2016年10月23日日曜日

i と e をめぐる諸問題

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前回、「あしひきの」考: 下二段・上二段両用活用に見える動詞についてにおいて、動詞の連用形は -e がついた形式で、転成名詞形は -i がついた形式というように、元来は別形だったのでは? という仮説を述べた。

正直、自分でも突拍子もない奇説だと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

2016年10月8日土曜日

「あしひきの」考: 下二段・上二段両用活用に見える動詞について

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11/2802或本歌曰「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む(足日木乃 山鳥之尾乃 四垂尾乃 長永夜乎 一鴨将宿)」

小倉百人一首にも柿本人麻呂作として収録されている有名な歌。

「あしひきの」は「山」等にかかる枕詞だが、びっくりすることに「あしひきの」の「き」は乙類キ(足日乃)である。

一字一音式に書かれたものを見ても

15/3655「今よりは 秋づきぬらし あしひきの(安思比奇能) 山松蔭に ひぐらし鳴きぬ」

で、やはり乙類キ。

2016年9月19日月曜日

上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2

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上代日本語の動詞活用形と自動詞他動詞ペアパターンの起源の仮説について、当初案以降に考察したこと(上代東国方言や、母音調和(有坂法則)との関係について)を含めて考えた結果、今、頭のなかにある仮説の姿を、一度まとめておきたい。
当初案とぱっと見はかなり変えたところもあるけれども、大枠は変わっていない。

  • 仮説のうち、骨子となる部分は下記であって、その部分は変わっていないわけである。それ以外はまあ枝葉末節の微調整。
    • 自動詞他動詞ペアパターンのうち、四段A型(空き/空け -i/-ë、焼け/焼き -ë/-i)になるか、四段B型(靡き/靡かし -i/-asi、放(さ)き/放かり -ari/-i)・二段型(明け/明かし -ë/-asi、上がり/上げ -ari/-ë)になるか、四段C型(かぶり/かぶせ -ri/-së、越し/越え -yë/-si)・一段型(着/着せ φ/-së、見え/見 -yë/φ)になるかは、-○-a-○-i の、aの前後の○のどちらに子音が入るか(どちらにも入らないか)によっている。それがどう決まるのかは、語尾 -○-a-○-i がつく語幹部がどういう形だったか(子音終わりか短母音終わりか長母音終わりか等)による。
    • 子音の挿入箇所は、三母音連続を回避するように決定されるように見える。こうなった具体的な経緯としては、(1) 二母音連続の後に母音を付加する場合、子音が挿入されたか、(2) 一律挿入された子音が、短母音間では消失したか、等が考えられる。
    • 終止形・連体形に靡のルがつくかどうか、命令形が甲類エ段になるか/連用形+ヨになるかも、上記と理由を共有する。
    • 下二段・上二段・上一段の未然形は連用形と同形だが、これは二次的にそうなったのであって、本来は自動詞他動詞派生(明け/明かし(-a)、尽き/尽くし(-u)、起き/起こし(-ə)) や、シク活用形容詞派生(痩せ/やさしく(-a)、なぎ/なぐしく(-u)、老い/老よしく(-ə)) などと同形であった。
    • カ変・サ変の命令形(こ、せよ)が、未然形(こ、せ)接続風なのは、短母音単音節の連用形に短母音単音節の接辞を付加する場合、間に母音が挿入されたことに由来する。カ変・サ変において、禁止形(な~そ)、過去助動詞終止形・連体形(き、し)の接続が未然形接続になっているのも同様の理由である。
    • 已然形は、「連体形+得(え)」に由来する。「する得(え)ば」→「すれば」。「するコトヲ得ば」の意味。過去助動詞已然形「しか」は、「ありしく得(あ)ば」→「ありしかば」で、ク語法「しく」+「得の未然形が連用形同形になる前の語形、得(あ)」に由来している。
  •  以下は、当初案以降に追加した要素
    • 二段動詞の本来の未然形において、陽母音語幹(-a/-u) と陰母音語幹(-ə) とで付いた母音が異なっているのは母音調和の痕跡。四段でも本来一律 -a ではなく、陽母音語幹・陰母音語幹で -a/-ə をつけ分けていたと考える。
    • 上代東国方言では、四段動詞で「終止形: ウ段、連体形: 甲類オ段」になっているが、これは、連体形は終止形に余分の音節がくっついた形に起源(なので、二段動詞などで靡きのルがつく)していることの結果として、四段動詞で「終止形: 短母音、連体形: 長母音」だったことに由来している。
    • 二段動詞の終止形が全てウ段であること、未然形・派生語尾が -a/-u/-ə のような形になること、「短母音:ウ段、長母音:甲類オ段」になることで見られるように、 au > u, əu > u, ua > u, ia > a, uu > o のような母音融合をしているように見える。
      これは、中高母音上昇(e > i, o > u)、二重母音の前項後項で高さの差が大きい時の高さ調整、二重母音の逆行同化等の一連の母音変化過程を想定することで説明可能である。
      (当初案では u > ə > a > i の優先度で残る母音が決定されるとしていた)


当初案の内容や、その後考察したことの内容については、 [総目次] から適宜参照し、一読された上で、以下に読み進められたい。

2016年9月10日土曜日

動詞からのシク活用形容詞派生について

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四段B型・二段型自動詞他動詞派生のオ変格、未然形のオ変格について以前論じたことを整理し、未然形派生・自動詞他動詞派生(四段B型・二段型)の基本形を示すと以下のとおりになる。

表1: 動詞派生形式の基本形
活用種類陽母音語幹陰母音語幹
四段活用-a (ウ段・唇音が続く等、特定の環境では -ô: 甲類オ変格) -o
下二段活用*-aa > -a *-oo > -o
上二段活用*-ua > (高さ調整)*-uô > (逆行同化)*-ôô
> (中高母音の高化)*-uu > -u
*-oo > -o

すなわち、四段は陽母音語幹 -a / 陰母音語幹 -o、下二段は本来は -aa/-oo だが短母音化し -a / -o、上二段は -uu/-oo が短母音化し -u / -o。
  • なお、現在の下二段・上二段の未然形はこうはなっていない。連用形と同形になっている。
    が、本編の動詞活用形起源の仮説において述べたように、それは二次的にそうなったのであって、本来は未然形も上記の形態だったと考えている。

概ね、上記と同様の形式になっているように見える動詞からのシク活用形容詞派生について考察したい。

2016年9月3日土曜日

[小ネタ] 完了リはなぜ下二段・上二段に接続しないか

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完了の助動詞「り・たり」は、四段・サ変の場合、「有り」由来の「り」がつき、それ以外の場合は、「て有り」由来の「たり」がつく。

四段: 咲き有り saki-ari > sakeri 咲けり
サ変: し有り si-ari > seri せり

  • 05/0850「雪の色を 奪ひて咲ける(有婆比弖佐家流) 梅の花 今盛りなり 見む人もがも」
  • 05/0869「足姫 神の命の 魚釣らすと み立たしせりし(美多々志世利斯) 石を誰れ見き」

例は少ないが、カ変・上一段にも「り」はついたようである。

カ変: 来有り ki-ari > keri けり
上一段: 着有り ki-ari > keri けり


2016年8月29日月曜日

八丈語と琉球語

現存する方言のなかで、中央本土方言との距離が大きく、日本語の起源を探求するなかで大きく注目されるのは、琉球語と八丈語である。


2016年8月21日日曜日

Japan Knowledge

院政期アクセントが検索できるサイトとかないものかなーといろいろ物色していたが、結局のところ、小学館日本国語大辞典を見るしかなかろうとの結論に至る。

日本国語大辞典と言えば、14巻本で税別210,000円也。気軽に買える値段ではないし、置く場所もばかにならない。「精選版日本国語大辞典」だと3巻本で税別15,000円。こちらだとまだ手が出なくもないが、残念ながら、アクセント・上代特殊仮名遣表記など、私の知りたい情報が入っていないようである。

電子辞書だと、CASIO XD-Y20000 が精選版日本国語大辞典を収録しているが、さすがにフル版の日本国語大辞典を収録している電子辞書はないようだ。

というわけで、 Japan Knowledge。小学館の子会社の NetAdvance が運営しているサイトで、有料ながら、日本国語大辞典をはじめとする百科、国語、漢和、英英・英和・和英、他の辞書をオンライン検索できるというサイトである。
個人向けサービスは、1,620円/月(税込)、または、16,200円/年。(専門辞書系なども含めて検索できる +R の場合、2,160円/月 or 21,600円/年)
まあ、払えない金額ではないので、加入してみた。

2016年8月13日土曜日

管見の已然形の由来説(連体形+「得」)について若干の補足

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管見の已然形の由来説について、若干の補足。

管見の主張の骨子は以下のとおりであった。

  • ① 已然形は、連体形 + ë の形式に由来している。
  • ② ë は下二段動詞「得」の未然形に由来している。つまり、もともと「未然形+ば(むは)」の形式は、仮定条件、確定条件両方に用いられていたのだが、「連体形+得(未然形)+ば(むは)」(「する得むは」→「すれば」)の形式を確定条件を明示するために利用するようになったとする。「連体形+得」(「する得」)は「することを得」、つまり、連体形による準体節が「得」の目的語になっている形である。
  • ③ 過去助動詞「き」の已然形「しか」は、ク語法「しく」+ a の形式に由来している。a は、「得」の古形未然形(連用形 ë が未然形にも用いられるようになる前の未然形)の残存である。連体形ではなくク語法になっているのは、過去助動詞「き」の連体形「し」には準体節を導出する機能がなかったからである。

2016年8月7日日曜日

陰母音語幹の下二段活用動詞をどう考えるか

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動詞の活用種類は、語幹の形によって下記のように決まっていると考えている

活用種類 語幹 連用形
四段活用 -C, -Ci, -VV -Ci, -Ci, -VVri/-VVsi
下二段活用 -a -ai
上二段活用 -u, -o -ui, -oi
上一段活用 Cii Cii

ここで気になるのが、下二段活用である。
下二段活用は、 -a 終わり語幹であるのであれば、陽母音語幹動詞しかあってはいけないはずである。
上二段はいい。陽母音語尾 (-u) と陰母音語尾 (-o) があるのだから、陽母音語幹動詞も陰母音語幹動詞もあってよい。しかし、下二段で陰母音語幹動詞があってはおかしい。

2016年7月30日土曜日

オ変格は母音調和の痕跡か

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勝手に命名させていただいた用語で恐縮だが、オ変格について。

自動詞他動詞ペアのオ変格

自動詞他動詞ペアパターンのところで説明したが、オ変格とは、通常であれば -ar/-as の語尾を持つ自動詞他動詞派生形(四段B型、下二段の二段型)において、-or/-os の乙類オ段語尾を持つもののことである。


パターン正格オ変格
自他四段B型-i/-asi
動き/動かし、交(か)ひ/交はし…
-i/-osi
狂ひ/狂ほし、響(とよ)み/響もし、残(の)き/残(のこ)し、及び/及ぼし、滅び/滅ぼし、潤(うる)ひ/潤ほし
他自四段B型-i/-ari
懸き/懸かり、放(さ)き/離かり…
-i/-ori
包(くく)み/包もり、積み/積もり、寄し/寄そり、除き/除こり、整のひ/整のほり
自他二段型-ë/-asi
明け/明かし、荒れ/荒らし…
-ë/-osi
(実例無し?)
他自二段型-ë/-ari
上げ/上がり、当て/当たり…
-ë/-ori
籠め/籠もり、慰め/慰もり、寄せ/寄そり、温(ぬく)め/温もり、広げ/広ごり

オ変格は、カガハバマ行でよく起きるとは既に述べた。実際、上記を見れば、「寄し、寄せ/寄そり」以外はカガハバマ行である。
が、全てのカガハバマ行で起きるわけでもない。
どういうケースに発生するのであろうか。考えてみたい。

2016年7月23日土曜日

上代東国方言の打消助動詞「なふ」と、特殊活用助動詞の仲間たち

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万葉集14/3483
比流等家波 等家奈敝比毛乃 和賀西奈尓 阿比与流等可毛 欲流等家也須家
昼解けば 解けなへ紐の 我が背なに 相寄るとかも 夜解けやすけ
昼解けば解けない着物の合わせ紐が、我が夫に寄り添うからであろうか、夜解けやすい。

東国方言の歌謡。中央語なら、「昼解けば 解けざる紐の 我が背子に 相寄るとかも 夜解けやす

  • あと、平仮名にするとわからないが、四段他動詞「解き」の已然形「解け-ば」、下二段自動詞「解け」の未然形「解け(-なへ)」、連用形「解け(-やすけ)」が、中央語だと乙類ケになるはずところ、東国方言だと甲類ケになっている。基本的に東国方言に乙類ケはない。 

上代東国方言に固有の打消助動詞「なふ」について。

中央語にもある打消助動詞「ぬ/ず/ざり」に加え、上代東国歌謡(万葉集の東歌・防人歌)では打消助動詞「なふ」が登場する。

現代標準語の打消助動詞「ない」のご先祖様とも言われる助動詞であるが、ク活用形容詞の顔をしている現代語「ない」とは違って、一見、四段活用っぽい活用形を持つ助動詞である。
  • 未然形「ナハ」: 14/3426「…会はナハば 偲ひにせもと…」(会わないならば)
  • 終止形「ナフ」: 14/3444「…籠にも満たナフ…」(満たない)
  • 已然形「ナヘ」: 14/3466「…寝れば言に出 さ寝ナヘば…」(寝ないと)
しかし、連体形の語形を見るとそうでないことが分かる。
  • 連体形「ナヘ」: 14/3483「…解けナヘ紐の…」(解けない紐)
連用形ははっきりした用例が見られない。
柳田 (1987) 等は、万葉集14/3482或本曰「韓衣裾のうち交ひ逢はなへば寝なへのからに言痛かりつも 」の、「寝ナヘ」を、接続助詞「ながら」、または、おそらくそれの語源としての「格助詞の + 形式名詞 故(から)」に接続する連用形として、連用形「なへ」を仮定する。
とすると、ますます、四段活用とは別物になる。


未然連用終止連体已然命令ク語法
東国打消「なふ」なはなへ?なふなへなへ--

これをどう考えればよいだろうか。
「なふ」について考える前に、中央語の助動詞の活用について整理したい。

2016年7月16日土曜日

過去助動詞「き」のク語法は、なぜ「しく」か

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ク語法は連体形 + aku に由来するというアク説は、大野晋が言い出したものだと思っていたが、安田 (2009) によれば、J. J. Hoffman (1868), "A Japanese Grammer" に遡って存在する説なのだそうである。大野 (1952) も、金田一京助が大学の講義中に述べたことがあると言っており、本人の創案であることを否定している。

1868年と言えば明治元年。そんな時期から西洋での日本語研究がなされてたんですね。たいしたものです。


連体形+アク > ク語法
四段「言ひ」 ipu-aku 言ふアク > ipaku 曰く
下二段「告げ」 tuguru-aku 告ぐるアク > tuguraku 告ぐらく
形容詞「惜し」 wosiki-aku 惜しきアク > wosikeku 惜しけく
「有り」+過去助動詞「き」 ari-si-aku 有りしアク > arisiku 有りしく(×有りせく)

ク語法の語形はほとんど全てこの「連体形 + aku」説で説明がつくのであるが、 唯一説明のつかないのが、過去助動詞「き」である。
連体形 si + aku だと、形容詞で ki-aku > keku となったことを考えると、 si-aku > seku セクにならないとおかしいが、実際の語形はシクである。これはなぜか。

2016年7月9日土曜日

動詞のアクセントについて

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現段階でまとまった情報としてアクセントがわかるのは、院政期(平安末期)だそうだ。
文字の周囲に「声点」と呼ばれる朱の点が打ってあって、点の位置によってアクセントがわかるようになっている。もともとは、中国において、平声・上声・去声・入声の四声を区別するために打つことがあったものを真似したもの。
通常の文には、もちろん、声点が打ってあったりはしないのだが、辞書類に単語のアクセントがわかるように声点が付されることがあるほか、お坊さんとかが残した講義ノートなどにおいて、講義時に訛って読み上げたりしないように声点が打ってあったりする。読経する際に中国語の四声に則ったアクセントで読めるように、経の漢字に中国語の四声を示す声点を付したりしていたため、お坊さんにとって声点はなじみ深いものだったのだ。
こういった声点資料がかなりまとまって残っているのが院政期ということである。

  • ちなみに、声点においては、清音・濁音の区別もつけるため、濁音では点をふたつ打つこととしていた。これが濁点(゛)の起源である。

それ以前でも、断片的な資料がいくつかあって、もっとも古いのは奈良時代。 日本書紀α群は、森(1981)によれば中国語ネイティブスピーカーにより記述されていて、そこに記載されている歌謡に用いられている万葉仮名漢字の声調を見ると、概ねアクセントに従って漢字が選ばれているらしく、院政期アクセントにかなり近いアクセントが復元出来るらしい(高山 (1981))。

院政期の時代、名詞に比べて、動詞のアクセント種類はかなりシンプルである。 高起式と低起式の2種類しかない。
四段・二段などの活用種類によってアクセント体系が異なったりもしない。
各活用形のアクセントがどうだったか、色々と論文を読んだ結果、私が理解した内容を下記に記載する。間違って たらごめんなさい。

(高平調 ̄をH、低平調_をL、上昇調/をR、下降調\をF と表記する)

2016年6月25日土曜日

奥舌優先 (u > o > a > i) ルール、三母音連続忌避・子音挿入ルールとは何だったか

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自動詞他動詞ペアパターン動詞活用形の起源の説明にあたり、以下のルールを設定した。

  • 語尾を付加するにあたり、三母音連続が発生する場合は、子音を挿入して三母音連続の発生を防ぐ。
  • 二母音連続を長母音化する場合、u > o > a > i の優先度で残す母音を決める。ただし、ai/oi/ui のように i が後接する場合は、a/o/u とはならず、そのまま残す。
これらは、少々奇妙なルールのように思える。
  • なぜ、二母音連続はよくて、三母音連続は駄目なのか。「自動詞は r, 他動詞は s を挿入」などと言うことが本当に起きるのか。昔の人はこれが自動詞・これが他動詞と意識しながらしゃべっていたのか。
  • 順行・逆行関わりなく奥舌優先というのは、文献時代以降の日本語での母音結合ルール(逆行同化が基本)とは極めて異質ではないか。(文献時代よりも遥か昔なのだろうから異質であってもいいじゃないか、その時の日本語じゃそうだったんだ、というかその時、「日本語」だったのか?、といってしまえばそれまでだが)
  • そもそも、o は a より奥舌なのか。(森博達氏の上代日本語の推定音価によれば、/o/ [ə], /a/ [ɑ] なので、どちらかと言えば、a の方が奥舌だろう。もちろん、二母音連続の長母音化が起こった時期においてもこれと同じだったとは限らないだろうが。)
これらの起源について考えたい。

2016年6月18日土曜日

現代日本語と上代日本語の自動詞他動詞ペア

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本編において、「自動詞他動詞ペアパターンのうち、規則的なパターンは、(自他、他自) × (四段A型、四段B型、四段C型、二段型、一段型)、対称型の11 (2×5+1) パターン!、他は全て例外!」としたのだが、規則的なパターンが全体の6割ぐらいしかありませんでした、では、説得力のカケラもない。
ゆえに、規則パターンが全体のどのくらいを占めるのかは検証しないといけないと思っていた。

現代日本語、上代日本語それぞれについて、有対動詞を抽出し、どの自動詞他動詞ペアパターンに該当するかをあてはめ、作成したのが下記の表である。具体的に抽出した自動詞他動詞ペアは、巻末に掲載している。

2016年6月12日日曜日

「日本語に長母音あった」説と、上代東国方言

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動詞活用形の起源にて、かつて日本語には長母音があったとして仮説を立てたのであるが、その痕跡が上代東国方言に残っていないか見ている。

現状、上代東国方言の母音交代がぐちゃぐちゃし過ぎていて、はっきりしたものは得られていない。
ただ、u と o甲 との交替について、興味深い点がある。

かなるましづみ

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万葉集の東国歌謡には、意味のよくわからない言葉も散見される。
そのうち、ヅ・ズが、ジだったら意味が通りそうなものがあるんだけど、、、という話。

2016年5月14日土曜日

消える/消す、再び。そして蹴る。

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本編で、どこからどうやって生まれたのかよくわからないとした自動詞他動詞ペア、「消え/消し」について、考えてみた。

思いついたのは、kaiyai / kaisi という、他自四段C型 (y変格) の自動詞他動詞ペアではなかろうかということ。
共通語根 kai は、短母音ではないので、四段C型になってしかるべき。
また、ai は、④長母音化で長母音化されないから、 aa にはならず、⑥短母音化で、 ë になるまで生き残るはず。

2016年5月5日木曜日

春過ぎて夏来にけらし

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本日、立夏。

ただし、季節の話題について書こうというわけではない。「春過ぎて、夏来にけらし」の「けらし」は、過去助動詞連体形「ける」のルが省略されたものに「らし」がついたものであるが、 「けるらし」のルが、なぜ省略されて、「けらし」となるのか、という話である。

2016年4月24日日曜日

動詞活用形の起源についてー自動詞他動詞ペアパターンの分析から (7)


動詞活用形の発生過程その2

④ 二母音連続の長母音化

  • 二母音連続が長母音化。(ai, oi, ui 等、i が後置する場合を除く。二母音連続から二重母音化していたか)
  • 二母音連続が長母音化する場合、残る母音の優先度は、u > o > a > i (奥舌 > 前舌 ?)。
  • サ変未然形
    • サ変未然形 "sia" は、子音が口蓋化 (tʃia ?) していたため長母音化 (sia > sā) に抵抗する。
  • 上一段未然形
    • 未然形以外では長母音の ī を持つ上一段も i を保持しようとする傾向が強く、ā にはならず、 ia が残存した。(この時点で、まだ、 “mīa” と、未然形でも長母音が残っていた可能性もあるかも知れない)
  • カ変未然形
    • kia は、子音からの影響により、kā から kō となった。(未然形のオ変格。cf. 聞く/聞こす/聞こゆ等)
      自動詞他動詞のところでも述べたように、オ変格が生ずるのは、カガハバマ行で多い。
未然
kaka
āra
idā
okō
tukū
mia
kā > kō
sia
inā
連用
kaki
āri
idai
okoi
tukui
ki
si
ini
終止
kaku
āri
idū
okū
tukū
mīru
inū
連体
kakū
ārū
idūru
okūru
tukūru
mīrū
kūru
sūru
inūru

⑤ 命令形の成立

  • 連用形に -o を付加し命令形が派生。連用形が二母音連続/長母音終わりのものには、三母音連続を避けるため、子音 y が挿入される。
  • カ変・サ変については未然形から派生している。
    (カ変は、kō-o > kō とする。o の同音連続のため y を挿入せず。上一段の連用形成立時、mī-ri とはならなかったことも思い出される)
命令
kaki-o
āri-o
idai-yo
okoi-yo
tukui-yo
mī-yo
kō-o > kō
sia-yo
ini-o
  • カ変・サ変の異例的な未然形使用
    • 他の活用では連用形を使うところカ変・サ変では未然形を使う例は、命令形の他に、禁止「な~そ」、過去の助動詞連体形「し」の接続がある。この原因は、以下のように考えたい。
    • このシナリオによれば、「来」「す」は、唯一、単音節・短母音の連用形を持っている、ということに着目する。(「往ぬ」は、この時点では、既に2音節化していたとする)
    • そして、接辞oを用いた命令語法自体は、④長母音化より前の時代 (来の未然形が kia であった時) に遡る現象と考える。
    • 単音節・短母音の連用形に単音節・短母音の接辞 (o/so/si) が後接する際に、語調を整えるために母音 a が挿入されたものと考える。a の挿入により、単音節・短母音の接辞前では連用形が未然形と同形 (ki-a, si-a) になり、④長母音化でも未然形と同じ変化 (kia > kā > kō) を受けた。
      (*na ki so > *na ki-a so > *na kā so > *na kō so (> na ko so) なこそ, *si-si > *si-a-si (> se-si) せし)
    • (o/so/si が短母音だったかどうかはわからない。ただ、これらの前でこの現象が起き、他では起きない説明としてそう仮定する)
  • 命令形の成立時期
    • 上記のように、命令語法は、④以前にあったものと考える。
    • しかし、命令形そのものの成立は、四段などの "io" が io > ō > o にならず、最終的に "e" になっているのを見ると④長母音化が終わってからと考えたい。おそらく、
      • ④前に、まず命令 "o" が独立語(終助詞?)扱いの時期があり、その時点で、挿入母音aが発生した。
      • 独立語のため、④で、動詞連用形と命令語法の接辞oとの間での長母音化はされない。
      • ④完了後に動詞と一語に融合して命令形が成立した。
    • y の挿入は、一語に融合する過程でなされたと考える。これが、「こ」で y が挿入されず、「せよ」で挿入されていることにつながっていると考えられる。(来の未然形が kō になってからでないと、「同音連続だから y を挿入しない」とはしづらい)
      (*ki o > *ki-a o > *kā o > *kō o > *kō-o > *kō (> ko), *si o > *si-a o > *sia o > *sia-yo (> seyo))
  • 備考
    • kō-o は、o の同音連続であるため y を挿入しなかったが、「長母音終わりは y を挿入する」を規則的に適用した異型もあった。
      *kō o > *kō-yo > koyo 来よ。
    • 「~してくれ」の意味の「こそ」は、慣用句的に使用されたため、④前に動詞と o が結合し、「こせ」ではなく「こそ」となったのではないか。(*kosi o > *kosi-o > *kosō (> koso))
    • 「き」の終止形で「せき」とならず「しき」となるのは、”si-ki” の発音で語調を整える場合でも、kが破裂音のため ”sikki” のような感じになって、”si-a-ki” にはならなかったのかも?
      長母音kīだったとか、後で本来の連用形に戻ったとかの説明でもよいが。 

⑥ 短母音化(八母音化)

  • 長母音が短母音化。二母音連続 ai, oi/ui, ia/io から、乙類エ、乙類イ、甲類エが出来た。
未然
kaka
ara
ida
oko
tuku
me
ko
se
ina
連用
kaki
ari
idë
okï
tukï
mi
ki
si
ini
終止
kaku
ari
idu
oku
tuku
miru
ku
su
inu
連体
kaku
aru
iduru
okuru
tukuru
miru
kuru
suru
inuru
命令
kake
are
idëyo
okïyo
tukïyo
miyo
ko
seyo
ine
  • もともと「二母音連続/長母音は可だが三母音連続は不可」だったのが、二母音連続/長母音が全て消失したのを経て、「二母音連続/長母音は不可」というルールであったように見えるようになる。
  • この時点で、ほぼ、最終的な活用形に近づいているが、已然形がまだないのと、下二段/上二段/上一段の未然形が異なっている。


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動詞活用形の起源についてー自動詞他動詞ペアパターンの分析から (6)


動詞活用形の発生過程その1

① 連用形の成立

  • 語根に -i を付加することにより、連用形が成立。
  • -i,- ī 語根を連用形化する場合、もともと i で終わっているので i は付加しない。
  • 長母音語根 (ī 以外) の場合、3母音連続を防ぐため、子音 (自動詞は r, 他動詞は s) が挿入された。

 
子音語根

-a

-o

-u

-i

長母音
 

書く

有り

出づ

起く

尽く

見る



往ぬ

刺す

移る/移す

(最終的な活用形)

四段

ラ変

下二段

上二段

上一段

カ変

サ変

ナ変

四段

四段

語根

kak

ār

ida

oko

tuku


ki

si

ini

sasi

utū

連用

kak-i

ār-i

ida-i

oko-i

tuku-i


ki

si

ini

sasi

utū-r/s-i
  • 備考
    • 単音節の -i 語根動詞は、「来」「し」(「往に」も単音節だったか)を除き、全て長母音であった。
    • 「有り」の語根を、"ār" と長母音としているのは、下二段他動詞「得」から派生した他自二段形自動詞ではないかとのアイデアから。(ex. 「子を得る」/「子が有る」) 全然とんちんかんかも知れない
    • 「刺す」を -i 語根、「移る」を長母音語根としているのは、他自四段B形(刺さる)、対称形(移す)の自他動詞対応があるため。前記のように、類推で作られた自他動詞対応かも知れず本当にそうだったかはわからない。例示の都合上、仮にそう置いているのみと理解されたい。

② 未然・終止形の成立

  • 「連用形から末尾の -i を除去したもの」を新たな語根とし、-a, -u を付加することにより、未然形・終止形が成立。
  • i/ī の連用形を持つ単音節語では (i を除去すると子音だけになってしまうので) 連用形がそのまま新たな語根に。
  • 要するに、
    • 連用形の i を a, u に変える。
    • ただし、単音節語の短母音 i の連用形の場合、ia, iu。
  • ナ変
    • ini は、なぜか多音節語にも関わらず、inia, iniu となった。理由として下記の仮説が考えられる。
      • ini は、この時点で単音節語 ni であり、その後、形式名詞「い」などが結合して、多音節語 ini になった。
      • ini は、この時点で単音節語 *ɲi であり、その後、*ɲ > in という変化が起きて、多音節語 ini になった。
    • なお、「死ぬ」は「死+往ぬ」からの複合語と考えておく。
  • 上一段
    • 上一段の終止形は、長母音語根に u を接続するため、子音 r が挿入された。(この時点では既に自動詞・他動詞による挿入子音の差はない)
    • 一方、上一段の未然形については、mī-ra とならず、mia になった。
      • おそらくこの時期、未然形のaは、動詞の活用語尾ではなく後接の助動詞の一部であり、同一語内の3母音連続ではないため、子音が挿入されなかったと考える(見む mī am-u)。
        その後、動詞との結合性が高まったときも、そこで子音を挿入するのではなく、ī-a > ia と、短母音の二母音連続にして解決したと思われる。
  • ラ変
    • 「有り」の終止形は、なぜか ār-u ではなく、ār-i に。
      • 終止形形態素 -u の意味に関係しているのかも知れない。
      • または、終止形の成立前は全ての動詞で連用形を終止用法にも使用していたと考えられるが、頻出語「有り」で保守的な形式が残存したか。
      • 過去自動詞「き」、打消推量「じ」など、助動詞で i 終わりの終止形があるのと共通の原因を持つか。
連用

kaki

āri

idai

okoi

tukui


ki

si

ini

sasi

utūr/si

再構成語根

kak

ār

ida

oko

tuku


ki

si

ini

sas

utūr/s

未然

kak-a

ār-a

ida-a

oko-a

tuku-a

mi-a

ki-a

si-a

ini-a

sas-a

utūr/s-a

終止

kak-u

ār-i

ida-u

oko-u

tuku-u

mī-ru

ki-u

si-u

ini-u

sas-u

utūr/s-u
  • 備考
    • -i 語根(単音節、ナ行を除く)・長母音語根 (上一段を除く)、つまり、刺す型・移る型は、この時点で、子音語根由来の四段動詞と区別がなくなる。

③ 連体形の成立

  • 終止形に -u を付加し、連体形が派生。終止形が二母音連続/長母音終わりのものには、子音 r が挿入される。
連体

kaku-u

āri-u

idau-ru

okou-ru

tukū-ru

mīru-u

kiu-ru

siu-ru

iniu-ru



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動詞活用形の起源についてー自動詞他動詞ペアパターンの分析から (8)

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動詞活用形の発生過程その3

⑦ 受身形・使役形の成立

  • 受身形(ゆ・らゆ形)の成立
    • 動詞の各活用形での標準的な方式で自動詞化したものに、未然形接続の下二段活用の語尾「ゆ」をつけて受身形が作られる。
自動詞化パターン
他自四A
他自二段
他自一段
他自四B
他自四A
自動詞化形
(連用形)
kakë
arë
idari
okori
tukuri
mirë
kori
seri
inë
自動詞化形
(未然形)
kaka
ara
idara
okora
tukura
mira
kora
sera
ina
ゆ・らゆ形
kaka-yë
ara-yë
idara-yë
okora-yë
tukura-yë
mira-yë
kora-yë
sera-yë
ina-yë
y変格した yë ではなく、rë を使用した異型もあった。(る・らる形)
  • 使役形(す・さす形)の成立
    • 同様に、動詞の各活用形での標準的な方式で他動詞化したものに、未然形接続の下二段活用の語尾「す」をつけて使役形が作られる。
他動詞化パターン
自他四A
自他二段
自他一段
自他四B
自他四A
他動詞化形
(連用形)
kakë
arë
idasi
okosi
tukusi
misë
kosi
sesi
inë
他動詞化形
(未然形)
kaka
ara
idasa
okosa
tukusa
misa
kosa
sesa
ina
す・さす形
kaka-së
ara-së
idasa-së
okosa-së
tukusa-së
misa-së
kosa-së
sesa-së
ina-së
  • ゆ・らゆ形、す・さす形の作成形式について
    • 各活用形での標準的な方式で自動詞/他動詞化したものに、未然形接続の下二段活用の語尾ゆ/すをつける。
    • この時期、自動詞他動詞類推派生の標準形式は、①四段(ラ変・ナ変)は下二段化 (四段A型)、②上一段は一段型、③他は「未然形+四段活用の語尾る/す」 (二段型/四段B型)、という形式であり、それに沿って作成されたと考える
    • この時点の未然形の形式では、二段型と四段B型は、「未然形接続の四段活用の語尾る/す」という共通の形式を持った型だという理解が可能であった (四段と下二段の未然形がともに a だったため)。
    • 「下二段活用の語尾ゆ/す」の由来は以下のように考える。
      • 各活用形での標準的な方式で自動詞/他動詞化した上で、二段型/四段B型による他動詞/自動詞化(未然形接続の四段活用の語尾す/るをつける)し、さらにそれを下二段化(四段C型y変格の自動詞/他動詞化)する、という、3段重ねの自動詞/他動詞化によって作成された形式。(自動詞→他動詞→自動詞化、他動詞→自動詞→他動詞化)
      • 「焼き→焼け→焼かし→焼かえ」「出で→出だし→出ださり→出ださせ」のような形。
      • 経路は違うが、他動詞「分き」→四段B型→自動詞「分かり」→対称型→他動詞「分かち」→四段C型→自動詞「分かれ」、のように自動詞→他動詞→自動詞化を繰り返して、結果的に受身形と同型にたどり着いているものもある。そういったものを参考にして作られた形式かも知れない。
    • 受身形・使役形を作るにあたり、材料は自動詞化・他動詞化の形式しかなく、自動詞・他動詞そのものを受身・使役の意味に使用していたところから出発して、受身・使役を自動詞・他動詞そのものと区別するため、敢えて、迂遠ではあるが紛らわしくない表現方法を工夫したものではないか。
  • 受身形・使役形の成立時期について
    • ⑥短母音化以降、⑧連用形の未然形代用までの期間(四段と下二段の未然形がともにaであった時)。
    • す・さす形は、もっと後の時期に、ゆ・らゆ形の形式を模倣して成立したかも知れない。
  • 備考
    • 使役「しむ」も、動詞を形容詞化した上で再度動詞化(ex. 懐く→懐かし→懐かしむ)し、敢えて耳慣れず、他と紛れない形式にしたものを、自他四段A型(四段→下二段)で「他動詞化」し、使役形としたものではなかろうか。
    • 下二段/上二段で「らゆ」形、「さす」形の接続は現在とは異なっているが、この時点の未然形とは同形式になっている。
    • この時期の未然形は現代人に耳なじみがないため、他動詞化形(連用形)も併せて表記した。

⑧ 連用形の未然形代用

  • 下二段・上二段・上一段で、連用形を未然形に代用するようになった。あわせて、未然形と同形であった「らゆ形」「さす形」(「しむ」も同様)についても連用形接続の形式になった。
  • 上二段「落ち」/ 下二段「貶(おとし)め」などの例は、本来の上二段未然形が残存している例と見られる。
  • 代用発生のきっかけ
    • ⑥短母音化によって、焼き/焼けのような四段/下二段の自他動詞ペアの未然形の区別がつかなくなってしまった。(⑥以前は、四段 yaka / 下二段 yakā と、長短で区別がついていた)
    • また、-o 語根由来の上二段と、-u 語根由来の上二段の差が未然形のみとなり、どちらだったかの記憶が難しくなった。
    • 上一段はそういう問題はないものの、(1) 下二段・上二段からの類推、(2) らゆ形・さす形からの類推、(3) 他の活用形との統一(一段化)といった観点から、連用形を未然形に代用した。
未然
kaka
ara
idë
okï
tukï
mi
ko
se
ina
連用
kaki
ari
idë
okï
tukï
mi
ki
si
ini
ゆ・らゆ形
kakayë
arayë
idërayë
okïrayë
tukïrayë
mirayë
korayë
serayë
inayë
す・さす形
kakasë
arasë
idësasë
okïsasë
tukïsasë
misasë
kosasë
sesasë
inasë
  • 副作用: 「ず」の台頭
    • 連用形の未然形代用によって、二段・一段動詞では、打消「ぬ」と完了「ぬ」の未然・連用・終止形の区別がつかなくなり、打消「ず」が台頭した。
  • 尊敬「す」について
    • 尊敬の助動詞「す」については、語の性格上、保守的な形式が好まれ、元の未然形を維持した。
      (下二段「寝(ぬ) / 寝(な)す」、上一段「見る / 見(め)す」)
    • ただし、次第に本来の未然形がわからなくなり、下二段・上二段・上一段での尊敬「す」の使用は避けられるようになった。
  • 備考
    • なお、⑥短母音化によって、四段/下二段の自他動詞ペアの終止形の区別もつかなくなっている。この問題の解決は、係り結びの成立→多用→連体形の終止形代用まで待つことになる。

⑨ 已然形の成立

  • 連体形に ë が付加されて、已然形が出来た。
已然
kaku-ëaru-ëiduru-ëokuru-ëtukuru-ëmiru-ëkuru-ësuru-ëinuru-ë
→ kakë
→ arë
→ idurë
→ okurë
→ tukurë
→ mirë
→ kurë
→ surë
→ inurë
  • ëの起源
    • この ë は、「得」が確定条件を表す補助動詞のように機能していたものに起源すると考える。
      「する得むは」→「すれば」、「する得むとも」→「すれども」のようになった。
      (蛇足の説明かも知れないが、「する得」は、「することを得」の意味。連体形による名詞句が「得」の目的語になっている形)
  • 已然形の成立時期
    • 「得」の未然形が本来の a から 連用形と同じë になるのは⑧以降なので、已然形として成立したのはそれ以降ということになるが、確定条件をあらわす語法としては⑧以前からあったと考える。
    • ë を含まない過去の助動詞「き」の已然形「しか」は、「有りしく得(あ)むは」→「有りしかば」(「き」のク語法+⑧以前の「得」未然形)で、⑧以前にこの語法が使用されていたときの古形が残ったものと考える。
    • 一方、一般の動詞では、四段・ラ変の「書く得(あ)むは」→「書かば」、「有る得(あ)むは」→「有らば」だと、仮定条件と区別がつかなくなってしまうので、「得」未然形の新形を使う方向の圧力がかかっただろう。
    • 形容詞の「高けば」は、「高き得(あ)むは」と「高き得(え)むは」とのどちらでもありうる。「高ければ」は、「高き有る得(え)むは」であろう。過去の「き」でク語法にしているのと同様、動詞以外の連体形では、名詞句として使用するのに力不足だったため、「有り」をはさんだもの。takaki-a または、takaki-ë と、i と a/ë との結合なので、形容詞の已然形は甲類エになっている。
      • 「高ければ」は、「高けば」が未然形(takaki-a > takake)の仮定条件と同型に帰してしまい、区別をつけるための語法かも知れない。
これでようやく全ての活用形が完成した。
活用形
四段
ラ変
下二段
上二段
上一段
カ変
サ変
ナ変
未然
kaka
ara
idë
okï
tukï
mi
ko
se
ina
連用
kaki
ari
idë
okï
tukï
mi
ki
si
ini
終止
kaku
ari
idu
oku
tuku
miru
ku
su
inu
連体
kaku
aru
iduru
okuru
tukuru
miru
kuru
suru
inuru
已然
kakë
arë
idurë
okurë
tukurë
mirë
kurë
surë
inurë
命令
kake
are
idëyo
okïyo
tukïyo
miyo
ko
seyo
ine
ゆ・らゆ形
kakayë
arayë
idërayë
okïrayë
tukïrayë
mirayë
korayë
serayë
inayë
す・さす形
kakasë
arasë
idësasë
okïsasë
tukïsasë
misasë
kosasë
sesasë
inasë


一応、ほとんどのことについて、それなりの理屈のついた仮説にはなったと思います。
あくまで、仮説なので、本当にこうだったかはわかりません。

検証の方法としては、上代東国方言とかに痕跡が残っていないかとかですかね。

遣隋使の時に、隋書に書かれている天皇の名前が「阿毎多利思比孤」というのが、④以前のamai tariasi piko を表したものだろうか、みたいなことを考えましたが、さすがに、時期的に記紀万葉期までの間が無さすぎる感じがします。それに、漢字音には全く詳しくないですが、「利」は、至韻でliのような音らしくriaの音とは違います。
※ 「足らし」は、足り/足らし、の自他四段B型の自他ペアパターンなので、tariasi だったはず(足彦(たらしひこ)の「足らし」が、尊敬「す」ではなく、他動詞「足らし」だったとしたらですが)。

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