前回、「あしひきの」考: 下二段・上二段両用活用に見える動詞についてにおいて、動詞の連用形は -e がついた形式で、転成名詞形は -i がついた形式というように、元来は別形だったのでは? という仮説を述べた。
正直、自分でも突拍子もない奇説だと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
前回、「あしひきの」考: 下二段・上二段両用活用に見える動詞についてにおいて、動詞の連用形は -e がついた形式で、転成名詞形は -i がついた形式というように、元来は別形だったのでは? という仮説を述べた。
正直、自分でも突拍子もない奇説だと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
11/2802或本歌曰「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む(足日木乃 山鳥之尾乃 四垂尾乃 長永夜乎 一鴨将宿)」
小倉百人一首にも柿本人麻呂作として収録されている有名な歌。
「あしひきの」は「山」等にかかる枕詞だが、びっくりすることに「あしひきの」の「き」は乙類キ(足日木乃)である。
一字一音式に書かれたものを見ても
15/3655「今よりは 秋づきぬらし あしひきの(安思比奇能) 山松蔭に ひぐらし鳴きぬ」
で、やはり乙類キ。
上代日本語の動詞活用形と自動詞他動詞ペアパターンの起源の仮説について、当初案以降に考察したこと(上代東国方言や、母音調和(有坂法則)との関係について)を含めて考えた結果、今、頭のなかにある仮説の姿を、一度まとめておきたい。
当初案とぱっと見はかなり変えたところもあるけれども、大枠は変わっていない。
四段B型・二段型自動詞他動詞派生のオ変格、未然形のオ変格について以前論じたことを整理し、未然形派生・自動詞他動詞派生(四段B型・二段型)の基本形を示すと以下のとおりになる。
活用種類 | 陽母音語幹 | 陰母音語幹 |
---|---|---|
四段活用 | -a (ウ段・唇音が続く等、特定の環境では -ô: 甲類オ変格) | -o |
下二段活用 | *-aa > -a | *-oo > -o |
上二段活用 | *-ua > (高さ調整)*-uô > (逆行同化)*-ôô > (中高母音の高化)*-uu > -u | *-oo > -o |
完了の助動詞「り・たり」は、四段・サ変の場合、「有り」由来の「り」がつき、それ以外の場合は、「て有り」由来の「たり」がつく。
四段: 咲き有り saki-ari > sakeri 咲けり
サ変: し有り si-ari > seri せり
例は少ないが、カ変・上一段にも「り」はついたようである。
カ変: 来有り ki-ari > keri けり
上一段: 着有り ki-ari > keri けり
院政期アクセントが検索できるサイトとかないものかなーといろいろ物色していたが、結局のところ、小学館日本国語大辞典を見るしかなかろうとの結論に至る。
日本国語大辞典と言えば、14巻本で税別210,000円也。気軽に買える値段ではないし、置く場所もばかにならない。「精選版日本国語大辞典」だと3巻本で税別15,000円。こちらだとまだ手が出なくもないが、残念ながら、アクセント・上代特殊仮名遣表記など、私の知りたい情報が入っていないようである。
電子辞書だと、CASIO XD-Y20000 が精選版日本国語大辞典を収録しているが、さすがにフル版の日本国語大辞典を収録している電子辞書はないようだ。
というわけで、 Japan Knowledge。小学館の子会社の NetAdvance が運営しているサイトで、有料ながら、日本国語大辞典をはじめとする百科、国語、漢和、英英・英和・和英、他の辞書をオンライン検索できるというサイトである。
個人向けサービスは、1,620円/月(税込)、または、16,200円/年。(専門辞書系なども含めて検索できる +R の場合、2,160円/月 or 21,600円/年)
まあ、払えない金額ではないので、加入してみた。
管見の已然形の由来説について、若干の補足。
管見の主張の骨子は以下のとおりであった。
動詞の活用種類は、語幹の形によって下記のように決まっていると考えている。
活用種類 | 語幹 | 連用形 |
---|---|---|
四段活用 | -C, -Ci, -VV | -Ci, -Ci, -VVri/-VVsi |
下二段活用 | -a | -ai |
上二段活用 | -u, -o | -ui, -oi |
上一段活用 | Cii | Cii |
ここで気になるのが、下二段活用である。
下二段活用は、 -a
終わり語幹であるのであれば、陽母音語幹動詞しかあってはいけないはずである。
上二段はいい。陽母音語尾 (-u) と陰母音語尾 (-o)
があるのだから、陽母音語幹動詞も陰母音語幹動詞もあってよい。しかし、下二段で陰母音語幹動詞があってはおかしい。
勝手に命名させていただいた用語で恐縮だが、オ変格について。
自動詞他動詞ペアパターンのところで説明したが、オ変格とは、通常であれば -ar/-as の語尾を持つ自動詞他動詞派生形(四段B型、下二段の二段型)において、-or/-os の乙類オ段語尾を持つもののことである。
パターン | 正格 | オ変格 |
---|---|---|
自他四段B型 | -i/-asi 動き/動かし、交(か)ひ/交はし… | -i/-osi 狂ひ/狂ほし、響(とよ)み/響もし、残(の)き/残(のこ)し、及び/及ぼし、滅び/滅ぼし、潤(うる)ひ/潤ほし |
他自四段B型 | -i/-ari 懸き/懸かり、放(さ)き/離かり… | -i/-ori 包(くく)み/包もり、積み/積もり、寄し/寄そり、除き/除こり、整のひ/整のほり |
自他二段型 | -ë/-asi 明け/明かし、荒れ/荒らし… | -ë/-osi (実例無し?) |
他自二段型 | -ë/-ari 上げ/上がり、当て/当たり… | -ë/-ori 籠め/籠もり、慰め/慰もり、寄せ/寄そり、温(ぬく)め/温もり、広げ/広ごり |
オ変格は、カガハバマ行でよく起きるとは既に述べた。実際、上記を見れば、「寄し、寄せ/寄そり」以外はカガハバマ行である。
が、全てのカガハバマ行で起きるわけでもない。
どういうケースに発生するのであろうか。考えてみたい。
万葉集14/3483
比流等家波 等家奈敝比毛乃 和賀西奈尓 阿比与流等可毛 欲流等家也須家
昼解けば 解けなへ紐の 我が背なに 相寄るとかも 夜解けやすけ
昼解けば解けない着物の合わせ紐が、我が夫に寄り添うからであろうか、夜解けやすい。
東国方言の歌謡。中央語なら、「昼解けば 解けざる紐の 我が背子に 相寄るとかも 夜解けやすき」
未然 | 連用 | 終止 | 連体 | 已然 | 命令 | ク語法 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
東国打消「なふ」 | なは | なへ? | なふ | なへ | なへ | - | - |
ク語法は連体形 + aku
に由来するというアク説は、大野晋が言い出したものだと思っていたが、安田 (2009)
によれば、J. J. Hoffman (1868), "A Japanese Grammer"
に遡って存在する説なのだそうである。大野 (1952)
も、金田一京助が大学の講義中に述べたことがあると言っており、本人の創案であることを否定している。
1868年と言えば明治元年。そんな時期から西洋での日本語研究がなされてたんですね。たいしたものです。
連体形+アク | > ク語法 | |
---|---|---|
四段「言ひ」 | ipu-aku 言ふアク | > ipaku 曰く |
下二段「告げ」 | tuguru-aku 告ぐるアク | > tuguraku 告ぐらく |
形容詞「惜し」 | wosiki-aku 惜しきアク | > wosikeku 惜しけく |
「有り」+過去助動詞「き」 | ari-si-aku 有りしアク | > arisiku 有りしく(×有りせく) |
現段階でまとまった情報としてアクセントがわかるのは、院政期(平安末期)だそうだ。
文字の周囲に「声点」と呼ばれる朱の点が打ってあって、点の位置によってアクセントがわかるようになっている。もともとは、中国において、平声・上声・去声・入声の四声を区別するために打つことがあったものを真似したもの。
通常の文には、もちろん、声点が打ってあったりはしないのだが、辞書類に単語のアクセントがわかるように声点が付されることがあるほか、お坊さんとかが残した講義ノートなどにおいて、講義時に訛って読み上げたりしないように声点が打ってあったりする。読経する際に中国語の四声に則ったアクセントで読めるように、経の漢字に中国語の四声を示す声点を付したりしていたため、お坊さんにとって声点はなじみ深いものだったのだ。
こういった声点資料がかなりまとまって残っているのが院政期ということである。
それ以前でも、断片的な資料がいくつかあって、もっとも古いのは奈良時代。
日本書紀α群は、森(1981)によれば中国語ネイティブスピーカーにより記述されていて、そこに記載されている歌謡に用いられている万葉仮名漢字の声調を見ると、概ねアクセントに従って漢字が選ばれているらしく、院政期アクセントにかなり近いアクセントが復元出来るらしい(高山 (1981))。
院政期の時代、名詞に比べて、動詞のアクセント種類はかなりシンプルである。
高起式と低起式の2種類しかない。
四段・二段などの活用種類によってアクセント体系が異なったりもしない。
各活用形のアクセントがどうだったか、色々と論文を読んだ結果、私が理解した内容を下記に記載する。間違って たらごめんなさい。
(高平調 ̄をH、低平調_をL、上昇調/をR、下降調\をF と表記する)
自動詞他動詞ペアパターン、動詞活用形の起源の説明にあたり、以下のルールを設定した。
本編において、「自動詞他動詞ペアパターンのうち、規則的なパターンは、(自他、他自)
× (四段A型、四段B型、四段C型、二段型、一段型)、対称型の11 (2×5+1)
パターン!、他は全て例外!」としたのだが、規則的なパターンが全体の6割ぐらいしかありませんでした、では、説得力のカケラもない。
ゆえに、規則パターンが全体のどのくらいを占めるのかは検証しないといけないと思っていた。
現代日本語、上代日本語それぞれについて、有対動詞を抽出し、どの自動詞他動詞ペアパターンに該当するかをあてはめ、作成したのが下記の表である。具体的に抽出した自動詞他動詞ペアは、巻末に掲載している。
動詞活用形の起源にて、かつて日本語には長母音があったとして仮説を立てたのであるが、その痕跡が上代東国方言に残っていないか見ている。
現状、上代東国方言の母音交代がぐちゃぐちゃし過ぎていて、はっきりしたものは得られていない。
ただ、u と o甲 との交替について、興味深い点がある。
本編で、どこからどうやって生まれたのかよくわからないとした自動詞他動詞ペア、「消え/消し」について、考えてみた。
思いついたのは、kaiyai / kaisi という、他自四段C型 (y変格) の自動詞他動詞ペアではなかろうかということ。
共通語根 kai は、短母音ではないので、四段C型になってしかるべき。
また、ai は、④長母音化で長母音化されないから、 aa にはならず、⑥短母音化で、 ë になるまで生き残るはず。
本日、立夏。
ただし、季節の話題について書こうというわけではない。「春過ぎて、夏来にけらし」の「けらし」は、過去助動詞連体形「ける」のルが省略されたものに「らし」がついたものであるが、
「けるらし」のルが、なぜ省略されて、「けらし」となるのか、という話である。
未然
|
kaka
|
āra
|
idā
|
okō
|
tukū
|
mia
|
kā > kō
|
sia
|
inā
|
連用
|
kaki
|
āri
|
idai
|
okoi
|
tukui
|
mī
|
ki
|
si
|
ini
|
終止
|
kaku
|
āri
|
idū
|
okū
|
tukū
|
mīru
|
kū
|
sū
|
inū
|
連体
|
kakū
|
ārū
|
idūru
|
okūru
|
tukūru
|
mīrū
|
kūru
|
sūru
|
inūru
|
命令
|
kaki-o
|
āri-o
|
idai-yo
|
okoi-yo
|
tukui-yo
|
mī-yo
|
kō-o > kō
|
sia-yo
|
ini-o
|
未然
|
kaka
|
ara
|
ida
|
oko
|
tuku
|
me
|
ko
|
se
|
ina
|
連用
|
kaki
|
ari
|
idë
|
okï
|
tukï
|
mi
|
ki
|
si
|
ini
|
終止
|
kaku
|
ari
|
idu
|
oku
|
tuku
|
miru
|
ku
|
su
|
inu
|
連体
|
kaku
|
aru
|
iduru
|
okuru
|
tukuru
|
miru
|
kuru
|
suru
|
inuru
|
命令
|
kake
|
are
|
idëyo
|
okïyo
|
tukïyo
|
miyo
|
ko
|
seyo
|
ine
|
子音語根
|
-a
|
-o
|
-u
|
-i
|
長母音
| ||||||
書く
|
有り
|
出づ
|
起く
|
尽く
|
見る
|
来
|
す
|
往ぬ
|
刺す
|
移る/移す
| |
(最終的な活用形)
|
四段
|
ラ変
|
下二段
|
上二段
|
上一段
|
カ変
|
サ変
|
ナ変
|
四段
|
四段
| |
語根
|
kak
|
ār
|
ida
|
oko
|
tuku
|
mī
|
ki
|
si
|
ini
|
sasi
|
utū
|
連用
|
kak-i
|
ār-i
|
ida-i
|
oko-i
|
tuku-i
|
mī
|
ki
|
si
|
ini
|
sasi
|
utū-r/s-i
|
連用
|
kaki
|
āri
|
idai
|
okoi
|
tukui
|
mī
|
ki
|
si
|
ini
|
sasi
|
utūr/si
|
再構成語根
|
kak
|
ār
|
ida
|
oko
|
tuku
|
mī
|
ki
|
si
|
ini
|
sas
|
utūr/s
|
未然
|
kak-a
|
ār-a
|
ida-a
|
oko-a
|
tuku-a
|
mi-a
|
ki-a
|
si-a
|
ini-a
|
sas-a
|
utūr/s-a
|
終止
|
kak-u
|
ār-i
|
ida-u
|
oko-u
|
tuku-u
|
mī-ru
|
ki-u
|
si-u
|
ini-u
|
sas-u
|
utūr/s-u
|
連体
|
kaku-u
|
āri-u
|
idau-ru
|
okou-ru
|
tukū-ru
|
mīru-u
|
kiu-ru
|
siu-ru
|
iniu-ru
|
自動詞化パターン
|
他自四A
|
他自二段
|
他自一段
|
他自四B
|
他自四A
| ||||
自動詞化形
(連用形) |
kakë
|
arë
|
idari
|
okori
|
tukuri
|
mirë
|
kori
|
seri
|
inë
|
自動詞化形
(未然形) |
kaka
|
ara
|
idara
|
okora
|
tukura
|
mira
|
kora
|
sera
|
ina
|
ゆ・らゆ形
|
kaka-yë
|
ara-yë
|
idara-yë
|
okora-yë
|
tukura-yë
|
mira-yë
|
kora-yë
|
sera-yë
|
ina-yë
|
他動詞化パターン
|
自他四A
|
自他二段
|
自他一段
|
自他四B
|
自他四A
| ||||
他動詞化形
(連用形) |
kakë
|
arë
|
idasi
|
okosi
|
tukusi
|
misë
|
kosi
|
sesi
|
inë
|
他動詞化形
(未然形) |
kaka
|
ara
|
idasa
|
okosa
|
tukusa
|
misa
|
kosa
|
sesa
|
ina
|
す・さす形
|
kaka-së
|
ara-së
|
idasa-së
|
okosa-së
|
tukusa-së
|
misa-së
|
kosa-së
|
sesa-së
|
ina-së
|
未然
|
kaka
|
ara
|
idë
|
okï
|
tukï
|
mi
|
ko
|
se
|
ina
|
連用
|
kaki
|
ari
|
idë
|
okï
|
tukï
|
mi
|
ki
|
si
|
ini
|
ゆ・らゆ形
|
kakayë
|
arayë
|
idërayë
|
okïrayë
|
tukïrayë
|
mirayë
|
korayë
|
serayë
|
inayë
|
す・さす形
|
kakasë
|
arasë
|
idësasë
|
okïsasë
|
tukïsasë
|
misasë
|
kosasë
|
sesasë
|
inasë
|
已然
| kaku-ë | aru-ë | iduru-ë | okuru-ë | tukuru-ë | miru-ë | kuru-ë | suru-ë | inuru-ë |
→ kakë
|
→ arë
|
→ idurë
|
→ okurë
|
→ tukurë
|
→ mirë
|
→ kurë
|
→ surë
|
→ inurë
|
活用形
|
四段
|
ラ変
|
下二段
|
上二段
|
上一段
|
カ変
|
サ変
|
ナ変
| |
未然
|
kaka
|
ara
|
idë
|
okï
|
tukï
|
mi
|
ko
|
se
|
ina
|
連用
|
kaki
|
ari
|
idë
|
okï
|
tukï
|
mi
|
ki
|
si
|
ini
|
終止
|
kaku
|
ari
|
idu
|
oku
|
tuku
|
miru
|
ku
|
su
|
inu
|
連体
|
kaku
|
aru
|
iduru
|
okuru
|
tukuru
|
miru
|
kuru
|
suru
|
inuru
|
已然
|
kakë
|
arë
|
idurë
|
okurë
|
tukurë
|
mirë
|
kurë
|
surë
|
inurë
|
命令
|
kake
|
are
|
idëyo
|
okïyo
|
tukïyo
|
miyo
|
ko
|
seyo
|
ine
|
ゆ・らゆ形
|
kakayë
|
arayë
|
idërayë
|
okïrayë
|
tukïrayë
|
mirayë
|
korayë
|
serayë
|
inayë
|
す・さす形
|
kakasë
|
arasë
|
idësasë
|
okïsasë
|
tukïsasë
|
misasë
|
kosasë
|
sesasë
|
inasë
|
一応、ほとんどのことについて、それなりの理屈のついた仮説にはなったと思います。
あくまで、仮説なので、本当にこうだったかはわかりません。
検証の方法としては、上代東国方言とかに痕跡が残っていないかとかですかね。
遣隋使の時に、隋書に書かれている天皇の名前が「阿毎多利思比孤」というのが、④以前のamai tariasi piko を表したものだろうか、みたいなことを考えましたが、さすがに、時期的に記紀万葉期までの間が無さすぎる感じがします。それに、漢字音には全く詳しくないですが、「利」は、至韻でliのような音らしくriaの音とは違います。
※ 「足らし」は、足り/足らし、の自他四段B型の自他ペアパターンなので、tariasi だったはず(足彦(たらしひこ)の「足らし」が、尊敬「す」ではなく、他動詞「足らし」だったとしたらですが)。
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