と同じである。

食甚時の地球影と月との距離が「食甚実緯」、初虧・復円時は、地球影と月輪が外接しているので、地球影と月との距離は併径である。食分を求める式
\(\text{食分} = \dfrac {\text{併径} - \text{地球影と月の距離}}{\text{月の視直径}} \times 10\)
について、ちょうど \(\text{食分} = 0\) となるような地球影と月の距離を求めれば、併径になるはずである。

食甚とは、月が地球影に最接近するときであるから、食甚時の月の位置は地球影中心から、月の動く軌道に降ろした垂線の足であるはず。よって、初虧から食甚までに月が動く距離「初虧復円距弧」は、三平方の定理(勾股弦法)により、\(\sqrt{(\text{併径})^2 - (\text{食甚実緯})^2}\) で求められるはず。

同様に、食既・生光時は、月輪が地球影に内接しているので、地球影と月との距離は、地球影半径と月視半径の差分「両径較」である。食分を求める式
\(\text{食分} = \dfrac {\text{併径} - \text{地球影と月の距離}}{\text{月の視直径}} \times 10\)
について、ちょうど \(\text{食分} = 10\) となるような地球影と月の距離を求めれば、
\[ \begin{align}
\text{地球影と月の距離} &= \text{併径} - \text{月の視直径} \\
&= \text{地球影半径} + \text{月の視半径} - 2 \times \text{月の視半径} \\
&= \text{地球影半径} - \text{月の視半径} \\
&= \text{両径較}
\end{align} \]
になるはず。

食既から食甚までに月が動く距離「食既生光距弧」は、\(\sqrt{(\text{両径較})^2 - (\text{食甚実緯})^2}\) で求められるはずである。

これらを、前回求めた月の地球影に対する相対運動ベクトルの大きさ(月が地球影に対して動く運動の速度)である「一小時両経斜距」で割ってやれば、初虧から食甚までの時間「初虧復円距時」、食既から食甚までの時間「食既生光距時」が得られる。これを食甚時刻に加減してやれば、初虧・復円・食既・生光の時刻が得られる。

帯食分秒

推月食帯食法
求帯食距時「以日出或日入時分与食甚時分相減、得帯食距時」
日出、或いは、日入時分を以って食甚時分と相減じ、帯食距時を得。
求帯食距弧「以一小時分為一率、一小時両経斜距為二率、帯食距時為三率、求得四率為帯食距弧」
一小時分を以って一率と為し、一小時両経斜距、二率と為し、帯食距時、三率と為し、求めて得る四率、帯食距弧と為す。
求帯食両心相距「以食甚実緯為勾、帯食距弧為股、求得弦為帯食両心相距(若無食甚実緯、則以帯食距弧為帯食両心相距)」
食甚実緯を以って勾と為し、帯食距弧、股と為し、求めて得る弦、帯食両心相距と為す(もし食甚実緯無ければ、則ち帯食距弧を以って帯食両心相距と為す)
求帯食分秒「以太陰視半径倍之、得太陰全径、為一率、十分為二率、併径内減帯食両心相距、為三率、求得四率、為帯食分秒」
太陰視半径を以ってこれを倍し、太陰全径を得、一率と為し、十分、二率と為し、併径、帯食両心相距を内減し、三率と為し、求めて得る四率、帯食分秒と為す。
\[ \begin{align}
\text{帯食距時} &= \text{日出入時刻} - \text{食甚時刻} \\
\text{帯食距弧} &= \text{一小時両経斜距} \times \text{帯食距時} \div {{1 \over 24} \text{日}} \\
\text{帯食両心相距} &= \sqrt{(\text{食甚実緯})^2 + (\text{帯食距弧})^2} \\
\text{帯食分秒} &= {\text{併径} - \text{帯食両心相距} \over 2 \times \text{太陰視半径}} \times 10
\end{align} \]
暦法新書(寛政)巻二の書きっぷりとしては、初虧・復円・食既・生光時刻を求めたあと、初虧・復円における方向角の算出へと進むのだが、定性的・簡易的に求めていた貞享暦・宝暦暦と異なり、これがなかなかホネがある。これは次回まわしにして、先に帯食の出入時食分の算出を先に片づけよう。

初虧・復円においては、その時の食分(ゼロ分)から、その時の地球影と月の距離(併径)が決まり、そこから、初虧~食甚間の月の移動距離(初虧復円距弧)が決まり、初虧~食甚間の時刻差(初虧復円距時)が決まり、初虧・復円時刻が決まったわけだが、帯食の出入時食分の算出では、それの逆演算になる。

出入時刻から、出入時刻~食甚間の時刻差(帯食距時)が決まり、出入時刻~食甚間の月の移動距離(帯食距弧)が決まり、出入時刻における地球影と月との距離(帯食両心相距)が決まり、そこから、帯食時の食分が求められる。数式的にも逆演算となっているので、理解は容易であろう。

寛政暦の月離では、月の出入時刻の算出式が用意されているが、月帯食の算出にあたっては、それは用いられなかったようで、日入出時刻をもって月出入時刻としたようである (※)。帯食距時の式でも「日出、或いは、日入時分を以って食甚時分と相減じ」と記載されている(月食なのに「月出」「月入」でなく「日出」「日入」)し、頒暦の月食記事とも、日出入時刻で算出したほうが一致度が高いようである。

  • (※) 月食時は、月は太陽の180° 反対方向にあるので、太陽が西・東の地平線上にあるとき、月も東・西の地平線上にある。
    厳密には、食甚時でも食甚実緯だけ位置がずれているわけだし、食甚から時刻がずれれば、位置のずれも拡大するわけで、正確に反対方向というわけではないが。また、どのみち寛政暦月離の月出入時刻算出でも考慮されていないのだが、太陽より大きい地平視差があるので、その分のずれも生じる。


今回は以上。次回は、方向角の算出について

 

 [江戸頒暦の研究 総目次へ]


[参考文献]

吉田 秀升, 山路 徳風, 高橋 至時, (校正) 土御門 泰栄「暦法新書」(寛政) 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵 

渋川 景佑「寛政暦書」 国立公文書館デジタルアーカイブ蔵


0 件のコメント:

コメントを投稿